【座談会】マーケット座談会 日銀の決断を市場はどう見たか

2002年9月26日

市場関係者
A (大手都市銀行)
B (外国証券)
C (大手証券)

工藤 ここ数日のアメリカや日本の株価の下落を見ると、日本経済はすでに有事の段階に入ったということが分かります。9月18日の日銀の決断、その対応をマーケットはどう見ていたのでしょうか。

A 経済やマーケットが厳しいという状況自体は日銀も当然、他のところよりも認識して,いたと思う。8月の記者会見のときに、日銀総裁は4年半やってきたけれど明日どうなるかわからない、こんな不安状況は、今が一番厳しいというようなニュアンスで話していた。日銀総裁というトップとしての心境を聞かれて答えていたのですが、そうした厳しさを言いながら一方ではまだ自分には、もう少しやるべきことが残っていると、そんな風に受けとめられるような苦しさ、心情を吐露していたと思う。最近、彼は割とストレートに心情がでることがありますが、結構厳しく見ているというのが、私たちの受けとめ方だった。

日銀はこれまでの政策としての限界を誰よりも熟知していたと思うし、量的緩和というようなものはいんちきで全然効かない、だけどやらなければならないというポーズは必要だと思っていたのだと思う。ただ、今までの行きがかり上それは言えなかった。自分たちは量的緩和をしてきたから、自分たちのやってきたことが嘘っぱちとは言えないし、絶対効かないとも言い切れない。ある意味では何かがそれをきっかけに変わって、株価が上がったりするとか、何らかの歯止めになるかもしれないという期待も持って量的緩和をしてきたのだと思う。ただ、さすがに皆、その辺の限界を知る人が多くなってきたので、その意味では、何がしかの根本策を打ち出さなければならないというような状況に追い込まれていた。日銀総裁も任期が迫ってきているし、その意味では何がしかの画期的なことをやらなければ、これは大変だと思っていたのではないか。そういう中でアメリカの先行き不透明感が強まって、外頼みというのができなくなったしまった。いよいよ本番ということになった。しかも日本の株価の下落で資本が欠損するという銀行が出てくるのが、見えてきた。日銀が今回、踏み切った背景にはそうした経緯があったのだと思う。

日銀が非常事態を認めた背景

工藤 つまり、日本経済が異常事態、非常事態になったということを日銀は認めざるを得なかったということですね。

A もともと日本は非常事態ではあったが、適当な策がない中で非常事態と宣言するのはいかがなものか、という思いだったのではないか。

工藤 僕たちから見ていると、日本の政策当局はみんなばらばらで、この構図は3月の経済危機の状態から何も変わっていないわけです。3月危機は、空売り規制や銀行へ特別検査などで当座をしのいだわけですが、このままでは済まないと誰もが思っていたわけです。ペイオフも延期するという話が決まり、政策は後退したような状況が見えてきた。もう国の政策へのクレディビリティ(信認)も日本はほとんど失い始めたときに、今回の日銀の株式買取という決断が出ました。おそらくその過程では、海外からも国内の財務省からも相当なプレッシャーが来ていたと思いますが。

B プレッシャーについて言えば、日銀は今年の2月の時点から公的資金を入れるべきだと言っていた。ところが、株が落ちだした夏からはむしろ言わなくなった。日銀は公的資金の話を言わなくなったな、というときに聞こえてきたのは、公的資金を入れるだけでは、問題は解決しないので、そのことは言わないでおこう、という話だった。そうして日銀が最後に後押しされたのは、7月のグリーンスパンのアメリカの議会証言のときだったと私は思う。そのときには、そんなことではなく、企業スキャンダルについてストック・オプションもちゃんと経費に入れなさい、と企業を叩いたり大変だったが、注目されたのは、日本に対して具体的に言及して、円を買う理由がないと言ったこと。デフレ、不良債権、巨額の政府債務を抱えているとかいくつかの理由を掲げて、こんな円は買う理由がないと言ったわけです。そして、日本はもっとお金を経済に回さなくてはいけない、しかし、それが回らないような構造的な問題をいくつも日本は抱えている、とグリーンスパンはそこで言っている。この発言は大きいな、と私は思いました。それが7月です。ハンフリー・ホーキンス法に基づく議会証言で、年に2回の議会に対しての正式な報告の場で日本を滅多打ちにしたわけですから、それを聞いていて、やっぱりこの後は日銀の問題がくるな、と私は思っていたのです。

工藤 日銀の問題とは?

