日中の相互不信とメディアの役割
第2回: 「お互いのことはまだ十分に知らない」
熊澄宇 そして、このメディアをどう見るかですが、4つほど皆さんに申し上げます。
まず第1に、現在のマスメディアはいろいろな形態をとっております。新聞のようなペーパー類、テレビのような音ないし映像類、インターネットやモバイルのような新しい形態のもの。これらのメディアはそれぞれ違う受け手を対象にしているわけです。例えば調査を見ていると、国家公務員、ないしインテリ層は新聞に情報を依存しております。一般市民は、むしろテレビから情報を得ている。若者、または現在社会で活躍している層は、むしろ新しい形態の媒体、すなわちインターネットから情報を得ているかと思います。異なる情報源によって受け手は異なる影響を受けるということになります。ですから、メディアについて考えるとき、異なる形態を区分して、それがそれぞれ具体的に受け手にどのような影響を与えるかについて検討する必要があります。
第2に、1つの問題について、現在は、同じことに関して、メディアによって異なる報道がなされ、しかも見解が異なっていくということもあります。これはむしろ正常な状態だと思います。社会に異なる声が存在していて、それが発表されることは大事であります。これが社会の進歩だと私は見ております。そし、その声や見解は、場合によっては一致しますけれども、異なるケースもあります。ですから、メディアに対して客観的に見る必要があります。
第3に、現在のメディアは多機能です。今までだと、メディアと言うとニュースメディアと定義づけしていましたが、現在では、教育、文化、科学技術、エンターテインメント、そして情報サービスといったものが機能として持たれています。日本に対する印象ですが、その多くはニュースメディアから得ているわけですけれども、それと同時に、他のメディア、図書とか映画、またはその他の出版物から得るケースもあります。私本人のことで恐縮ですけれども、80年代に日本の映画をたくさん見ました。「憤怒の川を渡れ」や「おしん」といった映画やドラマ。これらのものは知らないうちに日本の文化、そして日本を中国に伝え、日本に対する認識を変えていると思います。ですから、メディアの役割は多機能的なものであると思います。
第4に、メディアを考えるときに、その効果、エフェクトですけれども、いろいろなものがあります。受け手とその情報の発表者との間に、もちろんディスタンスがあります。メディアは人間がやっているものです。具体的な人間が一人一人集まりましてメディアが成り立ちますから、人間がいれば異なる考え方、異なる表現の仕方があります。ですから、メディアが正しく言ったり、または間違った発言をしたりすることを許してあげなければなりません。
そして、3点目に、このような状況を受けまして、我々はどうすればいいか、メディアはどうすればいいかということであります。まず、メディアは社会の良識として、社会の発展の中で、そして中日関係の発展の中で、積極的、プラスになるようなドライビング・フォースにならなければなりません。中日関係の中でどのような役割が果たせるか、という切り口で考える必要があります。そこには、まず、やりたいという意欲がなければなりません。中日関係を本当に前向きに発展させていきたいのか、中日両国国民のこの願望をどう扱うのか。一衣帯水の隣国として、数千年の歴史と文化の友好があった伝統を持っている国として、現在我々がともに世界の中で発展し、そしてアジアの中で共存していく。国民としてはこの関係を発展させていきたい意欲は十分にあるでしょう。
マスメディアはどう考えるのか。メディアにあれこれの報道がありますが、時には正しかったり、間違ったりします。一部意図的に何かを取り上げる人もいれば、例えば善良な意思があるものの悪いことをしてしまったケースもありますし、そして、意図的に悪いことをやる人もいます。
午前中、趙啓正さんから、日本のあるマスメディアは、中国の国内の宣伝、PR、広報は全部、軍と、軍の総参謀部、幕僚本部が決めているという報道をしているとうかがいました。確認しましたところ、日本にいる中国人が書いた報道だそうです。もしも日本の方が書いているのであれば、恐らく状況を知らないからそう書いたかもしれない、もしも中国人がそのように書いたのであれば、意図的に関係を悪くしようとしてそう書いたと見るべきだと思います。
そして、2つ目に、できるかどうか、アビリティーを持っているかどうか。認識能力、理解力、そして広く伝える能力などが含まれます。
メディアによってそれぞれオペレーション上、異なるやり方があるでしょう。そして、できるからといって必ずやるとは限りません。アクションは能力とは違います。アクションをとるにはいろいろと制約もあるでしょう。政治面、経済面、いろいろな影響を受けます。紙上の制約を受けております。例えばスクープ、独占を自分のところで発表したいですので、場合によってはそんなに重大ではないのに過激な報道をするケースがあります。場合によっては、このようなとらえ方はプラスになるかもしれませんけれども、マイナスになることも十分にあります。アビリティーの問題が解決された後にアクションをとるかどうかという問題があります。
このような意欲があれば、我々が自分の能力を大いに伸ばして、真剣に取り組み、両国のこのような関係の発展をプラスの方向に向かって推進できるのです。
今井義典 世論調査をベースにしたメディア論のお話をさせていただきますと、1つは、これだけの膨大な調査が日中両国で行われたということに対する称賛と驚きを表明します。そして、これを読み取る上で、少なくともジャーナリズムの世界に身を置いた人間ならば、適切な読み方、熊先生のおっしゃる参考にすべきポイントと、これをすべて科学的なデータとしてそっくり受け入れる、その狭間の中のどこに身を置いて読んでいくかということが大事ではないかと思います。
