北東アジアの平和的な秩序構成と日本の役割

2016年1月29日

2016年1月29日(金)
出演者:
宮本雄二(宮本アジア研究所代表、元駐中国大使)
添谷芳秀(慶應義塾大学法学部教授)
徳地秀士(政策研究大学院大学シニア・フェロー、前防衛審議官)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)

北東アジアの平和的な秩序をどう構築するか

工藤泰志 工藤:言論NPOの工藤泰志です。

 言論NPOは2016年、世界の大きな変化や課題についての議論を開始しています。その中で、特に私達が関心を持っているのが、北東アジアの平和という問題です。

 言論NPOは「東京-北京フォーラム」、「日韓未来対話」、そして、「日米中韓の4カ国対話」など様々な議論を行ってきましたが、その目的は、この地域に平和的な秩序を作るための環境作りに役に立ちたいと思っているからです。

 今日は、北東アジアの平和的な秩序がいまどういう状況にあるのか、将来的にこの地域に平和を実現するためにどのような課題があって、どう乗り越えていけば良いのか、といった点について、議論したいと思います。

 ということで、ゲストをご紹介します。まず、宮本アジア研究所代表で、中国大使も務められた宮本雄二さん、続いて、慶應義塾大学法学部教授の添谷芳秀さん、最後に、政策研究大学院大学シニア・フェローで、昨年まで防衛審議官を務められていた德地秀士さんです。皆さん、よろしくお願いします。

 さて、北東アジアの現状についての議論に入る前に、2016年は、北朝鮮のミサイルの問題や、1月3日にイランとサウジアラビアとが国交を断絶するなど、いろいろな変化があり、世界が間違いなく動いているという感じがします。そこでまず、こうした世界の状況を、皆さんはどのように感じていらっしゃるか、について伺いたいと思います。宮本さん、どのようにご覧になっていらっしゃいますか。


世界はいま、伝統的・非伝統的な安全保障の問題が同時進行しており、
今後の対応、秩序づくりは、非常に難しい

 宮本:今の世界の情勢を見てみると、これまでアメリカが圧倒的な存在で作り上げてきた戦後の秩序が、あちこちで緩んできてしまったということだと思います。これは、単に政治、安全保障に限らず経済の分野でも同じことが起きている。アメリカ中心の国際秩序、国際社会のあり方の基礎が徐々に浸食されつつある、ということだと思います。

 なおかつ、新しい秩序がどのようなものになるのか、よくわかりませんが、その変化の中心に中国の台頭、台頭する中国が座っているのは大方のところの予測だと思います。もちろん、中東等では別の動きがありますが、アメリカ中心の世界的な秩序が、大きな転換点にあるというのが2016年ではないでしょうか。

 添谷:きわめてマクロな変化が起きているわけですから、宮本大使がおっしゃったようなことだと思います。ただ、難しいとしか言いようがないのですが、ハイブリッドと言うと、聞こえはいいのですが、おそらくもっと混沌としていて、います。冷戦終結後、しばらくの間、我々は、難民問題や破綻国家など、いわゆる非伝統的安全保障が大事だと言っていた時期がありました。それが、最近のウクライナ問題や、ロシアの中東への介入、中国の南シナ海での動きなどを見ていると、古典的な地政学が復活したかのように思える現象が存在しています。そうしたことが混沌と、同時進行と言いますか、状況がわからないままに動いているという難しさであり、これからの秩序づくりは、相当、難しいだろうなと思います。

德地:一言で言うと、「脅威の多様化」ということではないかなと思います。国際テロであったり、あるいはサイバー攻撃などのように、添谷先生が非伝統的安全保障と言われましたが、ポストモダンの脅威があります。一方で、主権国家同士の国境をめぐる争いといったような、主権国家同士、それこそ、ウェストファリア体制を前提としたような紛争があり、さらには、前近代的な脅威があるわけです。しかも、その三つが複合しているところに大きな問題があるのではないかと思います。

