田中弥生氏
(大学評価・学位授与機構准教授、日本NPO学会会長)
各政党は"市民"が担う公共への視点を持っているか
工藤:田中さん、私たちは「市民社会」という形で選挙のマニフェストの評価をしようと思っているのですが、この市民社会を評価するとき、どのようなことに気をつけて評価していますか。
田中:そもそも、市民社会という言葉が、なかなかこの日本ではなじんでいないのですが、少子高齢化、また財政の状況を考えれば、政府機能だけではこれからの公共サービスを担うことはできません。これは、みなさん、理解し始めているのですけれども、それに加えて、国民が政府に全部お任せをするのではなく、主体的に社会の課題に関わる、ということがとても重要なんです。それが、より自立した消費者であり納税者であり、そして有権者であり、国の形をもっと積極的に決めていくのが私たちだ、という自覚がないと、今まで政府に全て依存していた形から脱却できない、ということが顕著になっていると思います。それは日本だけではなくて、今、国際的な潮流になっていて、若い人たちをはじめ、積極的に社会の課題に自分から関わって社会を変えるということに、関心が高まっています。
そんな中で、鳩山さんが、民主党政権が立ち上がったときに、こういった潮流を非常に敏感に感じ取って、「新しい公共」という概念を打ち出しました。まさに、これからは、政府であり、企業であり、三つ目の「市民」が担う公共というものを大事にしていこう、それが今後の国づくりの根幹になる、と彼は訴えたわけです。しかし、今回の各党のマニフェストを見て驚いたのは、こういった発想、あるいは市民の視点、もっと言えば、各党が市民を、あるいは国民をどのようにとらえているのか、という視点で見てみますと、全く世界の潮流とは逆行していったと思います。
国民本位、住民本位はただの枕詞!?
もう少し具体的に評価の視点を申し上げますと、まず第一に、国民や住民、あるいは市民という言葉でもよいのですが、私たちがサービスの受益者としてだけではなく、国づくりの担い手としてきちんと政策の中に位置付けられているかどうか。そして、政策が国民の不安を煽るだけではなく、課題を解決するにはどうしたらよいのか、課題の解決に対して私たち国民がどのように向かい合うのかということが明記されているかどうか。さらに、私たちが参加するための受け皿というのが、NPOなどの非営利組織になるわけですが、その役割がきちんと位置付けられ、しかもその質や信頼性の向上というものが視野に入っているかどうかということを、評価、あるいは判断の視点として見させてもらいました。ただ、残念なことに、前の衆議院選挙のときの方が、自民、民主、あるいは公明にもあったのですけれど、その視点は大きく後退しています。確かに、国民本位、住民本位という言葉は書かれてはいるのですが、枕詞で、基本は、政府が国民に対して必要なサービスを供給する、もっと言えば、政府が親であり国民は子供であるという関係が透けて見えるものばかりで、日本の市民社会、あるいは政治の国民に対する視点というものが後退してしまったのではないかと非常に懸念しています。
工藤:そういう状況の中で、有権者はどのように各党を選べばよいのでしょうか。
田中:少なくとも、社会的な課題、例えば社会保障などがありますが、そこに共助だとか自助、つまり政府だけではなく、自助努力、プラス助け合うような役割が、ビジョンあるいは各論の中に描かれているかどうかということを、ぜひチェックしてみてほしいと思います。そういうものを描いている政党は、今回は非常に少ないと思いますね。
薄れた民主党の"新しい公共"視点
工藤:「新しい公共」という言葉は民主党が使っているわけですよね。それでもやはり、具体化がなくなってしまったと。
田中:民主党に関しては、確かにビジョンの中に、「地方分権化とともに新しい公共を進めます」ということが明記されているのですが、5つの重点施策には、一切、それを実現するための政策が書かれていない。NPO政策でさえも全くそこから欠落してしまい、ビジョンで掲げていることと、その手段であるはずの重点政策との間に矛盾が起きてしまっているという問題があります。
工藤:自民党や公明党など、ほかの党はどうですか。
田中:公明党が、比較的その点は明確に、また最も厚く書かれています。自民党についてもその視点は書かれてはいるのですが、非常に父権性の強い、パターナリスティック(家父長主義)な国家像が描かれていまして、どちらかといえば、国民というのは国に対して子供という位置付けが垣間見えます。
工藤:すると今回の評価は今までと比べて厳しくなったということですね。
有権者は怖いのだぞ
田中:そうですね。大変厳しいです。
あともう一つ、自立という言葉を非常に強く掲げているのは日本維新の会なのですが、これはあくまでも、国家から受けたサービスに対して負担をするという意味、つまり国家依存からの脱却という意味での自立であって、何か国民が主体的に課題解決に関わるという記述は一切ありませんでした。
工藤:強い市民社会というものを考える上で、有権者はどのように選挙で選んでいけばよいのですかね。
田中:そこは、今回のマニフェストを見る限り非常に難しいのですが、やはりここは、有権者がもっと主体的に関わる、あるいは課題解決において成果を挙げることができるのだということを、今回の選挙だけではなく、次の選挙に向けて、そういう市民像を見せていかなければいけないし、それは言論NPOが常に言っている「有権者は怖いんだ」と政治に思わせていかなければいけない、と思います。