政治に向かいあう言論

日本の外交に今、何が問われているのか ―鳩山外交を評価する―

100120外交座談会
  全5話のindexを見る
参加者:明石康氏(元国連事務次長)
    白石隆氏(政策研究大学院大学 客員教授)
    添谷芳秀氏(慶應義塾大学東アジア研究所所長、法学部教授)
司 会:工藤泰志(言論NPO代表)


第5話 日本はどんな国を目指すべきか

工藤泰志工藤 最初に白石先生がおっしゃったことが非常に気になっていて、要するに答えはないのですが、日本が将来、世界の中で何を目指すべきなのか、という点です。外交はその中でそれを実現する手段になると思うのですが、こういう体系性はまだ感じられない。鳩山政権の動きを見ていて何か感じるものはあるのか、それともないとしたら、今、何を考えるべきなのでしょう。


大国意識を捨て、ミドルパワーの発想を

白石隆氏白石 その答えの一つの可能性は添谷さんがまえから言っているミドルパワーだと思います。あるいは少し妙な言い方をすれば、「ミドルパワー」とは言わないで(というのは、このことばはいろいろ誤解を招きやすい言葉ですので)、しかし、同時に、日本は超大国ではない、大きなオランダ、オーストリアでもない、日本はイギリス、フランス、ドイツ、カナダなどと同じクラスの国だ、それをどういうかだと思います。


明石康氏明石 それは「ミドルパワー・プラス」だと思いますよ。


白石 ミドルパワー・プラスでもいい、そういう一種の思い切り、それが国民的に合意される必要がある。それがあってはじめて、どういう国を作り、世界の安定と繁栄のために寄与していくか、みんな納得できるだろう、というのが僕の考えです。しかし、ミドルパワー・プラスがはたして日本の多くの人たちに受け入れられるのか。日本人のあいだにはまだずいぶん大国意識があると思います。

明石 ありますけどね。日本は安保理の拒否権をもった常任理事国を目指して、ダメになった。それで、拒否権のない常任理事国を目指そうという動きに切り替わりつつある。誰もまだはっきりとは言っていないですけど。添谷さんのミドルパワーの延長線上にある日本の国際的な役割というのがこれから具体化していくことだと思いますけどね。

添谷芳秀氏添谷 やっぱり発想の転換がすごく大事です。日本がミドルパワーかどうかというのは、外交を考えるときの発想の前提としてです。たとえば大国論とミドルパワー論の何が違うのかというと、大国論だとあたかも日本一国で全てできるかのような発想になってしまう。「日本がこれをやる、あれをやる」と。でもミドルパワー論だと、どこと協力して何をやるかという話になるわけです。日本が強みを発揮できるのは明らかに後者なのです。日本にパワーがあったとしても、そのパワーをどう使うのかというときに、たとえば中国やアメリカが一国主義的に戦略を考えているのと同じ次元で日本のパワーを使おうとしても、そんなものは形にならないわけです。
 パワーがあればあるほど、要するにミドルパワー論の前提である、どこと協力するのかという発想でやると、役割もそれだけ高まる。どういう多国間の枠組みと課題を組み上げていくのかという発想で日本のパワーを使うようになれば、日本の役割はもっともっと明確になるし、なおかつ外から見て透明になります。
 私のミドルパワー外交論というのはそういう話で、実は憲法の改正も、その延長線上の議論として再定義すると全然違う話になるわけです。大国論を前提にするかのような保守的衝動からの改憲論は行き場がない。やればやるほど袋小路に入る。これは別に改憲論のための議論ではありませんが、そういう発想の転換をすると、もっと潜在力を発揮できると思うのです。

