世界が二つの戦争を止められない中で、複合危機が常態化しているにもかかわらず後退を続ける国際協力。世界10カ国のシンクタンクの代表者や世界的オピニオンリーダーと共に、多極化、分断化する世界で国際協力をどう回復させるのか、議論を行いました。
2017年の設立から8回目となる「東京会議」は、世界10カ国のトップシンクタンク代表と世界的オピニオンリーダーを集め、都内の東京プリンスホテルを会場に2024年3月13日から15日の日程で開催されました。
昨年の「東京会議2023」は、ロシアのウクライナ侵略で始まった戦争が一年を経過しても収まらず、むしろその影響が陣営間の対立の深刻化や世界経済の一層の不安定化、資源エネルギーの高騰などに波及している中で行われました。
それから一年が経過しましたが、ウクライナではいまだ停戦の兆しは見えず、それどころかさらにガザ紛争が勃発し、中東全域への波及が懸念されています。世界は二つの戦争を止められないだけでなく、常態化した気候変動危機や食料不足やエネルギーの高騰など連鎖した複合危機によってさらに不確実性が高まっている状況です。本来、多国間協力が必要な局面ですが、世界は地政学的な対立からむしろ分断傾向を強め、保護主義やブロック化の動きまであり、国際協力の動きは大きく後退しています。
さらに懸念すべきなのは、国際システムの改革や包摂的なガバナンスに向けた取り組みが停滞していることに苛立ちを強めるグローバルサウス諸国など「その他の世界」と欧米との溝が広がっていることです。ウクライナとガザで異なる対応を見せる欧米のダブルスタンダードに対する批判の高まりはその一例です。
こうした溝が拡大することは、世界のリスクが高まる今日において極めて危険であり、ルールに基づく世界の新しいガバナンスを模索するうえで大きな障害になっています。こうした危機的な構造がより明確になる中での「東京会議2024」の開催となりました。
世界10カ国のトップシンクタンクの代表に加え、
現職大統領を含む多くの首脳級スピーカーが参加
今年の「東京会議2024」には、民主主義国10カ国のシンクタンクの代表者が集まったほか、マーシャル諸島共和国のヒルダ・キャシー・ハイネ大統領が、現職大統領として初めて公開セッションに参加。また、世界貿易機関(WTO)のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ事務局長をはじめとする国際機関の要人も数多く参加しました。さらに、グローバルサウス諸国のパネリストが大きな存在感を発揮し、例年とは異なる様相の会議となりました。
公開セッションでは、世界が注視する喫緊の課題である「ガザとウクライナ戦争の終結と平和構築に挑む」「世界の民主主義国に今、何が問われているのか」をテーマとして議論を行いました。
また、非公開セッションでも世界経済・貿易における課題や、今秋の米大統領選、アジアの安全保障など多岐に渡るテーマに多くの専門家が登壇し、活発な議論を展開。こうした議論の成果をまとめ上げた「議長メッセージ」は、本年のG7サミット議長国であるイタリアのジャンルイジ・ベネデッティ駐日大使に手交されました。
世界的なアジェンダを日本で議論し、日本から発信する唯一のハイレベルな議論の場として定着したこの「東京会議」は、300人近い方が会場で傍聴し、多数のメディアで報じられるなど今年も日本内外で大きな注目を集めました。

公開セッションは、基調講演から始まりました。最初に登壇したストックホルム平和研究所(SIPRI)理事会の議長であり、スウェーデンの首相も務めたステファン・ロヴェーン氏は、二つの戦争とそれがもたらす複合危機への対応に苦慮するリベラルな国際システムの現状を見て、「これまで受け入れられてきた国際規範に疑問を呈する国も出てきている」と国際協力後退の背景を読み解くとともに、こうした停滞がさらに国際協力の機能不全を加速させると指摘。そして生じた不安定と混乱が社会的結束を弱めた結果、紛争のリスクをさらに悪化させるという悪循環につながっていくとしつつ、それは終局的には「個人の幸福と安全」を脅かしていくと問題提起しました。
ロヴェーン氏はさらに、核軍縮・核不拡散や、紛争予防と平和構築に焦点を当てた集団安全保障体制、外交と継続的対話に基づく紛争解決などの必要性を強調しましたが、こうした理想を実現する上でも、現在対処しなければならないのは世界の分断解消であると主張。分断の根底には南北問題に代表される深刻な地域間格差があるとし、その解消のためにも持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた努力の倍加は急務であると指摘。「より包摂的で、代表的で、説明責任のある多国間システムを構築することによってのみ、南北格差に代表される途上国の不平不満に対処でき、それがひいては人類と地球の利益のための国際協力の再編成を可能にする」との見方を示しつつ、国連が2024年9月に開催予定の「未来サミット」はその重要な機会になるとしました。そして最後に「私は、より効果的な多国間システムの回復は可能だと楽観している。あらゆる課題や欠点があるにせよ、国連は人類が直面する日常的脅威と存亡の危機の両方に対処するための最も重要な機関であることに変わりはない。今ある多国間システムを放棄してはならない。むしろ、より強力で効果的なシステムにすべく投資しなければならない」と呼びかけました。
