2016年12月14日(水)
出演者:
小黒一正(法政大学経済学部教授)
亀井善太郎(東京財団研究員、立教大学大学院特任教授)
西沢和彦(日本総合研究所上席主任研究員)
司会者:工藤泰志(言論NPO代表)
第1セッション:日本の社会保障政策は人口減少や高齢化を見据えているのか
工藤:言論NPOの工藤泰志です。さて、安倍政権が2012年に誕生してから、今月の26日で4年になります。そこで言論NPOはこの4年目の安倍政権の実績評価の作業を開始しています。私たちは、市民が強くならなければ民主主義は強く機能しないと思っています。そのためには、投票で選ばれた政権、政治のパフォーマンスをきちんと考えていく。それだけではなく、日本の将来や課題に関しても市民層がきちんと考えていくようなサイクルをどうしても作りたいと考えています。私たちの評価活動がそうした市民層の大きな動きのサポート役になれればと思っております。
今日はその第1回目の会議になりますが、社会保障の問題を取り上げたいと思います。この社会保障の問題で私たちが気にしているのは、人口減少や高齢化が進む中で、日本の社会保障の様々な仕組みが、本当にこれからも機能して成り立っていくのだろうか。ひょっとしたらこれが立ち行かなくなっていくのではないか。当然政治はそういう問題に関してこれまでも選挙の中で様々な発言をし、政府も様々なプランに取り組んでいますが、それが本当に機能して、我々の社会保障制度の改善に本当に役立つような方向で動いているのか。これについて、まず皆さんと議論していきたいと思っています。
ゲストをご紹介しますた。日本総合研究所上席主任研究員の西沢和彦さん、法政大学経済学部教授の小黒一正さん、東京財団研究員で立教大学大学院特任教授の亀井善太郎さんです。よろしくお願いします。ということで、今日はこのお三方で、議論を進めていきたいと思います。
早速皆さんに聞きたいのですが、この社会保障の分野を評価するときに、我々はどういうふうな視点でこの社会保障分野の評価を考えれば良いのでしょうか。
安倍政権の社会保障制度の評価をするにあたっての視点とは
西沢:2つ申し上げると、1つは人口動態が大きく変わって少子高齢化が進んでいく中で、社会保障の財源は専ら現役世代から高齢世代への移転となっているために、現役世代が支えられるように給付を絞り効率化しながら負担も上げていくといった視点があると思います。
もう1つは、社会保障と税制もそうなのですが、働き方や家族の在り方を前提に制度が作られていて、例えば今の税や社会保障はやはり専業主婦の妻を想定している部分が多い。配偶者控除や年金の第3号被保険者などです。しかし、専業主婦の妻というのが一般的な形ではなくなってきた中で、現在の家族の在り方や、現在の働き方に社会保障や税制をリモデル、姿かたちを改めるといった、この2つの視点が必要かと思います。
小黒:私は、一番重要なのは社会保障の予算の規模が全体でどれぐらいになっているのか、もしくは今後どれぐらいのスピードで伸びていくのかについて、良く認識を深めるということが重要なポイントだと思っています。例えば、2015年度の予算ベースですと、国・地方合わせると大体116兆円ぐらいが社会保障費で、大体年金が約56兆円、医療費が約40兆円、介護費が約10兆円。あとはその他諸々、生活保護などがあるという感じになっています。問題は、10年ぐらい前は90兆円ぐらいだった社会保障費が、大体10年で26兆円伸びているということです。1年間で約2.6兆円の伸びがこれまでのスピードでした。そうした中で、今後、どのようなスピードで伸びていくか、その伸びていくスピードに対してきちんと財源が確保できているのか、ということが一番重要なポイントだと思います。厚生労働省が推計している給付と負担の見通しというのがありますが、この見通しでは医療と介護の費用が2015年で約50兆円でしたが、団塊の世代の方々が2020年から2025年で75歳に変わっていく時に医療費、介護費が急増する。そうすると、医療費、介護費だけでも75兆円に膨らむとされています。そうすると、10年間で足元50兆円から25兆円伸びるという状況になっているということですから、今のペースで伸びていくと年間2.5兆円伸びていく。同じようなスピードで伸びていくということなので、それに対して財源がきちんと確保できているのか。もしくは財源を確保しないのであれば、給付を抑制するような改革がきちんと進んでいるかどうか。そういうことを見ていくということが重要だと思います。
