金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉
著者:水野 和夫〔エコノミスト〕 出版社:日本放送出版協会 (2008/12) 定価:¥ 735(税込) |
著者による 「この本の読みどころ」 聞き手:言論NPO代表 工藤泰志
インタビュー(後半抜粋)
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インタビュー(前半抜粋)
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工藤: 水野さんのご著書「金融大崩壊 アメリカ金融帝国の終焉」ですが、現在の世界的な状況を非常にわかりやすく分析されています。この本で特に伝えたかったことは何だったのでしょうか。
水野: まず、「成長やインフレで全てを解決できる」という時代はもう終わったのだということを一番言いたかったのです。今は世界的に100年に1度の危機と言われ、ルーズベルト大統領を見習うべきだという主張、あるいは急にケインズ主義に戻るような動きが出ているのですが、ケインズ主義が成功した時代と今とは状況が全然違います。1930年代を繰り返すべきではないとして、1930年代とは正反対に金利を下げたり減税したりすべきだという主張があります。フーバー大統領の時期に利上げ・増税を行うとともに預金を保護しない政策を行った結果、経済が大きく落ち込みましたが、今回はフーバー大統領ではなくルーズベルト大統領を見習うべきだとして一生懸命対策を講じています。しかし、現実に起きていることは1930年代の最初の年の経済の落ち込み方よりも、現在の6ヶ月ないし9ヶ月の落ち込みの方が大きいのです。すなわち、今ルーズベルト大統領に習って経済政策を実施しても、フーバー大統領の時期以上のことが起きているということですので、その経済政策は有効ではないと思います。ルーズベルト大統領に見習うべきだという主張は、再び成長で全てを解決しようということですから、そのような時代はもう終わりましたということをこの本で言いたかったのです。
工藤: 成長や昔に戻るといった単純な話ではないということですね。今回の被害の規模は非常に大きいので、それに対する有効な対策は必要だと思うのですが、その対策についてはどのように考えていますか。
水野: 現在先進国はすでに近代化のピークを通り過ぎて、近代という枠組みを越えなくてはいけないところに来ていますが、様々な政治家が行っている政策は成長で全てを解決するというもので、この間、ポスト近代の枠組みをどう理解するかを考えてこなかったのだと思います。そして、途上国はこれから近代化の入り口に入っていきます。それゆえ、現在の世界各国の正規分布を描いたとき、標準的な近代化モデルが最も当てはまる国が存在しません。例えば180カ国のうち3分の2の国がこの近代化モデルに当てはまるという状況ならば、積極財政・積極金融緩和は有効だと思いますが、今はそのような正規分布がありません。先進国がいくら積極財政・積極金融緩和を行っても効果はなく、この結果はおそらく日本の90年代が既に経験済みだと思います。日本は量的緩和を実施し、100兆円を超える総需要追加対策を行い、100兆円の不良債権を処理しましたが、アメリカにおけるバブル崩壊に巻き込まれて再び不況に陥っているのです。
先進国は本来ならば近代の枠組みを越えた仕組みを考えていかなければなりませんが、今考えてすぐにその仕組みができるわけではありません。次善の策としては、最後の防衛ラインは雇用を確保することだと思います。あるいは万が一失業に直面したら、厳しい不況でしょうから雇用保険の受給期間を長期間に延ばすべきだと思います。政府が定額給付金の2兆円を全て雇用対策に使ったほうがいいと思います。もし失業期間中にそれぞれ何か学びたいという希望があれば、それをそのような教育費に充てて、この5年間は人的投資を行うことができます。また、その5年ないし10年の間に近代の枠組みから外に出ることに対応することもできます。
