「議論の力」で強い民主主義をつくり出す
今の日本の政治は衆参ねじれの状態にある。民主党に一度やらせてみたらと判断する国民も出てきても不思議はないだろう。もちろん、そう思ってもらえるだけのものを民主党が出せればの話である。
政治の舞台ではいろいろな話が出る可能性はあるが、問題なのはすぐ数合わせをしたがる人が多すぎることだ。大連立の話もそうだが、全てを数合わせのせいにして政策は何でもいいような話が横行するのは一番、まずい。やはり、とにかくできるだけいいマニフェストを書き、その実現に向けて政治が動いているということを見せない限り、政治の評価は暴落する。密室で何かをするのは一概にいけない、と言うつもりはないが、そこから出てきた旗印と政策がなるほどと思うものでなく、ただ離合集散が繰り返されるという話になれば、政権選択選挙の準備は整ったけれど、政党自身がそれを壊したということになる。これでは、マーケット的にも国際的にも、大変なマイナスになる。何を軸にして政治が動いているかをはっきり見せるというこだわりを失ったら、日本政治の背骨が折れてしまう。そういう意味では日本の政治は非常に難しい段階に来ている。
昨年の大連立の話は、とにかく自分たちの利益になることをやりたい、そういう一念しか私には見えなかった。ここで重要なのは、与野党の両院の議席配置の結果、今の政治は何もできなくなった、という論理を余り容易に受け付けないことだ。そんな話はやるべきことを国民に説明し、努力した結果でなければ意味がない。しかも挙句の果てに自分のたちの議席を守りたいという話を中選挙区制という選挙制度の話に絡めて出すのは、もう20年前に話が戻るような感じがする。
国民と政治との関係が非常に緊張感を帯びてきている中で、自分たちの利益でやりたい放題のことをやろうみたいな話が出てくると、本当に可笑しなことになる。選挙の結果、どんなふうに政治を動かすかについて、いろいろアイデアが出るのは一概には悪いことではないが、与野党の関係が衆参で逆転していることにすべて責任を負わせて、政策面で何もしない口実にそれを使う政治では、未来はない。
特に、野党の政策が実現できないのは、それだけの議席を衆議院に持っていないのだから当たりである。大連立を行い、自分たちの政策を実現して政権担当能力を見せたいといっても、衆議院であれだけの議席しかもたない野党の政策が、実現することがあり得るかのように国民に説明するのは、二重に間違った議論だ。これでは大連立できるなら衆議院選挙では、勝たなくていいと言っているのと同じだ。民主党のリーダーの問題は、選挙前にまた党内からも議論が出る可能性がある。民主党は、選挙での勝敗ラインはある意味では、過半数に置けばいい。その意味で民主党の方が戦いやすい。自民党・公明党は連立政権でいくとして、今よりも多い議席を、あるいはせめて3分の2をくださいと話を有権者にして選挙するのか。それで政権を維持させてほしいというのか、説明が難しい。選挙が始まる前から与党は何のために選挙するのか問われることになる。ただ、民主党も2007年の大連立騒動の担い手の党首を抱えているために、本当は何を考えているのかということになり、そこに一つのハードルがあると思う。
小泉さんの2005年選挙は、政策をまじめに論議しても意味はないという雰囲気をつくったというマイナスの遺産を遺した面がある。テレビ向けにうまくやれば何とかなるというような、国民をなめたような感覚が、安倍政権の参院選敗北の原因になったのかも知れない。
国民も、2005年の選挙はまずかったなと結構覚えている。もっとぎりぎり政治家を問い詰めるような選挙をやらないとだめだ、ふらふらっと投票に行くようなことでは、とてもではないが、自分たちの年金もおぼつかない、こういうことが大体分かってきた。
これまで日本の政治家は、選挙はその場限りの話でその後の政策の軸に必ずしも有権者に向き合ってこなかった。そこがマニフェストを推進上、難しい問題として残っている。だから、お互いぶつけ合いをしながら堂々たるマニフェストをだしてもらうように国民が圧力をかけていく以外に方法はない。
マニフェストの中身をよくするということと、終わったら忘れるという問題をセットで解決しなくてはいけないという意味で言うと、民主党もほかの政党もまだまだ課題がある。問題は、ともかくそれなりの水準にマニフェストを仕上げていく努力がまだ十分ではないことだ。
佐々木毅(東京大学前総長・学習院大学教授、21世紀臨調共同代表)
ささき・たけし
1942年生まれ。65年東京大学法学部卒。東京大学助教授を経て、78年より同教授。2001年より05年まで東京大学第27代総長。法学博士。専門は政治思想史。主な著書に「プラトンの呪縛」「政治に何ができるか」等。
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