亀井:今の話に大体集約されてしまうと思いますが、一言で言えば社会保障の持続可能性はあるのか、ということだと思います。今の小黒さんの話を更に受け継げば、2025年から先に、この国で一番人口として多い団塊世代が後期高齢者に入ってくるわけです。医療費がさらにかかることになると、年間2.5兆円で増えているものが、多分これで済まなくなる可能性が高くなる。そこらへんまで想定する必要がある。中には、10年先のことだからまだいいじゃないかと言う人もいますが、社会の意思決定とか政治的な合意というのは時間がかかるというのがずっと繰り返されてきたことですから、2025年から先の15年間、2040年ぐらいまでをどうやって乗り越えていくのか、といったことを、ちょっと遅いような気もするのですが、考え始めなければばらないと思います。
もう1つは、今ある課題とか見えてきた課題への対応ができているかどうかです。例えば、所得格差が開いているということは色々なところで言われていますが、そこに追い付いていないのが社会保険料です。社会保険料というのは人頭割とか家族割、テクニカルな話はどうでもいいですが、要は所得の高い人も低い人も同じものを要求される部分が結構多いところがあって、それを専門的には逆進性と言いますが、お金持ちの人もそうでない人も同じ程度の負担を強いられてしまう。こういうところをもう少し見直さなければいけないのではないかということはずっと言われてはきていますが、なかなか手がつけられていない。元を返せば、税と社会保障の一体改革と言われているところからの問題なのですが、こういったところに手をつけられるかどうかが評価の物差しではないかと思います。
工藤:今皆さんに話していただいたのですが、大体基本的な視点は同じで、人口動態が大きく変わってきて、高齢化、人口減少の中で、社会保障のシステム、財源そのものの経済的な合理性の辻褄が合うのか、制度そのものがその時の課題にきちんと見合ったものとして機能するのか。少なくともそれが間違いなく来る、もう始まっているわけですから、それに対してきちんとした答えを出し、国民に説明していかなければいけないという流れだと私も思います。
今、亀井さんがおっしゃったように、確かに様々な課題が出てきますが、そうした課題に対しても政治は取り組まないといけないという話。やはり、今亀井さんが最後に触れられましたが、この社会保障の問題を考えるときに色々と難しい点がある。それは、民主党政権時代に3党合意があって、税と社会保障の一体改革が動き、安倍政権はその責務を背負ってスタートしました。しかし、その状況がかなり動き始めているときに、消費税を増税することによって、社会保障の1つの新しい枠組み作りに入ろうとしていたのに、消費税増税を2回延期してしまったために、当初考えていた財源がないまま課題にもろに突入しなければいけなくなった。そして、全体像というものがその中で期ずれしていっているわけですから、非常に難しい応用問題の段階にきている。さて、それも含めて安倍政権に問われているものは何か、今のこの状況をどう考えればいいのでしょうか。
消費増税の引き上げ延期で、2025年に向けた大事な時間が奪われた
西沢:今おっしゃった消費税を2回先送りした、8%から10%に上げられなかったので、税収は年間で5兆円ぐらいが損なわれたことになります。それよりも、議論の時間が失われたことが非常に痛手だと思います。本当は2015年に10%に上げた後に、2020年の基礎的財政収支(PB)黒字化を目指して、もう一段の歳出と歳入の改革、消費税の引き上げを含めたものを行うべきだったわけですが、その議論が2019年までしにくくなってしまった。そのロスタイムが非常に大きいと思います。
また、安倍政権は社会保障の問題に取り組んでいないのではないかと思います。社会保障については1億総活躍とか、働き方改革の中でやっていますが、それは社会保障そのものというよりも、社会保障を通じて労働力の供給を促したり、経済成長という目的が第1にあって、そのために社会保障を使っているような気がしています。
小黒:時間が失われたという意味では西沢さんが言われていることを私なりの言葉で付け加えさせていただくと、年金改革は2004年にマクロ経済スライドを入れたわけです。なぜ2004年にやったかというと、人口の動態を見たときにたくさん年金の受給者になる人たちが団塊の世代の方々で、この人たちが2015年にだいたいみんな支給開始年齢の65歳になるわけです。そして、2025年に団塊の世代の人たちは75歳以上になって、一番医療費がかかり始めるわけです。そう考えると、今2016年で、2025年まで9年しかない。しかし改革の道筋がはっきりしていない。他方で年金改革の場合は2004年にある程度改革のフレームができて法案が成立した。この差というのは非常に大きく、本当に時間がない状況になってきたと思います。
