アメリカの「財政危機」から日本は何を学ぶべきか

2011年8月15日

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、スタジオに、エコノミストで三菱東京UFJ銀行・円貨資金証券部長の内田和人氏をお迎えして、財政赤字への対応など、日本経済の現状や課題について議論しました。

ゲスト:内田和人氏 (三菱東京UFJ銀行・円貨資金証券部長)

(JFN系列「ON THE WAY ジャーナル『言論のNPO』」で2011年8月10日に放送されたものです)ラジオ番組詳細は、こちらをご覧ください。

アメリカの「財政危機」から日本は何を学ぶべきか


工藤:おはようございます。言論NPO代表の工藤泰志です。毎朝、様々なジャンルで活躍するパーソナリティが、自分達の視点で世の中を語るON THE WAY ジャーナル。毎週水曜日は、「言論のNPO」と題して、私、工藤泰志が担当します。

さて、この間、私は震災復興の問題とか、日本の民主主義の問題を色々と取り上げてきたのですが、今回は、目を海外の問題に転じてみたいと思っています。

この前、アメリカ政府の借金が、決められた上限を超えてしまうのではないかということで、オバマさんとアメリカの議会が揉めました。その煽りで、一時、アメリカの国債がデフォルト(債務不履行)になり、世界的な金融危機になってしまうのではないかと、かなり不気味な、不穏な動きがありました。

それは何とか回避しましたが、その後も、株価などがなかなか上がってこないという状況になって、経済に非常に厳しい雰囲気があります。

今、何がアメリカの経済や世界経済に起こっているのか。日本にいる僕たちは、この事態をどう受け止めて、何を教訓として学ばなければいけないのか、それを今回は皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

ということで、今日のON THE WAY ジャーナル「言論のNPO」は、「アメリカの財政危機から日本は何を学ぶべきか」について考えてみたいと思っています。

今日は、こうした世界経済やマーケットの状況に詳しいエコノミストであり、三菱東京UFJ銀行の円貨資金証券部長の内田和人さんに、スタジオに来ていただきました。
内田さん、よろしくお願いします。

内田:よろしくお願いします。


米国の債務危機はなぜ起こったのか

工藤:早速ですが、米国の債務危機は、なぜ起こったのでしょうか。

内田:今の国債の問題というのはアメリカに限らず、ヨーロッパも同じように起きています。その最大の背景は、リーマン危機という世界的な金融危機があって、その金融危機を押さえるために、大規模な財政出動をした。要するに、金融危機が財政リスクに移転しまして、世界的に財政の問題、財政の悪化というのが際立ってきているという状況です。

アメリカは財政悪化を防ぐために、法律で国債の発行できる上限というのを決めています。これは、債務の法定上限といいまして、いわゆる債務上限です。実は、今年の5月にその限度額、14.3兆ドルに既に達してしまいました。その後、アメリカの財務省が、色々な措置をとって何とかやりくりして、政府の支払いとか国債の支払いとかをしていたのですが、この8月2日に、ついに支払いができなくなるような局面まできてしまった。ということで、債務の上限を引き上げて、また国債を発行して、借金をしてお金を借りないとアメリカの国の色々な支払いとか、国の運営が難しくなる。いわゆるデフォルトになるという可能性になってしまった、ということが背景にあります。

工藤:要するに、この前のリーマンショックの後、アメリカもヨーロッパもそうだったのですが、財政を投入してその危機を何とか封じ込めたと。その間には、民間の経済が何とか回復していくのではないかという期待があったのですが、意外に回復はしないまま政府の債務だけが膨らんで、それが財政悪化という新しい局面にきたということですよね。


リーマン後、民間経済は回復していなかった

内田:そうですね。やはり、日本のバブル崩壊の時もそうだったのですが、大きな経済の落ち込み、特に債務危機と言いますが、借金をし過ぎてそれが破綻した後の景気の回復というのは非常に弱いです。アメリカには私も2000年代前半に4、5年住んでいましたけど、アメリカ人というのは非常に楽観的で、景気が落ち込んでも、直ぐに回復すると思っている。今回も、あれだけ大きなリーマン危機があったのですが、その後に、景気が回復するので、そろそろ財政赤字も削減して正常化に向かうのでは、というムードがありました。

ところが、先週、アメリカの経済成長率が発表されました。アメリカでは、3カ月に1回、四半期の経済成長率を発表されることになっています。先週発表された統計には、過去3年間にわたって経済成長率を改定するという改定値が発表されました。そうすると、2009年にアメリカの金融危機が起きて、そこからアメリカの経済が順調に立ち直っていたのではないかと思っていたわけですが、下方修正されました。要するに、実はそんなに景気は回復していなくて、むしろ今年に入ってから、1月~3月、4~6月と減速している。1~3月期は、当初出ていたのが1.9%という数字だったのですが、それが0.4%に下方修正されました。この4~6月期も1.3%と、要するに、0%から1%しか景気が回復しておらず、相当アメリカの景気が悪いという状況の中で、今度は債務を削減するために財政緊縮、要するに、色々な歳出をカットして増税をしなければいけない。それで、アメリカの景気は、更に悪くなってしまうのではないか、と思われ始めたのが、現在の状況です。


