セッション1
ウクライナ戦争から1年 世界の平和秩序修復は可能か

 「東京会議2023」2日目、3月24日の午後に開催された公開フォーラム第1セッションでは、「ウクライナ戦争から1年──世界の平和秩序の再建は可能か」と題して、10カ国のシンクタンク代表者らが1時間半にわたって活発な議論を交わしました。

 司会を務めた元駐米日本大使の藤崎一郎氏が「ウクライナ情勢を分析、予測するのはやめて、誰がいつ何をすべきなのかを議論しよう」と呼びかけ、議論はスタートしました。


新しいクリエイティブな安全の保障を提供すべき


 最初に冒頭発言を行ったラスムセン・グローバル(デンマーク)所属のファブリス・ポティエ元NATO政策企画局長は、ウクライナのゼレンスキー大統領に対して安全保障政策を支援するチームに所属しており、自らは「中立ではない」との立場を前置きし、その上でウクライナ側の主張を解説しました。

 そこではまず、「ゼレンスキー大統領はウクライナ国民のアイデンティティーを天才的に代弁している。そのアイデンティティーの重要な一翼を成しているのが領土だ」と解説。ウクライナにとっての平和とは領土奪還にほかならず、クリミアやオーブラスチの割譲をもって停戦すべきとの主張では、ウクライナ世論は納得しないとの見方を示しました。

 ポティエ氏はさらに、ウクライナにとっての平和実現のためには「何らかの形の安全保障」が不可欠と主張。米国やロシアなどが、1994年にウクライナの核兵器放棄で合意した「ブダペスト覚書」をはじめとして、これまでの保障に対しては、ウクライナには「裏切られた」という思いが強く、「三度目の対ロ戦争は絶対に起こらないということを保障するための措置が必要だ」と主張。北大西洋条約の第5条にあるNATO加盟国の1つに対する攻撃はNATO全体の攻撃とする、という原則に類する「新しいクリエイティブな安全の保障」を提供すべきとしました。

 さらに、ゼレンスキー大統領が考える安全保障とは「軍事ではなく、経済政策だ」としつつ、「国土安全に対する保障がなければ避難民は戻ってこないし、当然ウクライナで仕事もしない。海外から投資は来ないし、復興資金も入らない」とウクライナで求められている安全保障の概念の広さを指摘しました。

 ポティエ氏は最後に、戦後賠償や戦争犯罪の断罪など国際法に則った戦後処理に言及しつつ、ロシアについて「欧州の一部である以上、安定した欧州のためにはロシアを関与させることが必要だ」とも指摘しました。


中国の和平案は提案とはいえない。外交交渉ができない現状ではウクライナへの軍事支援を続けるしかない


 続いて冒頭発言を行った米外交問題評議会(CFR)シニアバイスプレジデントのジェームス・リンゼイ氏は、先の中露首脳会談の際に提案された中国の「和平案」に対して「提案とはいえない」と一蹴。中国は確かに力学を変え得る国であるとしつつも、現状ロシアに対して何らプレッシャーをかけておらず、それどころか「全面的な戦略的パートナーシップ」を宣言していると批判。さらに、「中国も地政学競争をやめるチャンスが幾度もあったにもかかわらず、降りることをしなかった」などとも批判しました。

 リンゼイ氏は、外交交渉による和平の余地がない現状においては「西側諸国による充分な軍事支援を続けるしかないだろう」と主張。「プーチンと会談するにしても、西側が何を望んでいるかはっきりと理解させる必要がある」などと語りました。

 一方で自国アメリカの課題についても言及。バイデン政権は今後数年間コミットを続ける方針を示しているものの、「仮にトランプ氏が再び大統領になる事態にでもなれば、状況は変わるかもしれない」と懸念しました。

 同時に、機能不全が指摘される国連の役割に関しては「ロシアが安全保障理事会の拒否権を有している以上、機能しない」と悲観的な見方を示しました。


支援疲れはあるが、ロシアが欧州の覇権を目指している以上、支援を続けるしかない。世論の中にも帝国主義的態度が蔓延している"ニューロシア"にどう対峙すべきかも大きな課題


 続いて藤崎氏は、「ウクライナへの支援を続ける西側諸国が疲弊するように、ロシアは戦争長期化を目指している」と指摘した上で、こうした状況の中でのドイツの果たす役割をただしました。

 独国際政治安全保障研究所(SWP)ディレクターのステファン・マイヤー氏は、ロシアの天然ガスに依存していたエネルギー構造を短期間で変えることに成功したと報告。また、「ドイツ製戦車『レオパルト2』を提供したことは、ウクライナ支援の分水嶺となった」とドイツの変化を語りましたが、欧州のウクライナへの支援疲れについては懸念。特にドイツやポーランドなど多くの難民を受け入れている国ではそのリスクが大きくなるとしました。

