矢内裕幸 (日本取締役協会 専務理事兼COO)
やない・ひろゆき
1955年生まれ。慶応義塾大学哲学科卒。経済産業研究所「法制度と経営の補完性研究会」委員、2001年版『改訂コーポレート・ガバナンス原則』起草委員。主な著書に『グッドガバナンス、グッドカンパニー』(共編著)、『日本企業のコーポレート・ガバナンスを問う』(共著)等。
概要
みずほ問題の核心は、意思決定の実質的最高機関の取締役会がなぜ機能しなかったのかにある。だが、みずほ側が提出した調査報告書は言論NPO報告とは異なり、その対応を技術的、現場的なレベルにとどめ、問題を限定したいという思惑が見え隠れしている。日本取締役協会の矢内裕幸氏はみずほ側には取締役会を本来の姿に戻すことこそ求められたはずで、経営の執行と監督、それに対応した経営会議と取締役会の区別さえ意識していないと指摘する。
要約
1999年8月に第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行が経営統合を発表してから2年半、みずほフィナンシャルグループとして華々しいスタートを切るはずだった今年4月1日、同グループは深刻なシステム障害を起こし、大きく信頼を損なった。
みずほが作成した報告書は問題の直接的な発生原因は明らかにしたが、その対応は技術的、現場的なレベルにとどまり、むしろ問題を限定したいという思惑が見え隠れしている。問題の核心は意思決定の実質的最高機関である取締役会がなぜ機能しなかったかだ。しかし、報告書を見る限り、みずほは経営の執行と監督、それに対応した経営会議と取締役会の区別さえ意識していないように思われる。こうした点は、統合にあたって公表したみずほの資料でも別の側面から裏付けられている。みずほは統合の5つの基本理念を掲げ「お客様、お取引先に最高水準の総合金融サービスを提供する」と約束したが、経営のチェック機能や取締役会の役割、社外取締役への言及は全くない。同じ時期に公表されたUFJが「経営の透明性、公正性の向上と同時に効率性を極大化させるガバナンス体制の構築の観点」から、取締役会や社外取締役に言及していたのとは好対照である。みずほ側の報告書が言論NPOと決定的に違うのは、経営をチェックする仕組みの必要性やその実効性に全く焦点を当てていないことだ。みずほには6人の社外取締役や社外監査役がいたが、その人たちがどのような期待で選ばれ役割を担っていたのか。アメリカはエンロンの問題で、なぜ取締役会が機能を果たせなかったのかの反省から、社外取締役の独立性への一層の強化に踏み出した。こうした教訓は、みずほがそれらを明らかにしない限り描けない。同時に他方の主役である経営者のマネジメントもさらに検証されなくてはならない。言論NPOではこれを「マネジメント不在」として扱ったが、むしろ銀行に経営者がいなかったこと、正確に言えば必要ではなかったことこそ問われなくてはならない。かつての大蔵省ガバナンスに慣れた状況下では銀行に経営者自身が育たなかったが、特にみずほのように経営者にガバナンスの認識が低い場合は他行以上にマネジメントの問題が重くののしかかっていたはずである。
みずほ問題の核心は、意思決定の実質的最高機関の取締役会がなぜ機能しなかったのかにある。だが、みずほ側が提出した調査報告書は言論NPO報告とは異なり、その対応を技術的、現場的なレベルにとどめ、問題を限定したいという思惑が見え隠れしている。