米大統領と米議会のねじれ現象

工藤:この議会とオバマの対決というか、合意はどういうところで手が打たれたのか、その結果、次の展望が見えるような状況になったのですか。

内田:アメリカも日本と同じように、議会が非常にねじれています。昨年、中間選挙があって、ご承知の通り、オバマ政権率いる民主党が大敗北しました。今は、日本でいう参議院にあたる上院では、民主党が多数を有し支配していますが、日本でいう衆議院にあたる下院では、共和党が支配している状況で、非常にねじれているわけです。通常であれば、民主党の考え方と共和党の考え方の両方を理解できる超党派と言われる人たちが少し調整しまして、今回の財政の色々な削減の案を出してくるのですが、今回は、ティーパーティーという...

工藤:ティーパーティーって、具体的に言うと何なのですか。

内田:ティーパーティーというのは、アメリカの共和党の中の、特に保守的な考え方の集団です。要するに、アメリカの共和党の考え方というのは、小さな政府です。できるだけ税金は安くして、政府の機能は小さくして、経済を自立させていく。こういうことの強硬派の人たちが、昨年の中間選挙で60人位当選しました。その人たちが入っていて、なかなか民主党と折り合いがつかないという状況でした。

工藤:それを乗り越えて、何とか決着したプランは、結局どういうものなのですか。

内田:総額ですと10年間で2.4兆ドルの歳出削減、日本円にすると200兆円ぐらいです。今、決まったのは、当初9000億ドルが決まっていまして、残りの1.5兆ドルについては、感謝祭の前日の11月23日までに、共和党と民主党からそれぞれ6人ずつ出た両院の特別委員会で、もう一度、1.5兆ドルの歳出削減策を考える、財政赤字削減策を考えると。こういうようなことで、第一段、第二段という形で合意したという状況です。


債務削減の合意で本当に大丈夫か

工藤:そうすると、10年間で200兆円以上ですよね。ということは、1年で20兆円ですから、これを毎年削減するというのは、凄いことですよね。これを日本に置き換えてみると、どれぐらい削減しないといけないということなのでしょうか。

内田:大体、6、7兆円ぐらい、毎年ずっと歳出削減なり増税をするなりして、削減していくという形になります。

工藤:毎年7兆円を削減していくのですよ。これは凄いですよね。

内田:消費税で大体3%位ですか。

工藤:削減ということになると、1回削減して、その後もどんどん削減していくから、どんどん深掘りしていくということになるのですか。

内田:そうですね。それが累計的になっていくということで、かなりドラスティックなものですね。

工藤:つまり、日本で言えば毎年7兆円ぐらいを削減していく。消費税で言うと、3%位をずっと続けていかないといけないぐらいの、ドラスティックなものだと。しかし、それでも、大丈夫なのかということですよね。

内田:そうですね。アメリカの場合も、経済の状況は非常に悪い、さっき言ったように、日本化しているということで、Japanification(ジャパニフィケーション)という事が言われています。アメリカも日本化している、要するに、どんどん経済の成長力が弱まってきているという中で、今回、財政赤字を毎年20兆円減らしていくのですが、これからもっと高齢化して、年金の支払いとか、社会保障費、保険とかがかかってきますから、もっと削減しなければいけないという見方が強まっていますので、これだけでは不十分なわけです。例えば、格付け会社などは、今回合意した2.4兆ドルの1.7倍ぐらいの4兆ドルの財政赤字を削減しないといけないと言っています。


必要なのは成長に向けた経済改革

工藤:4兆ドルというのは、

内田:320兆円ぐらいですね。ですから、先日合意した金額の1.6倍ぐらいになります。これぐらいやらないと、アメリカの財政が均衡していかないというか、問題は解決していかないと言っています。

工藤:内田さんはアメリカにもいたのであれなのですが、10年間で320兆円位を減らしながらも、消費が回復したり経済を建て直さなければいけないわけですよね。財政とすれば、支出を減らしていって、その間に、逆の効果として消費が上がっていくというのは、理屈として解があるのでしょうか。

内田:こういった財政の大きな緊縮というか、改革というのは、過去にも北欧など、ヨーロッパでありました。財政を均衡させて、社会システムといいますか、年金や保険など税金の支出も安定化させた上で、経済の改革をやるのですね。具体的には、規制を緩和して、より成長がしやすいような産業にシフトすることを同時にやると、一旦財政を緊縮して経済は悪化しますけれども、中期的には成長率が回復してくる。こういうことは、過去に何度もあって、ヨーロッパやアメリカ自身も経験していますので、それ自体はあまり問題ではないと思います。ただ、それを執行するだけの政治のリーダーシップとか、あるいは、実際に民間企業の企業家精神といいますか、こういうところが重要になってくると思います。


ヨーロッパも同じ課題に直面している

工藤:最近、新聞を見ていると、今度、ヨーロッパでも同じような問題が、ギリシャやスペインでもあるじゃないですか。これも、何となく応急処置で危機を封じ込めるだけでやっているのだけど、今、世界経済の体質を同じように大きく変えなければいけない、そういう局面にきているのでしょうか。

