参議院選、政党の公約をどのように評価したか 聞き手:田中弥生氏 (言論NPO理事) |
国民と課題に向かい合う公約になっているか
田中:工藤さん、こんばんは。いよいよ今週末に選挙が迫ってきましたが、言論NPOのマニフェスト評価は終わりましたか。
工藤:何とか終わりました。16日、9党のマニフェスト評価と、今回は非常に公約が形骸化しているので、この公約が本当に国民に向かいあうものになっているのか、ということについて「基礎評価」という形で、併せて発表しました。その他に、立候補者にアンケートを行い、それも公開しました。昨日から、今日にかけて五月雨式に公開していますので、有権者の方には、ぜひこういう材料を参考にしていただければと思っています。
田中:少しその内容についてお伺いしたいのですが、まず、公約の「基礎評価」とはどういう視点で評価されたのですか。
工藤:本来なら、政党の公約に「基礎評価」は必要ありません。政策が体系性を持って、国民に対して政党が考える課題解決のプランをちゃんと伝えていれば、マニフェスト評価だけで十分だと思います。しかし、2012年の総選挙の時もそうなのですが、政党の公約が非常に形骸化して、ある意味で昔の公約に戻ってしまっているわけです。私たちがやっているマニフェスト評価というのは、あくまでも国民に向かいあう政治を実現したいということで、国民が公約をきちんとチェックする、そして政党は国民に対して約束をしていく、そういうサイクルをつくることが、私たちの目的でした。しかし、公約が形骸化して国民がその内容を判断できない、ということになると、公約そのものの書き方を見なければいけなくなってしまった。そこで、私たちはその書き方を見るために、「基礎評価」を行い、6項目で評価をして、5段階で採点してみました。その結果は、全ての政党が2点と1点台ということでした。ほとんどが、国民に対する約束という点では、公約の体をなしていない、という結果となりました。
「基礎評価」―政党の公約が「有権者」と日本の「課題」に向かい合っているか
田中:もう少し具体的に、「基礎評価」の評価基準の内容について教えていただけますか。
工藤:例えば、政党の公約集で公約が何個あるのか、と調べたところ、9党で1440項目ありました。その中で、いつまでに、何を実現するのか、またその財源を書いているのか、ということを最低1つでもいいから書かれている公約が何個あるか。何とたったの3.5%、123項目しかないのです。つまり、1440項目の公約があっても、それが抽象的な言葉や、願望などになっている。野党であれば、政権に対する批判だけになってしまう。そういうことになってしまうと、国民は政治が何を実現してくれるか、まったく判断できません。こうした公約としての形式的な適格性も、基礎評価の一つの評価項目です。
また、日本の政治は昨年末の総選挙で安倍政権になりましたが、つまり、今の政権は去年の12月に国民に出された政権公約で成り立っているわけです。その政権公約と今回の公約との関係をどのように政党は今回の公約で説明しているのか。これも、評価項目です。衆議院選時と比較可能な7 党の公約は、1234 件なのですが、その中で去年の公約がそのまま使われているのは928件、新規が343件、削除されたのが446件。加筆・修正が51件となっています。しかし、それらの関係が説明されたものが何件あるかと調べたところ、29件しかないわけです。こうなってくると、選挙の度に公約が変わっても説明もない、という話になりかねないわけです。
つまり、こういう公約としての形式的な視点のほかに、解決すべき課題を電話帳みたいに厚いものではなく、ちゃんと絞り込んでいるか、課題解決の道筋をきちんと示しているか、そして、国民にとっては嫌なことでの課題解決の視点から必要なことを説明しているのか、この6項目で、基礎評価を行ったのです。これは有権者の皆さんもチェックができますので、公約集をぜひとも手に取ってもらえればと思います。その結果が、私たちのホームページに出ていますが、9党の中の最高点が2点で、大部分が1点と0点でした。
田中:この正直度、とういのは何ですか。
工藤:一例を言うと、消費税の増税問題があります。こうした増税は選挙では反対を言うほうが楽なのですが、反対する政党は、その対案を説明しないと責任ある公約とは言えません。逆に消費税を必要と判断して、その実現に法案も通したわけですが、それを推進した政党は公約では、消費税増税をどうするのか、明言は避けています。都合が悪いことは、公約に書かないとしたら、何のための公約か分からなくなります。