一方、新興国はこれから近代化しますが、日本モデル、例えばジャパン・クール(日本のファッション、食文化、アニメ、伝統工芸等が、海外でクール=かっこいいと評価されている現象のこと)もアジアにあり、また新興国には近代化のモデルが当てはまるので内需が拡大します。日本は外需が滞るとすぐに内需拡大に向かいがちですが、グローバル化によるアジア域内の内需拡大は日本の内需拡大である、と考えていくべきです。今まで中小企業は、国内だけの内需を内需だと思っていましたが、ジャパン・クールで日本のライフスタイルに憧れている人たちがいる国や地域に対して、日本の中小企業は進出していきます。しかし、少人数の企業では海外に進出していくことはなかなか難しいでしょうから、あとは国がどのように支援していくかでしょう。先程述べたように、近代化の正規分布が崩れていますから、右端のポスト近代に行こうとする部分と左端のこれから近代化しようとする部分の両方を区別して政策を行わないといけません。今打っている政策はちょうど正規分布の真ん中あたりに一生懸命焦点を当てていますが、そこに当たる国はほとんど存在しないのです。
工藤: アメリカでオバマ政権が誕生しました。オバマ政権が新自由主義を軸としたこれまでの政策の転換をどう行っていくかはまだ見えませんが、オバマ大統領に残された手はどのようなものでしょうか。
水野: オバマ大統領はアメリカの中産階級の立て直しを行うことで選ばれましたが、大統領就任直後に2、3千億ドルの公共投資、経済対策を行うとおっしゃっていたものが日増しに増えて8千億ドルになり、最近では需給ギャップが1兆ドルに膨れ上がり、このギャップを公的事業で埋めないといけないと主張しています。まるで日本の90年代の繰り返しになっています。
まさにかつての日本でのいわゆる真水論争が今アメリカで起きつつあります。日本でもかつては「来年も需要不足になるから、今年は10兆円の真水を出したが来年は12兆円の真水を出さないと景気が落ち込む」という議論が行われましたが、すでにアメリカもこの時の議論と同じ状況になっています。そもそも需給ギャップを埋めないといけない潜在GDP水準は、70年代半ばから無理に無理を重ねて潜在成長水準を引き上げてきた結果です。日本や世界中で過剰投資になり、さらに資産価格の上昇で過剰消費を盛り上げ、潜在成長水準が嵩上げされたわけです。その無理な水準をベースとした需給ギャップが1兆ドルあるので、それを埋めないとならないということは、目的と手段が完全に逆さまになっているということです。本来ならば過大な消費水準と過大な投資水準を今の実力にどのように合わせていくのかを考えなければなりません。今までは民間部門が無理をして需要を盛り上げて、民間が弾けたら今度は政府が無理して財政赤字を出して、連銀がそのための国債を引き受けることになるでしょう。これは単に民間が無理したことを今度は政府が代わって無理しましょうということですが、その政府の無理はまた民間に回ってきます。オバマ政権は、日本の教訓を一生懸命学んだと言っていますが、一体何を学んだのでしょうか。恐らく、アメリカが日本に学んだのは、日本がバブル崩壊時に”too little too late”ということだと思います。バブルがピークになって過大な債務の額が確定し、バブルが崩壊する過程では、過大な債務をいかに自助努力で返すか、それを諦めて公的資金に頼るかという2つの方法があります。公的資金に頼ってもみんなが薄く広く負担するだけですから、バブルのピークでバブル崩壊のマグニチュードが決まってくるわけです。本来日本から学ばなければいけなかった教訓とは、なぜバブルが生じたかということです。バブルが生じた原因を調べていけば、事前にバブルが起きないようにできます。崩壊したものを一生懸命調べてもほとんど的外れとなり、さらにルーズベルト大統領を見習うべきだと主張して一度最初の設定を間違えると、ますます外れていくことになります。
もしアメリカがもう一度潜在成長水準に戻すとしたら、徹底的な財政支出が必要になり、国債を多く発行することになり、ドル信認の低下も避けられなくなると思います。ただこれを別の視点で考えれば、無理をした過大な過剰消費が是正プロセスに入っていますから、長い目で見れば正常化に向かっているわけです。今の景気の落ち込みが耐えられないからといって正常化を阻止すれば、また数年後にもっと大きな落ち込みが来ます。