内田:ヨーロッパの場合は、ギリシャから始まって、アイルランド、ポルトガルという形で金融支援を受けています。その3カ国だけであれば世界的な影響は軽微に留まるのですが、今、イタリアとスペイン、前者はヨーロッパ経済の大体18%、スペインだと13%ぐらいの経済規模の国に、財政の問題が広がってきている。これをうまく解決しないと、アメリカで起きた金融危機と同じぐらいの大きな混乱が起きるという可能性があります。ヨーロッパも、アメリカと同じように、財政の問題をどのように解決していくかということを、世界、マーケットが非常に注視しているという状況です。


日本の財政に残された時間はどれくらいか

工藤:さて、世界は財政危機を根本的にどう退治するかとか、乗り越えるかというところにきています。一方、日本に目を転じると、日本を財政の指標だけで見ると、赤字や借金の比率はこうしたヨーロッパや米国よりも全然多いし、もっと深刻なわけですよね。その中で、今、日本の政治もどうしようもないような状況ですが、日本は、どれぐらいの間に今の状況を立て直さなければいけないのでしょうか。

内田:日本の今の財政の状況は、アメリカやヨーロッパと比較すると、借金の残高と財政赤字という2つにおいて厳しい。借金の残高、いわゆる政府債務残高というやつは、経済規模との比較になりますが、アメリカの倍ぐらい借金があります。ヨーロッパの大体2.5倍ぐらいあります。それから、財政赤字についても、アメリカやイギリスといった国と同じぐらい悪いです。ただし、アメリカやヨーロッパと違って、あまり緊迫感がない。これはなぜかというと、日本が黒字、要するに貿易黒字や経常収支の黒字国なので、自分の国で資金の調達が出来てしまうのですね。

工藤:国債を国内で消化しているわけですよね。

内田:そうです。なので、国債の金利自体も低いですし、円高になってきているということもありますので、影響はない。ただし、これは2016年ぐらい、後4、5年経ちますと高齢化によりまして、貯蓄がどんどん減っていって、貯蓄率が初めてマイナスになっていくという予測可能性が高まってきます。そうすると、段々、黒字が減ってきて、将来は赤字になってくる。そして赤字になると、今の財政の状況というのは、今度は一気に...

工藤:国際的に見えちゃう。悪いことがわかって...

内田:ですから、非常に厳しい。欧米で起きている状況をこのまま放置してしまいますと、厳しい状況が、例えば、金利が急騰するとか、大幅に増税をしなければいけないとか、年金を始めとする歳出を大きくカットしなければいけない。そういうことを、今のまま放置しておくと一気にきてしまい、本当に円の暴落とか金利の急騰とかになってしまいます。それを阻止するための時間もあまり残されていなくて、後4、5年ぐらいしかないと思います。
ですから、行動を起こして、改革していかないといけないのは、後2年ぐらいしか時間がないという温度感で考えなければいけない問題だと思います。


今後2年間で、日本の経済改革は実現できるか

工藤:そうなってくると、この2年の間に課題に対して、真剣に考えられるような政治が必要だという段階にきているということですね。

後、一言だけ。内田さんはマーケットの最前線にいるわけですけど、アメリカのような状況になった時に、現場はどういう緊迫感なのですか。つまり、アメリカでデフォルトとかいうことになると、雰囲気もかなり厳しい状況でしたよね。ひょっとしたらとか、そういう風になるのですか。

内田:2年前にリーマン危機と言われたあの危機では、1日でマーケットから一斉にお金が引かれました。危機というのは、じわりじわり1年かけて出てくるのではなくて、ある日突然、市場が大きな混乱といいますか、大きなクラッシュを起こすということは、既に2年前に起きていますので、そういう緊張感を持って、債務の問題とか、今のアメリカやヨーロッパの問題を見ています。

4、5年経つと日本にも起きる可能性があるので、そこは、政治や我々マーケット関係者もそうですが、それに向けて何らかの対応をしっかりとっていかなければいけないと思っています。

工藤:わかりました。とにかく、今の内田さんの話を聞いて、あまり時間がないという感じがしました。とりあえず、日本は、まだ借金が膨張しています。これを押さえながら、アメリカが問われているように、日本経済の体質そのものを変えなければいけないという状況にきていると。それができるかどうか。そういうことを、政治がちゃんと考えなければいけない段階なのですが、今の政治状況を見ている限りは、非常に辛いところです。やはり、こういう危機に対応できるような政治をつくっていかなければいけないのではないか、ということを私も考えたところです。みなさんはどう考えたでしょうか。

ということで、お時間です。今日は、アメリカの財政危機と日本に問われている課題について、三菱東京UFJ銀行の円貨資金証券部長の内田和人さんと一緒に考えてみました。内田さん、ありがとうございました。

内田:ありがとうございました。

今回の「工藤泰志 言論のNPO」は、スタジオに、エコノミストで三菱東京UFJ銀行・円貨資金証券部長の内田和人氏をお迎えして、財政赤字への対応など、日本経済の現状や課題について議論しました。
ゲスト:内田和人氏 (三菱東京UFJ銀行・円貨資金証券部長)