今回の公約で私が特に気になったのは、財政再建や社会保障や原発再稼働とか、選挙後に政府が決めなくてはならない多くのことが公約上は曖昧になり、政治がなかなか説明しようとしていないことです。甘い話だけなら誰でもできますが、痛みがあることでも政党は国民に説明しなくてはなりません。それがどうなっているのか、を判断するのが正直度です。
田中:なるほど。この評価結果を拝見すると、正直度が一点なのは一政党だけで、他は全部0点になっていますね。
工藤:なので、今回は昔の選挙公約に非常に戻ってきています。選挙を有利にすることには、積極的に触れているのですが、そうでないものは触れないという現象になってしまっている。
マニフェスト評価―課題解決のためのプランになっていない
田中:今度は、中身の方についてお尋ねします。いわゆる従来行われていた公約の中身、マニフェスト評価の方についての結果を教えていただけますか。
工藤:私たちのマニフェスト評価は、2004年からきちんとした評価基準に基づいてやっていて、今回が8回目になります。ただ、今回は「基礎評価」から見ても、公約として体をなしていない、という状況なので、きちんとした政策評価をやっていいものか、ということで非常に躊躇しました。そこで、言論NPOのアドバイザリーボードで討議をしたのですが、こういう時だからこそ、どんなに低い点数でもちゃんとした政策評価をやって公表するべきだ、という意見が多数を占めました。そこで全政党を私たちのマニフェストの評価基準で評価をすることにしたということです。だから、評価の発表のタイミングが少し遅くなってしまいました。
そこでは国民との約束としての形式的な基準、例えば、目標があるかとか、いつまでにやるかとか、説明責任とか、と、課題解決のプランとしての妥当性を全てチェックしてみました。
田中:全部でいくつの政策ですか。
工藤:12の政策です。これはアベノミクスの経済政策から、財政、社会保障、外交・安全保障、教育、地方、市民社会の話とかを含めて12の分野をやりました。その平均点をまとめて公開しました。最高点は100点満点でなんと29点、20点台が3党、10点台が3党、10点未満が3党という結果でした。私たちが2004年からやっているマニフェスト評価という点では、もっとも低い評価になってしまった。なぜ、こういう評価になったということを、我々は直視したほうがいいと思っています。
田中:何が原因で、こんなに低くなってしまったのでしょうか。
なぜ、政党の公約の評価はここまで低かったのか
工藤:一番初めに行った「基礎評価」と関連しているのですが、政党が国民に課題解決のプランを示す、という意欲というか意思が低下してしまっている。結果として、自分たちの主張を繰り返し、政策も課題を羅列するような公約になってしまっている。つまり昔の抽象的な公約に戻ってしまったわけです。
全てが選挙に対する配慮から公約が作られている。後から何か言われるようなことはまずいと考え、逆に抽象的になってしまう。本来語らなければならないことをあえて避ける。私たちが2004年以降、こういう公約では非常にまずい、と言っていた政治の状況に戻ってしまったわけです。
与党と野党で比較してみると、与党の政策は一応は、国民に向かい合うサイクルに基づいた公約の作り方になっています。
安倍政権のこの間の実績に関しては言論NPOでも評価は公表していますが、自民との公約もこの実績をベースにして、その中で今後、どのように政策を進めていくのか、また新しい課題に関してどう取り組むのか、という形で政策が出されているわけです。これは公明党も同じです。
しかし、今回の選挙で問われる課題に関して、与党の公約が十分に説明できているか、となるとそうではない。さっきの消費税の判断もそうですが、財政再建や社会保障の問題など、今後、判断が問われる様々な問題に関して、説明を選挙後に全部先送りしてしまっている。
今回は、安倍政権の信認選挙だということは分かりますが、選挙結果によっては、3年間選挙がないという状況なわけです。この状況では、国民はこれらの課題に全く判断できないまま、それを現政権に一任しなければいけないという状況になってしまう。そういうことは非常にまずいと思うのです。
逆に、野党の公約はまたまずくて、本当の野党になってしまった。つまり、野党になったということは、ほとんどが政府批判なのです。確かに、批判の中にはなるほど、ということがありました。しかし、対案を示さなければ、批判はしたけれども、どうするのか、ということを有権者が読み取れないのです。
