大竹美喜 (アメリカンファミリー生命保険会社最高顧問)
おおたけ・よしき
1939年生まれ。広島県庄原市出身。 59年、広島農業短期大学(現広島県立大学)を卒業。米国留学を経て、74年に〈アメリカンファミリー生命保険〉を設立。副社長に就任。86年には、同社社長と米AFLAC本社取締役を兼任。95年より会長職を続け、2003年1月から、創業者・最高顧問に就任。(財)国際科学振興財団会長(財)がん研究振興財団評議員、「経済同友会」医療保険制度改革研究会座長、国際企業経営者協会副会長、(社)ニュービジネス協議会副会長など幅広い分野で活躍。著作も多数。
工藤 今の日本経済の停滞に民間側の経営者の変革期における挑戦力、やる気のなさを指摘する見方が結構あります。実際、多くの企業が経営の建て直しに時間がかかり過ぎており、国が産業再生に乗り出すという段階になっています。また新しい企業が生れてくるような動きも停滞しています。新年、日本は正念場を迎える中で民間側が元気を出さなくては、日本経済は出口に向かえないと思うのですが、大竹さんはどう見ていますか。
大竹 例えば、「フォーチュン」という雑誌がありますが、ここで優良企業の最高責任者が解雇される理由は何かを、特集したことがあります。つまり、業績を上げても解雇されるのはなぜか、ということですが、その理由は「変革をしなかった」ということでした。つまり、変化に対応していない、絶えず変化の先取りをしなさいということです。そうしなければ、今いいからといっても、来年、再来年の保証はないわけです。それくらい、変化が今は激しい。歩みの遅いドッグイヤーじゃなくて、インセクトイヤー。それぐらい世界の動きは早いわけです。そうすると、変化を先取り出来る企業でなければ生き残れない。ところが、多くの日本の経営は変化に対応できていない。それが今の状況を招いていると思います。むしろ鈍感で、今の状況を維持するので精一杯という状況ではないでしょうか。
工藤 なぜ変化に鈍感なんでしょうか。
大竹 それは、まだ日本の経営は横並びだからです。経営の仕組み自体に欧米型の経営システムと比べて制度疲労があります。これは政治の仕組みもそうですが、意思決定が即断できる仕組みになっていない。結局これは、ひとつは稟議制度とか共同責任とか、責任の所在が曖昧だということも大きいと思います。アメリカの場合は、それぞれ担当役員が担当の責任を全部背負わなければいけない、そういう制度になっているんですね。欧米では実際の担当者に予算も人事も権限委譲がなされ、その責任を問わなくてはならなくなっている。業務執行は執行役員が全部担い、社長が全体の責任を取る形になっています。ところが、日本の場合は、組織の形の上では一応出来ているかも知れないが、実際には責任を誰が取るかということになると、責任のなすり合いをするわけです。結局、誰の責任だか分からないと曖昧になっている。
しかも経営側に変化を見抜く力、目利きの能力が著しくかけている。一例をあげれば、半導体メーカーでは、インテルが独り勝ちになったわけですが、その時に今、東北大学の客員教授になった方が、自分の技術を売り込んだけれど日本のメーカーは見向きもしなかったという事情があります。これは島津製作所の田中さんと一緒で、日本という国は技術などを評価する能力や仕組みすらない。だから、海外で評価されて驚いてしまうということが絶えずあります。企業もそうなのです。だから、チャンスを逃してビジネスがなかなか生れないのです。ベンチャーも同じで、税制や融資制度も含め、ベンチャーを起こす人々にとって快適な環境を作ってあげないといけない。つまり、ビジネスのシーズ(種)とニーズ(需要)が一体となって、そこでどんどん成長出来るような市場を作ってあげないとならない。それも遅れています。
工藤 ただ、そうした仕組みやインフラの前に個人がやる気を出さないと、チャンスはモノにできないのではないですか。