 例えばISの脅威を考えると、国際テロという意味では、ポストモダンの脅威なのですが、他方で、カリフ制を作るとか奴隷制を作るというのは前近代の話なわけです。他方で、サイバー空間を利用している。中国にしても、例えば、海洋安全保障の問題を考えると、伝統的安全保障と非伝統的安全保障の両方にまたがる話でありますので、非常に対応が難しくなっているというふうに思います。


北東アジアの平和的秩序について、有識者の8割が不安定と回答

工藤:古い、そして新しい、その中に古典的な地政学的な攻防という問題も見え隠れしているということでした。非常に歴史的というか、大きな局面が始まってくるのではないかという予感があるのですが、こうした現象は、アジアでも見えていると感じています。

 宮本さんがおっしゃったように中国の台頭によって、新しいシステム・チェンジがなされ中で、平和というものをどう実現していくべきか、ということが問われていると思います。こうしたアジアの問題を、今後どのように考えていくべきか、ということがこれからの議論になるわけです。

 今回、私達は、有識者の方に、アンケートを取ってみました。まず、「あなたは、現在の北東アジアの平和的秩序がどのような状況にあると思いますか」と尋ねたところ、「不安定だ」という人が8割を超えていました。次に、では、どういうところに不安定さを感じているのかを訪ねたところ、北朝鮮の核・ミサイル問題があり、それを上回る形で、最も多くの人が回答したのは、中国の軍事力の増強という問題でした。それに南沙問題などが続いています。こういう問題を有識者の方は、北東アジアの不安定要因だと見ている。いま、この地域の課題、将来に向けて、どういったことが問われているのでしょうか。宮本さんからこのアンケート結果を踏まえて言って頂ければと思うのですが。


中国人の「中国中心のアジア」という考えが
東アジアの安全保障の環境整備に大きな影響を与えることに

宮本:世界の地域によって状況はそれぞれ違うと思いますが、ヨーロッパはNATO、EU中心に一つの秩序というものを作るのに成功しましたが、成功後に新たな問題に直面している状況です。

 アジアは、ASEANが少し頑張りましたが、それ以外は大きな国際的な秩序というものがなく、アメリカが色々な同盟国との間で安全保障の枠を作ってきました。一方、中国が経済的にも、軍事的にも台頭してきた。経済については東アジアを網羅するのはASEANが少しやっているくらいで、大きな国際秩序はありません。

 つまり、地域によって、脅威感、不安定度の意味合いが違ってくるのだと思います。アジアの場合は、アンケート結果にも出ていますが、これらはずっと問題だったわけです。とりわけ、北朝鮮もそうですし、台湾海峡もそんなに安心できないなという感じもするのですが、今回のアンケート結果では台湾海峡を挙げる人が低くなっています。こうした不安定要因は、昔から存在していました。それに加えて、中国が新たに、対外的強硬姿勢を示し、南シナ海、東シナ海に出てきたということです。

 ですから、そうした新しい問題にどう対応するかという時に、これまでの問題にも対応できていないのが現状なのです。したがって、東アジアの安全保障について、抜本的に考え始めていかないと答は出ず、非常に難しいだろうと思います。要するに課題は非常に大きくて、難しいということだと思います。

工藤:宮本さんに、もう一つ関連で聞きたいのですが、中国は北東アジアなりアジアの秩序をどのように考えようとしていると思いますか。

宮本:一昔前、とりわけ中国人が戦争前の話を書いたものを読むと、まだアジア人意識があります。しかし、最近、中国の人がアジアに言及しなくなりました。つまり、中国中心のアジアしか考えていないのではないかと感じています。そうなってくると、中国のそうしたメンタリティが、東アジアの安全保障の環境整備に大きな影響を持ってくると思います。

