「2002.10.21開催 アジア戦略会議」議事録 page1
2002年10月21日
於 笹川平和財団会議室
会議出席者(敬称略)
福川伸次(電通顧問)
安斎隆(アイワイバンク銀行社長)
入山映(笹川平和財団理事長)
植月晴夫(三菱商事地域総括部長)
大辻純夫(トヨタ自動車渉外部海外室長)
加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)
谷口智彦(日経ビジネス編集委員)
鶴岡公二(政策研究大学院大学教授)
深川由起子(青山学院大学助教授)
工藤泰志(言論NPO代表)
松田学(言論NPO理事)
福川 おはようございます。きょうから「アジア戦略会議」の新しいメンバーとして、三菱商事地域統括部部長の植月晴夫さんと、トヨタ自動車渉外部海外室長の大辻純夫さんにご参加いただくことになりました。経済界のお立場からぜひいろいろなご意見をお願いしたいと思います。
きょうは青山学院大学の深川由起子先生から「日・韓・中の経済動向について~韓国経済を中心に」というお話を承って、その後、安斎さんから、それをめぐっていろいろなコメントをちょうだいするということで進めていきたいと思っております。
それでは、深川先生よろしくお願いいたします。
深川 皆さん、おはようございます。青山学院の深川でございます。
最近いろいろなところで報道されていますように、アジアをめぐる自由貿易協定が活発な動きを見せております。ご承知のように、日本とシンガポールでは今年5月に正式に国会を通過して、日本・シンガポール経済緊密化協定が日本最初のFTAとしてできました。これに続くFTAということでいろいろ動きが錯綜していますが、今私がかなり巻き込まれてやっております韓国、それから今月のAPECで小泉首相がフォックス大統領と会ったあと交渉に入ることがほぼ確実と言われているメキシコがあります。多分、メキシコが先にできて、韓国が続くことになると思いますが、かなり現実味を帯びた話になってきていまして、そこから次をどうやって広げていくかというところに現在大きな課題があります。 韓国とは話し合いをしているわけですが、韓国にとっての地域的広がりはすぐに中国になってしまう。これは、韓国の輸出先として、去年、中国が日本を抜いて2位になったという勢いもありますし、韓国の海外直接投資の件数でいくと約半分、金額で見ても30%は中国に集中している。両国の経済的つながりは物すごく強くなってきている。しかも北朝鮮を抱えているという地理的な状況から、韓国は中国により大きなインタレストを持たざるを得ないということです。
しかし一方、プラザ合意以降十数年間、通貨危機の直前まで日本の直接投資は集中的にASEANに向かっていたわけで、ストックで見るとまだ中国よりもはるかに大きい。かつ、経産省のアンケート調査ですからカバー率は非常に低いものの、ASEANにおける日系企業の収益率はヨーロッパの2倍あるのです。中国への直接投資の本格化は、まだまだ90年代の中盤に始まったばかりですから、収益上もそんなに大きくなってきていない。
最近は中国市場に物を売るという話が当然多くなってきてはいますが、それは再投資にかなり向いていることもあって、国内の収益の送金という意味でも、今の勢いをそのまま反映するものになっていないのではないかと思います。従って、日本の場合はASEANという産業集積を一回持ってしまっているし、通貨危機のときも新宮沢構想で600億ドルもコミットして支えてきたというつながりもある。そういう意味でも、ASEANをいきなり切って、北東アジアにシフトすることはできない。シンガポール、メキシコ、韓国ぐらいの中進国までは何とかFTAを進めようとしているのですが、今はそこから先の地域的広がりを少し考えていかなくてはいけない時期に入ってきているように思います。
これをめぐっては大変多くの議論がある。韓国の後どう出るべきかということだと、ASEANとの間には日本・ASEAN自由貿易協定のオファーはもう既にあります。ただ、日本・ASEAN関係というのは、バイの積み上げで日本・ASEANをつくっていくのか、ASEANグループで一括して自由貿易協定のようなものをつくるのか、今のところはっきりしていません。結局、ASEANの中でもFTAをすぐに結べるようなレベルの国は先発4カ国です。そして、今候補に上がっているのはタイとフィリピンで、マレーシアは十分資格はありますけれども余り積極的ではない。インドネシアはかなり混乱が続いていて、関心は見せているけれども非常に動きは鈍い状況です。
これをめぐっては、バイの積み上げでというのを強烈に指向する外務省と、ASEAN全体でやっていくべきだという経産省の間に、またいつもの――久しぶりに昔懐かしい争いを見たような気がしましたが――争いがあります。世界での注目度は非常に高いのですから、日本全体のFTA戦略を明確にしないといけないという懸念を最近感じています。
FTA戦略をトータルに明確にやるべきだということは、構造改革とFTAをどう結びつけるかということにもつながっていくのではないでしょうか。今までのFTAの論議というのは、かなり名目的、表面的なものでした。EUが通貨統合にまで進み、アメリカのNAFTAが拡大して南北アメリカ・グループができる。そういうのを考えると、アジアだけばらばらだと、結局、通商交渉におけるディバイド・アンド・ルールで損するのではないかという、主として通商官僚たちの危機感から出発してきたように思うのです。しかし、ここに来て、もう少しFTAを構造改革と連動させていくべきではないかという考えが出てきただけでも大きく転換してきているとは思います。