大竹 そうです。私は「足し算の人生をしなさい」と言っているのですが、自分を見つめて、「俺はなんてダメなんだ」という消極思考であれば、本当にダメになってしまう。ところが、「私は、こんなことが出来る、これ以上のことが出来るんだ」という積極的な思考、足し算の人生を歩んでいる人は、どんどんどんどん新しいベンチャーを興すんですね。80年代までは、「大きいものは強いんだ」という時代でしたから、そういう努力をしなくてもよかったのですが、今は、大きいとか歴史があるとかは関係ないわけです。全部崩れていくんですから。これを大きなチャンスと思えるかだと思います。安定してる時なんかはなかなか成功できませんが、今はいろんなことに挑戦できるし、そのシーズはいたるところにある。それを見抜けるかです。
例えば、医療問題でも、日本評価学会が国際比較をやっているのですが、日本は欧米先進国に比べていかにサービスのレベルが低いかということです。その隙間とかレベルの低いものとの間にはギャップがあります。そのギャップにこそが、凄いニュービジネスが生まれるシーズが眠っていると思います。そこを穴埋めするだけで、経済再生に役立ち、雇用創出につながっていくと思います。
工藤 大竹さんは28年前に、今のアメリカンファミリーを立ち上げたわけですが、当時と今を比べて、チャンスという点ではどのような違いがあると思いますか。
大竹 私が会社を立ち上げたのは1974年、第一次石油ショックの翌年ですから、今の状況と全くよく似ています。経済が苦しいときにみんながニュービジネスを探し求めている。その時に立ち上げたわけです。私の父親は「あなたは、社会に出てから本当の勉強が始まるんだよ」と口癖のように言っていましたが、それを守り34歳のときに立ち上げ、初めは10人でスタートしたのです。今も経済はどん底で何をやって飯を食っていこうかという人が巷に溢れています。それで、いいビジネスをやると、みんな「私も手伝わせてくれ」となっているわけです。
私は、人間というのは、たった一人でも、人生のフレームワークをしっかり作り、人生哲学を持てば成功できると思うんですね。私の場合は日本の生保業界はこれでいいのか、という気持ちがありました。我々が購入している保険が、消費者にとって最高なものかどうかと懐疑的になったわけです。戦後の復興期には国民にはなんの財産もなかったのだから、死亡して保険金を受け取る保険商品は戦後の復興期には必要だったと思います。ところが、私が仕事をはじめた1974年には、産業構造が一変していてもよかったのに、生保業界も、体質改善が行われてもよかった時代だったのに、依然として横並びで同じような死亡保障中心の保険を売っていた。「どうしてこんな商品を作ってくれないの」と消費者から相談があっても、誰も作らない。だから会社を創るしかないと、今の会社を立ち上げたわけです。
しかし、当時と今は状況がかなり違います。当時は規制で業界が守られ、参入はかなり難しかったが、今はそれがほとんどなくなっています。しかも、先にも言ったように今はいっぱいチャンスが広がっています。例えば、医療の国際的なサービス格差を考えると、その隙間というかビジネスの裾野はかなり大きいわけです。それをチャンスと思わないほうが、私はどうかしていると思いますね。
工藤 今がチャンスだとすると、それをいかすべき経営者や個人に問われていることは何だと思いますか。
大竹 これからの経営者というのは、プロでなければならないと思います。今まではアマだったとは言いたくはないですが、例えば、技術を売り物にする会社であれば、技術者が経営者になるのが自然で、文系の方がメーカーのトップなんかになったって経営の判断は難しいのではないでしょうか。例えば金融だったら、金融技術が分かる人がトップにならなければ。今までは、東大法学部だとか一橋大学だとか、そういう学歴でもって階段を上ってきたんですが、もはやそういう人たちだけが経営者を務める時代ではないでしょう。しかも若手を経営者に抜擢することが大切だと思っています。40代の経営者がもっと誕生してもいい。そういった人のほうが、今一番時代の変化に敏感に対応できると思いますね。うちの会社は、来年1月1日から40歳のアメリカ人が社長になるんですが、それが私の言う「企業構造改革」です。
私も34歳でこの会社を創ったのですから、40歳で若いということはないですね。私も34歳の時なんかは、疲れなんて知らなかった。全てに対してギラギラしていました。
