第1話:アジアの活力に日本を開くことがこれからの日本の針路
今の日本の課題は、いかにして日本の活力を取り戻し、政治、経済、社会、文化、あらゆる面で世界的に競争力のある日本をどう作っていくか、これに尽きると思います。今の日本はあまりに内向きです。かつては活力のあった企業の中にも、国内のそこそこ大きいマーケットで満足して内向きになっているところが少なくありません。しかし、1億人のマーケットで30パーセントのシェアを取るのと、アジア15億人のマーケットの3パーセントを取るのでは、後者の方が大きいのです。そういう発想がなかなか出来ないのが今の日本です。それをどう変えて活力を高めていくか、それが一番重要な問題だと思います。
日本の地盤沈下ということは皆が言っています。実際、その通りです。1990年の時点では世界のGDPに占める日本の割合は13パーセントくらいあったでしょうか、それが今では9パーセントまで下がっています。これは一つの指標ですが、相対的に日本の力が落ちているのは間違いない。
こうした問題を考える際、日本国内の政治経済の問題と外交、さらには国際社会における日本の地位は切り離せるものではありません。日本の外交は、日本の将来をどう作っていくか、どういう日本を作っていきたいかということと密接に関わってきます。活力のある日本というのはその一つのアイデアですが、これをいかに実現するかを考えれば、外交においても、なにが求められるか、おのずと答えは出てきます。
例えば、日米同盟はアジアの秩序のアンカーであり、日本の安全保障のアンカーでもあります。アジアはこれから日本が生きる場です。そこに日本の企業が出て行ってビジネスをするというだけでは不十分です。これから先、どうやって日本に活力をもたらすかを考えれば、日本の企業がアジアでビジネスをするだけでなく、優秀なアジアの人たちが日本に来て、日本の企業で働く、起業する、ということが同時に必要です。
日本の産業が二極化しているということは最近、よく指摘されるとおりです。非常にイノベーティブな技術を持っている企業、世界的シェアを持っている企業など、決して少なくありません。しかし、その一方で、国内市場のみを相手にして、まったく成長できないでいる企業も少なくありません。そういう企業に限って、国に頼ろうとする。日本をもっとオープンにし、優秀な人材に来てもらって、活力を高めるほかありません。
構造改革という観点から言えば、小泉改革の時には銀行の不良債権問題があり、ゾンビー企業の問題があり、改革について大きな説得力がありました。今は銀行の不良債権問題は処理されました。しかし、日本の労働市場、農業市場は決してオープンになっていない。しかし、たとえば、農業を保護することが長期的に日本の農業の活性化に繋がるのか、大いに疑問です。農業人口の平均年齢は60歳を超えており、産業自体がそれを支える人たちの老齢化とともに死につつあります。そういうときにただ今だけを見て日本の農業を守ろうという考え方は単なる対策であって政策ではありません。それを政策というならそれはすでに破綻した政策です。しかし、それでもこれから徐々に労働市場の開放、農業市場の開放は進んでいくでしょう。EPA、FTAは世界の大きな趨勢であり、日本だけがそれに抵抗するわけにはいきません。問題はその先です。われわれはそういう先を見越してどういう日本を作りたいのか考える必要があります。わたしの見るところ、いまの趨勢が続けば、競争は国と国の競争以上に、都市、大学、企業、NGOなどの競争が重要になっていくと思います。
日本人よりも高給取りのアジアの金融のプロ人をどうやって東京に連れてくるか、世界的のどこでも通用するようなトップクラスの研究者をどうやって日本の大学に来てもらうか、優秀な学生をどう集めるか、それが鍵になります。そしてそこで重要なことは、これを中央政府、あるいは東京にある政策コミュニティーで考えるばかりでなく、仙台で、静岡で、あるいは福岡で考える。これからはそういう時代です。
発言者
白石隆(政策研究大学院大学副学長・教授)
しらいし・たかし
1972年東京大学卒業、86年コーネル大学よりPh.D.を取得。79年東京大学教養学部助教授、87年コーネル大学助教授、96年より同大学教授。98年より京都大学東南アジア研究センター教授。経済産業研究所ファカルティフェローを兼務。主著に『海の帝国、アジアをどう考えるか』『インドネシア国家と政治』等。