非公開会議1
分断が加速する世界の複合的な危機に、世界はどう対応するか

 「東京会議2024」初日の3月13日午後に開催された「分断が加速する世界の複合的な危機に、世界はどう対応するか」と題する非公開会議①には10カ国のシンクタンク代表者や国際機関幹部、元大使ら20人超が参加しました。

 ウクライナ戦争の勃発から2年が過ぎたことに加え、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスによる戦闘激化に伴い、世界の分断・多極化が深刻化しています。こうした現状に国際社会はどう対処すべきか、3時間にわたって活発な意見が交わされました。


今築かれるべきは、分断に架かる橋


 最初に問題提起に登壇したアショーク・ラバサ氏(元インド財務次官、前アジア開発銀行(ADB)副総裁)はまず、近年の世界経済の分断は、「ほとんどの国の成長の勢いに大きな影響を及ぼしたが、特に脆弱な国々には深刻な影響が及んでいる。中には、後退してしまう国もあるようだ」と切り出しました。

 そうした国々には20億人が住んでおり、その極貧層の割合は、現在の世界全体の17%から、2030年には50%近くまで上昇すると予想されているという世界銀行の推計を紹介。大きなリスクにさらされているこのような国は、「数十年にわたり、貧困、統治能力の欠如、国内で蔓延する暴力、その他のリスクと闘ってきたがさらに現在、パンデミックの余波、ウクライナ侵攻、イスラエル・ハマス危機といった地政学リスクにも対処しなければならない」とその置かれている立場の困難さを強調。食料・エネルギー価格の高騰やそれに伴う公的債務の増大といったサハラ以南のアフリカ諸国の窮状を訴えつつ、これはウクライナ戦争の影響を強く受けている欧州など、より安定していると考えられている地域にとっても対岸の火事ではないと語りました。

 ラバサ氏はこうした現状認識の上で、「国際開発金融機関(MDBs)は脆弱国経済を真剣にサポートしなければならない」と主張。もっとも、専門家が考案した経済モデルは、あくまでもひとつのモデルであり必ずしも現実とはそぐわない場合もあると注意を促しつつ、サポートにあたっては既存のやり方を忠実に踏襲するのではなく、「それぞれの国に適合するかたちでカスタムメイドをしながらアプローチをしていく必要がある」と提言。自身の古巣であるADBでもこのカスタム化を重視していると説明。様々な国の複雑な事情を理解し、インパクトのあるオーダーメイドの解決策を提供できるようになるためには、「アプローチの柔軟性だけでなく、より高度なスキルが必要となる」とし、国際金融機関組織内の能力開発を奨励しつつ、相手国の政府・民間セクターの能力開発支援の必要性も指摘しました。

 また、新型コロナウイルスのパンデミックの際にMDBsは脆弱国への融資を強化したことを振り返りながら、今後も課題に見合った資金調達の規模を拡大することが優先課題となると語りました。

 さらにラバサ氏は、?栄と貧困の間で分断が進む中で国際協力を再興するためには、信頼の再構築も重要であるとも指摘。シンガポールのビビアン・バラクリシュナン外相の「戦略的信頼は世界秩序の崩壊を防ぐ接着剤である」との発言を引用しながら、「途上国と先進国、あるいは競合する超大国間には信頼が欠如している。今築かれるべきは、分断の両岸に架かる橋なのだ。橋がないと誰も向こう側へ渡ろうとは思わない」と語りました。


国家だけではなく市民社会をも包摂した協力を構築することが必要


 レイモンド・ギルピン氏(国連開発計画(UNDP)アフリカ局)は、現在の世界は「衝撃が新たな常態となりつつある」とし、金融、政治、安全保障など様々な分野で衝撃が生じ、その複雑に絡み合った相互作用が分極化を生み出していると分析。

 その上で、世界全体では分極化が進んでいるものの、これはイデオロギーや地政学の観点からの進行であるため、逆説的に見れば「陣営ごとの統合が進んでいるということだ」と指摘しました。本来であれば、市場のファンダメンタルズに基づいていた金融や資本の流れが、イデオロギーや政治によって決まってしまうことが増えていくリスクに世界は直面しているとの見方を提示。例として、「グローバル規模でのパンデミックによって寸断されていたサプライチェーンは、ようやく回復してきたところで、今度は地政学的な対立の影響を受けている。自由貿易も同様だ。そして自由貿易による恩恵を受けていた新興国や途上国ほど深刻な影響を受けることになる」などと語りました。

 これは気候変動問題についても同様で、分断によって協力が出来ず、解決から遠のくことは、二酸化炭素排出に寄与していない脆弱国こそが、より深刻な事態に直面すると語りました。

 その上で、「では何をすべきか」と切り出したギルピン氏は、「何もしなければイデオロギーごとに統合された各陣営間で分断した世界が日常になる。パニックになってもいけない。事態がさらに悪化するだけだ。新たな統合を所与のものとしてグローバル・コモンズを再編しつつ、多極化した世界を固定化する事態も防がなければならない」とした上で、「やはりグローバルな協力を再構築するしかない」と主張。