こういう問題が、与野党の政党の点数を下げる、という状況になってしまった。たぶん、多くの有権者はどこに投票してすればいいのか、悩んでいる人が多いと思います。
田中:野党は先送り、与党は先送り、野党は批判、対案なし。それが今回の低い評価になったということですね。
候補者アンケート―候補者は何を政治家として実現しようと考えたのか
工藤:その通りです
田中:今のお話を聞けば聞くほど、政党の公約だけでは、日曜日どこに投票すればいいか、誰に投票すればいいかと悩むところなのですが、言論NPOは候補者アンケートを同時に公開されましたね。
工藤:私たちも、ここまで公約の形骸化が進んでしまうと、国民が将来に対して、自分たちが判断できないわけで、これは非常に問題だと思ったわけですね。なので、今回は候補者に直接考えを聞いてみよう、ということで、候補者アンケートをやってみました。
田中:協力してくれましたか。
工藤:去年の選挙では、NPOということもあり、かなり苦戦して大体50%ぐらいの回収率だったのですが、今回は75%まできました。つまり、433人中、325人に回答していただきました。候補者の考えがここではかなりわかりますので、それを選挙区ごとに公開しています。
田中:例えば、どんな傾向が見られるのでしょうか。
工藤:詳細は言論NPOのホームページを見ていただきたいのですが、まず、こういうマニフェストを軸にした政治に関して、候補者の91%が賛同しているということは非常に面白いと思いました。
では、自分たちが所属している政党のマニフェストについてはどうなのかということに関してみると、7割くらいしか、自分の所属政党の公約を支持していない、政党がいくつもある。その人たちは納得していないのだけれど一応従うか、その後、政策を変えるということを明言しているのです。参議院は衆議院とは違う、という言い方はできますが、では政党とは何か、候補者とはどうして選ばれるのか、という疑問が出ます。
この候補者のアンケートは、候補者の考えがある程度、わかります。
これを公表後、ツイッターなのでは、なぜこの候補者は言論NPOのアンケートの回答しないのかとか、私たちが今回明らかにした、例えば、政治資金を毎年HPで公開しますか、などの回答が取り上げられるようになっています。
有権者は判断材料さえあれば、政治を自分の目で判断してみたい、という意欲はあるのです。政党の公約は、課題先送りなのですが、候補者レベルではその課題に対しての判断がある程度読み取れる。これをどのように考えたらいいのか、ということです。
やはり、公約を党の中できちんと作って、その中で皆とコンセンサスを得た上で、国民に提案するという、政党として当たり前のことが、日本ではうまく機能していないのだな、と感じました。候補者アンケートは選挙区ごとに公表していますから、これを見ながら有権者の人たちも判断するべきと感じています。
田中:なるほど。例えば正直度の争点になっている増税等は、確かに政党の公約は曖昧な書き方になっていると思うのですが、有権者アンケートではどうでしたか。
工藤:選挙の時は増税には反対した方が候補者は楽なのです。多くの国民は増税にはマイナイスの感情を持っている。ただ、それだけだと、聞こえがいい話だけが選挙で語られるようになってしまいます。消費税の増税が嫌だというのであれば、どこに別の財源を求めればいいのかということを、当然、政党や候補者は説明しなければいけない。そうした痛みに関しても、言いにくいことでも有権者に語る勇気が必要なのです。逆に有権者は甘い言葉を簡単に信じないような、厳しい目が必要です。
今回は政党の公約は、こうした問題をほとんど選挙後に先送りしたのですが、候補者で見ると、党の中でも意見が分かれ、例えば消費税の増税が必要とか、さらなる増税が必要という候補者も出てきています。また驚いたのは高齢化の進展で、社会保障は今後破綻する、あるいはすでに破たんしている、ということを与党の候補者も含めてかなりの候補者が指摘しているのです。
でも、候補者がそうした現実を認めながら、そうした解決策を公約に中に書き込んでいる政党はほとんどないのです。政党は選挙での提起をあえて避けたのか、それとも党内での合意ができていないのか。いずれにしても、有権者は選挙でこうした問題の是非を問えないのです。
マニフェストの形骸化―問われる有権者の姿勢
田中:政権公約、マニフェストが形骸化しているということなのですが、私たち有権者は今度の選挙に向けて、何に注意したらいいのでしょうか?