B グリーンスパンが議会で、日本の金融でお金が回っていないのはだめだ、不良債権や倒産がいっぱいあると、そこまで報告している。アメリカでは議会がすぐ動き、企業統治の話が法案になるくらいですから、当然、日本にもプレッシャーが来るというのは予想できました。

ところが、日本のマスメディアはそれを見ていないのです。成長率と失業率のところだけ一面に載せて、日銀の問題は書いていないのです。あの時点でドル円が115円に迫っていました。これ以上、ドルが落ちたらいけない、というところでグリーンスパンの「円を買う理由がない」と言う発言があったわけです。

8月に入って、日本では株がやっぱり10,000円割れていき、ふらふらしていました。しかし、市場からもマスメディアからも何かの策を出せ、という話がまったく出てこなかった。どうも聞いてみるとあきらめているようだ。あきらめ、というのは、問題はわかっていて、やることは決まっているのにやらない、やろうとしない政府や官僚と、結局は変化を求めない国民というもの、これに対してみんな白けていたのです。

私はこの時に、個人的に何をやりたいのか言ってみなさいと聞いてみたのですが、ものすごい数の「こうするべき」という意見が来るぐらいの状態でした。みんな決断すべき政策はわかっているのになぜ出さないのか?と言う感じだったわけです。

こうした状況下で小泉さんが9月12日にアメリカに行ったわけです。2月はブッシュが日本に来るときに向かって株が落ちていった、今回は小泉さんがアメリカに行くのに合わせて多分、日本の株が下がっていくのだろう、とマーケットは予測したわけです。どういう政策にコミットするのだろうと思っていたら、不良債権の処理の加速で相当コミットしたというのがわかった。

アメリカでは、小泉さんはブッシュ大統領と会っても不良債権の処理の加速の話をし、外交評議会でのコメントは、米系インベストメント・バンクと共同して不良債権を処理してきた、かつ今後はそれを一層加速させるとまで言ったわけです。アメリカにもビジネスチャンスを与えながら不良債権を処理してきました。今後はもっとビジネスを与えながら処理をしていきますと言ったのです。

A RCCとウォール街の金融機関という言葉を小泉さんは使って、ウォール街の金融機関の協力を得ている旨の発言をしていますから、そういう意味では安心してくださいということもあると思います。

工藤 小泉総理とブッシュ大統領との会談の時に、ブッシュ大統領から経済対策を巡って、書簡を受け取ったという話もあります。

B その前、8月20日くらいから日本にはアメリカの特使が来ていまして、ペーパーを渡されたのはそのときだという認識です。その答えを持ってアメリカに来た、というふうにマーケットは思っているわけです。小泉首相はその答えを持って講演をした、と私は思っていました。

A 国内でも日銀が決断した18日の5日前には、黒田財務官が講演で、長期国債や短期国債の日銀の積極的な購入を迫り、場合によっては日銀の独立性維持の放棄にまで言及していた。

マーケットはどう反応したか

工藤 マーケットの人たちは、小泉さんの発言に戦略なりシナリオなりがあると期待したわけですか。

C 小泉さんに戦略はあるとは思っていません。ただ、小泉さんはそういうことを言うだろうとは期待した。金融の処理をすると言った以上は、少し前なら、柳沢大臣に処理を任せていると言っていたのが、今度は「不良債権処理の加速を指示した」と言ったわけですから、いよいよ動かすのかなとマーケットは思った。

B アメリカにいるときから、首相がリーダーシップを取るという感じで不良債権処理に言及しているんです。それについて、翌日、福田官房長官が東京で首相のリーダーシップで進めると...これはあきらかにリーダーシップを意識していますね。

A 今日の段階では、竹中さんと柳沢さんとの間で意見が違うのであれば、自分が決断する、と言っていますね。昔だったら「決断する」と言ったときに、普通に考えて、2案あったときに自分はこちらの案を選択すると理解しました。ただ、今回のように「意見が違うときには自分が決断する」と言ったときに、このタイミングなら人事のことだと一瞬思うくらい、明快に今日は言っていると思いますね。19日の講演では訪朝の説明を中心に持ってきて経済のことはあまり触れられなかったですが。