 そこでは、国家だけではなく市民社会をも包摂した協力を構築することが必要であることをまず強調。また、エネルギーだけ、開発だけ、貿易だけというように一つの課題だけに焦点を当てることは「問題の表面をかすめることにすらならない」などとし、あくまでも包括的な協力を再構築すべきとしました。

 同時に、ラバサ氏が指摘したような「信頼の再構築」は極めて重要であり、UNDPもこうしたスタンスに立ちながら開発のインテグレーターとして様々な取り組みを進めていると語りました。


「未来のサミット」は、人々の生活にプラスの影響を与えるために、より適した多国間システムを再活性化する機会となる


 ジョセファ・レオネル・サッコ氏(アフリカ連合委員会委員(農業・農業開発・ブルーエコノミー・持続可能な環境))は、分断が進む世界は、ウクライナやガザの戦争を止めることができず、気候変動の脅威も深刻化する一方で、「様々な危機が網の目のように織り成す状況に直面している」と切り出しつつ、「解決のためには多国間協力が必要だとしばしば指摘されるが、75年以上も前に世界的な協力を促進するために設立された多国間機関はかつてないほど弱体化しており、解決のための力を失っている。解決できないのになぜ多国間協力が必要だと言えるのか」と問題提起しました。

 さらに、「多国間主義は深刻なストレスにさらされている。その信頼性と能力は、正当性そのものとともに、定期的に疑問視されている」とし、その背景には国連、世界銀行、国際通貨基金といった組織によって主導されてきた戦後の多国間秩序が「少数の大国、とりわけブレトンウッズに集まった44カ国の精鋭のみによってつくられたこと」があると分析。「当時、多くのアフリカの国々は独立すらしておらず、そのテーブルに着いていなかった」と不満を漏らしました。

 その上でアフリカの視点としてサッコ氏は、食糧不足への懸念から、脆弱国が多いアフリカにとって最も差し迫った脅威を気候変動だと指摘。環境変化に対応するための「適応策」についての支援の必要性について強調した上で、気候変動は経済全体に悪影響を及ぼすが、「農業への影響はその主な引き金になる」として、土壌や水の保全、種子の品種改良、肥料などへの適応資金提供を呼びかけました。

 サッコ氏は最後に、9月に国連総会が主催する「未来のサミット」は、人々の生活にプラスの影響を与えるために、より適した多国間システムを再活性化する機会であると指摘。「G20、国際開発コミュニティ、そしてCSOは、MDBsの徹底的な改革を繰り返し求めてきた」としつつ、「改革された国際金融システムによって、より多くの流動性を提供し、多国間融資メカニズムを改善し、債務の持続可能性を保証し、気候変動に対する資金を提供すべきである」と訴え、問題提起を締めくくりました。


具体的な成果を出すことにつながる現実的なアプローチをしていくべき


 ケネス・カン氏(国際通貨基金(IMF)戦略・政策・審査局副局長)は、現在の地政学の現実を鑑みれば、「ルールに基づく多国間システムを改革することは困難」とした上で、「現実的なアプローチ」の必要性について問題提起しました。

 そこではまず、IMFが提唱している三つのアプローチを紹介。一つ目として、多国間の努力は継続されるべきであるとしつつ、その対象は「食料安全保障や気候変動など共通の関心分野での具体的な成果達成を目指すことに向けるべき」とし、実際にWTOでも漁業補助金やデジタル関税といった具体的テーマでは議論が進んでいると解説しました。

 二つ目としては、多国間交渉がうまくいかない場合でも、「地域貿易協定や共同声明イニシアティブなど、より多くのことを望む国が少ない、オープンで非差別的な多国間イニシアティブを模索すべき」と語り、共同声明イニシアティブの下で、電子商取引や国内サービス規制といった分野における交渉が、有志国間で進められていることを一例として挙げました。

 三つ目としては、「一方的な行動に対する『ガードレール』の整備促進すること」を挙げ、相互協議や行動規範の策定などによって特定の国による一方的で有害な行動を抑制し、その影響を緩和することができるとしました。また、世界食糧計画や世界保健機関が医療品や食料を送ることにも使う人道回廊の設置もその一環であるとしました。

 カン氏は今後の展望として、まず多国間協力が見込める共通の関心分野については、越境取引の決済コスト削減や暗号資産に関する国際ルール、AIガバナンス、グローバル金融のセーフティーネットなどを列挙。

 多国間イニシアティブについては、チェンマイ・イニシアティブや流動性および持続可能性ファシリティなどのような地域金融協力を強化していくべきとしました。

 そして一方的な行動については、相互協議と説明に基づくアプローチが有効であるとし、特に産業政策に関する政府間対話あるいは協議の枠組みは、「データと情報の共有を改善し、国境を越えた意図せざる結果を含む政策の影響を特定するのに役立つだろう」との見方を示しました。

