【インタビュー】近づく「マーケットの死」

2002年9月11日

mastui_m020710.jpg松井道夫 (松井証券代表取締役社長)
まつい・みちお

1953年長野県生まれ。76年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船を経て87年義父の経営する松井証券に入社。98年より現職。経済同友会幹事、東証取引参加者協会理事、国際IT財団理事を兼任。著書に「おやんなさい でもつまんないよ」。

工藤 最近株が急落している原因はなんですか。

松井 これについては市場関係者はみんな分かっています。海外の要因は確かにありますが、それだけが要因ではありません。流動性がマーケットの命であるにもかかわらず、この流動性について、政治家も官僚も何も手を打ってこなかった。そのツケが一気に来始めたということに尽きます。マーケットの流動性というのはちゃんと数字に出ますが、それが極端にしぼんでいます。しかも、その構成セクターを分析すると、ほとんど外国人が握っているという、ゾクッとするようなデータが出ています。外人投資家は為替次第だろうし、もっと言えば、アメリカがどういうスタンスをとり、株式市場がどうなるか次第なので、予想が出来ない。しかし少なくとも外人投資家が日本に全てを賭けているというようなことはありません。「日本の、本当にごく一部を素通りしようかな」という結論は簡単に出ます。その結論が出て、外国人が一斉に日本市場から逃げた時に誰が日本を支えるかというと、実は今誰もいない。 実はどこの市場でも、絶対に逃げていかないのは個人なんです。なおかつ日本の個人の場合は、金をすさまじく持っている。ところが、この、すさまじく金を持っている個人の中で、株式投資をする人は極めて少ない。逆に言うと、極めて少ないから、株式投資に重みがない。つまり、ポートフォリオから考えたら、日本の株式市場がなくなっても、別に痛くも痒くもないのです。しかし、当面の動きをみていると、これまで税制だ何だでマーケットに介入するななどと言ってきていても、実は言っていることとやっていることは全く逆です。直接金融などと口では言いながら、全て間接金融が大事ということ。結局、間接金融に有利な税制などを変えようとしない。その結果、個人がみんなマーケットから逃げてしまう。それを食い留めようという策も施さない。結果的に、日本のキャピタルマーケットが動かなくなるというよりも、流動性が少なくなるということです。逆に言うと、ボラティリティ(価格変動率)が高くなるということですね。だからもう、支えようがないんです。普通だったら、株価が下がってきたら買いが入ってきます。ところが、どんどん下がっていくんですよ。じゃあ誰が買いますか、銀行が買いますか。401kプラン、年金機関化現象はどうなりましたか。全て何も起きていないんですよ。市場から誰もいなくなるということだけが、今起き始めているんです。

工藤 データ的にはどうなっていますか。

松井 売り買いで大体7千億から1兆円が、東証で毎日売買されています。売りがあれば同じ額だけ買いがあるので、売り買い合わせて1、2兆円。ところがどうもその7千億から1兆円っていうのがどんどん下がって、最近は恐らく4千億円くらいです。これは信じられないくらいの流動性の低さですね。さらに3千億円までいくんじゃないかなと私は思っている。3千億円までいったら、それはマーケットの死ですね。その結果出てきた株価というものを無視することは出来ません。今銀行株が暴落していますが、上がり下がりはマーケットが決めることですから関係ないんです。下がれば必ず買いが入ってくる。ところが、買いに入る人がいなくなれば、無限に下がってきますよ。さすがに、10分の1になったら買いが入ってくるかもしれませんが。

工藤 流動性については、個人と外国人の割合はどうなっているのですか。

松井 委託だったら60%。

工藤 そのほかのは誰が買っているのですか。

松井 はい、残りのうちの千五百億円ぐらいが、証券会社の自己売買。今日買って今日売るんだから、差額だけ払えばいいので資金はゼロです。

工藤 それは、何のためにやるんですか?

松井 それで儲けるために。例えば、何百、何千の法人が、時価の投資金額で50億円投資したとすると、それを金も全然ない中小証券会社一社が、50億円で買って50億200万円で売って200万円得するんです、コストがかかっていないから。そういう50億円の積み重ねが、実は、1日千数百億円になっているんです。残りの5百億円ぐらいが個人です。あと残りの3百から5百億円が、日本の銀行や機関投資家などです。でもまず、この5百億円はなくなってきます。それ以前に、そもそも外国人投資の千5~6百億円がちゃんとあるのかと言うと、「日本は構造改革しないみたいだから、とてもじゃないが日本はこわいから、ポートフォリオから外そうか」と、今、アメリカやヨーロッパの投資家がそういう判断をしつつありますね。

工藤 ビッグバンが始まる前の、1日の流動性はどうだったんでしょう。

松井 それは1兆円をはるかに超える金額でした。

工藤 ビッグバンの前でも?

松井 はい。日本のマーケットは今、死にたえそうなんですよ。誰もその問題意識を持ってないんです。せいぜい「証券会社なんて潰れればいい」っていう、その程度の話でしょう。まあ、非常に恐ろしいことが、刻一刻と今近づいていますよ。マーケットの縮小は止まらないし、外国人が引いた時には日本の終わりですね。

工藤 つまり、構造改革で官システムの解体を目指しても、肝心の市場がその前に潰れてしまっては話にならないですね。構造改革の狙いは民間経済の建て直しですから。

松井 ええ。これはもう市場経済を標榜する国家とはいえない。こういうことが起きることがとうの昔に分かっていたにもかかわらず、何も手を打ってこなかった。結局これは政策の失敗です。もっと言うと、金融庁の失敗です。金融庁は完全に迷走しています。

マクロ経済、税制、市場、金融政策......いろいろなセクションが、みんな自分勝手にやっている。その結果、日本の株式市場が崩壊する、ということにつながったんです。例えば税金一つとっても、主税局は、キャピタルゲインなんてゴミだと思ってる。今度の申告分で5千億円が2千億円になるでしょう。これが財源がどうのこうのという議論になりますか?結果として、キャピタルマーケットが潰れたらそんな、5千億円、2千億円等の話じゃすまないでしょ?そうすると経団連や銀行協会等が、「緊急事態だから、個人のキャピタルゲインはいっそのこと10年前にさかのぼってゼロにしたらどうか」と言う。そう言っているにも関わらず、証券業界がそれに反対しているという、ねじれ現象が起きている。なぜかというと、証券業界は完全に金融庁の出先下になってるからです。それで、証券会社の社長達が実際はみんな反対しているにもかかわらず、それを、「証券会社の社長達は反対していない」という「ご領主」の一言で、このわけの分からない証券税制になってしまったんです。その結果、個人は「そんな面倒くさいんことだったらやめようか」ということになる。ただそういう話なんですよ。そうすると結局、非常に下らない話だけれど、こういうメンタリティーで市場経済を標榜するんだったら、いっそのこと北朝鮮のように統制経済で国が全部コントロールする国家になったらどう?......と。結局こういうことなんです。

(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)

松井 これについては市場関係者はみんな分かっています。海外の要因は確かにありますが、それだけが要因ではありません。流動性がマーケットの命であるにもかかわらず、この流動性について、政治家も官僚も何も手を打ってこなかった。そのツケが一気に