日本の医療は被災地にどう向かいあったのか

2011年5月18日(水)放送
出演者:
上昌広氏(東京大学医科学研究所特任教授)
梅村聡氏(参議院議員)

司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)


5月18日、言論NPOは、言論スタジオにて上昌広氏(東京大学医科学研究所特任教授)と梅村聡氏(参議院議員)をゲストにお迎えし、「日本の医療は被災地にどう向かいあったのか」をテーマに話し合いました。

 まず代表工藤から、「震災から二ヶ月が経ったが、震災直後には時間との闘いの中で命を助けるための懸命な救助が行われていた。今回は、震災直後の医療の現場や政治、行政に、何が問われていたのか、そこから浮き彫りになった課題を明らかにしたい」と提起があり、①今回の被災地での医療現場で問われていたニーズや、それに対してどんな対応が行われたのか、②今回の震災での救急医療では、何が足りなくて、どのように改善すればいいのか、そして、③中長期的に見た際に医療ケアをどうしていくべきか、また、これからの医療政策に問われているものはなにか、をトピックとして、話し合いが行われました。

 まず第一の点について、内科医師でもある梅村氏は、震災翌日に現地からの様々な要望に応えるために省庁の壁を超えたチームを作ったことを明らかにしながら、「最初の三日間では、現場のニーズは半日ごとくらいで目まぐるしく変化していた」と述べました。また、上氏が「三日目くらいから、人工透析やインスリン注射など、生命維持のために必須の治療が機能しておらず、そうした患者が被災地に大量にいることが分かってきた」と発災直後の状況に触れると、梅村氏は、インスリンの針を検査する検査場に関する厚労省の規則を例に挙げ、「指示を出せだけで流れが良くなる問題がたくさんある。行政を動かすための権限をもらうことが、そのチームにとって重要だった」と振り返りました。

 また、救急医療の課題について、梅村氏は、災害に備えて事前に指定する災害拠点病院の役割について触れ、「今回はその拠点病院そのものが被災して機能せず、その場その場で判断する必要が出てきた」とし、「その判断を繋いだのが民の力だった」と指摘しました。上氏は、DMAT(Disaster Medical Assistance Team/災害派遣医療チーム)やJMAT(Japan Medical Association Team/日本医師会災害医療チーム)の定義や特性について説明した上で、「そのサービスの範囲を超えるところは当然あり、そこでは一刻も早く対応できる人が対応しなければならないのに、現実にはいまそれを阻む規制がある」と述べ、被災地から離れたところで現場のニーズとかけ離れた議論がなされること、一方で現地に入れば分かる市民のニーズについて議論が行われていないことに対し、強い憤りを持って語りました。

 最後に中長期的な医療政策の課題について、上氏は、「日常を取り戻さなければならないというときに、常勤の医療従事者数は圧倒的に間に合っていない」と述べ、地元の医療機関がライフラインとして正常に機能する仕組みや、可能なかぎり継続的に現地での医療行為ができる医師を配置していく必要性を訴えました。梅村氏は、「官に欠けているのは「比較衡量」という考え方だ」と指摘、「政治は比較衡量して判断をしなければならないのであって、民の側に立って、一点突破、全面展開を実行しなければならない」と述べました。そして、中長期的な医療ケアについて、「地元の方々の合意をある程度吸い上げる仕組みが必要」とした上で、「今こそ、高齢社会にマッチした新しい医療をきちんとデザインしなおすいい機会だ」と指摘しました。

議論の全容をテキストで読む  第1話 第2話 第3話

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