今の危機の段階で最後の実需に移っていく本当の恐慌状態を食い止めるためには、大型店舗は倒産させられないということはありますが、すでに落ち込んでしまった水準をもとに戻すことは無理だということです。落としたところで、その後は横ばいにする努力をする程度でよいと思います。それなのにもう一度成長すべきだと考えてしまうと、様々なところで無理が来るということです。
工藤: この本では新自由主義そのものが、資本主義の曲がり角の中で進められたものだと指摘されています。それではこの資本主義の仕組みは今後どうなるとお考えですか。
水野: 新自由主義の結果、昔の自由放任の状況に近いところまで資本主義は戻りました。大きな政府、いわゆるケインズ主義までは、成長経済、要するに今年よりも来年、来年よりも再来年のほうがより成長していくという組み立てでしたが、これは経済がまだ成熟の前の段階だったために成功したのだと思います。経済のパイが大きくなって、そのパイを7対3で労働と資本に分けて、両者の取り分が増加していったのです。そういう経済が成立したのです。ところが、オイルショックとベトナム戦争を挟み、成長メカニズムはそこで終わってしまう。その後その脱出口として見つけ出したのが、新自由主義で金融市場に任せれば成長するという仕組みでした。金融市場の場合、将来価値を織り込んで値段が上がっていきます。96年のグリーンスパン議長の「根拠無き熱狂」や、2005年の住宅のフロスを越えたあたりからさらに将来の期待を織り込んで、バブルとなっていきます。オイルショックとベトナム戦争の後、10年工場を建てたり、30年のオフィスビルを作ったりすることによってトータルで得られる総リターンが、成熟したために非常に低くなってしまったのです。そこで金融技術を駆使してもっと成長を、そしてもっと配当をとなると、バブルと背中合わせとなります。
オバマ政権は民主主義を復権し、単なる成長や投機家的な現象ではなく、ルールを作り、国民みんなでこの危機を乗り越えようとする姿勢は非常によかったのですが、それと閣僚人事も見合っていないと思います。ルービンがまた復権してきていますが、強いドルの復権はおそらく無理でしょう。しかし、オバマ政権の性格がよくわかりません。オバマ大統領は中間層に支持されて大量の票を獲得しましたが、名簿を見ると、ポール・ヴォルカー(元FRB議長)氏から始まり、マネタリスト(貨幣政策の重要性を主張する経済学者のこと)と新自由主義者がほとんどです。マネタリズムと新自由主義が失敗してこのような事態になったわけであり、この原因を作った人たちばかりを後ろに揃えて、自分は違うことをしますと主張してもよく理解できません。たとえそれが可能だとしても、オバマ大統領が何から何まで指示してカーター大統領のような状態に陥り、うまく機能しないのではないかと思います。
そして、需給ギャップを持ち出してそれを埋めなければいけないと主張していることも、今の経済状況で起きている変化に対する正しい認識となっていません。近代が終わって先進国が新しいステージに入っていることをどのように考えているのでしょうか。需給ギャップを埋めようというのは、埋めればまた成長していくということですから、近代がまだ続いているという認識なのではないかと思います。強いドルで何とか対処しようとするのですが、それは困難です。金利が低くなったし、証券化商品ももう高い利回りを提供できません。今後ゼロ金利政策を取ってアメリカの国債を連銀が買っても、金利は低いままですから外国の資本はもう入ってこないと思います。
工藤: では話題を日本に移します。現在の日本の状況もよく見ると財政再建の道筋は完全に見えなくなっています。日本でもこの危機の中で今後の経済運営をどう進めていくかが問われています。