北東アジアは核保有国がひしめき合っている

明石 今まで国連で日本が取ってきたいくつかのイニシアティブのうち、国連大学を作るとか、国連の分担金制度の改正とかでは多数派を作らないと達成できないので、かなりミドルパワー的な弾力性を持って行動し、成功した。そういうケースはあります。
 それから、アメリカでオバマ政権が成立したというのはチャンスでもあり、オバマはまさにブッシュの単独外交に反旗を翻して、核軍縮の問題にせよ、環境の問題にせよ、多国主義で、グローバル主義でやろうとしているので、それと相呼応する形で日本が動くチャンスがまさに来ていると思います。
 ただ、問題がひとつある。北東アジアにおいては、やっぱり北朝鮮の問題、核を持った国がひしめき合っているという非常に緊張した関係があるので、日本だけがミドルパワーで他の連中は安保理の拒否権を持った国であるという非対称性、この問題にどういうふうに向き合うか。その意味では、アメリカの政権との安全保障面での協力を強化する線で行くしかないという面はあると思います。カナダの外交、オーストラリアの外交、スウェーデンの外交、ノルウェーの外交は非常に国際社会をいい面で引っ張って行くところがある。そういう牽引力は決して大国からだけ来ているのではなくて、多くの場合はミドルパワーないしスモールパワーである場合さえも多いということです。

添谷 ええ。そういう意味では、アメリカとの関係を前提にしながらですが、僕は韓国やASEANは日本にとって非常に重要な協力相手、パートナーだと思います。これはレトリックじゃなくて、同じ目線で同じアジェンダを追求しながら、同じ地域秩序を語る対等なパートナーですよ。だけど日本はそう見られていないので、そういう言い方をしても彼らは胡散臭く思い、「お前ら何か魂胆あるのか」みたいな反応をされてしまう。それで、結局、日本外交が立ち行かないとか、戦略が出ないとかいうことになっている。ただ民主党政権になって、もう一度、周りが日本の変化を考え直したというのは非常にいいきっかけだと思います。
 要するに、今まで、日本のことを相当分かっている人でも、例えば安倍政権がピークですけど、保守派が力を増して憲法の改正云々をやりだした、その流れの中で日本の変化が着々と進んでいるというのが割と世界の常識的理解になっていた。だけど実は日本の変化はそんなものではない。それが、民主党政権が生まれたことによって、多分、証明されたわけです。だから、誤った大国論に基づく対日理解を再考させるには非常にいい政治環境です。民主党はそういう理解の体系を持ちながら、外交アジェンダを作って行けばいいと思います。

工藤 そういう意味では今の民主党にとってはチャンスでもあるわけですね。ただ、今の民主党は国民の世論だけを利用して、選挙的な対応だけで動いているような状況なので、足元が崩れ始めているわけです。

添谷 やっぱり戦略論がないのです。

明石 この政権には、さっき白石さんがおっしゃった「言葉の軽さ」というものをもっと意識してほしい。それと、アイデアの重さをもう少し意識してほしい。「主体性」なんて曖昧な言葉に逃げ込まないで、具体的なことで、環境問題でも、軍縮問題でも、日本らしいイニシアティブをとれる問題はたくさんあると思います。

添谷 民主党の中で、そういう政治家を育てていくしかない。戦後初めての本格的政権交代で、画期的な変化ですよ。だから時間をかけてゆっくり、ということでやるしかない。

明石 それだけの時間が果たしてあるのかということもありますね。

添谷 だからこそ、変なことをやらないでほしい。

工藤 そうですよね。修復するのがすごく大変ですから。前に行くのが大変なのに、壊すのは簡単です。

添谷 アメリカがいるうちは沈まない。鎖がつながっている。でも、そこにやっぱり気付かないといけない。底まで沈んでやっと気付いて、引き揚げられるというのは、この国の未来にとっても悲劇だと思います。

<了>

更新日:2010年03月09日

コメント(3)

お三方の論点は表現も視点も異なりつつ、鳩山外交の問題点の同じ核心部分を夫々に突いておられると拝読しました。それは、真に私の認識とも重なりました。

次なる課題は、「日本外交を成熟した大人の軌道に修正(注)させるには、どのような手段・方法があるのか?」になると思います。
  (注)とはいえ、自民党時代の外交が「大人の軌道」に乗っていたとは思えませんので、私には「第三の軌道」に乗り換えることが解決への一歩と観えますが。