現在はGATT時代と違って、経済のグローバル化が全地域を巻き込んで進んでいるので、従来のような関税引き下げだけのFTAをやっても余り意味がなくなってきているのです。やはり日本とアジアの関係を考えた場合でも、直接投資が牽引する形での企業内貿易の寄与度は非常に大きいので、そういう意味では直接投資と貿易は非常に密接に絡まっています。それから、日本もアジアも、経済のサービス化がITを中心に進んでいるので、サービス貿易も物の貿易以上に非常に重要になってきている。そして、サービス需要を考えると、そこにデザインや研究開発であったり、それに関わる技術者の移動であったりといった問題が必ず出てくるので、FTAが関税引き下げとしてだけ論じられる時代は終わって、どんどん幅が広がってきているわけです。
経済緊密化協定(EPA)というのは、そういう意味でコンセプトとしてはかなり正しい方向に向かっていると思う。ただ問題なのは、結局日本は農業部門では絶対妥協しないから、それをほかのサービスとくっつけて誤魔化そうとしているのが経済緊密化協定だと誤解している人が、世界の一部にいるということです。例えばシンガポールの場合は金融やITなどの協力も大きな柱になっていたので、それをくっつけて農業は丸ごと棚上げに近い形にして誤魔化してきたと誤解しているわけです。これを、そうではないんだとはっきり説明しなければならない。
その試金石になろうとしているのが、メキシコと韓国です。比較的大きな農業セクターを持っているメキシコと、もう1つ、WTO24条上は棚上げができる規模ではあるものの、一応農業というものを持っている韓国、この2つが次のステップになっていこうとしているわけです。そういった幅の広がりがイコール構造改革と連動せざるを得ないということになってきているのですが、私は、日本のFTAに関しては、短期的な話と中期的な話をそれぞれ日本の現状に照らし合わせて組み込んでいく作業が実は一番重要ではないかと思っています。
お手元のグラフは、日本の輸出におけるアメリカとアジアのシェアを示しているものですが、このグラフでもわかるように、結局バブル崩壊の92年以降、日本の輸出を支えてくれたのはアジアなんです。確かに企業の収益上アメリカは大きいですし、最先端市場で最も競争の激しい市場ですから、アメリカで生き残らないと意味はないのですが、ボリュームとしては、結局バブル崩壊後もアジアへの輸出が続いています。当時私も某銀行の国際審査部と一緒に仕事をしましたが、アジアに貸し付けることによってバブル崩壊後の銀行業も一応支えられてきたという部分は確かにありました。
それ以降、ご承知のように通貨危機で非常に混乱が続くわけですが、99年以降を見ていくと、2001年はアメリカの構造調整の影響がすごく大きかったですから全体にマイナスになっていますが、実際、相変わらず日本の輸出の伸びとアジアの輸出の伸びがほぼパラレルになっている。日本は韓国をはじめとするアジア諸国と違って、輸出依存度が非常に低い経済構造です。中国でさえ20%を軽く超え、アメリカでさえも20%程度の輸出依存度なのに比べると、日本のせいぜい11~12%というのは非常に低い。したがって、日本国内の景気とアジアが連動して考えられることはほとんどなくなってしまっています。
確かに個々に見ると、アジアの場合、ヨーロッパやアメリカと違って、統一されたマーケットではなく分断されています。おそらくこの市場の一体感のなさがますますインパクトが過小評価されてしまう原因ではないかと思うのですが、もっとまとまってきてくれれば日本を支える程度の力はつけてきているということです。その意味で、いろいろ紆余曲折はあっても、FTAを中心にアジアがまとまることが日本にとってもいいと思うのです。
お手元のもう1つの表は、FTAが「日本・韓国」「日本・中国」「中国・韓国」「日本・中国・韓国」「ASEANと日本」「ASEANと韓国」「ASEANと中国」「ASEANと日・韓・中」でできた場合、どういうインパクトが日、韓、中に関してあるかというシミュレーションをしたものです。
日本の場合は、経済全体のパイが非常に大きいので、アジアとのFTAによってそれほど大きなインパクトを受けるということはありません。「ASEAN+日・韓・中」という最大のFTAができた場合でも日本のGDPは0.32%しか伸びませんし、輸出の伸びも4.97%だけです。次に韓国に対するインパクトですが、OECDに入っていて世界11番目のGDPを持つ韓国でさえも、「ASEAN+日・韓・中」のFTAができることで、GDPは4%近く(3.66%)伸びますし、輸出も倍近く伸びる。中国に至っては、GDPはそれほどではないですが、輸出入の伸びを非常に加速することになります。つまり、日本が受けるインパクトはほかのアジアとは違うわけですね。
ただ、こういうコンピュータのシミュレーションは、CGモデルを使ったシミュレーションなので、あくまで現状の延長として計算しているわけですから、非常にスタティックなものになります。例えば、FTAができることを見越して直接投資が急激に膨らみ、企業内貿易が大きくなっていくとか、あるいは人の移動が自由化することによって技術移転が加速するとか、こういうダイナミックな効果はコンピュータのシミュレーションには織り込めない。したがって、スタティックに考えただけでもせめてこのぐらいの効果はあります、ということです。今どき、長年ゼロ%成長を続けている国にとっては、たとえ0.32とか0.3でも、バカにならないインパクトであると理解するべきだと思います。
バブル崩壊後アジアのダイナミズムがある程度我々を支えてくれたという過去にかんがみると、今の状況では、短期的にとりあえず需要がどこかになければならないわけなので、アジアに対する輸出が少なくとも順調にいってくれることは、底を固めるという意味で非常に重要なことだと思いますし、その可能性は実際非常に大きい。アジアの場合は、通貨危機以降、揃ってほとんどマイナス成長になったわけですが、韓国に象徴されるように、そこからV字型回復できるエネルギーというのは、日本と違って全然成熟していない市場なので、潜在的に市場の反発力はものすごく強いと言えると思うのです。日本のアジアに対する輸出は、ほとんどが工作機械や資材に象徴されるように設備投資に牽引されたものですし、その設備投資はだれに誘発されているかというと、今までアジアの場合はアメリカだったわけです。この構造が、FTAによって日本との間で回るようにすればもっとダイナミックに成長できるのではないかということを、短期的な狙いとしてもう少し考えていかなければならないでしょう。