 こうしたことを踏まえて最後にカン氏は、IMFの役割に言及。「グローバルや地域、国別のサーベイランスや政策アドバイス、経済・金融政策の波及効果の分析、共通の関心事を議論するために各国を招集する役割などを通じて、現実的な多国間主義の推進を支援する機会があると考えている」と発言。例えば、世界金融危機のようなシステミック・ショックに対応するためのマクロ政策と金融政策の調整、最貧国の債務再編のための共通枠組みの構築、産業政策とその波及効果を検討するための有用な手法開発などの課題において、こうした役割を果たしていきたいと意気込みを語りました。


西側は中ロだけでなくグローバルサウスとの間の分断も強まっている。戦略的なパートナーシップのネットワークをどう広げていくかが課題


 最後にファブリス・ポティエ氏(ラスムセン・グローバル最高経営責任者)が発言しました。ポティエ氏はその冒頭、ウクライナ戦争は西側陣営の結束を「かつてないほどに強めている」と切り出しつつ、その帰結として東側との分断は強まったとしましたが、それにとどまらず「グローバルサウスとの分断も強まっている」と指摘。新帝国主義とも言うべき立場のロシアが主権、領土一体性の尊重といった国連憲章の原則に疑義を呈するような状況の中でも、南米やアフリカのグローバルサウス諸国の中にはロシアの立場に与する国が多いことに驚きを禁じ得ないと語りました。

 また、西側が前例のない規模で経済制裁を加えているものの、それが資源国ロシアに対しては期待したほどの効果はなく、むしろ「西側とは異なるパラレル経済のようなものが生まれてしまっている」と指摘。さらに、食料安全保障という観点でも、穀物供給をロシアとウクライナに依存していた脆弱国のみならず、カリウム肥料供給をロシアとベラルーシに依存していた欧州の農業も打撃を受けつつあるとも語りました。

 ポティエ氏はこうした中で、西側がグローバルサウスを取り込むための「使える道具」が少なくなってきていることを憂慮。資源は前述のようにむしろロシアに左右され、財政的な制約があり、防衛費にも多くを割かなければならない中では、開発援助に多額の予算をつぎ込むことは、政治的には高い圧力がかかるために困難だとしました。また、貿易による共存共栄を図ろうとしても、自由貿易体制が動揺する現状では限界があると指摘。さらに、国連システムというツールも、常任理事国ロシアの暴挙によってさらに袋小路に入り込み、「世界の公平を実現するための素晴らしい再分配者ではなくなった」と嘆きました。

 一方、こうした状況の中で欧州は新たな試みを始めていることも紹介。欧州連合(EU)は2021年、世界的な投資計画「グローバル・ゲートウェイ」構想を発表し、中国の広域経済圏構想「一帯一路」に対する「真の別の選択肢」になることを目指していると解説しました。

 もっとも、現状では一帯一路に対抗できるだけの勢いはないとも語り、ここから戦略的なパートナーシップのネットワークを広げていく必要があるとも指摘。EUは重要鉱物の供給を中国などの特定国に依存しており、リスク軽減のために自給率の向上や供給元の多様化などが求められていた中で、重要原材料法(CRMA)を発効させた点に触れ、こうしたものを足掛かりにグローバルサウスと特定分野でのディールをしながら、新たな連携の流れをつくり出していくべきとしました。



 その後、ディスカッションに入りました。

 そこでは、自由貿易再興のための地域貿易協定推進や多角的サプライチェーンの構築、脆弱国の構造的な債務問題、気候変動への対応など、様々な危機をめぐる多岐に渡る論点提示と議論が行われました。

 そして、それらの背景にある分断については、ロシアだけでなくG7をはじめとする先進国の問題点を指摘する意見が相次ぎました。「西側の利益を追求する組織と思われている。負の影響を途上国に及ぼしてさえいる」「二国間援助などに付随する条件に反発する国が多い」といったようなグローバルサウス諸国の不満の声が渦巻く中では、西側の利益だけでなくグローバルな視点を忘れず、食料安全保障や気候変動など多くの国を巻き込むことができるアジェンダに絞り込んだ対応をすべきといった提言や、脆弱国への資金供給を念頭にした世界銀行やIMFといったグローバル金融アーキテクチャの改革案が寄せられました。

 そして、多国間主義の復活に向けては、「世界は相互接続された結果、複雑な物語を有するようになった。ならば複雑さに対応する多国間主義にするしかない」といった意見や、「COPなど国際会議に集まって共に写真を撮るだけでなく、具体的な解決策を出すことが求められている。共有できる立場に基づいて合意し、宣言を出すべきだ」との意見がみられました。

 同時に、米国のピーターソン国際経済研究所が、貿易戦争の激化が世界の国々にどのような影響を与える可能性があるかというモデル化演習を行う予定であることを踏まえつつ、「シンクタンクが行うその種の分析は、政策立案者が最悪のシナリオとは何か、経済的コストや私たちの行動の意図せぬ結果が何か、そしてそれらを自分の中に取り入れることができるかどうかについて考える上で、本当に有益な情報を提供できる。そうすれば、はるかに優れた、はるかに効率的で包括的な結果に到達し、最悪のシナリオのいくつかを回避できる」などと民間シンクタンクの役割を求める提言もありました。