 その上で、ロシアの目的は単なる領土拡張ではなく、「欧州の覇権国となること」との見方を示したマイヤー氏は、「だからこそ、これは他の欧州諸国にとっても重要な戦争なのだ。今は外交交渉の正しい時期ではない以上、これまで続けてきたウクライナへの支援をさらに続けるしかない」と強調しました。

 マイヤー氏は最後に、ロシア政府とロシア国民との関係性についても発言。「レジームと市民を別々に考えないといけないがこれは簡単ではない。市民の多くは依然として政府を強く支持しているからだ。世論の中にも帝国主義的態度が蔓延している"ニューロシア"にどう対峙すべきかを考えないといけない」と課題を示しました。


ありとあらゆるものが戦争の道具になっている中で、その影響を受けるのは脆弱なグローバル・サウス諸国だ。停戦交渉は中国ではなく「信頼された第三者」が関与すべき


 続けて藤崎氏は、旧ソ連時代からロシアと軍事・科学技術関係で深い連携がある一方で、中国との国境紛争問題を抱えるインドの見解をただしました。

 インド・オブザーバー研究財団のサンジョイ・ジョッシ理事長は、ウクライナ戦争には複数の側面があると指摘。まず、ロシアによる明白な国連憲章違反の戦争であるとし、これを決して支持してはならないという点についてはインドとしても疑義はないと回答。

 一方で、金融、エネルギー、食糧など「ありとあらゆるものが戦争の道具になっており、世界中の多くの人々に影響を及ぼしている」という現状を指摘。また、国際秩序の未来をめぐる戦いとしての側面もあるとの見方を示しつつ、このウクライナ戦争の複雑な構図を語りました。

 その上でジョッシ氏は、世界はイスラム国やタリバンも掃討できなかった中で、さらに大きく、世界の食料やエネルギーも左右し得るロシアの能力を低減させるということは難しく時間のかかる課題だとしつつ、長期戦を予想。さらに国際秩序をめぐる混乱も続くとなれば、その影響を受けるのは脆弱なグローバル・サウス諸国だと強く懸念しました。

 こうした中で、中国の和平プランについて「世界は中国を信頼していないので成功しない」と断じたジョッシ氏は、将来的な停戦交渉の際にはインドや日本など「信頼された第三者が入って対話を作る必要がある」と主張。もっとも、その前提として「ビッグプレイヤーが先に同意しておく必要がある」とも指摘しました。


ロシアにプレッシャーをかけられるのはグローバル・サウス


 続いて発言した仏国際関係研究所(IFRI)のトマ・ゴマール氏はその冒頭、「セッションの標題となっている『「ウクライナ戦争から1年』はおかしい。実際には2014年のクリミア併合から始まっている」としつつ、2014年にはなかった新しい状況として、核戦争のリスクが出てきていることを指摘しました。

 その上で、現時点で想定される軍事シナリオについて「ウクライナが完全に勝つ可能性は低く、ロシアが勝利することもない。ウクライナが部分的に勝つという可能性が最も高い」と予想。

 停戦にあたってはまず、「ウクライナの安全の保障を確保することが必要だ」としつつそれと同時に、「SCOのメンバー、特にインドには期待している」と発言。ロシアにプレッシャーをかけられるのはグローバル・サウスであるとの認識を示しました。

 また、ロシアの今後については、「少なくともロシアにとって10~20年間は残念な状況になるだろう」としつつ、ロシア政府と国民の関係性についても言及。「この二つはやはり区別する必要がある。西側の制裁が続く限り、国民はますます影響を受けてしまう」と注意を促しました。


カンボジアPKOの再現を。日中独が停戦に向けて動き出せるように、民間も大きな努力を払うべき


 今回で7回目の「東京会議」を主催する言論NPO代表の工藤泰志が、最後に冒頭発言を行いました。そこではまず、ウクライナ戦争に対して、「模様眺めしている国がたくさんあり、全世界の問題になっていない」としつつ、「中途半端な解決をしてしまうと、ロシアが持ち直して再度侵攻に及んでしまう」と懸念。

 したがって、「決定的な解決が必要」との認識の下、国連PKOについて提言しました。そこではまず、「国連が機能していないこと」を問題視した上で、1956年にスエズ運河の管理を巡って勃発したスエズ動乱の際に派遣された国連緊急軍をモデルにできないかと提案。具体的には「日本が派遣したカンボジアPKOのような形を再現できないか。昨年実施した日中共同世論調査では、中国国民の半数がウクライナ戦争に反対し、PKO派遣協力にも6割が賛成している。平和秩序をいかにつくりだすか、中国やドイツ、日本が停戦へ向けて動き出すような大きな話を考えないと解決できないのではないか。そのために民間ベースでも大きな努力を払うべきだ」と述べ、さらなる議論進展を呼びかけました。