工藤:添谷さん、いまの北東アジアの変化という潮流、流れをどう見ていますか。


中国の軍事力と朝鮮半島情勢が北東アジアの平和秩序に影響を与える理由

添谷:北東アジアの秩序は不安定だ、という回答が8割を超えているという結果は、ある意味当然といえば、当然だと思います。問題は不安定と言うことが何を意味しているのかということです。安定していないということは明らかですから、最初の質問に対する答えと同じになりますが、秩序の変動期だということで、物事が変わっているという意味での不安定さだと思います。それを前提にして将来を見通したときに、当たり前ですが、変動期の管理というのは当然、避けることの出来ない全ての国にとっての共通課題で、それをどう安定させていけばいいか、といった点に知恵を絞って、協力関係をつくり上げていくということに、一般論とすれば、当然なるわけです。ただ、それを実現する前提として最も重要なのは、いまお話に出た中国だと思います。中国の軍事力が心配だというのは、南沙諸島の問題等があり、目の前の問題に言及しているような形になるのですが、本質的には、いま、宮本大使がおっしゃったように、中国が自国をを中心としたアジアを再構築する時期が来た、という心理状態に完全になっているわけなのです。その作業をやるときに、軍事力というものを最後の拠り所にし、重要な手段として構え考えていることは間違いない。

 これは、平たく言えば、中国は自分の意思を押し通すという気持ちに益々なっていて、

 それを実現するために最終的には軍事力がバックアップするという姿が見えてきていると思います。

 それに対して、どう対応するのかということは、まさに歴史的チャレンジです。最初に申し上げたように、これまでの欧米中心の国際秩序というものが、完全に「崩壊」しているとは言いませんが、色々なところで、「制度疲労」というよりは「挑戦」を受けてきているわけです。そのチャレンジャーが、まさに中国。つまり、これまで中国は、欧米の秩序のなかでそれなりに振る舞ってきて、経済成長もしてきたわけですが、その結果として、従来の秩序に対する異議申し立てを割と堂々とするようになった。これまでの欧米中心のシステムが、これだけ重要なチャレンジを受けるという時代が、多分、いまの時代で、中国がその中心にいるということだと思います。

 これは、非常にマクロな秩序変動ですが、そういった不安定な過渡期が安定するか、しないかという時に、例えば、1950年の朝鮮戦争もそうでしたがで、アメリカも当時のソ連も想定していなかった事態が、北朝鮮の南進によって始まり、アジアにおいて一気に冷戦が構造化するということが起きたわけです。ですから、朝鮮半島が持つ危険性というのは、何か起きたときに周りの大国が穏やかではいられないという地政学的な特徴があるわけですから、朝鮮半島情勢がどう転ぶかによって、周りの大国間関係の姿がかなり影響を受けてくる、というそういう問題なのだと思います。

 中国と北朝鮮が答えに出てくるというのは、ある意味、同時代的に当然ですけれども、若干、学問的、アブストラクトな(抽象的な)言い方なのかもしれませんが、今申し上げたような整理をすると、まったくその通りだなとも思います。


アジアは成長センターになったが、中国は安全保障のシステムに入っていない

德地:おそらく誰に聞いても、いま北東アジアは不安定であるとかなり多くの人が答えると思いますが、他方で、世界の全体を見回すと、この地域は、成長センターですし、かつてに比べると相当安定しているわけです。20世紀には、それこそ、朝鮮戦争があり、ベトナム戦争があり、まさにホット・ウォーのあった頃に比べると、いまはメジャーな戦争がないという意味で安定しているのです。その上に、まさに中国の経済的な意味での台頭があって、この地域が世界の大きな成長センターになっているのだろうと思います。

 他方で、こうした台頭する中国が、この地域の安全保障のシステムの中には入っていないわけです。お二人からお話があったとおり、米国中心の基本的には二国間の同盟関係、友好協力関係の束によって、この地域の平和と安定が築かれてきているという構造になっています。したがって、非常にこの地域の秩序というものは、そういう意味でも不安定なものだと認識されているのだと思います。

 しかも、アメリカ自身が言っているとおり、「アメリカはアジア・太平洋の一員」であることは間違いないわけです。当然、太平洋にも面していますし、実際ハワイやグアムなどは、彼らの領土ですから、太平洋の一員であることは事実なのですが、他方において、彼らはアジアの一員ではないことは、間違いないわけです。明らかに、その意味で域外、かなり遠くにあるわけです。引き続き、アメリカをどうやってこの地域に引き込んでいくかということは大きな課題であるのではないか、と考えています。

