深川由起子 (青山学院大学経済学部助教授)
ふかがわ・ゆきこ
1940年生まれ。1962年京都大学法学部卒。1976年より京都大学法学部教授。著書に「戦後日本の官僚制」(東洋経済新報社、1981)でサントリー学芸賞、「地方自治」(東京大学出版会、1988)で藤田賞受賞、その他の著書に「日本の行政」(中公新書、1994)、「行政学教科書」(有斐閣、2001)。
工藤 世界同時株安の状況下で、日本では再び株価の下落から経済不安が表面化しています。これをどのように見ていますか。
深川 常識的に考えて欧米の調整はこれから本格化するというのは、誰が見てもそうじゃないですか。株価はそれに向かって調整して、かつ、調整していく過程で、日本のバブル崩壊の後とそっくりな不祥事が続出している。どうもこれからエンロンの話が司法のところまで行くっていう話が結構マーケットに出ているみたいなので、それがマーケットの混乱みたいになっている。ただ、これを契機にアメリカの株は調整が始まり、ヨーロッパに波及している。日本にもその影響は当然あるが、金融問題一つ片付かず、マーケットが底割れしている日本と、調整を乗り越えた韓国の問題はおのずから異なっている。
工藤 日本の株式市場は日々の株の流動性は4000億円とか5000億円とか、かなり小さいわけです。つまり日本の企業の数は買う人が極めて小さくなっていた。日本の経済や金融問題の立て直しが遅れている中で、その打開の方向も描けない。だから、個人も企業も買わない。買い手がいない以上、株が下がるのは当たり前ではないか。
深川 韓国の状況も上場会社の四分の一がいまだに企業再生法の下にあり、かなりひどい状況ですが、それ以上は潰れないですから、株価の形成がわりとやりやすい。ボトムがわかっているから。底なしになっている日本とはそこが違いますよね。それから日本と違って、銀行と企業の株の持ち合いはないですから......。
工藤 韓国では、株の持ち合いはないのですか。
深川 禁止されていた。銀行は企業の株は持てないし、企業も銀行の株は持てない。日本は戦前からずっと引きずってきたものをみれば、持ち合い構造は解消してきてますが、まだまだ多い。
工藤 韓国では個人は株を買っているんですか。
深川 外国人と個人です。機関投資家なんかはほとんどない。生命保険会社は一つくらいです。
工藤 株が底なしのように落ちている日本と違い、韓国には底がある。その違いはどこにあると思いますか。
深川 韓国では、IMFの管理下に経済が置かれた時、全株が額面割れしたんですよ。そこから上げて来た過程で、潰れる企業は潰れて、何回も調整されてきた。つまり企業の構造調整が容認され進められた。そこが日本とは決定的に違います。世界の株の調整に伴って、韓国の株もそれは下がりますが、今は底堅いですよ。どういうときに株が上げてくるっていうのは、韓国のほうがはるかによくわかる。
工藤 日本では97年にビッグバンを行い、その後、銀行の危機が表面化し、それをなんとか抑えている状況です。本当は銀行を主体とした間接金融から証券市場への資金の流れが加速することを描いていたのですが、証券市場は逆に冷え込んでしまった。韓国では、証券市場改革のようなものはやったのですか。
深川 証券市場改革というか、ガバナンス改革というか......要するに流動性の危機でしたから、市場化の期待を裏切ればどうなるかというのは、企業も国民も痛切にわかったわけです。その信任を取り戻すためには、もうなんでもやると。だから企業はIRだって日本よりずっと今よくやっているし、情報提供だって一生懸命やっている。四半期ごとに業績開示は全部出してやってるし、時価会計にはとっくの昔に移行している。日本ではそれさえ、だらだらとやっている。つまりすべての危機は流動性から始まったから、マーケットを裏切った報復はどれほどつらいかというのが、本当に政治家から国民の津々浦々までわかっていた。政治家もマーケットの期待を少なくとも気にしながら発言しています。だからマーケットを裏切るようなことはしない。むりやり政府がファンドで株を買うPKOやって株価を支えたり、あとこういうタイミングでこういう政策を打ち出せばマーケットの人たちはどういうふうに受け止めるかをヒアリングもしている。日本みたいにマーケットと対決してやるなんて、あの手の発想は微塵もないですね。経営者は情報開示と透明性に責任を持つというのはやらざるを得ない。そういう普通のことをやってきただけなんです。
工藤 ということは、世界的な資金のアメリカからの還流に伴う株価の下落はあるが、底堅いという状況があるわけですね。
