衆院選後の4年間、有権者は政治にどう向き合えばいいのか 聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事) |
田中:工藤さん、こんにちは。先週、衆議院選挙が終わりました。今回の選挙結果を受けて、工藤さんのご意見を伺いたいと思いますが、いかがでしょうか。
今回の選挙で合理的な判断をした有権者
工藤:有権者は合理的な判断をしたと思いました。経済学で「価格は誰が決めるのか、それは神の手だ」と言われます。今の政治状況では、野党に政権担当能力がないわけですから、結果として今の自公政権の継続を認めざるを得ないだろう、しかし、大勝させることは不安だ。そうした有権者の思いもあり、自民党は大勝せず、反対勢力の共産党の議席が増えるという結果でした。
今回の局面では、有権者はこうした結果を消極的に判断せざるを得なかった。それぐらい、日本のデモクラシーが追いつめられているわけです。こうした現状をふまえつつ、次をどうしていくのか、私たちも含めて準備しなければいけないというのが私の感想です。
田中:工藤さんがおっしゃっている「次」というのは、政策課題のことだと思いますが、具体的にどのようなものが挙げられますか。
社会保障改革と財政再建という課題に対して、全ての責任を負った安倍政権
工藤:消費税の10%への引き上げは、2012年の衆院選前の自公民の三党合意によって、税と社会保障の改革を行い、社会保障の財源として消費税を引き上げることが決まっていました。タイミングについては政権に委ねられていたわけですが、現実論としてみれば衆院選で国民の信を問うていたわけです。今回、消費税の引き上げを見送り、選挙になったことで三党合意は壊れてしまいました。その結果、これから安倍政権は「税と社会保障の一体改革」と「財政再建」という困難な問題に責任を持って取り組まなければならなくなりました。安倍さんも解散を表明した際の記者会見、そして選挙後の記者会見でも、財政再建についてはしっかりやると発言しています。しかし、財政再建の目標は高く、現時点での達成は非常に厳しいと言わざるを得ません。しかも、社会保障関係費の支出は毎年急増しており、ドラスティックな改革を行いつつ、経済の本格的な立て直しも行う。そうした取り組みを、今の自公政権が全て背負ったわけです。これが本当にうまくいくのか、ということを私たちも真剣に考えていかなければいけない段階にきたと思います。
田中:今、工藤さんが指摘されていた論点や解決策は、各政党のマニフェストに打ち出されていたのでしょうか。
「国民との約束」という体をなしていない各党のマニフェスト
工藤:マニフェストには全く書かれていません。衆議院選挙は基本的に政権選択選挙ですから、今回の選挙は極めて重い選挙でした。今回、私たちは8党のマニフェストを主要5項目について評価しましたが、100点満点で自民党はたった24点、公明党16点、民主党14点、維新の党18点、社民党8点、生活の党7点、共産党7点、次世代の党9点と、半数の党が10点に満たないという、燦々たる結果でした。今回の選挙で日本の政治は、日本が直面している課題に対する解決方法を有権者に提示し、信を問うという準備もなく曖昧にしてしまった。結果として、今回の選挙では自民党に一任したというものになりました。
皆さんも自民党のマニフェストはぜひ読んでいただければと思いますが、2年前の総選挙時のマニフェストよりも後退していて、消費税を先送りして、財政再建の目標は堅持して実現しますということだけで、他に何を約束しているのかよくわかりません。
田中:そういう意味では、工藤さんが先ほど指摘されましたが、「税」と「社会保障」は一体的に改革するということでした。財政再建を実現する上で、社会保障をどのように改革するのか、ということは1つの大きな課題だと思うのですが、社会保障に関する記述が、公約全般に少なかったように思います。
工藤:社会保障の問題は複雑なのですが、たった1点を説明しなければいけないとすれば、今ある年金や医療保険を含めた社会保障制度が、これからも安定した形で持続的に維持していけるのかということを、まず判断して説明する必要があります。昔の自公政権は100年安心プランということで現在の社会保障制度をつくり、その後、民主党に代わり、現在に至っています。現在の年金制度や、今年行われた財政再検証を見ても、高齢化が急速に進む中で、制度維持が非常に困難な状況です。