工藤 改革なくして成長なし、というスローガンは繰り返していました。

A 改革ということに関しては、それがデフレ要因と思っている人もいるし、そうじゃないと思っている人もいます。小泉さんの考え方では構造改革をずっと置き去りにしてきたことがデフレを温存してきたと、今はそれに手をつけないといけない、という判断です。手をつけるにあたってはやはり足元の景気に対する不安感が増してはいけない。その手立てを講じるのが金融当局・日銀であり、あらゆる手立てを講じるように指示している、という位置づけだと思います。

工藤 日銀の今度の決断はこれまでの判断を転換するものになりました。財務省にはそれに伴う税金の問題、金融当局には銀行問題として伝わっていたわけですが、小泉さん自身には事前に伝わっていたのでしょうか。

B 事前に伝わっていない可能性はありますね。ただ、ともかくも日銀が変わったというのは、危機の認定を行なったということが重要です。竹中さんはこれを変化球と言いましたが、むしろ日銀がまず第一歩を思い切って例えて言えば、遠投した。遠投をした以上は、そういう方向に向かった政策については、日銀は協力を惜しまないだろう、とマーケットは思うわけですね。そうなってくると不良債権問題やデフレ対策が今度は政府からカウンターとして出てくるだろう、それが匂わないかなと見ていたら、やはりビジョンの匂いがちょっと足りなかった。柳沢さんの直後のコメントを見ていると、「いま検討中だ」と。

A 「検討中」といわれると、金融庁はまだそこまで決断できていないということがわかる。日銀がそこまで踏み込んだのだったら金融庁もある程度ポジティブ・サプライズを出さないといけない。小泉ビジョンが9月19日に出るという話がそのあと出ましたが、これはマーケットが勝手に思い込んだわけではなくて、そういうことを言っていた人がいて、新聞の見出しに「19日小泉ビジョン骨子発表」と出たのです。

工藤 誰が言っていたのですか。

B 中川秀直前官房長官が、首相の北朝鮮訪問のことを発表して、今度は小泉ビジョンを発表すると言ったんです。彼の言うとおりに動いているから、中川さんの言っているように19日には不良債権問題とデフレ対策について小泉さんが何か話すんだなとマーケットは思った。

工藤 しかし、19日には小泉さんは何も話をしなかった。その後、一時、日銀の禁じ手で戻り始めた株価が再び下がり始め、円安、債券安のトリプル安の展開となりました。なぜ、そうなったのでしょうか。

B それはアメリカのダウ平均が8,000ドルを割ってきたからです。それと日銀の株式購入がTier1(自己資本)を超える部分は全部買うと報道されたから、日銀が一体いくら買うのか市場は計算したわけです。8兆円か7兆円か。あるいは4,5兆円かと。ところが、その後の9月20日の読売新聞の一面では1,2兆円かと出たわけです。これはどうも日銀の決断に対して足を引っ張っているところがあるように見える。これをマーケットは気にしたわけです。いろんな計算方法があると思いますが、7,8兆円だったのがなぜ次の日に1兆円になってしまうのか。銀行問題の根っこには自己資本を毀損するような株のボラティリティ(変動率)が高まることへの不安があるわけです。それを金融庁は少なくとも2004年の9月までにはTier1(自己資本)のところまで株を売りなさいと銀行に命令している。そこまで売らなければいけないのに買う人がいないわけです。持ち合い解消はけしからんとか、ETF(株価指数連動上場投信)にして売ったら株価が下落するという声もある。そうなると、全額を日銀が買えば市場に売りが出ないとマーケット関係者は思います。ところが日銀が買うのは1兆だという話になると、残り6兆、7兆円はどうするのかと市場は勘ぐってしまう。なんだ全然、話は決まっていないのか、あるいは日銀の足を掬っている勢力がいる、とかそういう話になってきます。

A 最初の8兆円というのはこの3月時点でTier1を越えている部分。その後いくらか処分しているのと、実際に株価が下がってきているから総額で小さくなって4,5兆円。今度は日銀が準備金を積まないといけないとか、健全性がびくともしない額から言ったら、1兆円くらいになるんじゃないかと、こうなったわけです。