より中長期的に見ると、日本では急激に高齢化が進行しており、その中で若年労働者や技術者の不足といった問題が、既に起きています。IT技術者の不足が起きてくることも確実ですし、高齢化が進むと、恐らく家計とか法人部門の状況が違ってきますから、家計貯蓄を取り崩していく可能性もないとは言えない。死ぬまで握り締めて死ぬという人もいるかもしれませんが、常識的には、これだけ経済状況が悪くなってきているし、取り崩すか、もしくは非常に金利選好が強くなるのが普通でしょう。今は余りにも普通の状態ではないので、金利選好を捨てて郵便局にすがっていますが、本来成熟国のビヘービアというのは、資産を運用することによって若い国と競争していくしかないので、常識的に見れば金利選好は強まっていくはずです。
あと、少なくとも韓国の一部でのIT使用状況は日本より3年先を行っていること、それに加えて日本の高齢化の状況を考えると、日本の場合、ITより、どうしても環境とか福祉に関心がいくのは当然です。日本は、ほかのアジアと少し違う方向に関心がいきつつあるし、多分そこがマーケットとしてはかなり可能性があると思います。少なくとも今のようにどちらがより安いハードをつくれるかといった競争をやっても、とてもじゃないですが中国に勝てない状況でしょう。突破口は違う方向に考えざるを得ない。
それから、空洞化の話がしつこく出てくる1つの要因は、日本は先進国としては異常なほど直接投資の受け入れが少ない国であるということです。しかも外資を極度に敵視するような発想、今どき北朝鮮ぐらいしかやらないような発想の人がまだこの国にはいる。それがある限り、日本のやり方を今のまま全く変えずに、しかし一方で雇用は維持したいというのでは、すでに限界でしょう。直接投資を受け入れることによって、多国籍企業の持っているノウハウだとかダイナミズムに触れることができる。例えばスターバックスが大進出することによって、汚くて古い喫茶店は一掃されて、サービスがよくなってきている。その人たちが雇用を支えてくれる部分もありますし、もう考えを変えるしかない。
その意味では、アジアは通貨危機の後、みんな一斉に直接投資の誘致に死ぬ思いで取り組んできたので非常に先に進んでいますし、外資の立場から見ると、アジアの底の浅いマーケットと、日本の成熟し、大きな広がりを持ったマーケットとは全然は違います。しかし、そういう若いマーケットと非常に成熟した古いマーケットが、大きなマーケットに統合されていくことは、アジア市場の奥行きとかダイナミズムを考えた場合には外資にも非常にプラスですし、より多くの投資がアジア市場に向かってくることになるでしょう。
もう1つ別の問題として、空洞化との関係で中国の追い上げが出てきているというのがマスコミなどにはあります。相手は社会主義国ですが、日本は社会主義国ではないので、企業が収益を求めて出ていくのを行くなとは言えない。日本が魅力的な投資環境を整備しなければ、企業が成長を求めて海外に出ていくことはもはやとめられない。それをもう少し現実として受け入れるのがFTAの大きなメリットだと思います。
ちなみに、そういう日本と、アジアの中では最も高齢化しているし、最も日本に近い要素を備えている韓国を比べても、やはり韓国のほうが、まだまだ労働人口は若い。韓国で一時期8.6%までいった失業者が今2%まで落とせている理由は、労働移動が物すごい速さで進んだからです。失業者の大半が30代、せめて40代の前半でベビーブーマーだったという若さが、全然違うビジネスや場所に移動する勇気を可能にしたのです。もう1つ、英語教育やIT教育を韓国は国を挙げてやっていますから、その意味で、日本よりも、少なくとも表面的には直接投資やITビジネスが多少はやりやすい国になったと思います。労働問題は相変わらず残っていますが。そういう転換能力は若い社会が持っている強さです。外資は必ず効率のいい方に移動しますから、そういう国とFTAを組むのはいい。少しそうやってプレッシャーを受けないと日本はだめではないかとも思っているわけです。
韓国の場合は、特にそうやってITを中心に死に物狂いのインセンティブを積んでV字型回復をなし遂げたがゆえに、今や財政もGDPの30%近い公的資金を投入していますから傷は深いです。しかし、すでにプライムでプラス、2年前から財政も黒字に戻っていますし、さらに今まで税金を払っていなかった人たちがたくさんいるので、締めつければ幾らでも搾り取れることもわかりました。そういう意味では市場は韓国に対しては信頼感がある。たとえ公的資金を投入しても、成長に回帰せずに赤字だけが膨らんでいくのではないかという恐怖感をマーケットに与えていないという意味では、韓国は非常に成功しているのです。
ただ一方で、この9月の台風で、日本だと信じられないような非常に大きなダメージを受けたといったこともある、高速道路がいきなり流れてくるとか。つまり、IT部門で物すごく最先端をいっている面と、オールド・エコノミーのインフラとかは途上国のちょっと上ぐらいのレベルでしかないといったコントラストがすごく激しい国です。しかし、それも考えようによっては、ITの力で今黒字になってきた財政を、今度は社会間接部門への投資で発動し、去年のITクラッシュによる景気鈍化の衝撃を支えるだけの運用力があるともいえるわけです。それをやれば、まだ建設の浮揚効果は日本よりもはるかに大きいですから、また浮いてしまうということなので、やはり日本との潜在成長力の違いを見たように思います。消費者の消費意欲も同様です。
