総論
これまで1947年に制定された教育基本法と学校教育法によって形作られた日本の教育システムは、戦後日本の国民の教育水準を高め、社会・経済発展の原動力になってきた。
しかし、近年の社会・経済の変化や子どもをとりまく環境の変化に現在の教育は十分対応できていないと指摘されている。
そのような状況の中、2012年12月26日に発足した安倍政権は、その第1次政権時と同様に、「教育再生」を掲げ、経済再生と並んで教育重視の方針を打ち出し、教育再生実行会議を中心として議論を進めている。
文部省も6月には第2期教育振興基本計画を、11月には国立大学改革プランを打ち出すなど、矢継ぎ早に今後の教育政策の全体的な方針を明らかにしている。このため、「着手」という観点からみると、多くの評価項目で一定程度の進捗があると評価できる。
ただ、個別の課題をみると、目標の実現性が不透明なものが多い。
その理由の一つとしては、意見の集約が困難であったり、慎重な検討を要したりする課題が多い、ということがあげられる。例えば、「道徳教育」は、個人の思想や価値観の形成に国が関わっていくことに対する懸念の声が、実行会議や中央教育審議会のみならず、政府・与党内部でも多い。「教育委員会制度改革」では、教育の継続性・安定性や政治的中立性が損なわれることへの懸念が多く、制度設計の議論が続いている。「平成の学制大改革」は、長期にわたって国民間に定着した6・3・3・4制の見直しであるため、明確な方向性を打ち出せていない。「近隣諸国条項の見直し」では、東アジアにおける外交問題に発展することが懸念され、当面の検討課題とされた。
また、財源確保の展望がないまま打ち出されている政策も多い。「幼稚園、保育所、認定保育園、家庭での子育て支援」では、1兆円超の財源が必要であるが、消費税引き上げ分の0.7兆円の確保にとどまっており、残り0.3兆円分については基本計画でも「最大限努力する」旨の記述のみである。「幼児教育の無償化」でも、「地方負担分を合わせ年約2600億円の財源確保のめどが立たない」として平成26年度は無償化の対象を絞った上での実施となった。「いじめ対策」では、財政措置に関する条文が「国及び地方公共団体は、いじめの防止等のための対策を推進するために必要な財政上の措置その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする」と抽象的な内容にとどまっている。そもそも、消費税換算で4%(約10兆円)という目標設定自体が無謀な「OECD諸国並(5%)の公財政教育支出」が象徴しているように、全体的に財源確保への見通しが甘い。
そして、そもそも政策効果に疑問が多いものもある。「大学改革」は、これまで議論されてきた改革案と比べて新味がないし、「教科書検定基準の抜本的改善」に関しては、これまでの検定も事実上、政府見解に基づいた意見を付した修正をしてきていたので、この見直しがどう「抜本的改善」につながるのか未知数である。
教育改革は、一朝一夕で成るものではなく、中・長期的な視野からの取り組みが求められる。安倍首相は「教育は国家の基本」として教育再生に強い意欲を示しているため、今後も改革は継続していくと思われる。ただ、現時点では抽象的な理念だけが先行している政策が多く、その意味するところが何か、についての説明も十分であるとはいえない。
安倍政権1年実績評価 個別項目の評価結果 【教育】
なお、OECD諸国並という目標の妥当性を明確にしていないことも問題である。そもそも財源確保は手段であって、何を達成するためにこれらの財源が必要なのかが明確にされていない。
【土曜授業】文部科学省は土曜授業を行うことを可能とするため、学校教育法施行規則の一部を改正した。ただ、文科省の調査によると、教職員の代休確保などの勤務問題や、どのような場合に土曜授業を実施するのか基準が不明確であることなどから市区町村教委には積極的な姿勢は見られない。
【道徳教育】文部科学省の有識者会議が、小中学校の「道徳の時間」を教科に格上げすべきだとする提言をまとめた。文科省は2015年度にも教科化する方針である。
ただ、検定教科書の使用については文科省や自民党内からも「国が個人の価値観にかかわる教科書の内容を検定するのは難しい」など、否定的な見方が強い。そもそも、第1次安倍内閣時代の中教審でも慎重意見が多く、教科化が見送られた経緯があるため、実現までには曲折も予想される。
