2014年、日本の課題を解決していく中で言論NPOが果たすべき役割とは / 明石康 (国際文化会館理事長、元国連事務次長)

2014年1月01日

明石 康氏明石 康
(国際文化会館理事長、元国連事務次長)


「祈る平和」から「創る平和」への転換点

 東アジアの歴史を振り返ると、中国が強かった時代が長く続き、19世紀の半ばに日本がそれを逆転し、現在は史上初めて双方が強国として対峙している。この東アジアの状況は1914年の第一次世界大戦直前の状況に非常に似ていると、イギリスのEconomist誌が指摘している。

 私は1995年から約2年間、ユーゴスラビアPKOの国連側責任者としてボスニアのサラエボを訪れ、第一次大戦の突発口になったオーストリア皇太子の暗殺現場に立って考えることがあった。特に感じたのは国際平和がいかに脆いかということであり、各地の平和は様々な意味で繋がっている、という意識だった。現在、第二次大戦後のバランサーであったアメリカが弱体化しており、それが平和の脆さを一層際立たせていると言える。

 20世紀初頭から続く現象が二つある。一つは、世界で民族間の対立が激しくなっていることであり、二つ目は、にもかかわらず経済や金融の面で、世界がますます一体化していることである。環境、感染症、テロリズム、海賊問題など共通の脅威に対しては、我々はともに立ち向かうしかない。

 その中で、プロが担っていた従来型の外交が、政治家主導の外交に移行し、それに対する不信感が人々の間に広がり、不安を与えるようになっている。国境を越える課題がますます増えているにも関わらず、各国で「世論の国粋化」とも呼ぶべき現象が進んでいる。そして、国粋化した世論が各国の政府を突き上げるようになっている。また、政府が政権基盤の強化のために国粋化した世論を利用することもしばしばである。

 それに抵抗する力として、ITの力で1人ひとりがマスメディアを介さず自分の考えを表明する、という現象もある。そのように見ると、我々には一般的な世論(せろん)と内省的な輿論(よろん)を区別することが要請されていると言えよう。そして、冷静で健全な「輿論」を我々がどのように育成するか、が重要になっている。その文脈で、言論NPOの存在が益々脚光を浴びることになる、と私は考える。

 今、人権や民主主義、平和について、世界的な基準を適用すべきだとEU諸国などが主張している。一方、アジアやアフリカ諸国では、これを先進国の押しつけだと考え、国家主権や民族意識の方が大切だという主張が高まっており、この二者の衝突がいま顕在化してきている。国連など国際機関の役割は依然として大きいが、複雑な問題の前に国際機関が漂流し始めているようにも見える。

 そのなかで、我々の当面の問題の解決には、私が「祈る平和」と呼んでいる、従来のように平和を祈っていればいいという態度ではとても十分ではない。「創る平和」あるいは「積極的平和主義」の中身について議論し、それについての共通認識を育てていくことが急務になってきている。

 我々日本人は、戦後の平和主義をどのようにこれから発展させるか、という大きな課題を背負っている。戦後の平和主義には消極的な側面もあったが、それは、同時に貴重な人類的な遺産でもあった。それを単にサンフランシスコ平和条約のような「足かせ」と見るか、それとも中国の指導者たちも認めたように、敗戦後の日本に育った国際主義・平和主義を積極的に評価し、今後の東アジアの国家間関係を安定化させる基盤の一つとして捉えるのか、我々は改めて考えを整理してみる時期に達したのではないか。そして、このようなことを対話の場で率直に議論し、1945年に多くのアジアの人が感じたように、「不戦の誓い」の意味を改めて確認することが必要になってきたのではあるまいか。 

 アジアの多様な文化と民族性を尊重し、互いに対する寛容な気持ちを持ち、単なる外交辞令ではない「人間主義」、「人類主義」とも呼ぶべき共生のための強固な基盤をつくる大事な転換点に、日本も、アジアも、そして世界もいま立っている、と私は考えている。



槍田 松瑩(三井物産株式会社 取締役会長)小倉 和夫(国際交流基金顧問)川口 順子(明治大学国際総合研究所特任教授、元外務大臣)武藤 敏郎 (大和総研 理事長)宮本 雄二 (元駐中国特命全権大使)茂木 友三郎 (キッコーマン株式会社 取締役名誉会長 取締役会議長)宮内 義彦 (オリックス株式会社 取締役兼代表執行役会長グループCEO)アドバイザリーボード紹介