もう一つ、私が非常に驚いたのは、中国で世論調査ができるんだということです。(正直言って驚きました。)これは失礼な発言かもしれませんが、私の無知ゆえと思ってお許しいただきたいと思います。具体的に申し上げれば、どういう経緯でどうやってこういう調査が行われたのかまで私は知りたいという感じがしております。
それから、日本側の調査結果について私が驚いたこと、それから、極めて反省しなければいけないことですが、日本の調査の中でメディアに対する評価が低いということ、それに比べて中国の側の調査の中でメディアに対する評価が非常に高いということです(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。私たちメディアに働く者として、日本の多くの方たちが、必ずしも日本のメディアは客観的ではない、バイアスがかかっている点があると感じていられることは、自分のメディアではなくて、誰かよそのメディアだろうと思ってはいけない、自らの仕事それぞれを見直していかなければいけないなと感じました。
データの中で一番我々が心にとめなければいけないと思うのは、お互いの強い不信感です(この調査結果を見たい方はこちら/pdf)。この不信感をどう解決していくか、その中のメディアの役割は何かということになりますが、私は複数の正義、あるいは正義を主張する複数のグループ、考え方、そういったものをできるだけ精査して、その中から真実に近づいている正義というものを見きわめていく、そういう作業が必要だろうと思います。その作業は、私たち自身のメディアの中でやらなければいけない作業であるし、たくさんあるメディアの中からどのメディアを選んでいくかという作業は国民の中に必要です。そこには、いいものは結局勝ち残るんだ、多くの人たちの信頼を得ていくんだという、マーケットの浄化作用に期待していくという側面もあります。我々自身の努力として、メディアの信頼度を高めていく努力も必要です。
日中の相互不信、人々の心の中にある相互不信について、別のデータをご紹介したいのですが、アメリカにピューリサーチという、割合新しいシンクタンクがあります。そのピューの今年6月に発表になりましたリサーチで、世界の国々のお互いの好感度の調査をしたデータがあります。その中に日本と中国が含まれていて、日本と中国が相互にどう思っているか。実はこのデータも今回の日中で行われた世論調査とほぼ符合します。日本の人たちの中国に対する好感度は28%、中国の人たちの日本に対する好感度は21%です。これは隣国同士の好感度という意味で、ほかの国と比較してみますと非常に低いと言えます。
1つだけ典型的な例を申し上げますと、フランスとドイツの相互の好感度ですが、フランスはドイツの人に対して89%の好感度を持っています。実はフランス人は自分の国に対して好感度を持っている人が68%ですから、隣のドイツの方に好感度が高い。これはもしかしたらワールドカップ効果なのかもしれませんが、数字の上はそういうデータがあります。ドイツの人も同じような傾向です。ドイツの人がフランスに対して持っている好感度は72%、ところが、ドイツの人たちがドイツに持っている好感度は65%。できれば日中がそういう方向に進むような、そうした努力をこの日中フォーラムをベースに考えていくことができればいいと思います。
劉北憲 中国では国家統計局が専門的に中国の政治、経済、あるいは社会など調査をしておりますし、民間の調査会社もあります。ですから、2カ国の間で本格的にお互いのことを知らない状況が今あるということけれども、例えば、日本では百数十社の新聞社があると聞きました。しかし、中国では1つの省、例えば四川省だけで2000種類以上の新聞や雑誌があります。このことは今井先生と同様に私も非常に驚きました。日本で百何十社しか新聞社がないというのも信じられないことでした。このようにメディアに携わる者同士で同業者のことも余りよく知らないという状況があります。ですから、相手の国のことを伝えるということについてはもっと大きなギャップができていると思います。
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「第2回/お互いのことはまだ十分に知らない」の発言者
熊澄宇(清華大学教授)ション・チョンユィ
1954年生まれ。米国ブリンガムヤング大学にて博士号取得、清華大学教授、文化産業研究センター主任、ニューメディア研究センター主任。国家情報化専門家諮問委員会委員、教育部報道学教学指導委員会委員、国家新聞出版総署(国家版権局)新聞業顧問。多くの高等教育機関で客員教授を務める。これまでに中国共産党中央政治局の招聘に応じ、集団学習の講義を持ち、国家の重大プロジェクトの指揮及び起草業務に数多く参与する。学術著作8冊を出版。
今井義典(日本放送協会解説主幹)
いまい・よしのり
1944年生まれ。68年日本放送協会(NHK)に入り、地方局、国際部などを経て、ワシントンおよびニューヨーク特派員。95年から3年間はヨーロッパ総局長。この間86年から朝の「ニュースワイド」、93年から「おはよう日本」のキャスターをそれぞれ2年間担当。その後国際放送局長、解説委員長を経て、現在は解説主幹。
劉北憲(中国新聞社常務副社長兼副編集長、「中国新聞周刊」社長、高級編集者)
リィウ・ベイシエン
1983年大学卒後中国新聞社入社以来、編集役、ジャーナリスト、社会の反響を呼んだ一部の報道記事を書き、編集。中国新聞社編集長室副主任、主任、報道部主任。90年代初任副編集長として、重要ニュースの企画、報道を担当。1997年香港に派遣を受け香港分社長兼任編集長。2000年本社に帰還、副社長兼任副編集長。2004年常務副社長兼任副編集長。2002年より『中国新聞周刊』社長、一度編集長を兼任。
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