ヒルダ・キャシー・ハイネ大統領は、平均海抜2メートルの環礁低地国であり、急激な海面上昇によって頻繁な高潮被害が生じるなど大きな危機にさらされているマーシャルの脆弱性をまず強調。
その上で、民主主義的価値観とは、核心的かつ普遍的に重要である人間の尊厳を守るために不可欠である以上、民主主義国は「自国のみならず地域や世界において、規模の大小を問わず、尊厳を侵すような不正を発見した時には声を上げるべきだ」と連携を呼びかけるとともに、こうした価値を守るための協力を怠ることは「どこの国にとっても決して良い結果をもたらさない」などと警告しました。
その一方で、脆弱国マーシャルといえども「様々なとてつもない大きなチャレンジを前にして、受動的な被害者であり続けるつもりはない」と断言。パートナーと共に危機に立ち向かう覚悟を示しましたが同時に、「最も親密なパートナー同士の間でもギャップが生じる可能性がある」などと世界の分断傾向を懸念しつつ、民主主義的価値観に基づく連携強化を再言。とりわけ、分断の危機にさらされているパートナー間では、互いのコミットメントを言葉だけではなく行動でも確認すべきとし、そのためにも対話の舞台を構築する必要があると語りました。また、人的交流に加えて経済的な結びつきを強固にすることも不可欠としつつ、先進民主主義諸国に対して投資を呼びかけました。
こうしたことを踏まえてハイネ氏は最後に、多国間主義に希望がないわけではないが、「何もしなければこのまま漂流していってしまう」とし、パートナーと共に課題にコミットし続けることが重要だと主張。また、脆弱国自身も積極的な主体性を持つことの必要性に改めて言及しつつ、「私たち自身の将来への道筋を決める上で、私たちは発言権を持たなければならない。パートナーとの関係を緊密にしながら、脆弱性を強さに変え、言葉から結果へとつなげる覚悟が求められる」と語りました。
世界銀行専務理事で、元インドネシア貿易大臣のマリ・エルカ・パンゲストゥ氏は、「戦争と紛争は世界中で起きている。新型コロナウイルス感染拡大後の経済回復は不十分だ。気候変動危機も深刻化し、多極化と分断が進んでいる。誰が米大統領になろうと、米中の競争と緊張は続くだろう。サプライチェーン(供給網)は効率性ではなく、安全保障が重視されるようになった。供給網のデカップリング(切り離し)は、途上国にとっては特にコストがかかる」などと現在の世界が直面してる課題を列挙。
こうした現状認識を示した上でパンゲストゥ氏は、「では、国際協力修復のために何をすべきか」と問題提起。「協力のためのコストが高くとも、平和と秩序を守るための協力は、結局は皆にとっての利益になるということ強調するしかない」としつつ、そのためには「もはや米中両国には期待できない以上、世界のミドルパワーが現状から一歩でも前に進むためのソリューションを生み出すなど役割を果たすしかない」と主張。そこで求められるのは「ブレトン・ウッズ体制のオーバーホールなどではない」としつつ、「貿易やサプライチェーン構築での協力を通じて新しい地域統合を進める。そして、そこに米中を取り込む大きな戦略が必要だ。もちろん、一国ではできないことだからこそ複数の国が連携してやっていくしかない」と語りました。
ただパンゲストゥ氏は、「地域」を強調しつつも、それは閉じられたブロックをつくるという意味ではなく「オープン」でなければならないとも主張。この開放性は国家だけではなく民間にも議論の門戸を開放するという意味であり、トラック2やシンクタンクの役割にも期待。東京都心では来週に迫った桜の開花になぞらえながら「勇気を持って未来をつくるため、アイデアの桜を咲かせよう」と呼びかけました。
世界貿易機関(WTO)事務局長のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ氏は、貿易の拡大によってグローバルサウスは急速に経済成長し、世界経済のパワーバランスは大きく変化したが、貿易による恩恵を受けられず、世界経済統合の片隅に取り残されたままの途上国はいまだ多いと指摘。こうした課題は先進国内部でもあり、格差が拡大する中で中流以下の層は、この数十年間の経済的発展の恩恵を受けられておらず、技術の進歩や国内の社会経済政策も「彼らのフラストレーションを解消するに至っておらず、それが貿易に対する反発、ひいては世界経済の分断を求める圧力の原動力になっている」と懸念を示しました。
