2006年の日本には何が問われているのか

2005年12月30日

2006年の日本には何が問われているのか
    ― 言論NPOのアドバイザー7氏はこう主張する

mastui_m.jpg松井道夫/まつい・みちお(松井証券代表取締役社長、言論NPO理事)

1953年長野県生まれ。76年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船を経て87年義父の経営する松井証券に入社。95年より現職。経済同友会幹事、東証取引参加者協会理事、国際IT財団理事等を兼任。著書に『おやんなさいよ でも つまんないよ』。言論NPO理事

現在の日本には品格が欠落している

 最近、藤原正彦氏の「国家の品格」が静かなブームになっていますが、新年のキーワードは「品格」だと思います。極めてファジーな言葉ですが、「品格」というものについてもう一度考え直すべきではないでしょうか。
 現在の日本には「品格」が最も欠落していると思います。これはインテリジェンスにつながりますが、決して日本人にインテリジェンスがないのではなく、逆に非常にあるからこそ品格というものを国民は強く求めています。
 昨年資本市場でM&Aの嵐が吹き荒れましたが、そこに「品格」のなさを感じた人は多かったのではないでしょうか。資本市場の「品格」の問題です。こうした問題がもっと語られ、議論されることが大切です。 

miyauichi_y.jpg宮内義彦/みやうち・よしひこ(オリックス取締役兼代表執行役会長・グループCEO)

1935年生まれ。58年関西学院大学商学部卒。60年 ワシントン大学経営学部大学院修士課程(MBA)卒。60年日綿實業株式会社(現 ニチメン株式会社)入社。64年オリエント・リース株式会社(現オリックス株式会社)入社。取締役、代表取締役専務、副社長、社長を経て、2000年より代表取締役会長兼グループCEO。1994年に行政改革推進本部専門委員、2001年4月総合規制改革会議議長、2004年4月規制改革・民間開放推進会議議長に就任。

小泉改革の継続とメディアのガバナンス

 私は大きい話と小さい話をしようと思います。まず大きい話についてですが、それは日本がこれから目指すべき社会についてです。もし日本に「アジア型成熟社会」というようなものをつくり上げることができるとしたら、きっと中国やインドとは比較にならないくらいユニークな生き方ができるだろうと私は思っています。日本は世界の中でもそういうことを目指せる唯一の国だと思います。そのためには、やはり経済パフォーマンスを上げないといけない。そうじゃないと成熟社会はできませんから。
 私は今、政府で規制改革(政府の規制改革・民間開放推進会議議長)をやっていますが、今年9月には、その規制改革の最大の推進力だった小泉さんが辞めてしまうということで、ひょっとしたら推進力も弱まってしまうのではないかと危惧しています。経済的なパフォーマンスをさらに上げていくためには、なんとしても小泉さんが進めている様々な改革を継続していく必要があります。何とか継続できるような形で次へ繋げないと、最後の成熟社会というものが出来ないと思うので、そういう意味では矮小化はしますが、今年は自民党の動きに注目していかないといけないと思っています。
 もうひとつの小さい話についても規制改革に関連しますが、「放送と通信の融合」というメディアのことについて考えていきたいと思っています。日本のメディアは「不況産業」かもしれないけれど、この「メディアを何とかしよう」というテーマのなかで議論されるのは、日本のメディアには共通して経営の「ガバナンスがない」ということです。ガバナンスができればメディアが立派になるかといえば、それは別だと思いますが、少なくとも「ガバナンスがない」ということに対してきちんと考えていかない限り、メディアは世論を引っ張っていけるような信頼は得られないと思います。
 そういう意味では、テレビ局も新聞社もひどいなという状況でして、私は日本のひとつの病根だと思っています。その病根に対して(言論不況の打開を唱えた)言論NPOが真っ向からどのようにぶつかっていくのか、今後の言論NPOの活動に大いに期待しています。

kobayashi_y.jpg小林陽太郎/こばやし・ようたろう(富士ゼロックス取締役会長)

1933年ロンドン生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートンスクール修了後、富士フイルム入社。富士ゼロックス取締役販売部長、取締役社長を経て、92年に代表取締役会長に就任、現在に至る。その他、経済企画庁経済審議委員会委員、文部省大学審議会委員、社団法人経済同友会代表幹事、などを歴任。現在は、総合研究開発機構(NIRA)会長、NTT取締役等も兼任