水野: アメリカと同様、今の日本の政策スタンスは「成長」です。小泉改革は基本的に「構造改革なくして成長なし」でしたので、成長を優先していました。反対の極にある麻生首相はケインジアン的発想ですが、やはり景気回復を最優先としています。両極端の政権も最終的には「成長」なのです。すなわち、未だに過去の常識だった「成長」ですべてを解決する、ということに頼っているのだと思います。しかし、成長するための基盤が崩れても、市場が成熟化しているとすれば、成長しなくても豊かな水準に達したのですから、それはいいことです。2007年の日本の一人当たりGDPは世界で19位で約3万4000ドルですが、仮に為替レートを「1ドル=87、88円」で計算するとアメリカを抜いて事実上1位で、約4万5000ドルとなるのです。上位にいるのは人口の小さい国ばかりで、1000万人以上の国で言えば日本が今の水準でも1位なのです。一人当たりGDP が約4万5000ドルになっても、日本の成長路線の人たちは名目成長率が4%ないといけないと主張する。しかし、4%に上げることを至上命題として、日銀が中央銀行の役割を越えるような様々な無理をすべきではないと思います。新自由主義は今のような非常事態、すなわち政府に頼らないような経済を目指したはずなのに、そして、インフレと景気後退が同時に起きるスタグフレーションを克服するために、市場に任せてもう一度成長軌道に乗せようとしましたが、その結果が今の非常事態なのです。
それを踏まえて、日本が目指すべきものを示すべきなのに、近代を卒業した後の仕組みがまだ作れていません。本当はこれに関して70年代からずっと考えておくべきだったのですが、70年代のオイルショックとベトナム戦争の後も無理に無理を重ねてきてしまったのです。
工藤: 最後に、日本経済の調整局面はどのくらいになるのでしょうか。
水野: 調整は早くて5年、遅いと7、8年になると思います。日本の実質GDPは2008年10-12月期から1年半までの間に、大きく落ち込むと思います。具体的には、2008年10月から2009年3月までの実質GDPが3%落ち、2009年3月から2010年3月までの実質GDPが5%ないし6%落ちる、すなわち合計で約10%落ちるのではないかと思います。
2008年10-12月期、2009年1-3月期の実質GDP成長率の瞬間風速の落ち込みが年率換算でマイナス14-5%となっており、QUICKが実施しているコンセンサス・マクロでは、2008年10-12月期の実質GDP成長率が前期比年率で約12%落ちています。先進国の水準で12%も落ちることは今までありませんでした。オイルショックのときに一度ありますが、09年1-3月期においても14%前後も落ち込んでいるのです。これは日本だけではなく韓国も同じ状況です。
先日日銀は実質GDP成長率が来年度の1年間で約2%落ちると述べていましたが、それよりも2倍から3倍、すなわち5%か6%ぐらい落ちると思います。2008年10-12月期、2009年1-3月期が年率換算で14-5%落ちた場合、今年の4月から始まる2009年度からずっと期中で横ばい、いわゆるゲタだけでも、マイナス5%に近いのです。それゆえ、マイナス2%ということは、今年4-6月期から上がらなければならないということであり、日銀は今後上がると想定しているのです。一方政府はプラスマイナス0%ですから、さらに勢いよく上がって年後半にⅤ字型回復すると予測しているのですが、こうした甘い見方はかなり楽観的だと思います。
日本の財政の発散は、90年代からずっと続いているのであり、90年以降の構造変化の中で、日本の歳入構造も歳出構造もこの15年間の経済構造の変化に全く対応しきれてないということを意味しています。経済構造に対応していれば、不況で赤字、景気がよくなれば少し黒字になりますので、不況と拡大期を合わせて収支トントンというのが理想的なのです。しかし2002年からのいざなぎ景気を超える拡大、つまり小泉政権の中で新自由主義政策を行ったときが最長の景気拡大なのですが、その5年の間でも毎年30兆円の赤字が出るというのは、そもそも歳出も歳入もまったく合っていなかったということです。確かに、歳出は構造改革によって削減されましたが、これは改革ではないと思います。改革ならば少なくとも景気回復の最後の年に、最低でも収支トントンにならないといけないでしょう。財政が通常発散しないように景気の良いときに少しプラスになり、そのプラス分を不況の時に全て減税などに使うというのが財政の機能であり、景気が良くても悪くてもマイナスだというのは政治家の職務放棄でしょうね。
工藤: 本当は、この本でそこまで言いたかったのですか。
水野: それは次の本にとっておきます。
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