A 債券安は10年もの国債入札が初めて札割れしたことが原因です。期末近くでマーケットがおっかなびっくりになっているところに、10年債でいままで見たことなかった札割れ現象がおこった。みんなショックを受けて瞬間的に値が飛んでしまった。それが若干、為替に影響したかも知れない。

C 背景には、ペイオフ延期の影響もあると思う。ペイオフにどんな効果があるのかというと、金融機関としてはお金が引き出される可能性があるので安心して債券を買えない。そうした地銀なんかはたくさんあったのです。それがペイオフ解禁が延期になったから、コア部分を残して、残りはすこしでも金利差を取ろうと債券を買い始めた。しばらくは買い手が現れていたのが、もうこの段階では一巡してしまって、買い手がいなくなった。それで需給が悪化して、いままで見たこともないような札割れが起こってしまった。

工藤  需給が悪化したわけですね。

A そうです。そういう待機していた人までもすでに買ってしまっているので、ペイオフ延期効果が一巡してしまった。もともとペイオフである程度資金が出て行くという想定のもとに運用していた分がその必要性がなくなったという需給面が悪化した。しかも金融機関がペイオフ解禁できないという状況になるなら、日銀のゼロ金利の解除がまた遠のいてしまう。そうするとゼロ金利の時間軸がさらに長くなった。だからとりあえず3年くらいはゼロ金利で計算して、その先も金利の上昇は微々たるものだと5年でも0.2%くらいでいいじゃないか、あるいは10年債も1%割れるかもしれないと、そんな状況です。そういう状況の中で債券ディーラーにとっては、この前の日銀の株式買取はショックだったのです。彼らは政策決定会合で長期国債を買い増ししてくれるのではないかと勝手に期待して、それで10年ものの金利が1%割れるというシナリオを半分期待していた。ところが全然違う。実は株を買うと、そうしたら19日はどんなことが起こるかわからないとみんな一瞬パニックになって短時間でみんなが投げてしまったわけです。値幅制限くらい利回りが飛んでしまったわけです。

19日にはやっぱり対策も出ない、株の買取額も1兆、2兆円という報道も出た。それでも足元が崩れてきていた。中間期末の評価の必要がある時期にここで10年債をなかなか買える雰囲気ではなかったのですが、ふたを開けてみるとやっぱりみんな尻込みしていたのがわかったら、とたんにもう一度債券がくずれた。かなりショッキングな入札内容なんです。そういう入札状況をこまめにチェックしている債券ディーラーからみれば惨憺たる内容の入札だったので、これはしばらく買い手は現れないということで、また投げてしまった。

工藤  いまは国債を買うのをやめようと思っているということですね。

A とりあえず短期的にはそうです。けれども長期的にどうこうというところまでは考えていない。たとえば11,500円といったら3月末の水準で、銀行の含み損がなくなる程度ですから、まだプラス領域にはならない。金利が上昇局面に入るといっても景気が上がるわけでもないし、株も上がらない、金融政策でもゼロ金利が当面続くという仮定のうえでは、まだ全部投げるというのはできないです。

A ただ、大切なのは、NYの株が急落し、読売新聞の1兆円報道がありながら、失望感を持っている割にはあまり株を売らなかった。つまり日銀がああいう発表をしたことにまだマーケットは期待を持っているということです。

C 政府の次の手に期待を持っている人は多いと思います。日銀がああいうことをやるということはシンボリックな意味で、みんな非常に評価しています。株価は10,000円割っているのだから有事の対応をしなければいけない。もはや非常事態です。社会保険や年金も給付を下げるとか、解散するとか、維持できないところがどんどん出てきている。もう社会の安全機構まで壊れようとしている状況です。平均株価は10,000円を割れて、一度9,000円も割れています。そういう水準ではそうとう世の中の雰囲気が変わってくるわけです。資本主義では効率的にやろうとするものが2つあります。1つは実体経済を反映する株式市場があるし、もう一つは間接金融としての銀行の役割。株が下がってきている中で両方の機能がだめになってきている。今度は、本来、安全装置である年金や社会保険といった個人のところまでおかしくなってきているわけです。