ということは、逆に日本から考えると、こういう若い国が横にいてくれて、特に円で、高い金利で借りてくれて、きちんと返済してくれるメリットは大きい。日本の資金フローの80~90%が欧米にしか還流していないということは実体経済の取引から考えると非常に異常な状態で、日本はそろそろ資産の運用先を真剣に考えていかざるを得ない。また、アジアへの資金還流は、90年代前半のバブル期一度戻ったわけですが、それは単に不動産バブルを巻き起こしただけに終わっていて、もう少しまともな資金還流のやり方を考えていかないと、アジアもまた不幸です。そこに潜在的な需要が物すごくあるのに、それを日本は活用し切れていないと思うのです。
それでは、実際どうするかいうことです。私は日・韓・中のFTAにも、日・韓も日本・ASEANにも関わってきたわけですが、韓国というのは日本のFTAの実験場だと思っているのです。歴史問題や核問題があるにしても、日・韓の組み合わせは貿易量からみても、また制度面からみても最も自然な組み合わせです。つまり、アメリカがメキシコやカナダとくっついていくように、これが最も自然な組み合わせというのが国際的な認知でもあるのです。
両国の制度は物すごく似ています。韓国はIMF以降随分変わったのですが、それでも法体系そのものが極めて似ているので、そうそう全体が変わったわけでもありません。行政の監督チャネルはほとんど同じですし、行政間の交流も非常に濃密です。多分そういう国はアジアにはほかにありません。例えば日・韓の場合は産業構造が非常に似ているので、構造改革をいかに加速できるかというのは日・韓FTAの核心的な部分の1つだと思うのですが、それがかなりのレベルでダイナミックにできる可能性はあるわけです。つまり、両国共に、まともな独占禁止法を持ち、直接投資はM&Aも含めて一応全面自由化されており、資本市場も全面開放されていてという制度のレベルがつり合っているからこそ、ヨーロッパやNAFTAで起きてきたようなクロスボーダーのM&Aや産業連携を通じて構造改革を加速していくことが可能になるわけです。したがって、日・韓でこれをやっていくことが必要です。それによって、アジアのFTAのある種の理想像、すなわち先進国の間のFTAのカバレッジとか、FTAのダイナミズムのモデルをほかのアジア諸国に提示して、皆さんできるところからやっていきましょうとするところに意味があると思うのです。
ただ、日本と韓国の間には、FTAのコンテンツ、タイムスパン、どこに広げていくかといった点ではまだまだ大きなギャップがあり、今そのへんを調整しています。いずれにしても韓国は日本とだけくっつくのは避けたいのです。韓国の政治的、社会的な成り立ちから考えると、そのプレッシャーは我々が想像する以上のものなので無理もないのですが。それで、どうしても中国を引っ張り込もうとするわけです。しかし、ここにはある種のアイロニーがある。日・韓の関係はこれまで官主導で進んできており、民間は常にライバルでした。官のチャネルはあっても民のチャネルは非常に希薄、つまり本当は主役は民でなければいけないのに官主導でやっているというねじれた状況がある。一方、中国との関係はどうかというと、当然のことながら中国とは余りに体制も違うし、レベルも違い過ぎるので、農業問題があることは別にしても、相手としてほど遠い。したがって官は非常に消極的です。しかし、民は中国の成長に引き寄せられていきますから、日・中の方は民主導になっているわけです。両者にはこのように大きなずれがあります。
もう1つ、韓国は構造調整でオーバーナイト金利30%を1回経験した国なので、つぶれるべき企業は全部既につぶれています。確かに、三星電子1社でアイ・ビー・エム、インテル、トヨタの収益をも抜き、日本の総合電機メーカー9社が束になっても22億円しか利益の出ないところを15億ドル近くもうけているわけですから、すごい企業になりました。しかし、それは一本杉なんです。残りはみんな焼け野原になっている。韓国はそのぐらいすさまじい状況になってます。
1回こうした経験をしていますから、日本のようにな中国脅威論がない。つまり、中国にかなり黒字を計上してきているというのはあっても、構造調整の過程でワールドワイドに生き残れるところしか今は残っていないので、かなりセグメントされたもの、競争は厳しいけれどもやっていくかしないのだというものしか中国には進出していませんから、その意味では、先に構造改革をやった国の強さがあって、中国脅威論が希薄なのです。これが、韓国が中国を引っ張り込もうとするもう1つの大きな要因になっていると言えます。
実際、中国のマーケットは本当に大きくなっていると実感しますし、韓国は製造業の基盤は弱い国ですから、製造業で日・中と競争して自分が残れるかどうかについては相当厳しく見ています。そこで出てきているのが北東アジア・ハブになって、自らはASEANの中のシンガポールのように物流や情報サービスなどのセンター機能を担っていくという構想です。中国もこれに対してはライバル意識をむき出しにしているので、韓国が思うとおりになるかどうかは不透明です。
ただ、韓国は小さい国だから規制緩和も大きい国より速くできる。そのスピードの速さは日・中より上なので、自分のアドバンテージはそこしかないというのはよくわかっています。しかも人口が4500万しかいませんから、若い人のほとんどが英語ができるというところまで短期間で仕上げていけるのをアドバンテージと考えると、それで勝負するしかないと思ってやっているわけです。それである以上、FTAの相手になってくれることは明らかなプラスです。
例えば中国のいくつかの港は、上海といえども拡張していますが、川の泥がひどいので浚渫のコストは決して安くない。中国は基本的に大陸国家、内陸中心の国ですから、あの巨大な需要に比して海岸線はそれほど長くはありません。したがって、港をつくるといっても限界があります。それに比べて、韓国は海に囲まれていますし、深い港がつくれる余地はあるので、そこで通関サービスだとかITとかで付加価値をつけていけば、少なくとも中国1国分の港の機能ぐらい担えると思っているわけです。同じような発想で空港もやっていますし、空港の周りの国際都市整備も一気にやろうとしているわけです。