改革するには哲学をきちんと整理する必要があると思いますし、社会保障で経済成長をするというのはかなり難しい部分があって、むしろ逆に経済成長している中で色々問題が発生する部分を社会保障で、セーフティーネットで救っていくというのが本来の社会保障だとすると、その辺の考え方を変えていかないといけないわけです。例えば、医療介護でいうと、どうしても膨らんでいく予算をスリム化しなければいけないので、国が本当に資源投下をして、きちんと救っていく部分をどう設定していくか、本当は骨太の議論をしなければいけないのですが、その辺の議論がされていません。例えば医療で言うと、後でまた議論になるかもしれませんが、入院でかかっている診療報酬の部分と、入院外の部分。少し病院に行って1万円ぐらいで済むような部分と、1回かかると何十万円もかかる部分。その保険の収載の範囲を、どっちを重点化して救うのかなど、本来であればそういったところも議論しなければいけないのですが、そういった議論は全くされていない。残り9年ぐらいしかないわけですので、今から加速してもらいたいと思います。
亀井:3つぐらいお話をさせていただきます。1つは3党合意の意味をもう一度考え直さなければいけないと思います。この国は、私もそうですしみんなも同じだと思いますが、1歳ずつ年を取ることは自明の理であります。だとすると社会全体でこういうふうに人口が変わっていくというのはかなり確度の高い予測なわけです。これに基づいて考えていけば、党派争いをしないで、この部分については一致して動こう、社会保障を政争の具にするのはやめようというのが、私は3党合意の大きな意義だったと思います。その部分が、二度の先送りによってほとんど反故にされてしまった。もっと言えば、ここの話は消費税の問題だけではなくて、先ほどもちょっと申し上げましたが、例えば逆進性の問題とかも含めて、税と社会保障を一体改革して、今の働き方とか家族の在り方とか、そういうところに適合した形で、一旦過去の昭和時代のものを、少なくとも平成のものにして、少し先を見たものに変えていきましょうというのが、税と社会保障の一体改革だったのですが、ここで挙げられたほとんどの話が消費税とともに葬られてしまったというのが率直な印象です。まさに時間が失われたと同時に、実は色々な項目があったのだけれども、あるいは色々なことを専門家が提案していたのだけれども、この提案がほとんど反故にされてしまったというのは非常に大きな問題だったのではないかと思います。
2つ目は、2025年をやはりターゲットにするべきなのだと思います。社会保障と財政は一体として考えないといけないと思うのですが、この国は2020年をターゲットにして、2020年の黒字化さえできればあとはいいんじゃない、という形になってしまった。実際に度々言論スタジオでも指摘していますが、小黒先生からも指摘がありますが、経済財政諮問会議でも2025年を見ていないわけです。そういったところも含めて2025年から15年間の財政と社会、言葉は悪いですが私の家族は私の親の終活をどうやって一緒にやっていくのかというところがまだ見えてこない。ここはやはり社会がこうなっていくのだということを言っていく必要があると思います。
3つめとして、私は働き方改革もそこに伴ってくるものだと思っていて、結局、今少子化になっていて、私と家内とで4人の親がいるわけです。それぞれ生き残っている、いないはあると思うのですが、それぞれのある種終活に家族としてどうやって向き合っていくかと考えていくと、従来通りの働き方ができないわけです。そうした問題が、2025年から津波のようにやってきますという話です。そこに向けた準備というのはそれこそもう時間がないな、というのが率直なところだと思います。
政策と実際のターゲットが乖離している現状を、立ち止まって検証する必要がある
工藤:西沢さんが安倍政権は社会保障に取り組んでいないのではないかという話をされました。ただ一方で3つの矢があって、新3本の矢があって、少なくとも出生率の問題など、課題という問題に関してはうまく出してきている。しかしそれが、小黒さんがおっしゃったように、哲学なり、日本の将来像に対する国民的な合意を形成するといったことが全くないために、今起こっている津波にどうパッチワーク的に対応していくかしか感じないわけです。しかし、これほど社会を変えるぐらい大きな転換点になっている時に、安倍政権が本当にそれに向かっていくのかということは非常に重要だと思うのです。西沢さんはそう思っていないということですが小黒さんどうですか。
