「議論の力」で強い民主主義をつくり出す
福田政権をどう評価するかにも関係してきますが、福田さんはかなり辛辣なことを言っても余り人に憎まれないという人徳があって、まあうまくこなしている。みんながそれを外から傍観しているという状況です。小泉純一郎さん(元首相)のように、「敵か味方か」という問い掛けのもとに、観客を見方に引きずりこむポピュリズムの手法はとらない。ただ、私の基本的な考え方は、冷戦構造が終わってから、世界史的な大きな変革が起こっている。そして、それに対応する形で、日本も、私が主張する「第三の開国」という言葉のように、外に国を開きつつ、国内の官僚主導体制を変革していかなければならない。実際に、それを大きく構造改革という形で打ち出したのは、小泉さんの「官から民へ」というスローガンだったり、安倍さんの「戦後レジームからの脱却」ということでした。そこでは明確に変革という旗印を掲げていったわけです。
そういう変革の形をとりながらも、2人のスタンスは若干違っていて、小泉さんの場合には「自民党をぶっ壊せ」と言って国民の支持を得る。一種のポピュリズムで、国民の喝采は受けたのですが、そのために自民党の中の派閥が持っていた政策マシンを敵にしてしまって、結局、自民党の中から協力をほとんど得られなかった。そこで、小泉・竹中路線の結果は、「官から民へ」というスローガンを掲げながらも、実際に道路公団改革にしても、郵政民営化にしても、あるいは新自由主義・市場経済原理主義という路線にしても、基本的に全部官僚の手伝いを得なければ法律一つつくれない、あるいは道路公団も国土交通省の描いた方向になり、むしろ官僚主導が強まったという状況が出てきていると思います。
小泉さんには対アジア外交をほとんど壊してしまったという側面もあって、これは私の言う"ハンチントンの罠"に落ちたということです。外に敵をつくれば国の内部はまとめられるというハンチントン(『文明の衝突』)の戦略を、当時は小泉さんだけではなく、中国の胡錦濤主席も韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)さんも皆そういう政策をとっていました。お互いにぎすぎすした関係で、とくに日本はアメリカとの同盟のみを強調したために、アジアに友達がいないという印象さえ受けるような状態だったわけです。
安倍さんは、言論NPOの一昨年の北京-東京フォーラムの場も利用しながら、見事にアジア外交を復活させていった。また、小泉さんのときには外交がアメリカ一辺倒だった側面があったのに対し、日中関係や日韓関係を首脳外交として復活させると同時に、インドに出かけていってインド外交の道を開こうとした。そういう意味では、外交の流れを大きくチェンジするという形で安倍政権は始まりました。しかし、始まったところで辞めてしまったということになるのです。スローガンだけは「戦後レジームからの脱却」と掲げながら、健康問題がネックになったとはいえ、そのテーマを放り出してしまった。社会保険庁の年金問題でも、「最後の1円まで」と言い出しながら、結果とすればその約束を途中で放り投げて終わってしまったということだと思います。
では、福田さんが政権をとって、どのような変化が起きてくるのか。小泉、安倍政権の2人の首相は、どちらかというと変革型の首相だったと思います。ところが、福田さんは、首相に選ばれるときも、ほとんどの派閥が賛成するという形をとったわけですから、党内基盤に支えられ、しかも、党内の派閥の利害を調整するような役割、つまり、調整型の首相として出てきた。「第三の開国」期の非常事態であるから、私が責任を持って変革し、責任を取るという形でのリーダーシップではない。これはどちらかというと、逆戻りです。
変革の時代に、あるいは「第三の開国」の時代に、むしろ官僚主導の流れを強めている。「第三の開国」というのは官僚独裁を打ち壊していくことが要請されます。第一の開国が武士独裁の幕末維新の時代でしたから、武士独裁の解体です。これに対して戦前の日本の状況は軍人独裁と言えます。軍隊の民主化を行うことも含めて、アメリカが要求したような形での戦後民主主義体制をつくる、これが第二の開国だったわけです。冷戦構造解体後の「第三の開国」というのは、官僚ががんじがらめに国を支配していることへの変革です。防衛省役人のやりほうだい、社会保険庁のでたらめ、そうして郵便貯金の運用で国民宿舎や保養施設など、全く利潤が上がるはずもない施設ばかりをつくる。天下りをはじめとして、自分たち官僚がうまい汁を吸うための構造をつくっていたわけです。
今回の防衛省次官の守屋さんの問題にしても、それだけ官僚の懐に必ずカネが入ってくるという構造になっていたわけで、官僚がやりたいままにやれる。それも国家を支えるためにとか、軍隊の機密保持のためにと言いながら、実は自分たちの利権を保持する。そういう意味で言うと、まさに官僚独裁が起こっているということです。その構造を小泉政権の時代はむしろ保護してしまったという失敗になると思います。そして、福田政権になってからは、再び道路をつくるという決定をするし、天下りもほとんど放任状態になってきた。まさに派閥みんなの利権を守り、調整してやるという形になって、官僚機構をそのまま温存する、あるいはまた官僚独裁をむしろ助長するという形になっていくという懸念さえ、私は感じています。
松本健一(評論家、麗澤大学国際経済学部教授)
まつもと・けんいち
1946年群馬県生まれ。東京大学経済学部卒業。京都精華大学教授を経て現職。主な研究分野は近・現代日本の精神史、アジア文化論。著書に『近代アジア精神史の試み』(1994、中央公論新社、1995年度アジア・太平洋賞受賞)、『日本の失敗 「第二の開国」と「大東亜戦争」』(1998、東洋経済新聞社)、『開国・維新』(1998、中央公論新社、2000年度吉田茂賞受賞)、『竹内好「日本のアジア主義」精読』(2000、岩波現代文庫)、『評伝 佐久間象山(上・下)』(2000、中央公論新社)、『民族と国家』(2002、PHP新書)、『丸山眞男 八・一五革命伝説』(2003、河出書房新社)、『評伝 北一輝(全5巻)』(2004、岩波書店、2005年度司馬遼太郎賞、毎日出版文化賞受賞)、『竹内好論』(2005、岩波現代文庫)、『泥の文明』(2006、新潮選書)など多数ある。
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