そうすると、韓国は、地理的に見ても経済的連携から見ても、どうしても中国中心の組み立てになっていきます。もちろん、そこには、北朝鮮を最後に支えていくのは中国と日本と、そして自分たち韓国でしかない、もう北朝鮮のこれからの現実は自分のこととして考えなければいけないというのがあります。そこまで考えていくと、北東アジアとのFTAは、単に経済的なメリットだけではなくて、安全保障上の物すごく強い要請、戦略としてあるわけです。
韓国も口では日・中・韓といつも言っていますが、韓国もチリとのFTAを5年かた交渉していても、いまだにできないのです(その後、10月末で合意)。これはナシとリンゴでトラブルが出ました。ただ、日本・メキシコ交渉に合意などとAPECで発表されてしまいますと、自分がいかにも遅れているので、これはまずい、何が何でもチリとはやるぞと、とにかくAPECのタイミングに間に合わせるように全力でやっていると思います。ただ、随分時間がかかっている野は事実で、ましてや農業大強国の中国となんておよそ無理でしょうね。
ただ、韓国がこれにしつこくこだわって、日・韓先行ではなくて、日・中・韓同時にとやっていると、どうしてもタイムスパンが長くなってしまうか、あるいは内容がWTO24条に必ずしも整合的でないグレーなものになってしまうかのどちらかしかないので、日本はどうしても日・韓先行でという立場をとらざるを得ないのです。
ASEANとの関係についてですが、日系企業がここまで濃密にASEANに産業再配置してしまった以上、日本としてはASEANに立ち直ってもらわなくてはならないですし、この10年つぎ込んできた技術移転やいろいろな労力たるやすごいものがありますから、何とか日本・ASEANのFTAも実現していきたいということがアジェンダになっています。もちろん、中国・ASEANは既にFTAの交渉に入っているわけですから、外務省的なセンスから言うと、とりあえずそれに負けてはいけないので、やっぱり日本・ASEANを考えざるを得ないということです。
ただ、ASEANの場合はすごくスピードが遅い。しかも通貨危機以降、AFTAもなし崩しになってきているような状況です。この期に及んでもまだASEAN全体で交渉して長期にわたってやっていけばもつと思っているほど甘くはないですが、ASEANの現状認識はまだまだ不十分です。ASEANは依然非常にのんびりした世界であって、日本とASEANとの間にやや緊密度の時間感覚でずれもあるということです。
そのような状況なので、日本としては、おそらく日本・韓国までは一生懸命やっていくと思いますが、次の広がりを持ってやっていかないと、日・韓にも発展性がないですし、韓国とさえも実現しないかもしれない。どういうバランスをとっていくかというのは非常に大きな課題になりつつあると思います。
ちなみに、韓国とのFTAについては、構造改革との連動という意味でも大きな期待があります。建国以来の歴史の中で初めて、日本より先に何かをやって経済的に成功したという新しいフェーズに入ったことで、韓国には少し精神的に余裕が出てきています。このことと、さらに日・韓の間は地理的にも非常に近いので、FTAができると物すごく濃密な関係変化が出てくるというところにも期待があります。いつもマスコミは農業問題ばかり書いているのですが、日・韓のFTAの本質というのは、産業構造が近いですから競争的な面が大きいのです。それは農業、製造業以外にも、例えば物流インフラ建設などでは、現状ではとてもじゃないですが韓国のスピードに勝てません。そういう意味では、今、日・韓FTAの主たる事務局は外務省、経産省、財務省、農林省ですが、本当はその4省以外に例えば国土交通省とか厚労省とか、そういう人たちが出てこなくてはいけないほど、非常に濃密なインパクトが出てきてしまうものなのです。
例えば狂牛病だって、韓国の方が1年半前に発見されているのですから、もっと濃密にコンタクトしてきちんとやっていれば、ルートだって追求できたかもしれないのです。それには市場がインテグレートしていくというダイナミックな意味もあります。港をどうするか、空港をどうするかといったことも、国際競争力という観点から少しとらえ直さないといけないはずです。
また、法務省が非常に反対している外国人滞在についてですが、中長期にこれだけ労働力が不足している状態で経済を支えていくことを考えると、外国人の取り入れを一部考えざるを得ないでしょう。そのときに、在日韓国人あるいは朝鮮系の人たちも含めて、日本に来た最初の移民の人たちの待遇をどうするか、その人たちの次のラウンドとしてやって来る韓国の人たちをどうするかというのは、韓国人にとってはやっぱり心理的に非常にプライオリティーの高い問題にならざるを得ないですね。1つのビルディング・ブロックとしての意味を持っているので、これにも取り組まざるを得ない。結局、近隣国がいろいろな変化を迫ってくるのというのは、グローバライゼーションにおいては非常に普通のことなので、その普通のことを普通に受け入れることをまずやるということが、結局構造改革にも資するのではないかと考えております。以上です。
福川 いろいろと深い研究成果をお話しいただきまして、ありがとうございました。皆様方からいろいろご意見があると思いますが、まず安斎さんに日ごろお考えのことをとお話しいただいて、その後、議論していただければと思います。
安斎 深川さんのお話の中にほとんど私が言いたいことは出ておりました。実はグローバル化というのは共産主義の崩壊とともに始まったのですが、私の韓国とのつき合いは7年前からで、そう長くはないのです。中国とはもっと長くつきあっておりますが。そういう中で、95年から韓国で起こっていたことをみていて、やはり我々日本は島国だな、韓国は大陸続きだなという印象を強く持ちました。例えば、この頃から韓国では、学校教育で英会話教育とパソコン教育を小学校3年生から全国一斉に始めるという動きが出始めていました。
