11月22日午前、都内のホテルで
、第4回アジア言論人会議「アジアや日本はどのような民主主義を目指すのか」の非公開会議が開催され、午後の会議に向けて、アジアでの民主主義の現状について、本音の議論や問題意識の共有が展開されました。
構造的な格差とグローバリゼーションに伴う格差
まず、言論NPO代表の工藤泰志は、非公開会議の前の協議で取り上げられた貧富の格差の問題に着目。まず、「貧富の格差」には、欧米でしばしば議論となっている構造的な問題とグローバリゼーションに伴う問題の二つがあり、後者が前者の問題を拡大していると指摘。日本では貧富の格差がアメリカほどは大きくはなく、政権も若者や女性に分配を進めようとしているが、それでもなお、富の独占が起こっている現状を真剣に考えなければならないという問題意識を提示しました。また、国内における格差と世界全体が抱える構造的な格差を区別する必要があると、論点の整理を呼びかけました。
マレーシアのパネリストは、2018年のマレーシアでの政権交代について、国民の経済への不満が反映していると分析。これまでの一党支配が国民と政治の乖離を促進したことから、新政権は国民のニーズに応えることが重要だと、新政権への期待を示します。もっとも経済活動の促進のためには、政府は国民以外にも企業からのニーズに応えなければならないという実態があるが、企業の要求に応えようとすると、国民の低賃金が前提の議論となってしまい、国民の要求に応えられなくなるという二律背反が課題だと語ります。
また、フィリピンのドゥテルテ大統領を例に挙げ、強権的であっても、貧富の格差という、構造的で短期的には解決が難しい問題を早急に解決するという要求を無視できない、と語るパネリストもいました。仮に国民からの要求に応えられず強権的政権が崩壊したとしても、国民からの要求に応えられるかが選挙での争点となると論じました。
フィリピンのパネリストは、即効性のある改革に向けた強権化のために、自国が改憲によって大統領の任期延長を行おうとしていることに言及。しかし国民は経済構造の改革を求めており、政治が国民からの要求に相反していることを改革している事例として上げました。
マレーシアの別のパネリストは、経済格差はこれからも進むだろうと断言。その中で、「弱い国はその分だけ失うものが多い」として、マレーシアが食料自給率向上のために穀物の生産に向けて努力したが、食料品の輸入が止まらず頓挫した結果、一部の貧困層が一貫して残存し、政府の対応が追いついていない現状を指摘。これからの政権は、農業や製造業などの衰退してしまった様々な産業や産業間格差に取り組まなければならないと主張しました。
続いて、インドネシアのパネリストはインドネシアの民主化について語りました。「基本的に順調」な民主化の下にも、所得格差は他国同様に存在すると分析。所得格差はグローバル化に基づく効率性向上の要求に関連しており、それによる犠牲者は政府にしか救えないと、政府の責任について語ります。しかし、インドネシアは「一緒に貧困であればよい」という思想や、寡占による特権の悪用という根深い問題を抱えており、これらの問題の解決の必要性を強調しました。
さらに、別のインドネシアのパネリストは、インドネシアの民主主義と経済成長の関連について、政権の柱と選挙での争点がGDP成長率や貧困率の削減、通貨下落対策に置かれるなど、経済政策が世論を満足させるために利用されている点を指摘。加えて、「ジョコ・ウィドド大統領に対しての支持率には世代差がある。ミレニアム世代をどう説得していくかが現政権の課題だ」と、政権支持に関する世代間格差についても言及しました。
民主主義を機能させる上でのメディアやインターネットの功罪
フィリピンのパネリストから、現代社会の持つ問題点について指摘がありました。「インターネットやSNSは誤解を生みやすい。民主主義を機能させるためには、顔を合わせて話をするという基本に立ち返る必要がある」と提案。
また、「アジアは多くの宗教の発祥地でもあり、平和やお互いを尊重するという価値観を培ってきた。この価値観を広げていくことが、ナショナリズムへの対抗になる」と、アジアならではの価値観の重要性を語りました。この見解に同意したフィリピンの他のパネリストからは、「民主主義とグローバル化のどちらかを選択するという二者択一ではなく、連立方程式を見出す必要があるが、これはアジアの私たち自身が作っていくものだ」とした上で、「強権政治からの離脱は今後様々な国で起きてくるだろう。その時に、公約を実現するという民主主義の価値観に応えなければならない」と、政治家が民主主義において公約を実現するという成果を出すことの重要性を強く訴えました。
