岩田一政 (内閣府政策統括官、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授)
いわた・かずまさ
1946年生まれ。70年東京大学教養学部教養学科卒業。同年経済企画庁入庁。84年同庁大臣官房調査官・研究所主任研究官、88年アルバータ大学およびイエール大学客員教授等を経て、2001年現職。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授を併任。また、81年エコノミスト賞、94年郵政大臣賞受賞。著作は『金融システム改革と資本市場の将来』『マクロ経済と金融システム』等多数。
概要
経済財政諮問会議は2002年1月の「中期展望」でデフレを2003年中に収束させると目標設定した。だが、政府や日銀の足並みは具体的に揃ったとはいい難く、むしろデフレ・スパイラルへの懸念が高まっている。デフレを覆す政策パッケージと政策協調のあり方は何か。日本経済はデフレ均衡の不安定な経路上にあると語る、内閣府の岩田一政政策統括官はメッセージの公表は早ければ早いほどいいが、政策を総動員しないとデフレは収まらないと語る。
要約
日本の持続的な物価の下落は戦後の先進国では異例のものである。このデフレについて私は3つの要因があると考えている。90年代初めの株式と土地価格のバブルの崩壊とその間の為替レートの急激な円高、さらにデフレの進行を加速してしまうような引き締め型の金融政策が90年代前半にとられたことも大きい。これらが組み合わさり95年から日本にデフレが定着してしまった。この物価の下落に関しては規制改革や中国をはじめとした世界市場の拡大などをその理由にする議論もあるが、それらは主要因ではなく、デフレは基本的には貨幣的な現象であり、金融政策で決まるものだと私は考えている。私の経済モデルでは、日本経済は95年以来不安定なデフレ均衡にあるというのが結論だ。計算によると、この均衡は3%のデフレ率よりも下にいってしまうと必ず発散して恐慌的なデフレ・スパイラルに陥ってしまう。この経路に乗っている限り3%までは大丈夫だが、経路から外れると落ちていく可能性は常にある。こうしたデフレ均衡から外れていく可能性を考えれば、そのリスク要因は当面3つある。最大のショックはアメリカのイラク攻撃であり、日本経済の体質改善のためには避けられないが不良債権処理の影響もある。だが、最も大きいのはデフレに対して政策対応が総力戦で組まれていないことだ。最優先の戦略は「デフレの阻止」に置かれなくてはならず、望ましい政策パッケージは日銀の政策をドラスティックに転換し減税の議論を幅の大きいものに戻さなくてはならない。過去の昭和恐慌やアメリカの恐慌時の経験を見ても、日銀の国債の大幅な購入はデフレを解消させ、為替レートの引き下げを大幅に伴っていた。先の内閣改造と前後して、政府や日銀の不良債権に対する認識は共通となり、条件は整い始めている。税制、金融政策、不良債権処理で国民の目に見える具体的なパッケージが必要であり、メッセージを出すのは早ければ早いほどいい。私自身は今年の年末から2003年の1~2月がラスト・チャンスだと考えている。
*これは個人の見解であり、内閣府を代表したものではありません。
経済財政諮問会議は2002年1月の「中期展望」でデフレを2003年中に収束させると目標設定した。