それから、深川さんが、韓国の歴史上初めて、日本に追随する政策から転換し始めたとおっしゃいましたが、私もそう思っています。実は戦後間もなくの李承晩大統領のもとでは、ほとんど韓国のやり方はアメリカのやり方そのままを何でも制度的に持ってくるというものでした。ところが、朴政権になってから何が起こったかというと、すべて兄貴分の日本のまねをすればいいということになり、いろいろな法制もすべてその方向に切りかえてきました。日本が五百円貨を出すというと、ほとんど同じ形で日本より早く出る。お札も同じような動きでした。ほとんど日本のまねをしていく。それがここ何年間では大きな変化が起こっております。
私自身、なぜ韓国との関係にこんな関心を持ったかというと、アジア危機の流れの中で、私自身も韓国についてある種の責任を負わされる局面に遭遇したからです。
話は飛びますけれども、北朝鮮の人たちが偽ドル札をつくってタイで使用しようとしたとかいうのが一時期話題になりましたが、過去にもあったのは、敵対国を転覆するため相手国の偽札を作るということでした。恐らく北朝鮮も同じような考えでやったのでしょうか。それとも単に外貨がないから作ったのでしょうか。私自身はこのアジア戦略会議の第1回議論のときに、国家とは何かというとき、通貨と外交と防衛を共通するものが国家なのであって、国土交通省のやり方が全国的に統一でなくてもいい、財務省のやり方が全国的に統一でなくてもいい、統一すべきなのは外交と通貨と防衛だ、こういうことを申し上げました。ですから、中国みたいな巨大なところだと、ほとんど省ごとに違いますが、そういうのも容認しつつ、外交と防衛と通貨だけは共通のものとさせている、それが国家だと説明しました。
これに反するところはどこがあるかというと、EUが通貨の統合から始まって、外交はかなりの程度緊密化していますが、まだそれぞれ国は違う状態で、EUは統合の過程にあるのだと思います。それから、香港と中国も、1国の中で通貨が2つある。歴史的にこの2つが初めてのケースです。いずれも統合に向かっての動きだろうとは思います。
通貨が何でそれほど大変なのかというと、国家の統一のシンボルであり、通貨発行権は巨額の収益をもたらすからです。収益をもたらすというのは、昔は殿様がお札を出すと丸々もうかるということだったのですが、近代国家で丸々もうかるというのはない。アメリカは財務省と連銀の関係は日本とは異なっていますが、中央銀行はこれを一緒にしたものとしてご理解いただきたいのですが、通貨が出るということは、すなわち中央銀行の借金です。借金があるということは資産がある。資産を買い取って、あるいは金を買って通貨を出す、あるいは貸し出しをすることによって通貨を出す、こういう仕組みになっています。通貨は金利ゼロです。ところが、資産の方は金以外は金利がつきます。この差額が収益になる。日本の場合にはゼロ金利ですから、限りなく金利が低いからほとんどもうかっていないですが、もし金利3%なら儲けは3兆円ぐらいになり、防衛費がほとんど賄える格好になるのです。ですから、歴史的に見ると、ほとんど外交、防衛のカネは通貨発行権益で補っているというのが各国とも理想形みたいになってきたんですね。
ところで、アジア通貨危機のときに、アジアン・ファンドの話が出ましたけれども、これがなぜアメリカのすごい抵抗を受けたか。まさにアメリカの通貨発行権益に触れることついて、アメリカに事前に相談もなしにやったことで物すごい怒りを爆発させてきたことだろうと思っています。それはどうしてかというと、我々、確かに外貨準備としてアメリカ・ドルを持っています。普通の民間銀行、民間企業なら他国の通貨の貸し借りは一向に差し支えないのですが、中央銀行あるいは財務省は必ず通貨の権益を持っていて通貨を創造する能力があるのです。
ですから、我々が資産として持っているもの他へ移転する。それだけならいいのですが、それを超えて通貨の創造になったら大変なことです。これは要するに偽札づくりと同じ機能なんです。ですから、日本の場合には島国でそういう歴史がないものですからそれほど関心を持たないですが、他国はこういうことに対して極めてセンシティブです。通貨の創造には結びつけないということを説明して持っていけば必ず応じてもらえる、そういう性格のものだと思うんです。あのアジア危機のときにはそういうことがありました。
危機で韓国がアタックを受けたのは97年10月でした。300数十億ドルだった外貨準備があっという間になくなった。この時通貨のアタックと同時にどういうことが起こっていたかというと、韓国系銀行の東京あるいはニューヨーク支店からの預金引き出しが殺到したのです。そうすると、韓国系銀行の資金繰りがつかなくなる。貸し出しを回収できればいいのですが、それが出来ないとなれば、政府、中央銀行の支援を得て、預金、借入れの返金要請に応えざるを得ない。その結果、あっという間に外貨準備を枯渇する状況になってしまった。
この同じタイミングで、わが国においては、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券、それから徳陽シティー銀行とつぶれて、デフォルトの嵐で信用の危機がクライマックスに達していました。そこに、日本に進出してきている韓国系銀行がみんなデフォルトした場合には、東京市場の大混乱は必至の状況でした。ですから、韓国にはIMFに駆け込んでもらわざるを得ないというのが、私どもの考えでした。
12月半ばに韓国大統領選挙があって金大中が新大統領になったのですが、金大中が実際権限を発揮するのは翌年からです。しかし、こうした事態に対する説明に対して、金泳三大統領、金大中次期大統領とも、IMFの力を借りてやっていかざるを得ないという結論が12月半ばに出て、辛くもデフォルトを免れたというわけです。そこには、同盟国韓国をデフォルトさせるわけにいかないという、アメリカ、クリントン大統領の意向も強く働いていました。
