政治に向かいあう言論

「日本の知事に何が問われているのか」/村井長野県知事

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村井 仁(長野県知事)
むらい・じん

1937年生まれ。1959年東京大学経済学部卒業後、通商産業省入省。1986年衆議院議員総選挙にて初当選以来、衆議院議員を6期務める。その間大蔵政務次官 金融再生総括政務次官、内閣府副大臣 金融担当、国家公安委員会委員長・防災担当大臣を歴任。2006年長野県知事に就任。

第5話 行政が平凡なことの連続だと理解できなかった田中前知事

 田中県政は頭ではいろいろなことにお気付きになったのでしょうが、残念ながらやるべきことをおやりにならなかった。メディアにだけ上手に登場されて、それでいろいろおっしゃったけれども、何も片付づいていないというのが現実ではないでしょうか。

 田中県政の問題点は山ほどあり過ぎて、私もいろいろなことを記者会見などでも言っていますが、私がはっきり申し上げられることは、行政というものはそんなにおもしろおかしいものではないということです。ニュースにならないようなとても平凡なことの連続だというご理解がなかったようです。やらなきゃならない当たり前のことをなおざりにして、どうやって目に付くことをやるかということに熱中されたのでしょう。

 やはり小説家としての本能的なものではないでしょうか。いろいろなことをおやりになりましたが、残念ながら、おやりになったことに少しこだわり過ぎました。例えば、脱ダム宣言が1つの典型的な例だと思います。私は彼が言った脱ダム宣言というのは間違っていないと思います。水源県である長野県はできるだけダムをつくるべきではない。ダムは例えば自然の土砂の流下を妨げる、しかもダムはつくっても未来永劫、永久にもつということはあり得ないから、だんだん土砂で埋められて、ただの野原になってしまうこともある。そうなるとまた掘らなければならない。生態系にも非常に大きな影響を及ぼす。それらはすべて正しい。しかし、どうしてもダムをつくらなければならない場合もある。そのときは判断をしてやらなければならないということだと思います。

 浅川の例は、いろいろ意見が分かれるところがありますが、私はダムをつくるのはやむを得ない例だと思いまして、最終的にそういう判断をしました。しかし、ダムの持つマイナスの要因をできるだけ減らすために、穴あきダムと称する、普段は川の水が自然に流れる、しかし大水が出るときだけは水を貯めて流下する量をある程度コントロールする、そういう形式のダムにしようということで割り切ったわけです。田中さんも、そういう選択をする余地があったのに、絶対的な脱ダムということに非常にこだわった。あれは褒められて、日本中のそういう関心を持っている方々に拍手されて、下りられなくなってしまったのではないですか。

 私は一言で言えば、職員と一緒に仕事をするというタイプです。職員というのは知事の分身であるし、知事は何でも知っていて何でもできるものではない。大抵の日常の仕事は職員が粛々とこなしてくれる。司々でやってくれることです。それを信用しなくてどうして仕事ができますか。

 個人的な経験からいえば、自分が本当に指示して指揮できる人の数はどう考えても両手の指の数です、10人です。それをさらに増やしても、足の指の数を足して20本、つまり20人です。それ以上の人数になると人のやっていることはわかりません。まして7000人のスタッフ、部下を思うように動かすなど、できるはずがありません。

 ですから、組織を信頼するしかない。信頼できる組織にしていく。それには励まし、ある程度の方向性も場合によっては示し、お互いに対話を通じて方向を見出していく。十中八九は、事務方がよく議論して詰めてきた話を、私が、「いいではないか」、「それをやってくれ」ということで済んでいます。

 田中さんはそういう人ではなかった。そのために非常に仕事がやりにくくなったのではないでしょうか。前知事の体制で一番大変だったのは、知事が何を考えているか、多分、さっぱりわからなかったことだったと思います。ですから、後任の私が、仕事をする環境を整備するのに、1年かかりました。私は去年9月1日に、県職員に対し、皆さん、自由闊達な論議をしてほしいと言いました。ところが、同じことを田中さんも昔言っていて、職員が自由闊達な論議をしたら、途端に飛ばされたり、不利益処分を食らったりした経験があるものですから、みんな構えてしまい、雰囲気がわかるまで時間がかかりました。

 国と地方のあり方をめぐる改革論議にはあまり興味がありません。それよりも大切なことは、今本当に県民が求めている長野県政とは一体何なのか。それを職員とともにきちんと提供できるような知事としての判断、知事としてのさまざまなメッセージの発信をしていくことだと思います。

全5話はこちらから

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