そうなってくると、政治は、今の状況について判断を行い、国民の生活を考えた場合にこのように解決していく、ということを説明しなければならない。もちろん、現状の制度で大丈夫なのであればそれを説明すればいいのです。しかし、現状ではそれすらなされていません。マニフェストには「持続可能な社会保障制度を構築します」としか書かれていませんが、今の社会保障制度が持続可能なのかということすらわからないし、これからどうするかも具体的にわからない。これでは、国民は何も選べないと思います。原発の問題も同じです。
本来、日本が直面する課題の解決方法を説明し、国民に信を問い、その結果に基づいて政治が実行をする、というのがマニフェストのサイクルです。デモクラシーというのは、有権者主体の社会なのですが、今回の選挙は非常に問題があったと思います。
田中:工藤さんのご指摘を私なりに理解すると、本来であれば「こういう課題があり、それに対してこういう処方を政策で打ちます」という説明が欲しかったのだけれど、スローガン的なものに戻ってしまった、ということですね。
日本の行く末を決める選挙後の4年間
工藤:そうです。そして、それは自民党以外の政党も同じです。ただ、今回の選挙結果を見れば、そういうことを打ち出せない政党は票を集められず、消滅寸前という状況です。有権者からすれば、日本が直面している課題に対して、どの政党が解決してくれるのか、誰を信任すればいいかわからない状況だと思います。こうした日本の民主主義の現状、政党政治の燦々たる光景を、多くの有権者は憂い始めていると思います。しかも、国債を日銀がマーケットから吸収する形で支えるという異常な状況が続いているわけです。この状況が、いつまでも続くということはあり得ず、必ず出口に向かっていくわけです。その出口に向かって動き始めたときに、この国はひょっとしたら非常に厳しくなるかもしれない、ということを多くの人たちが感じ始めている。安倍さんは選挙に勝ち政権を継続しましたが、日本にとっての本当の勝負がこれからの4年間なのです。私たちは、民主主義が機能し、政治が課題解決に向けて動き出すような仕組みをつくり出すために動き始めなければいけない。私は選挙の開票を見ながら、そう思いました。これからの4年というのは、歴史に残るような非常に重要なタイミングになると思います。
田中:「歴史に残るような」というご指摘でしたが、今回の投票率は52%台と戦後最低でした。今、工藤さんが政治側の問題点を主として指摘されましたが、投票率が低いということで、有権者泡にも課題があるように思いますがいかがでしょうか。
今回の選挙を、有権者が政治を見る目を養うためのきっかけに
工藤:私はそう思っていません。つまり、今回の選挙で有権者は選ぶ政党がなく、どのような判断をすればいいか難しい局面だったのです。ですから、今、政党を選べないという状況が存在していること、それから、有権者に向かい合った課題解決の方法を政治側が提示できていない、という現実を有権者が考えなければいけない。例えば、選挙が終わった後に、何か大変な事態が起こると、メディアは「民意を反映していない」とよく言いますが、それは甘えているだけで、民意は選挙で判断するものです。だから、有権者は間違いなく選挙に行かなければいけない。しかし、今回は選べる政党がなかった。そういった現状が、結果的に52.66%という戦後最低の投票率になったわけです。
もう少し言うと、295の全小選挙区を見てみると、各選挙区の有権者数の1割台で当選している候補者が21人もいました。二大政党を実現するために、小選挙区制を導入し候補者を選んでいくという制度をつくったにも関わらず、10人に1人の得票で政治家が選ばれている状況、それはなぜか。有権者が選挙にいかないからです。こうした状況の意味を、私たちは今一度考えなければいけないと思います。確かに、投票率が下がったことを重要視しなければいけませんが、その意味を、今回の選挙を機会に考えることのほうが、はるかに大事なことだと思います。これから4年の間に、何か大きなことが起こったとしても、有権者は自分たちの意見を政治に反映できるチャンスを失った可能性もあります。だからこそ、私たちは投票の重みを考え、きちんとした目で政治を見て発言する、という政治参加が今まで以上に問われる局面にきたのだと思います。