日本の民主主義をどう考えるか

 僕は、宮内さんが出された二つの問題と問題意識が重なるので、それを少し違った視点から話したいと思います。
 まず2006年の問題というのは、小泉さんの後を誰がやるのかということです。小泉さんがやってきた改革路線を例えば少しぐらいスピードダウンするとしても、基本的には同じ方向で進めるという意味でのリーダーシップを、小泉さんの後、誰が行えるのかという問題です。
 皮肉な現象だとは思いますが、小泉さんは政策決定プロセスのなかで自民党関与の度合いを随分、薄めたはずですが、むしろ今の状況は中川政調会長あたりがかってとはもっと違う形で直接的に介入している。こうした状況を見ているとポスト小泉として言われている人が、小泉さんと同じような形でリーダーシップを即発揮できるということはまずあり得ないように私には思えます。靖国問題とかそういうことではなくて、日本全体の内外の改革路線を一体どうやって維持していくのか。そうしたことについては、シナリオをいくつか作って、真面目に考えていく必要がありますね。
 それと関係あるのがメディアの問題です。少しオーバーに言えば、日本の民主主義というのは一体どういう民主主義なのかという問題に重なります。真面目なメディアの顧客は少なく、結局、何百万、何千万の人たちがつまんないメディアを読んだり見ている。平たく言えば、日本のメディアはカスタマー・オリエンテッドであり、問題は、そのカスタマーが日本の民主主義を作ってるわけですから、それは一体どういう民主主義なのかということです。
 スウェーデンのある政治学者が最近面白いことを言っていて、民主主義というのは、これはスウェーデンを対象にして言っているんですが、透明性が全ての薄いデモクラシーと、マスを対象とした問題を単純化したクイックデモクラシーと、いろんな意味で議論を積み重ねていくストロングデモクラシーがあるが、あまりに薄いデモクラシーとか、特にクイックデモクラシーばかりになっちゃうと、ひどい民主主義になってしまうと言っています。
 日本は100%クイックだとは言わないけれども、今の状況は70~80%はクイックデモクラシーだと僕は思うんですね。ストロングデモクラシーを良しとしている人たちはせいぜい有権者中10~15%ぐらいの層なのかもしれない、いや、本当は、ストロングデモクラシーを望んでる人たちはもっともっと多いんだけれども、それに応えられる政治家なり政党がいないということなのかも知れない。
 これは、メディアの問題とあわせて、「どういうふうに日本のデモクラシーを考えるべきか」ということを、テーマとして正面切って議論を始めてもいいのではないかと私は思っています。

fujisawa.jpg藤澤義之/ふじさわ・よしゆき(メリルリンチ日本証券株式会社代表取締役会長)

1936年生まれ。61年東京大学経済学部卒業。同年日本興業銀行入行。82年ロンドン興銀、同行常務取締役、副頭取を経て、2000年に取締役会長に就任。02年、同行退行。同年メリルリンチ日本証券代表取締役会長。経済同友会副代表幹事、日本証券アナリスト協会副会長などを歴任。

日本はどんな国を目指すべきか

 世の流れを見ていると、世界も、日本も、これまで主流であったグローバリゼーションに対し、リージョナリゼーションのバランスが回復してくる時代になってきているように思います。ということは、ある意味での差別化が進んでいくということでしょう。日本もグローバリゼーションの流れの中で邁進してきたのですが、逆に、「日本はどういう国になるのか」ということが改めて問われる時代になってきている。私はこうした議論が今年はもっと必要となってくるのではないかと思っています。
 2-3年前を思い起こすと、手のひらを返したような話ですが、景気回復の中で、世界経済のリード役としての日本に対する期待が大きいだけに、日本も日本経済のドライビングフォース(推進力)というものが何か、しっかり目をつけて育てていく必要があります。
 そのドライビングフォースとは、私はいつも言っているのですが、技術革新だと思います。日本の技術は世界に冠たるものがあるわけですから、もっとそれに目をつけて育成する、或いは、それに係わる人に具体的な夢を語らせて国民的なバックアップを築くということを、一生懸命やらなきゃいけないと思いますね。

seto_y.jpg瀬戸雄三/せと・ゆうぞう(アサヒビール株式会社相談役)

1930年神戸生まれ。53年慶應義塾大学卒業後、アサヒビールに入社。76年に神戸支店長、82年に大阪支店長、86年営業本部長を歴任。92年、代表取締役社長に就任。97年に日本経営品質賞を受賞。99年会長就任後も精力的に経営改革を推進。現在は相談役。著書に『逆境はこわくない』等。社団法人日韓経済協会会長。

「知の向上」と「知の結集」

 新年は、日本人の「知の向上」というものをどう図るかということがとが問われる年だと私は思うんですね。日本人というのは、一人ひとりは知識があると思うんですが、だけど、その知識を一人一人が発揮していないし、知が大きなパワーになっていないと思います。バラバラなんですね。そういった意味で、来年は、「知の向上」とさらには「知の結集」というのを考え、さらに議論を行っていただきたいと思うんですね。
 そのためには、教育のあり方というものも見直さなきゃいけませんね。教育の問題も含めて一人ひとりの知の向上と結集というものをやっていかないといけないと思います。
また、そういうことをすることによって、アジアの中での日本のプレゼンスというものをいかに高めるか、これが焦眉の問題であるというふうに私は思います。

fukukawa_s.jpg福川伸次/ふくかわ・しんじ(財団法人機械産業記念事業財団 会長)

1932年生まれ。55年東京大学法学部卒。同年通産省(現経済産業省)入省。ジェトロ・アムステルダム駐在員、太平首相秘書官等を経て、通産省事務次官に。88年退官。神戸製鋼副社長を経て、94年電通顧問兼電通総研代表取締役社長兼研究所長に就任。2005年12月より財団法人機械産業記念事業財団 会長に就任。主な著書は『21世紀・日本の選択』『IT 時代・成功者の発想』『日本への警告』等。