工藤 それは株の買い手がいなくなるということですね。つまり、資本主義の原点であるマーケット自体が死に始めている。

C そうです。いまはそういう話ばかりです。株から債券、国債に移しましょうと。株は資本主義の根幹であるにもかかわらず、そんなリスクはとれないという方向になってきています。一番危機的なのは、市場の流動性がなくなってきていることです。不動産も含めたあらゆる市場でその現象が見られます。買い手がいなくなってきているのです。一部には大きな政府が必要な時期に来ているという声もありますが、大きな政府が正しい政策を取ってくれればいいのですが、大きな政府が間違ったときにはもっとひどくなる。今回の日銀の政策転換に対する最初の反応はいい方向に行ったとは思います。つまり、健全なマーケットは平時には自律的にいろんなことをやる。だから効率的なのが一番いいわけです。

B 今はむしろ危機が日常化してしまっている。危機が普通の状態になってしまっているなかで、どんどん深化している。こうした状況をいろんな形でお上の金が支えている。長期金利だってそう。いろんな形で支えておきながら危機ではないと言う。でも、それはおぼれている人がたくさん浮き輪を抱えていながら、俺は危機ではないといっているのと同じで、浮き輪をはずしたとたんに沈んでいく。これは当然、危機なのです。さきほどCさんが言ったように、自由で市場が効率的に運用されていれば、景気が拡大している方向ではみんな取り分が増えてきますから、放っておいても民間主導でいい方向に回ります。ただ、それはどこかで行き詰ります。どこかで調整をする必要が出てくる。全体の配分を変えなければならないときには、日本だって戦後の変革の時期にはGHQという大きなナタが入りました。そういうことが必要です。日本が間違えたのは、戦後の何もない中で実は資本主義・市場主義でやるべきところを大きな社会主義でやっておきながら、冷戦後、急にそれを資本主義でやれという話になってしまったので、真っ暗闇の中で壊れ始めたのです。90年の40,000円近い東証平均株価がバブル崩壊後、12,000円くらいまで下がってくる過程のなかで、本当は価値が下がってしまったものの調整が必要だったにもかかわらず、知らないふりをしてしまった。うそをついていたということで日本はすごく攻撃されたんです。会計士も経営者もみんなうそつきだと。そこから小さい政府はいいことだと認識が変わってきたのです。これは死にそうになってから病院を出るという話であって、90年代にはいろんなパッケージが発表された中で、一番苦いものだけをやらなかった。

マーケットが見守る政府の対応

工藤 日銀が今は非常事態で危機だという認識をした。この認識をしたというのは非常に重要ですね。先の3月危機はなんとか乗り越えたのですが、その後危機は深化していた。さまざまなマーケットが縮小し、崩れ始めていた。不良債権の売買についても、いまは債権が売りにでないという情況です。銀行にはロスを処理する体力があきらかになくなっている。どうしてこうなってしまったのでしょう。

B 3月の時には、きちんと対応したわけではないのです。3月までは時間がないからとりあえず空売り規制で動いて、4月になれば金融システムの問題に手をつけるだろうと期待していたのに、何もなかった。

工藤 それからだんだん政府のクレディビリティ(信認)が失われて、もう期待できない状況になってきたわけですね。

B 国会がその後、スキャンダルの叩き合いになってしまったので、経済問題はとてもできない。経済問題はまったくやらなかった。さすがに皆、あきれていたわけです。もう間に合わないと。みんな9月中間決算期が目に入ってきていましたから、このままずっと何もやらないつもりかとおもっていたら、どすんと株価が下がってしまった。

工藤 次に日銀の株式買い取りの意味についてはどう評価していますか。あの決断は最終的に何を目指しているのでしょうか。

B 銀行の問題についてはもう体力もなくなっている。不良債権が増え続ける中で、少ない業務純益の範囲で処理しなければならないし、不動産価格も7%ずつ下がってきている。また企業倒産も増えているし、これはだめに決まっている。銀行の悪いところはリスク資産を抱えていること。つまり不良債権と株の保有です。これを一気に売ればいいし、利食いできればいいのだけれど、それもできない。逆に言えば、この2つを銀行から剥がすと銀行は体力を心配しないで動けるようになる。