 冒頭発言が一巡したところで、ディスカッションに入りました。


元のウクライナに戻るよりも、統治ガバナンスを改革した「成功した民主主義国ウクライナ」になることが重要


 英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のクレオン・バトラー氏(グローバル経済・金融プログラム ディレクター)はまず、停戦後の復興について発言。そこでは、元のウクライナに戻るよりも「成功した民主主義国ウクライナ」になることが重要であるとし、汚職や腐敗をしないような統治体制にしていくことが大事だと指摘。ウクライナでは戦前からすでにガバナンス改革は進んでいたと評価しつつ、より一層の改革を進め後戻りできなくするためにもウクライナをEUに加盟させるべきとしました。

 バトラー氏は、制裁についても言及。「ウクライナが勝利するために制裁は不可欠だ」と一層の協調支援が重要になると語りました。


 カナダ国際ガバナンス・イノベーションセンター(CIGI)のポール・サムソン総裁は、現状はまだ軍事の段階であって外交の段階ではないとした上で、ロシアの弱体化を図る上で有効なのは、サプライチェーンの途絶であると主張。決して経済大国ではないロシアにとっては、こうした経済面からの攻撃によって打撃を与えるべきと語りました。

 その上でサムソン氏は、将来的な停戦後の和平交渉の仲裁役について言及しました。サムソン氏は、G7諸国にしても中国にしても「信頼性のある仲介役になれる国は一国もない」との見方を示し、その理由として「日本はロシアと難しい歴史があり、米国や中国もロシアとの距離感を考えるとふさわしい仲介者ではない」と語りました。

 その上で「国名はあえて言わないが、多元的・多極的な新しい世界の中では、グローバル・サウスで大きな存在感を示す国がふさわしいのではないか」と述べ、暗にインドへの積極的な役割に期待感を示しました。


どちらが勝っても難題は残る。中国も早期に終息させるつもりはないだろう


 ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)のカルロス・イヴァン・シモンセン・レアル総裁は、仮にロシアが勝利した場合について「ウクライナを併合しても、30年間近く民主化が進んでいた国を治めることができるのか。分断する可能性もある」と指摘。その一方で、ロシアが敗北した場合についても「核兵器による対応に出る可能性もあり、大変難しい事態に陥る」と述べました。

 また、中国の対応についても、世界が分断化する中で同陣営であるロシアのエネルギー資源などを囲い込んでいると指摘。「中国はロシアを“食い物”にしようとしているのではないか。中国はビジネスで儲けており、早く終息させるつもりはないだろう」との見解を明らかにしました。

 同時に、ロシア自体が分断化し、その一方が民主化した場合についても予測。そこが核兵器を持ったまま欧州に組み込まれることになった場合に、欧州の構図が変化し、アメリカとの関係が不安定化するリスクがあるとの見方を示しました。


ウクライナは勝利してもNATO加盟は難しい。中長期的な信頼醸成と安全信任をコントロールする措置が必要


 続いて発言したイタリア国際問題研究所(IAI)のエットーレ・グレコ副理事長は、ウクライナ戦争の意味合いについて「体制変革を試みた戦争でもなく、存亡の脅威にさらされた民主国家をサポートする戦いでもない。"代理戦争"と解釈するのは誤りだ」と主張。その上で、ロシアが敗北した場合であっても「ウクライナのNATO加盟は難しいだろう。中長期的な信頼醸成と安全信任をコントロールする措置が必要になる」と分析しました。
  


国連が機能しない現状においては、世界の英知を集結する必要がある


 シンガポールのオン・ヨンケン南洋理工大学S.ラジャラトナム国際関係学院副理事長は、対立を深める民主主義陣営と権威主義陣営の状況を踏まえて「どのコインにも両面がある」と喩えた上で、これは統治のあり方についても同様だと指摘。「二つの異なるシステムの違いを乗り越えてマネージして、共存する必要がある」と強調。それができなければウクライナを起点として欧州は再び冷戦を迎えると懸念し、共存のための外交努力をすべきと訴えました。

 同時に、過去においてより良いプロセスや制度の実現にあたっては「強いリーダーシップの存在があった」とも述べ、国連が機能しない現状においては、世界の英知を働かせる必要があるとの認識を示しました。


 その後、会場の聴衆との質疑応答を経てセッションは閉会しました。