第2話で、その課題に具体的な提言が行われ、問題解決への示唆や提言が行われることを切に期待します。
仮に、それらが「鳩山首相が、三氏の言に沿って自ら過去の認識を改めて軌道修正することを期待する」というのでは、鳩山首相の個人的資質も然ることながら人間全般が持っている資質の限界から考えても、問題の解決には繋がらないと思いますが・・。

第2話を期待しています。

少々しつこくて恐縮ですが・・、最も重要であるにも拘らず日本では「問題解決策に行き着く議論」が希少でしかないことが、国家的に大きな問題だと思っています。

以下の定義の「起承転結」に当て嵌めると、此処での論客陣の議論はどの段階まで進むのでしょうか?
起:解決されるべき問題点の特定と定義
承:問題点の要因分析と特定と定義
転:当該問題点を取り巻く多岐に亘る関連情報の分析と取捨選択
結:最も有効と判断された問題解決策の提案(併記でも良いが、択一されたものが望ましい。)

 議論し指摘・提起されてみえる皆さんは何らかの形で”オピニオン”の方々です。私と言えば市民・庶民と言えます。今,一市民の立場で言えることは余りにも情報が制約されていることです。先日,表に出た日米の密約は皆さんには公然の隠し事なのでしょう。しかしながら,一市民には唖然とすることです。国と国の熾烈なやり取りの中で”密約”がなされることは多々あるでしょう。但し,何時までも隠され・嘘がつかれること,そして”密約”の資料が廃棄されていることに怒りしかありません。政治家・官僚は自らの下した・取ったことを未来永劫,押さえ込み市民には知らせない人種なのでしょうか? そして,そう言った問題を顕わにする役(力)を有するメディアは何故知らんぷりなのでしょう?表向きの断片情報は溢れかえっています,それらを整理し問題を顕わにするメディアがなければ一市民は何を拠り所に判断できるのでしょうか。毎日新聞の記者であった西山さんの事件を今回知ることが出来ました。しかしながら,メデイアは殆どと言って良いくらいこの事件を掘り下げあるべき姿を示していません。これは言論NPOも同じです。キチッと情報が出ないままに判断は出来ないのです。当然明示・公開されるべき情報すら嘘と隠蔽されては何処に市民はより何処にすべきでしょうか。オピニオンの皆さんはそう言った情報にアクセスでき当然な事柄なのでしょう。その上に立って考え判断し提示されて見えるのでしょう。それでは皆さんの判断・提示が一市民には素直に受け止められないのです。年金生活に入っている者ですが,密約が無いものと嘘・隠蔽がなされてきた時期はせっせと税金を納めてきた身です。市民・庶民の営々と働き収めてきた税金が嘘・隠蔽に使われてきたとすれば,「日本の外交に今,何が問われているのか」が空疎になります。これは先日のNHKの「いま考えよう日米同盟」を見た時,「これまで」を放置した議論が如何に噛み合わず空疎であるかを感じました。”密約”と言う一部の問題ではあっても”公開”というパンドラの箱が開かれた以上,これに対して明確なスタンス・考えを示さない政治家・官僚の言は受け容れられません。それはオピニオンの皆さんに対しても同様に思います。嘘・隠蔽の上に新たな構築はないでしょう。どうか,「これまで」を議論し判断・立場をまず示して下さい。宜しくお願い致します。

コメントする

初めての方へ-「政治に向かい合う言論」の考え方・活動内容

私たちは、政治とは政治家にお任せするものではなく、自分たちが当事者として政策を判断し選ぶものだと考えています。問われるべきは、有権者との約束となるべき選挙の公約がいかに実現されたかです。有権者と政治との間にそんな緊張感ある政治を実現するため、政策の評価や議論を公開しています。

カテゴリ一覧

記事の種類 


未来選択:マニフェスト評価専門サイト
▲ページトップに戻る