深川 もちろんアメリカにつられて韓国の株価は下げるわけです。韓国のコスダックだってナスダックの子供みたいなもんですから、ナスダックが下げればもちろん下がるわけです。まあ世界のマーケットをみてもナスダックを中心に新興国への資金のクレジットラインが決まるわけですから、みんなナスダックに連動しますよね。ただ、その中で韓国の市場がボトムが一番はっきりしているし、為替が減価している分だけ、輸出競争力は強くなっているから、生産性はすごく上がっていますね、ここ何年かは。95年を100としてみたときに、為替は減価してますからドルで見た単位あたりレイバー・コスト(労働コスト)はかなり下がってますよ。
工藤 企業の生産性が上がったのは為替だけではなくて、リストラも日本とは違いますね。
深川 すごいリストラをしてきました。いらない事業は切ったし、売りましたから。ただこれも普通にやってるだけなんです。
工藤 企業の資金調達はどうしているのですか。
深川 最初は社債です。銀行は企業に貸せなかったわけですから。今また銀行の資金はじゃぶじゃぶしていますけど。ちょっと日本と似ているといえば、リテールをやってるからクレジットカードにじゃぶじゃぶにお金が行っている。クレジットカード・バブルみたいな。
工藤 日本の場合、いま韓国とは逆であってここまで危機が世界的に飛び火してくると、日本の調整を逆に遅らせようと、ペイオフの延期から始まって、全部抑えようとしているんですね。
深川 日本は完全に狼少年状態になっているから、誰も政策を信じていない。政策を信じられないから、やっぱりマーケットのボトムって決まりようがないと思います。ペイオフだってやると言ったり、やらないと言ったり、姑息な裏道作ったり、いったい何を考えているのか誰にもわからないでしょう。そういうわかりにくさってマーケットは本質的に嫌いじゃないですか。シンプルでわかりやすいものを期待しますよね。
工藤 言論NPOに参加しているエコノミストの間でも、小泉さんの発言とか政策のプライオリティは昨年の所信表明からかなり変わってきていて、信用できないという声もあります。少なくとも日本政府の対応は危機に対応するという受身的なもので、危機がくるのが分かっているのに、それに積極的に対応をしてこなかった。
深川 だから誰も信用していないですよ。
工藤 昔だったら、政策当事者の誰かが発言すると結構マーケットが動いたりしましたが、今はそんなこともない。それが実現しないことを市場は織り込み始めているような気もします。
深川 日本ではさまざまな対策、コミットに時限を切らないんですよ。それがむしろ次々に先延ばしされている。だから不安なんです。つまり韓国はIMFの監視があったから四半期ごとにどれだけちゃんとやったか、IMFにチェックされるんです。だから嘘はつけない。デッドラインが四半期ごとに決まっている。やらざるを得ないですよね、BIS規制にしてもすべてチェックが入るわけだから。で、日本のほうは区切らないからずるずるときわめて状況依存的に進むわけですね。だから、いつまでを区切って日本の構造改革を評価したらいいのか誰もわからないじゃないですか。このまままた次の10年も失われた10年でいくのか、単にクラッシュして危機が起きるのか、そんな状況になっている。
だからここまで、というある種の区切りが政策目的にあると、そこまでの材料で判断すればいいというのがわかるからボトムが決まりやすい。そこが韓国とは明らかに違う。
工藤 すると日本は今のこの状況にたいして打つ手は何でしょう。危機が迫っているから、いままでの対策を止めて、危機を封じ込めることが必要だという声もありますが。
深川 まず、説明責任が全然足りないですね。どこからどこまでを危機管理としてやっていて、それ以外のところはヴェスティッド・インタレスト(既得権益)があるから政治的にはやりませんでした、というのさえわからない、奴隷状態になっている。
工藤 ペイオフも延期の声が強まっていますね。
深川 ペイオフなんて韓国ですらやっている。韓国は保護する額は二倍に積んで、そのかわり期限は守りました。当初ペイオフをするべきかという議論があったときにはやはり不安だった。それで、当初、政府が予定していた金額の二倍の金額にペイオフの金額をふくらましてそれでやった。それでも、全然混乱しなかったですよ。その間も粛々と銀行はつぶれていっていましたけど、お金はマーケットに流れていった。
工藤 日本の場合、株の買い手というのは企業、銀行、個人、海外、年金、あとは証券会社の自己売買ですよね。今やってるのは証券の自己売買が多くて、朝買って夜売るとかその逆をやっている。個人はほとんど入ってこなくてどんどん小さくなってきている。外国人はこの後10年たっても日本はだめなんじゃないか、マイナスじゃないかと思ってるからなかなか投資しようとしませんよね。それから長期運用のはずの年金のほうは逆に株式市場をやめて、国債を買わせろと言っているわけです。国債も将来的には不安なのですが、株よりはいいとなっている。だから株式市場で買う人はほとんどいなくなった。