一方で、私が95年に韓国とのつき合いを始めたときから、韓国にとっての大問題が幾つか既に指摘されておりました。それは構造改革の必要性です。日本にキャッチアップするために日本をまねるということを産業上もやってきましたが、韓国と日本とでは歴史と蓄積に大きな違いがある。確かに韓国には日本とまともに競する先端産業的なものが非常に多い。現代から、三星、大宇と、大きな財閥が三十いくつあり、日本より産業組織が力強く見えますが、実はその下の中堅中小がなくて、いきなり零細企業という、非常に弱い構造になっています。しかし、それは逆に言うと、動きやすいということです。トップ財閥は、自分たちで金融機関もつくり、そこからカネを調達してどんどんやっている。先ほどASEANとの関係では、日本が先行しており蓄積があるという話がありましたが、韓国が通貨危機に追い込まれる直前は、自動車はインドネシアにも進出していましたし、マレーシアとも大々的にやっていました。要するに日本に追いつけ、追い越せという戦略です。それがなぜできたかというと、金融と財閥との緊密な関係、言い換えれば癒着があったからです。
韓国では、日本の比ではない派閥政治、労働組合の後進性、学生問題、財閥、軍の5つが五大悪と言われていたのですが、90年の共産主義崩壊以降、軍と学生がグローバル化の流れの中で大きく変化していきました。変わっていなかったのが政治、財閥、労働組合だったんです。この3つの改革なくしてはだめだというのが、韓国における改革派というか、良識派の流れでした。問題はどういうタイミングで改革をやるのかということだったのですが、まさに韓国が一番の窮地に陥ったときにこれらの改革に取り組んだのです。これをIMFからの圧力とかIMF方式と言われたのですが、IMFだけが強力に推し進めていったのではなく、韓国自体の中にもこの構造改革なくして韓国の近代化はあり得ないという流れがあり、これがまさにハード・ランディングの道を選択していったわけです。
先ほど申し上げたように、韓国の産業構造が日本とは違って、大企業と零細・個人企業しかないという二重構造というよりは一重構造であるために、動きやすかったということはもちろんあったと思います。しかし、それよりも何よりも政治の強い意思によってその改革が実現したのだろうと思います。私はこういうアジアと接しながら、一方で日本の金融システムの問題も抱えている状態の中で、日銀を辞めて長銀に行ったのですが、長銀を外資に売るときは、何で外資に売るのだとさんざん非難されました。しかし、どう見ても日本の金融はいろいろな規制で守られてきている、ひとつ新しい風を入れないことにはなかなか変わらないと思ってやったのですが、いかんせん長銀は余りにも小さ過ぎたですね。もっと大きいところであれば大きなインパクトを持って大きな変革に結びついたのでしょうが。
長銀を外資に売る時に、反対の声が強まりました。しかし、外資に売るということは、直接投資を認めるということです。直接投資というのは、資本を持ち込んでくるのですから、簡単には逃げられません、ということです。日本が満州に鉄道をつくりましたが、日本は鉄道を持って帰れましたか。結局、直接投資にはそういう性格があって、金融に対する投資も同じです。直接投資でやると逃げられない。逃げるときは、株を売るだけです。そして、株を買う人の方はもっと高くなるから買うんです。つまり、このこと自体、もう状況が良くなっているということですから、何も問題はないと思います。直接投資が損を出して逃げることもある。その損の部分が日本に残る訳で、日本の損にはならない。
そういうことで、後進国、あるいは私がつき合っていたアジア諸国はみんな直接投資以外に経済をよくする道がないので、直接投資は大歓迎なのです。それが何で日本では認められないのかということを随分説得しましたが、結局は長銀は外資に売るということになりました。
ご批判はもちろん受けますけれども、直接投資はその国にとっては必ずプラスになる。そういうことを認められないでは、本当に日本の苦境からの脱却は不可能だろうと感じています。過去の成功体験に、いつまでも安住していることは許されないと思います。
福川 ありがとうございました。それでは、皆様のご意見をお願いしたいと思います。
加藤 深川先生に質問ですが、韓国はNAFTAにも加盟したいという希望が相当あるということですが、そうすると、韓国側から見たFTAのプライオリティーからいくと、日・韓FTAはどのぐらいの順位になるのでしょうか。
深川 韓国はまずチリとFTAをつくって、そこからNAFTAにいこうとしたのですが、結局、アメリカが余り関心を持たない。アメリカにとっては拡大NAFTAの方が重要なのは当たり前で、同じようなクラスの国だとメキシコがあるのだから、何でわざわざこんな遠い極東の一国だけ離れたところにFTAを持たなければいけないのかということです。至極常識的な話です。あと農業問題などの、国内の調整が相当難しいことでも、あえて血を流しながらでもやるインセンティブというのは、地域の結束に求めざるを得ないということでしょう。隣の国だからしようがないというのは確かにあって、それがだんだんわかってきたので、地理的に遠いところよりは近いところの方が優先という発想になったのが、金大中政権の後半です。
この政権後半の時期は、韓国が太陽政策に拍車をかけた一方、アメリカは別にイラクだって、北朝鮮だって同じようなものだから、やるときはやってしまおうと言うことになる可能性を持ち始めていました。しかし、中国と日本は、それには耐えられないだろうという安保上の理屈を考えたとき、韓国にとって地域的に近いところの方が優先度は高いというふうに変わってきた面もあったと思います。