全体最適のあり方を追求すべき

 私は、今の日本で一番大事なことは、全体最適のあり方を追求するということだと思います。小泉首相は一点豪華主義で、郵政ならば郵政ということで国民の支持を得たのですが、政治の目的は、は部分最適を追求するのではなくて、全体最適を追求することにあります。今の政治にはそういう雰囲気が全くないわけです。
 つまり、2006年の議論で大事なことはポスト小泉体制が、どういう全体最適のビジョン作るかということだと思います。
 この場合、私は3つの点が大切だと思います。まず国内では財政再建や社会保障の改革を進めることがもちろん大事ですが、それと同時に、日本の成長力や社会の発展力をどのように維持するのか、技術力の充実、文化と技術の融合などによって日本の成長力を維持する戦略を作らなければなりません。
 2番目に大事なのは、国際公共財の提供に日本が積極的な役割を果たすことです。そのために外交の問題はどう展開するかということです。今、日本は、国際公共財の提供に、ほとんど何も出来ないわけです。国連の常任理事国にも入れないし、WTOの改革でもイニシアチブをとれない、FTAだって、中国などに先を越されて、アジアの期待には全く応えられていないというのが現状です。
 3番目に大事なことは、日本の社会の秩序というか、社会の持続性というか、連帯性が崩れていることです。企業の不祥事がいろんな形で現れ、犯罪は増え、検挙率は下がっている。教育水準も下がり、日本の社会の良さが崩れつつあるわけです。加えて、拝金主義が蔓延していて「カネのためなら何でもいい」という風潮が進んでしまっている。
 つまり、日本社会のディスプリン(規律)が崩れているように思います。
こうした状況を考えると、全体最適のビジョンに向けた議論が新年、特に大事だと思います。逆にいえば、そうしたことが今の日本はできないまま、孤立を深めているように見える。その結果、国としての魅力が下がり、国のブランド力とがどんどん落ちているというのが、今の日本の状況です。
そうした状況を立て直すことが06年の課題だし、言論NPOに求められている議論だと思いますね。

yokoyama_y.jpg横山禎徳/よこやま・よしのり (社会システムデザイナー、言論NPO理事)

1966年東京大学工学部建築学科卒業。建築設計事務所を経て、72年ハーバード大学大学院にて都市デザイン修士号取得。75年MITにて経営学修士号取得。75年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、87年ディレクター、89年から94年に東京支社長就任。2002年退職。現在は日本とフランスに居住し、社会システムデザインという分野の発展に向けて活動中。言論NPO理事

高齢化社会をどう経営するか

 「失われた10年」という言葉が今では過去のものになっているということは、やはりフェーズが変わったのだと私は思います。
 では、どういうふうにフェーズが変わったのか。そういう失われたことに逡巡する時期ではなく、新しいことをやる時期に今はなっている。小泉さんは、どちらかというと、壊す方に専念して、新しいものを組み立てるというところはできなかった。改革のテーマは構造改革という形で言われていますが、実際は超高齢化社会どのように経営するかというのが最大のテーマであって、その中に年金の話があり、医療改革などがあり、都市の空洞化などいろんなものがそこに全部入っている。地方の再生の話もそうです。これは、人口が減るだけじゃなくて、伝統的な意味での生産年齢を超えて、その人口が増えたときにどう社会を組み立てるのか。誰もやったことのないことに直面しているわけです。
だが、それに対する取り組みが本格的に始まったわけではありません。
 これを解決するためには10年はかかると思うけれど、そういうことで動き始めたという印象を国内外に示すことがまず必要と思いますね。でも、それが示せたわけではない。新年はその第一歩を踏み出して、高齢化社会をいかに経営するのかという、日本に今、問われている最大のテーマに日本の政治にはリーダーシップを発揮して取り組んでもらわないとならない。
 構造改革では、民営化ということが郵貯も含めて盛んに言われましたが、間が悪いことに姉歯事件のように、民営化すると、効率化追求であんな変なことが起こるというような、そんな雰囲気がでている。あれはかなり根の深い広がりのあるもので、来年の前半くらいはずっと問題になると思いますが、やはり効率追求、民営化すると効率追求だけになるではないかということで揺り戻しがあるのだろうと思うわけです。
 こうした状況下では構造改革、民営化というスローガンはもう古くなったと私は思っています。新しいテーマはやはり、新しい高齢化社会をどう経営するかという日本の将来に向けて前向きの経営の方法を考えることであり、この点では日本の政治もアメリカの共和党対民主党的な対立構造ではなくて、そうした新しい社会に向けての経営方法をどっちが先に出すかという、競争が政治のレベルでも始まる必要があります。
 われわれの言論NPOもそうした知の競争に挑み、日本の言論の存在感をより重いものにする必要があります。2006年はそのスタートの年だと思います。

 「2006年の日本には何が問われているのか」をテーマに、言論NPOのアドバイザーである、松井氏道夫氏、宮内義彦氏、小林陽太郎氏、藤澤義之氏、瀬戸雄三氏、福川伸次氏、横山禎徳氏の7氏に語っていただきます。