4・4・4制導入による利点としては、子どもの発達の早期化への対応や「中一ギャップ」と呼ばれる不適応問題の解消、小中高の連携による学力の向上などがあるが、委員からは「どういう学制区分が望ましいのか、ゼロから検討すべきだ」との意見が出る一方、「6・3・3制は国民になじんだ制度。変更には慎重な議論と国民への十分な説明が必要だ」との指摘もあるなど、明確な方向性はまだ打ち出されていない。また、義務教育期間の延長に関してはそれに伴う費用増大とそれを手当てする財源の確保などの課題もあり、実現可能性も現段階では判断できない。
ただ、提示した制度改革は、子ども・子育て新支援制度で示されている既定路線の確認にとどまっており、踏み込んだ内容にはなっていない。また、支援の質・量の充実を図るためには、1兆円超程度の財源が必要とされているが、消費税率の引き上げにより確保できたのは0.7兆円であり、それ以外の0.3兆円超の確保についての具体策は示されていない。
政府・与党は幼児教育無償化について、まずは5歳児から無償化を実施する方針。ただ、「地方負担分を合わせ年約2600億円の財源確保のめどが立たない」として平成26年度は無償化の対象を絞っている。今後については、第2期教育振興基本計画では、「幼児教育の無償化への取組について、財源、制度等の問題を総合的に検討しながら進める」としているのみであり、目標達成に向けた明確な展望は描かれていない。
これに対して、第2期教育振興基本計画や、「日本再興戦略」において、インターンシップの体験活動の推進について提言されている。
しかし、インターンシップの更なる充実に関する有識者会議が発表した「意見のとりまとめ」では、インターンシップを大学の単位に組み込むことのメリットを示しつつも、評価単位化については、まだ具体的な具体的な方策は示されていない。また、過去に経済産業省や文部科学省が実施したインターンシップ事業の効果があったとは言い難く、実現可能性については未知数である。なお、インターンシップの教育目標は何なのかを明確にせず、単位化自体を目的にすることは疑問である。
ただ、文科省が提示した検定基準は基準というには抽象的なものであり、審議会では異論も出ている。そもそも、これまでの検定も事実上、政府見解に基づいた意見を付けて記述の修正を求めており、この見直しによって実際にどの程度「抜本的改善」ができるのかは未知数である。
「近隣諸国条項」の見直しは、今回は見送っている。文科省幹部は「外交問題に発展することは確実なので、政府全体で検討する必要がある」と説明している。
ただ、分科会では、首長が学校現場などに介入しやすくなり、教育の政治的中立性が損なわれることや、首長が変わるたびに教育方針が変更され、教育の継続性・安定性が損なわれることへの懸念などの異論も根強く、従来通り教育委員会を執行機関とする案も併記した。改革自体は実現の方向性が見えてきているが、分科会は答申までに数回の議論を重ねる見通しで、どのような制度設計になるのかについては曲折も予想される。
しかし、一連の改革で重要な役割を担う学長の「リーダーシップの強化」に関しては課題も残る。まず、教授会の抵抗が予想されるし、そもそも、以前から学長のリーダーシップ強化については議論があるが、「プラン」で示された改革案は特に新味のないものである。さらに国立大学についていえば、「ミニ東大」志向から脱却し、自立した経営をどこまで望んでいるのかは不明であるなど、肝心の大学側の自立運営に対する姿勢が明確でなく、一連の改革によって、大学力の強化という目標が実現できるかどうかは現時点では判断できない。
なお、「特区化」については、教育再生実行会議は、「国家戦略特区」等を活用した取組みを国が支援する方針を示していたが、「国家戦略特別区域法案」には大学の特区化に関する記述はない。
しかし、特に地方においては第三者となる専門職の数自体が少ないため、実効性の確保に懸念が残る。
各分野の点数一覧
実績評価は以下の基準で行います
・未着手
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明していない
・着手後、断念したが、その理由を国民に対して説明している
・着手し、一定の動きがあったが、目標達成はかなり困難な状況になっている
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に説明していない
・着手し、現時点では予定通り進んでいるが、目標を達成できるかは判断できない
・政策目標を修正した上で着手したが、その修正理由を国民に対して説明している
・着手し、現時点では予定通り進んでおり、目標達成の方向に向かっている
・この一年間で実現した。もしくは実現の方向がはっきりと見えてきた