だから、5年前に日・韓自由貿易協定のアイデアが出たときは、とんでもない、世界で一番感情の悪い国とどうやったらFTAができるのか、という韓国の態度だったんですが、もうかれこれ4年ぐらい手をかえ、形をかえ、いろいろ討論しているうちに、戦略的に重要なのは日本だという感じがだんだん出てきています。もちろん具体的な決断は次の政権にならないとできないのですが、討論が続いていること自体が最初のスタートから考えると非常に画期的、それだけ向こうも真剣だということです。
谷口 小倉さんがソウルで大使をやっていたころだと思いますけれども、アジアン・カレンシー・ユニットのようなものを韓国側からも言い出してきたことがあったでしょう。あれはその後どういうふうになったんですか。
深川 あのときは韓国もそうでしたし、アジア全域が異常にナショナリズムに傾斜していました。これだけたたかれて、ユーロみたいに結束して、最後に通貨もつくってしまえば、という素朴なレベルの反発があったんですよね。
小倉大使の個人的なご見解もあったので、ナショナリスティックな方向に議論がいっていたのですが、やはり無理だということも最近はよくわかってきています。ただ、アメリカの計算外のものとして、アジアのASEANプラス3を中心とした結束は通貨危機の一つの産物です。あのときはすさまじい流動性の危機であったので、むしろ通貨的なものからASEANプラス3ができたわけです。それは、実体経済、人の移動、カネという順番できたヨーロッパの地域統合とはちょっと違う順で始まっているのですが、遅れてFTAブームに来たため、こうした統合に向かう側面はなくならないと思います。
ただ、今の我々の力では円の国際化ははばかられるものがありますし、中国は自分の通貨をアジアの最終アンカー通貨にしたいという非常にヘゲモニックな発想は絶対に捨てません。だから、日・中のどちらがアジアの統合でイニシアチブをとるかというのは、FTAの交渉で既に始まっていると周辺国は見ているので、通貨問題は非常にセンシティブな話になっていくと思いますね。
ただ、日・韓FTAの日本にとってのもう1つ大きなメリットというのは、地域的ながらも円の決済ができるようになるということです。資本市場を開放してからの韓国の景気は完全に日本にシンクロナイズしてきています。両国の産業構造が近いので、日本の景気がブレるに従って、通貨と株式市場の両方で韓国は日本に引きずられますから、例えば円高に振れたときは、日本の輸出企業株が下がると韓国の輸出企業株も同じようなものが連れ下げせざるを得ないという連動が実際最近起こっています。だから、韓国銀行は今はドルより円を意識していて、ウォンの円への連動性はかなり強くなってきているんです。したがって、ここのところ1対10で安定してきており、そういう意味では日本にとって為替リスクは減りました。それは大きなインセンティブになっていくべきだし、もともとライバル国なので、そのぐらいのことがないと、余り商売の種もないということです。
韓国企業は既にサムライボンドも出していますから、日本の三星電子が持っているR&D研究所なども日本円でサムライボンドを出して、日本円で借りて、日本人を雇って、そういう形で入ってきているんですね。今度六本木にすごい本社ビルが建ちますから、シンボル的なものができるでしょう。そういう意味ではこれはモデルケースなんです。一方、依然として日本の金融業の動きは非常に鈍いですけれども。ただ、銀行がだめなだけで、実は消費者金融の方がはるかにマーケット的に動いているのです。為替リスクもなくなって、IMFのときに利子の天井も外れましたから、上の利子を幾らでも取れるようになったので、日本の庶民金融は物すごいノウハウを持って韓国に行って、物すごい収益を上げているんです。大手銀行は相変わらず遅いので、韓国が崩れてきた今ごろになって、韓国がいいと聞いたんですが......みたいなスピードなのでだめです。(笑)つまり、インテグレーションの方向で進むところは実際出てきているんですよ。
植月 ちょっと話がずれますが、FTAというと、今までどちらかというと、農業がネックだ、ネックだと言ってきたのですが、近隣諸国とやるようになると、人の問題ですね。そろそろ日本も人をどうするかを議論しないと、あるときにボトルネックというか、暗礁に乗り上げてしまう。例えばフィリピンの場合だと、IT技術者だけに限って何千人受け入れるという個別的なことをちょこちょこやっていますが、そんなことではもうできなくて、日本として外国人労働者をトータルにどうしていくか、それを考えないといけない。こちらの方が農業問題なんかより、もしかしたらややこしいかなという思いもするのですが、どうでしょうか。
深川 結局、先進国の中で移民なしで農業を維持している国は日本しかないんです。アメリカはもとから移民の国ですから、人の移動を受け入れるか、自分がギブアップするか、もしくは自分が外に出ていくか、方法は3つしかないわけです。人の問題がだんだんFTAの中でも議論されてきていることは事実です。例えば、フィリピン人の看護婦とか介護士、あるいは看護婦の資格を持っていなくてもそれに準じた人たちや家政婦といった人たちの労働では世界的に実績があるわけで、派遣制度も整っているし、英語も使えるし、ほとんど犯罪も起こしていない、自分が被害者になることはあっても、加害者になることはほとんどない人たちなので、彼らの受け入れにプライオリティーを置いてくれと、日本・ASEANの自由貿易協定の中では、既に言ってきているのです。日本・ASEAN-FTA懇談会といった学者の集まりのときなどは、どんどんやればいいんじゃないのといった話になっている。 ただ、省庁間の調整は相当難しいようで、外務省は割と自由化の路線に来ていて結構圧力をかけているのですけれども、法務省は非常にかたくて、なかなかですね。
〔 「第4回 言論NPO アジア戦略会議」議事録 page2 に続く 〕
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