小黒:新3本の矢で、例えば出生率を1.8に引き上げるとか、介護離職者をゼロにするとか、明確なターゲットを定めるということは非常に良いことだと思います。しかし、その後に出てきたいくつかの弾で、整合性が取れていないようなものが結構出てきているということです。一例をあげると、介護離職者ゼロという話を本当に見据えるのであれば、政府は本気になって2025年の問題に立ち向かわなければいけないわけです。なぜなら、2000年では、東京の75歳以上の高齢者は100万人ぐらいでしたが、2025年には2倍の200万人ぐらいになるわけです。その時に重要になってくるのは、その方々がもし介護の状態になったときに、どうやって受皿を作るのか。1つのオプションとしては、施設に入ってもらうのもあると思いますし、在宅で地域包括ケアシステムのようなものでやっていくという選択肢もあると思います。しかし、どちらに重点を置いてやるのかがわからない。もし在宅でやろうとすると、先ほど亀井さんが言われたように、自分の親と同居するような感じになるわけです。そうするとどうしても介護離職者ゼロという方向については難しいところも出てくる。しっかり介護人材が確保できればいいわけですが、介護する人たちをすぐに2倍供給できるかというと、そんな単純ではない。その辺の打ち出されてくる政策と実際のターゲットが乖離を示してしまっている。そこについて1年ぐらい経っているので一度レビューしてみて何が足りないのか、もし本気であれば検証する必要があると思いますが、そういうところも見られません。そういう意味では目標はいいが、出てくる弾がずれていると思います。
西沢:介護はやはり介護人材が足りないというのは絶対的な問題で、30万人ぐらい足りない。そのためには財源を確保しないといけないのですが、財源の話が一切できない。今政府がやろうとしているのは、介護保険給付の中から介護費を出すというよりも、地方自治体に少し軽度な人は任せて、地方自治体にある資源を使ってやろうと考えているようです。しかし、地方自治体にそういう能力がなかったり、コンセプトはいいが国のビジョンが明確に打ち出されていなかったり、地方で受け皿がなかったり。安倍政権は一貫して、これまでの日本もそうかもしれませんがが、分権が国のお仕着せみたいで、国としては財源もないし抱えきれないから地方に持っていこうとするが、それがどうもうまく接続していないなという印象があります。
工藤:それはどういうことですか。全体像を踏まえてそれを改革する意思がないのか、それとも財源がない状況の中である程度のことをやらざるを得ない状況になっているのか。
政治家は社会の制度設計のビジョンを国民に提示すべき
西沢:財源がない中で、財政当局としては少しでも社会保障費を削らないといけないから、例えば入院している人の居住費を少し負担してもらおうとか細かいことはいっぱいやっています。もう1つは、かかりつけ医に誘導しようという政策に顕著なように、かかりつけ医以外を受診するとお金を高く取ろうとする政策が出ていますが、そもそも、かかりつけ医とは何かという定義づけもできていない。定義づけは本当は政治がビジョンとして国民に語り掛けるべきなのですが、それができていない中で金銭誘導しようとしているので、どうもうまくいかないという両方の問題があります。
工藤:亀井さんに一言聞きたいのですが、アメリカのジャーナリストにアンケートを行ったことがありました。その中で、日本で一番関心があることは何かを聞いた時に、皆さんが口を揃えたのが、日本が人口減少、少子高齢化のマネージメントに失敗するだろうということでした。世界の日本に対する不安はそういう形で進行してきている。安倍政権の取り組み方とか政策運営を見てみると、本気でそれをやっているというふうに見えますか。
亀井:今、僕らは近代社会の成れの果てにきているのだと思います。それにも関わらず極めて近代的なやり方でやろうとしているから齟齬がある。これは例えばイギリスの政策議論を見ていると哲学者が議論に入ってきている。これからの生き方とか、死に方、そういった話が社会保障の制度設計に入ってくる。一方、日本では専門家しか入ってこないので、本質的なビジョンとか、政治家が語るべき、これからの社会はこうなるのだから家族はこうなっていこうというところが見えないまま、技術的な話ばかりが進んでいる。近代化の成れの果てに対して近代化のやり方を物凄くとっているという感じがします。
工藤:一方で国民に対しては、専門的な議論にはなかなか参加できないので、何となく100年安心だとか、1つのスローガンだけに縋るような状況。
亀井:きわめて空疎な形になっているのが現状だと思います。