工藤:私が気になっているのは、今回のように公約が曖昧なまま国民に提起されているということを、当たり前のように見逃してしまっていいのかということです。それを許すことは、この国の未来を人任せにしてしまうことです。
私は政治と有権者の間に、緊張感というものが今の日本の政治に非常に欠けているのだと思います。つまり、こうした公約を政党が出すというのは、多くの人は多分投票に行かないのではないか、あるいはどうせ政策を判断するなんでできるはずがない、と思っているのです。つまり、有権者が本当の意味で怖い存在になっていないのです。
ということなら、まず選挙に行くことから始めるしかない。その際にこの候補者は本当に信じられるか、その政党はその約束を実行できるのか、うまい話だけで、本当のことを言っていないのではないか、上から目線ではなく、国民に向かい合う政治を行う姿勢があるのか、をぜひ考えていただきたいのです。
少なくとも自分で公約を見たり、メディアの報道でもいい。言論NPOも評価の仕方、など色々な判断材料をホームページで提供しています。そこにはなんらか参考にできることがあると思います。自分がまず考え友人たちとも議論を行い、自分なりに納得したところに投票するところから始めるのがいいと思います。つまり、有権者が自分で考え、そして投票に行く、というところを示していかないと、流れが何一つ始まらないと思います。
もう一つは、今回、私たちも評価を行っていて感じたのですが、こういう評価は私も、継続してこれからやり続けたいと思っているのですが、やればやるほど日本の政党自身の存在理由が非常に見えにくくなっている状況を感じます。私たちもよく、政党を比較すると、この政党とこの政党はどこが違うのだろうかと、考えます。その比較表も言論NPOのHPには載せていますので、ぜひ、ご自身で比較してほしいのですが、同じようなことを言っている政党も結構あります。逆に言えば、政党がその違いを国民に示し切れていないのです。
つまり、日本の政党政治がこの国の課題解決に向かうためにも、今、岐路にある、変化のプロセスに入っているということを私たちは考えるタイミングにきたのではないか。
つまりテーマは課題解決であり、それを政治に迫るためにも、有権者自身が課題に向かわなくてはならない時期に今あるのだと思います。
今回の選挙で、その流れが有権者の中に始まるとしたら、今回のあまりにもひどい政党の公約も、それなりに問題提起になったと思うのです。そのためにも今度の選挙、逃げてはいけないのです。
田中:そうすると、有権者は投票するだけではなく、やはり自分たちの声を出していかないと、政党政治の質は上がらないということですね。
工藤:そうです。そして、有権者は騙されてはいけない、ということです。賛成するなら、その背後に何があるのか、本当に実現できるのか、反対していたら、その課題に対して反対するだけで今の課題を変えることができるのかなど、そういうことを考える眼力をつけていかないといけない。有権者にとって聞こえがいい公約だけを受け入れてしまったら、この国は課題解決はできないと思っています。つまり、有権者自身も問われているという状況にあるのです。
田中:わかりました。ただ、投票するだけではなくて、私たちのキャパシティーも上げていかないといけないということですね。
工藤:そうですね、その際は言論NPOの様々な評価も是非活用していただけたら、と思っています。
田中:ありがとうございました。
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