工藤:現状の秩序の変更、不安定化というのは、その後ろにある力の変更があるのだろうと思いす。それから宮本さんがおっしゃったとおり、もともと、この地域はヨーロッパと違って、一つの秩序というか、目指すべき理念がなくて、不安定なまま動いてきた。そこに力の変更がある時、どうなると均衡値になるのでしょうか。中国が力で押していることに対して、きちんと対抗することで土台が固まり、その上で理念という形になるのでしょうか。それとも、最終的に力の問題と区別して、この地域の大きな秩序的な安定を保つことは可能なのか、よくわからないのですが、宮本さん、どのようにご覧になりますか。

宮本:「理念」と「政策」と「具体的行動」というのがあって、これらが一致するのは非常に難しい。では、なぜ理念が必要か。それぞれ、民主主義社会というか、大衆社会というか、多くの国民が政治、外交に参画するようになると、マキャベリズム的な権謀術数で、外交を進めているといっても、大多数の国民の理解は、なかなか得られないと思います。したがって、20世紀に入ってから、外交は理念を出した形で国民との対話をしていくということが、主導になってきたと思います。そういう点からすると、理念というものが無kなければならず、当然、政策もそれに引っ張られます。ところが、現場では力を持ったものが有利な状況になってきた。つまり、力があるからこそ、中国は南シナ海で既成事実を押しつけることが可能になってきているわけです。これがまさにパワーポリティクスであり、地政学的な世界といわれるところと理念を結びつけることは非常に難しい。

 ヨーロッパも試みていますが、時々、理念と違っていることをしているときもある。何かまとまるものがあって、大きな方向として、それに従わなければいけない、という状況に東アジアがいつなるかです。時間がかかる非常に長いプロセスにならざる得ないと思います。

工藤:移行期の変動に関する管理が大事だというお話でしたが、この変化は、最終的にどういう形で新しい秩序に変わるのでしょうか。やはり、力の大きな入れ替え、力のバランス、それとも理念をベースに何か違うもので変わっていくのでしょうか。


中国の思うような秩序づくりの動きに、我々はどのような対応ができるか

添谷:やはり、中国が変わらないと無理なのではないかという気がします。つまり、中国にとっての力は何かというと、短期的、中期的には自己主張を押し通すための道具です。そして、最終的には、中国中心のアジアというものを作る時の最後の拠り所だと思います。ですから、中国の力の使い方に対して、我々がどう対応していくのかという問題は、個別の問題と地域の秩序の管理との2つがあると思います。

 例えば、尖閣諸島に関しても、取れるものなら取りたい、と考えていると思います。でも、いま取りに来るような奪える状況ではないことはもちろんわかっているから、すぐに取りに来るとは思っていません。ただ、1992年に出来た領海法で尖閣諸島は中国のものだとしたわけで、いま領海侵犯を繰り返しているのは、おそらく、中国が自分の領海を領海法に基づいて、パトロールしているという既成事実を積み上げていくという、中長期的な感覚の中での行動だと私は思います。ただ、取れる時期が来れば取るという最終的な目的は揺らがずに、既成事実を積み上げている。そうすると日本としては、やはり、取らせないという対応をするのはある意味当然で、そうした個別的な対応を各国が出来るかと言ったときに、南シナ海で東南アジア諸国は為す術がなく、いまのようなことが起きているわけです。

 ですから、中国が力をどう考えて、経済力を中心に力を付けていくときに、自分たちの思うような秩序を作ろうという動きに対して、我々がどのように対応できるか。かつてのソ連の封じ込めとおそらく違う、国際政治的な、外交的な課題が、中国から出てきている。だからこそ、中国研究者の役割はますます私は、重要になってきていると思いますね。

工藤:非常に色々な関心、興味が湧いてきたのですが、一度休憩を入れて、次の議論に移りたいと思います。

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