工藤 今回の日銀のアイデアはその論理上にありますね。

B ですから、日銀が考えたのは、リスク資産のところからまず株を取って、お金を入れましょうということです。取ってあげれば銀行は随分楽になる。これはグリーンスパンの言ったお金を流すアイデアに近いと思います。つまり単なるオペでやっても効果はなかったから、根っこのリスク資産をはずす方法を日銀は考えたのです。そうすると日銀はリスク資産の株の部分を取ったので、つぎは不良債権を取り除いて、もっと銀行の体力を回復させようというアイデアが出てくるでしょう。次には政府がどういう決断をするかに焦点が当たってくる。

工藤 論理的にはそうでしょうが、政府はどこまでできるでしょうか。

B 自民党の山崎幹事長は随分前から不良債権の問題には、どうやって不良債権を剥がすか、ということと、どう処理するかの2つがあると言っている。剥がすときには高いほうが剥がしやすいし、売るときには安いほど売りやすい。ここがポイントです。金融庁がアイデアを考えると思いますが、やっぱり不良債権が剥がれないアイデアはだめなのです。剥がれるというアイデアと、これで処理が進むというアイデアの両方を出す必要がある。

A そうなるともう政治の決断ですね。政治が決断して日銀に指示があって動くのと、政治決断がない中で日銀がやむを得ず動くのとは違いますから。ただ、実際には政府と自民党の間で足の引っ張り合いをやっており、リーダーシップを発揮させまいと羽交い絞めにしている勢力があることは確かですね。

工藤 柳沢さんの去就がやはり問題になりますね。金融庁は従来型でしたから。

B 金融庁の本来の仕事は銀行の監督指導なのです。企業の生殺与奪の権利を金融庁は持っていないはずなのです。金融行政の監督指導をやる役所が、この企業は死に、この企業は生かし、これは再生させるなんて、そんなことはやってはいけない。

工藤 日銀が態度を180度変えたというのはアメリカや国内からの圧力があったからなのでしょうか。

B グリーンスパンがアメリカの議会証言で発言するくらいに、相当圧力がかかったのではないでしょうか。いままでは財務省は何もやらないで日銀の金融政策としてやってほしいとずっと逃げていたわけです。先の黒田財務官の講演でも日銀に非従来型の対応を迫っていた。これに対して、日銀は金融政策ではないといって金融システム対策として今回の政策を発表しました。

工藤 つまりこの1,2週間のあいだに何かが出てくることをマーケットは期待しているということですか。

C 全部統合した、パッケージで対策を進めることに対してリーダーシップを発揮できる人がいるかどうかです。内閣改造での柳沢さんの去就は当然、注目しています。

B こういうときはやはり、技術的なことではなくて、君子が考える志というか、方向性です。それがアクションとして実務的なものにつなげられるかの証拠探しをマーケットはしています。ところが、毎日、その証拠がふら付いているのです。たとえば日銀が銀行から株を買い取ると発表したけれども、金額がはっきりしない。株を買ったお金はどうするのか。そのままマーケットに流してくれれば、流動性が上がるけれども、引き上げるとも言っている。最初の意外感がなくなって、またいつものパターンかと思ってしまう。前回も証券税制を変えるという話で案が出て、それが修正を重ねて結局解約されたようなものになってしまった。ものの見事に誰もわからない税制になってしまった。こういう前例があるわけです。今回の日銀の株式買い取りは歴史に残る決断で、前代未聞というか歴史上そんなことをやった中央銀行はないわけですから。インパクトというよりはショックでした。