さらに、貿易は地政学的な緊張の舞台となってきているとの現状認識を示したオコンジョ=イウェアラ氏は、「世界経済が2つの自己完結的な貿易圏に分離した場合、世界の実質GDPの長期的水準は少なくとも5%低下する。先進国にとっても途上国にとっても大きな損失につながる」と警告。また、経済的安定の名の下に、「小さな家族・友人ネットワーク内だけですべてを賄おうとすれば、気候変動やその他の地域的なショックに対する脆弱性を増大させ、逆効果になるかもしれない。たとえそれが自分の篭であったとしても、すべての卵をひとつの篭に入れることは危険なのだ」と独特の表現でそのリスクを強調しました。
その上でWTOの基本方針を紹介。「私たちは、グローバルな生産ネットワークの一極集中を解消する、再構築されたグローバリゼーション(再グローバリゼーション)を求めている。再グローバル化された世界は、相互依存の利点を維持すると同時に過剰依存のリスクを軽減する」と解説しつつ、この再グローバリゼーションのための前提条件は、「オープンかつ予測可能なグローバル貿易システムである」としながら、その実現に向けた協力が不可欠であると主張。「私たちは、多極化した世界において協力が困難であることを知っている。しかし、その代わりはもっと悪い。多国間協力がなければ、各国政府は貿易、金融、税制を効果的に管理するのに苦労するだろう。協調のない国内政策がもたらす波及効果は、貿易や外交の緊張をエスカレートさせる可能性がある。脱炭素大気のようなグローバルな公共財の実現は、より高価になり、不可能にさえなるだろう」と警鐘を鳴らしながら国際協力の立て直しを呼びかけました。
最後に、経済担当欧州委員で、イタリア首相も務めたパオロ・ジェンティローニ氏は、ロシアのウクライナ侵略戦争など地政学的緊張の高まりは「世界経済関係の流れを変えつつある。安全保障への懸念が世界各国の経済政策を変えている」とした上で、保護貿易的な政策の拡大に伴う貿易制限の増大や、海外直接投資の細分化といった現状を指摘。
ジェンティローニ氏は、「こうした考え方の背景には、サプライチェーンを保護し、特に戦略的分野における脆弱性を減らしたいという、理解できる理由もある。エネルギー資源を恫喝と脅迫の道具に使っているロシアに対して、EUが進めるロシア産燃料からの脱却がその例だ」と一定の理解を示しましたが、一方でその帰結としての地域経済の分断は「世界経済の大幅な縮小など大きな代償を払うことになる」と強く懸念。
さらに、「西側とそれ以外」の分断による負の影響は経済面にとどまらず、「気候変動、AI、貧困、パンデミックなど、国際協力を必要とする他のグローバルな課題への取り組みにも支障をきたす可能性がある」と指摘。こうした状況の中では、「特にEUや日本のような多国間主義の擁護者にとっての課題は、多極化、分断化した世界において多国間協力を回復することである」と訴えました。
もっとも、そのためには志を同じくする友好国との協力だけでは不十分であるとも主張。「私たちは、政治、外交、文化、経済など、あらゆるレベルにおいて、グローバルサウスとの関わりを深めていかなければならない」と語りました。
続いて行われたパネルディスカッションでも、5人の首脳級スピーカーが示した問題意識を踏まえながら、国際協力の再興を模索する議論が展開されました。グローバルサウスの視点を問われたジョセファ・レオネル・サッコ氏(アフリカ連合委員会委員(農業・農業開発・ブルーエコノミー・持続可能な環境))は、「アフリカはアフリカとしてそのニーズに合った協力を進めていく」と地域主義を語りつつ、同時に地域ごとに世界が縦割りになるような状況は望ましくないとも指摘。「私たちは、より包括的で機敏な新しい多国間主義を必要としている」と主張しました。
これを受けて三毛兼承氏(株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役執行役会長)は、「G7広島サミットでは岸田総理は民主主義でも人権でもなく法の支配を共通価値のトップに置いた。人権・民主は国によって考え方の違いがあるが、法の支配であれば広く共有可能であるし、包摂的なアプローチが可能だからだ」と説明。その上で、アジアと欧米の中間に立ち、地域ごとにケースバイケースの対応を追求していく日本の役割は大きいとの認識を示しました。
また、紛争や気候危機など大きな課題は重要ではあるが、これに気を取られることによって他の人々の生活に関わる喫緊の課題がなおざりにされてしまい、それに対する人々の怒りが分断を生み、それが新たな紛争を引き起こすという悪循環を踏まえ、こうした分断は特に世代間で生じやすいことから将来世代のための教育に力を入れることが、やがては分断の解消にもつながっていく、といった提言もパネリストからは相次ぎました。
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