田中:質問を繰り返す形になってしまいますが、先ほど、選ぶ政党がないからこそ投票率が低くなった、ということを指摘されましたが、選びたい政党がないからと言って、権利を放棄して良いのでしょうか。
工藤:そうではなくて、選ぶ政党が無いから多くの人たちが投票に行くのをためらったわけです。その現状を、私たちは真剣に考えなければなりません。単に「選挙に行け」と説教をしても仕方がありません。しかし、結果として52.66%という投票率になった現実をどのように私たちが考えるのか、ということのほうが重要です。日本の政党政治がここまで機能しなくなっている状況について、今回の選挙を機会に、有権者が判断すればいいわけです。そして、政治が国民に向かい合う政治、つまり、新しいデモクラシーをつくっていく流れをつくらない限り、結果として選びたくなかった政党でも、仕方なくその政党に委任しなければならなくなる。そういう状況で、有権者に対して何でもいいから投票すればいい、ということは言えないと思います。
しかし、やはり、投票所に足を運んで考えてほしいし、これを機会に各党のマニフェストを読んでほしい。マニフェストを読まないのに、選ぶ政党がないという甘えはいけませんが、マニフェストを読んだ結果、選ぶ政党がないというのも1つの判断です。
今回の選挙を機会に、政治について家族や友達、地域の人たちとも話す機会が増えたり、今の日本の政治がかなり危険な状況に陥っていることを、多くの人が考え始める。それだけではなく、多くの市民が課題に向かって動き出すという小さなきっかけが始まるだけで、日本の政治は、また大きなスタートを切れる可能性があるわけです。
だから、今回の選挙結果に幻滅するのではなくて、次に向けて準備を始めることを気づかせてくれたというように思った方がいいと思います。
田中:選挙離れ、政治離れという方向にいってはまずいということですね。
政策本位の政治をつくるために、有権者も変わらなければならない
工藤:私たちが今回評価作業を行って痛感したことは、そうした一般論ではなくて、私たちの生活やこの国の未来にとって、これらの4年が決定的な時間になるだろうということです。つまり、日本の政治が日本の課題に対して課題解決ができないのであれば、日本は非常に困難な局面に陥ってしまう。今、そういう局面にいるということを有権者に考えてほしいし、これまでにも増して、我々も有権者に向かい合った形で、いろいろな議論を開始しなければいけないと考えています。そうした動きが始まるための準備を始めないと、日本の政治は大きく変わることはないだろうと思います。
田中:貴重なコメントをいただきました。これから4年間が、私たち有権者に問われている重要な局面になるという理解でしょうか。
工藤:そうですね。私たちは改めて、「選挙は非常に大事だ」ということを考えなければいけないと思います。ですから、今回のような形で、抜き打ちのような解散総選挙、しかも誰に投票すればいいかわからないような政治は、止めなければいけないと思います。政治家はしっかりと国民に説明し、有権者はそれについて判断していく。そして、自分たちがこの国の未来を考えるという、強い民主主義を機能させていく必要があると思います。しかし、国民に向かい合う政治というのは、待っていれば誰かが作ってくれるというわけではありません。有権者や市民が、それを求め続けなければダメだと思います。
そういった意味でも、これからの4年間は重要だと思いますが、逆に言えばチャンスだとも思います。もう一度、政策本位で動き出すような政治にするために、我々もこの4年間、正月明けからでも議論を再開したいし、そのための対話なり議論を、皆さんに公開しますので、ぜひ私たち言論NPOの活動にも参加したり、注目していただければと思います。
田中:楽しみにしています。