決断できなければ危機表面化も

工藤 もしマーケットの期待に政府が応えられなかったら、どうなりますか。

B 10月の株価は急落すると思います。担当省庁がいろいろやって株価がここまで割れたら嫌だなという水準まですぐに行きます。たとえば金融庁は9,000円まで行くと困るという話が出れば、すっとそこまで株価は落ちていく。いろいろポケットに手を突っ込んでなんとかやると8,000円くらいまでは耐えられると言うと、じゃあ本当に耐えられるか試してみよう、というのがマーケットなのです。だからこんなことを発言してはいけない。なぜ10月かというとアメリカのダウ平均は8,000ドルを割れています。ドイツでもフランスでも去年の9月21日の株価の底値を割っています。グリーンスパンは9月12日の段階で悪いやつらが尾を引いていて、これからも悪影響が続くと。その前日にFOMC(米連邦公開市場委員会)のベージュブック(地区連銀景況報告)が出て、景気は減速しているといっています。2月くらいから、景気は回復基調にあるとか、成長過程にあるとFRB(米連邦準備制度理事会)が言ってきたのが、今度は減速していると言っているわけです。アメリカの景気が減速していて、ダウ平均が8,000ドルを切ってきた。これは今までとは違う状況で、ヨーロッパはああいう状態で日本は期待だけを持たせて何もしなかったというのは、大変な事態でしょう。アメリカの状況、ヨーロッパの状況がいままでとはまったく違う。それだけ日本の責任が重いのです。アメリカの金融決定会合を前にオニールさんが酷な言い方をしています。「グリーンスパンはいい仕事をしている。金利を下げる必要はない。今回刺激をする必要があるのはヨーロッパと日本である」。財務長官がそう言っていますから、これはすごいプレッシャーです。これは27日のG7は日本の話をするからね、ということです。つまり、このまま何もしなければ10月の日本の国会議員の補欠選挙のころに日経平均が8,000円くらいにまで行くと思います。

A もしそうなると、経済の危機感は明らかに表面化します。株価が8,000円になれば、とよく言いますが、8,000円になればまた不良債権だなんだとほかのところが増えてきますから、いま見ている8,000円の世界とはまた違う状況になるでしょう。

工藤 つまり今の話だと27日のG7、この1,2週間に日本は何かをやらなければいけないという正念場をむかえているわけですね。

B 9月20日の経済財政諮問会議では対策が間に合いませんでしたね。日銀の決断の直後で期待されたのですが、それはとりあえず飛んでしまった。北朝鮮の問題が色々とあるかも知れないけれど、30日の内閣改造が次の焦点になる。27日にはG7がありますから、「君がちゃんとしたものを出してG7でたたかれないようにしてこない限りは、僕は改造で君を代えるよ」という話になるかならないか、なんです。柳沢さんが結局、どうなるかです。

B 柳沢さんもいろいろ走り回ると思いますが、今のペースで柳沢さんの発言を追っていくと、とてもポジティブ・サプライズの出るようなものが間に合うかどうかは分からない。それを、オーソライズしないといけないですよね、それは多分、月を超えて10月になると私は見ている。次の経済財政諮問会議は10月8日ぐらいにありますよね、その辺で間に合うか。間に合わなかった場合にはかなり厳しい事態になる。アメリカの株のほうはもし利下げをしないと、マーケットは月末の数字を見ていくんですよ。この前は景気は減速をしてるといったから、耐久財はどうかな、ISM指数はどうかな、雇用統計はどうかなとマーケットは見て、本当に減速していっていると、株が落っこちてしまう。そこで日本は何をやっているのという話になる。10月10日ぐらいには金融庁の人達はみんな走っているのではないでしょうか、「何かできないか?」って。実は今走ればね、今9500円で走ってG7に間に合わせれば、コストをこれくらいにするとか、ある程度見えるのですが、8,000円と考えて走って、それを戻すためのコストはさらにかかってしまう。 官僚と政治家はマーケットがそう見ていることがわからないが分からない。市場側にいる人間から言えば、「落ちないうちにやって下さいよ」と言ってきましたが、すべて手遅れになっている。

B だから、これは「軍事の有事」から「経済の有事」になったということでしょう。

C ただこれは、日本だけの問題じゃないですよね。欧米の指導者がいろいろ言って心配してるのは、日本はデフレのフロントランナーなんだ、と。つまり、日本だけに走ってもらって単独ランナーにしたいわけです。自分達は仲間に入りたくない。ところが、今の状況を見てると、みんな先行して走っている日本を彼らだって追いかけるような感じで、そっち側に巻き込まれる可能性をうすうす感じ始めてることは事実ですよね。だけど彼らとしては絶対それは防ぎたいわけです。そういう認識でいるわけですから、日本に対してもいろいろと要求をぶつけてくるのは彼らの当然の考え方だと思います。

(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)

工藤 ここ数日のアメリカや日本の株価の下落を見ると、日本経済はすでに有事の段階に入ったということが分かります。9月18日の日銀の決断、その対応をマーケットはどう見ていたのでしょうか。