ここで、工藤から「ナショナリズムは自国以外を批判して自分たちの支持を集めるパターンだったが、最近のアメリカでは、分断された世論を利用して、自分と異なる立場を攻撃し、支持を集めるという現象が出てきている。アジアにおける国内分断の問題は、考えなくても良いのだろうか」と、新たな論点が投げかけられました。
すると、フィリピンのパネリストから、国内における論争そのものが欠けているとの意見が出ました。その原因は、メディアにあると指摘。「SNSでは短い言葉で単純な発言が多く、反応も単純で、思考力が退廃している。また、最近のマスコミは、政策の掘り下げた分析はあまりせず、汚職問題ばかり報道する」と語りました。そして、この問題の解決のためには、国民も政治家も批判的な思考力を高める必要があるのではないかと提案しました。
加えて、他のフィリピンのパネリストは、SNSが武器のように使われていると指摘し、さらに、フィリピンにおいては、資金力の高い政治家がTVCMを流し、メディア露出度の高い政治家が当選しやすいという現状があると分析し、メディアやインターネットを利用した功罪についても触れられました。
民主主義を確立するときに突き当たる障壁
一方、マレーシアのパネリストは、「国内においては単なるナショナリズムだけではなく、宗教の過激主義が問題になっている」と、宗教に関する問題を紹介。「マレーシアでは、人種と宗教が絡み合って差別が激化している」と、国内の現状を憂える声が出ました。その原因として、「これまでは、政府が宗教や民族に関する議論を抑えつけてきたが、民主主義や平等を打ち立てたら、議論の基礎がないという問題が生じた。また、政府が主流のメディアを通じて、きちんと政策の説明をしてこなかった」という問題点が挙げられました。その上で、「マレーシア政府は5年後には約束した成果を出さなければならない。少なくともマニフェストの8割は果たせないと国民の支持を失うだろう」と、国民との約束を果たす必要があるという、民主主義国家での政治家の責任が強調されました。
続いて、インドネシアのパネリストが、安全保障と表現の自由のどちらを取るかは大きな問題であるとの疑問が提起されました。これについては、各国によってバランスの取り方は違い、欧米の人権団体からやり方を批判されているが、欧米は移民問題もあり二重基準だろうと指摘され、「各国の状況に合った調整が大事だ」との意見が出されました。また、ナショナリズムとポピュリズムを区別する必要があるとの指摘に対しては、「ポピュリズムを防ぐためには普遍的な価値観を導入するしかないが、今のところそのような価値観がない。ポピュリズムの是正の解決策はまだないが、少なくとも、対話によって解決策を模索しないといけない。国境を超えた課題であれば多くの国が結集する共通の基盤が生まれるので、共通の利害を見出せるかが今後の課題だ」と、国境を超えた対話を形成することの必要性が提示されました。
これにインドネシアのパネリストから賛意が示された上で、「ナショナリズムが国を愛するという意味ならば肯定するべきものだろう。それに対して、ポピュリズムは一時的な押し戻し、エリート層に対する抗議である」と、両者を区別する際の定義を改めることが必要だと発言しました。
最後に、代表の工藤は、「今日は、民主主義の構造と新しい変化の問題など、本質的な問題についてかなり議論が深まった。こうした議論が普通にアジアのリーダー間で行われる環境ができればいいと思う」と、これからの議論のプラットフォーム作りに意欲を見せました。
一方で、イスラム過激派に拘束された日本人ジャーナリストを例に挙げながら、最近国境を超えた課題解決に携わっている人が、肩身の狭い思いをする傾向が日本にあるという現状を憂えました。そのような現状の中でも、「民主主義が人々の権利や幸せに貢献していることを証明し続け、市民の支持を得て、競争力を増していくことが必要」であり、そのような大きな流れを作っていきたいとの決意を語りました。そして最後に、「皆さんがアジアの民主主義をけん引してほしい」と集ったアジア各国のオピニオン・リーダーたちに大きな期待を寄せ、非公開会議を締めくくりました。
山田晴菜(言論NPOインターン)