ジョン・F・ケネディーが晩年、演説で「若さは命だ」と言っています。しかし、若いだけじゃダメで、経営者としての能力がないと経営者は務まらない。だから、うちの場合は、後継者を選ぶ場合は、候補を徹底的にアセスメントを行って能力を第三者に判断してもらって決めたのです。これは欧米の企業では一般的なことです。
工藤 新年は、日本はどんな年で、私たち個人は、何を考えないといけないでしょうか。
大竹 一言で言えば、私は日本は緩やかな衰退に入ったと思っています。今のデフレは誰も止められない。それはもう覚悟を決めないといけません。二つの要因があります。ひとつは、日本の生産人口が激減するということと、もう一つは中国が市場に参入する中で世界的な供給過剰、市場の拡大が進んでいるからです。中国は安くていい物を作ってどんどん輸出して、その製品が日本にはいっている。構造が変わる中でデフレが進行しているわけで、日本の景気は良くなるかもしれませんが、デフレは変わらない。
景気対策は、政府が必死になって行いますから、少しは改善するかもしれませんが、それでもまあ、1%、2%の成長に戻せれば大成功と見ないといけないでしょう。かつてのような3%、4%というような成長率はもはや望めないと思います。本来でしたら3割総コストを削減して、人件費も3割ダウンして、我々も生活費を3割切りつめなければならない状況でも不思議ではないのですが、そういうことをやらずにこういうふうに日々が流れているのは、これはまた信じられないほどラッキーだと思っています。
ただ、そのために、国がかなりの保護やサポートしていることを忘れてはいけないし、それが継続できるほど国に余力がないことも事実です。にもかかわらず、我々の中に危機感がないことが私に言わせれば、一番の危機だと思っています。むしろデフレ効果で物価が下がることによって実質14%は生活レベルが上がっていると思うんですよ。
工藤 でもそれは、一時的な錯覚ですね。
大竹 そうです。ただ、そうした中で今の状況を自ら打開しようとしないことは怖いことだと思っています。日本は完全に緩やかな衰退に向かっているんですから、日本が今後、どのような国を目指すのか、そうした議論も始まっていないことも問題です。その点では私は言論NPOに期待しているのですが、技術立国にするか、教育立国にするか、観光立国にするか、あるいは健康立国にするか。そうしたことを本気で考えなくてはならないと思います。私はキーワードは「心と体と自然」だと思っています。これは誰かも言っていますが、「心」というのは文化であり教育、「体」というのは医療であり介護であり美容であり、「自然」というのは環境であり農業であり観光。そういう、21世紀の新しい価値観は何かを探し求め、新しく創り出す年にしなくてはならないと思います。
個人としては、覚悟を固め、具体的に動き出す年だと思います。国が本当に情報を開示してくれることによって、国民が危機感を持つもので、国民の中に危機感がないというのは、国が本当の情報を開示していないということも大きいと思います。今の状況をだらだらと先送りすることはもう無理な段階です。その点では非常事態宣言でもして、画期的な政策転換をしないといけないというのが新年だと、私は思います。その際、国家に過度に依存するなと、私は言いたい。それは言論NPOの工藤さんも何度も言っていることですが、国にはその余力はもはやないのです。その意味では私たちが挑戦するしかないし、そのチャンスは広がっています。だからこそ、新年は自分探しをすべきです。自分に何が出来るのか、自分は何によって幸せをつかむのか、国家に何を貢献できるのか、自分が自分に問いかけ、具体的に行動する年だと思います。
(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)
工藤 今の日本経済の停滞に民間側の経営者の変革期における挑戦力、やる気のなさを指摘する見方が結構あります。実際、多くの企業が経営の建て直しに時間がかかり過ぎており、国が産業再生に乗り出すという段階になっています。また新しい企業が