深川 当然ですね。だからといって財務省に根付いたマーケット不信思想たるや社会主義的なものがあるでしょう。先の証券税制についてみても主税局ってやっぱりすごい役所だと思うな。
工藤 つまり、間接金融から直接金融に向けてどう誘導するのか。今の銀行問題も含めて戦略を進めるべきだったが、この間、何年も無駄に過ごし、また危機がくるから対応をしないとならないと大慌てになっている。先日、金融庁の証券関係の人に聞いたら、そうした発想は一官庁の枠を越えている。今は、誰も買う人がいないから、あとは個人の啓蒙活動をやったり株の教育をやるしかないというわけです。
深川 そんな速度じゃ間に合いませんよ。
工藤 間に合わないでしょう?韓国の方はその後、株式市場が活性化して、流動性も増えていると聞きますが。
深川 さすがに日本より規模は大きくはないですけどね。今はもう家計の8割は株運用をしていますからね。もちろん、ミューチュアルファンドが多いんですけどね。さすがによくわからない株なんて買いませんけど、ミューチュアルファンドを含めれば、もうほとんど株ですよ。大宇がつぶれたりして投信がばーと潰れて、その後預金に戻ったんですよ。でも一時期は8割行きましたよ。みんな投信を買っていた。
工藤 8割ですか、家計の?
深川 家計の資産の8割を投信で運用していたんですよ、恐ろしい数字でしょう?
工藤 危機の後でしょうか?
深川 危機の直後です。銀行が潰れるから。それで、バイ・コリア・ファンドっていう名前の投信に熱狂してみんなが買ったんですよ。日本もやればいいんですよ。バイ・ジャパン・ファンド作って。国債を満期まで持っていてくれればというよりは、そのほうがよっぽどいい。
工藤 日本でも野村證券は日本ファンドとか言って作ったのですが、半額くらいになってしまった。それが当たり前のような状況になっている。これではもう買いませんよね。韓国はどこの銘柄の投信を買ったんですか?韓国株ですか。
深川 韓国株ですよ、もちろん。もうほんとにブルーチップのものしか買えない。一時期とんでもない大宇をみんなで投信で買ってそれが紙くずになったんです。でも懲りないの、全然。
工藤 それは何でしょう。国民性の違いですかね?
深川 ただ普通に行動しているだけですよ。韓国も実質ゼロ金利に近くなりましたからね、一時期。そうなるとほかに運用の方法がないんだから、信じられる社債とか国公債に振り向けるしかありえないですよね。
工藤 預金は銀行が危ないからありえないですね。ペイオフはやったわけですから。
深川 分からないですけど。でもペイオフがあったから、リスクはどっちにしても銀行はあるわけですから、だからその分カバーできるように金利を稼げば、まあいいかと。ですから、マーケットがちゃんと判断できる材料をある一定の期間のうちに出さないとだめですよ。その期間内に国民に判断させると。この期間でこれだけのことが出来たんだから、次の期間はたぶんこうなるだろうと予測が出来るじゃないですか。でもずるずる、ずるずる行きますからね、この国は。ぜんぜん先がよく分からないまま。つまり、目先の守りを考えて、より巨大なシステムリスクを自分で生み出していってしまうんです、日本は。
工藤 韓国の経験から見て、日本に言えることはなんですか。
深川 資金が流れることが大事ですね。結局、金融の世界はお金がぐるぐるまわることが大事なんです。韓国がよかったのは、最初ITブームを無理やり作ったんです。それでものすごいインセンティブを作って、あきらかにこれじゃちょっとやれば儲かるよなという仕組みをつくって、その怪しげなコスダックに資金を誘導させて、それだけ来れば上がりますから、アメリカにくっついて上がって、キャピタルゲインがある人たちが次をやっぱり考えるんですね。その次は一部は社債に行ったし、一部は不動産に行ったから、ぜんぜん価格が下がらないんです。不動産が下がらなければ、不良債権処理は進みますよ、担保はみんな不動産なんだから。で、今度はまた不動産が上がるんですよ。ABSも早くやったから、債権化もまあうまくいっているし、そうするとお金が回りますよね。株式市場、社債、不動産、ABSと、ぐるぐるまわれば、経済は死なないですよ。
(聞き手は工藤泰志・言論 NPO代表)
深川 常識的に考えて欧米の調整はこれから本格化するというのは、誰が見てもそうじゃないですか。株価はそれに向かって調整して、かつ、調整していく過程で、日本のバブル崩壊の後とそっくりな不祥事が続出している。どうもこれからエンロンの話が司法の