民主党のマニフェストを問う ― 成長戦略・社会保障政策を中心に

2012年12月09日

大塚 耕平氏(参議院議員)

日本経済がデフレから抜け切れない理由は

工藤:大塚さん、よろしくお願いします。

 今日は経済と社会保障を中心にお話を伺いたいのですが、その前に、やはり政権党のマニフェストということで、今までの政権でいろいろ実現したこともあるし、課題が残ったこともある。それを、次に政権を継続された場合に、どう改善したり、発展させるかという視点でないと、結果責任が問われる。ということを考えたときに、何かちょっと読みにくい感じが少しあるのですが、有権者はどのように考えればいいのですか。

大塚:読みにくいというようにはなっていない、と私たちは思っています。ご覧のように、中ほどのページに、結局できたこととできなかったことの実績について一部ご紹介してあり、この流れは基本的に継続をする中で、今回、仮にまた政権をお預かりした場合、何を重点にやるべきか、ということを5大項目としてお示ししています。そういう意味では、連続性をもった内容をお示ししているという認識ではいます。

工藤:そうですか、なかなか分かりにくかったのですが・・・ただ私も、読んで、マニフェストの骨格はある意味明確だと思います。つまり、目指すべきビジョンなり社会があって、その中で課題を認識して、それに対してどう答えを出していくかという立てつけは、理念があってこういう形にする、ということは分かりました。ただ、課題解決実現のための政策手段と目標設定とか、そういうところがなかなか見えないので、そこを中心に聞かせていただきたいと思います。

 まず、経済ですが、今デフレが続いて日本の経済競争力がなかなか回復しない、この原因をどのように民主党は考えているのでしょうか。

大塚:理由は2つだと思っています。一つは、需給ギャップが相変わらず改善していないということ、それから、金融政策を中心にデフレ解消の緩和策が十分に効いていない。

 前者の需給ギャップはとりわけ政府の責任なのですが、自民党は、例えばこういうところを、公的資本形成、公共事業で即効性のあるもので対応したいと言っておられるのですが、もうそのことは20年近くやってきたけれど効き目がないわけですね。従って私たちは、新しい産業の育成、それに伴う雇用の創造、これが結果として、遠回りであったとしても需給ギャップの解消につながると考えていますので、原因はさっき申し上げた2つですし、そのための解決策も連動して考えているということです。


民主党は需要サイド、供給サイド、どちらを重視するのか

工藤:今までの民主党マニフェストは、どちらかというと国民所得を改善することによって、その中で経済の状況を改善しようという色彩がかなり強く見えたのですね。その姿勢は継続するのでしょうか、それとも、自民党は経済建て直しの中で、供給、サプライサイドに関して、十分かどうかは別にしてターゲットを絞り始めているのですが、民主党は方向としてどちらの改革を目指すのでしょうか。

大塚:これは、内需が非常にGDPへの寄与度が大きいですから、内需を重視する、そしてその背景には所得がある、ここを手厚くしていかなくてはならない、という考え方は変わっていません。ただ、所得を手厚くしていって、そして購買余力ができても、買いたいと思うものが無ければ、いくらサプライサイドの強化ばかりしてもミスマッチなのですよ。   

 そうすると、先ほど申し上げました新しい産業の育成というのは、いわば内需を実際の経済に寄与させるためにこそ必要だ、という意味で、私たちの基本的な姿勢も変わっていませんし、供給サイドを決して軽視しているわけでもありません。

 それに連動してもう一点だけ補足させていただくと、内需の寄与度は大きいものの、伸び率というのは、人口減少社会に入ったので、だんだん、わずかないしはマイナスになりつつあるのですね。そうすると外需も獲得しなくてはいけない。外需を獲得するという意味においても、やはり従来型の輸出産業だけではやっていけないということになると、新しい産業の育成が必要だ。

 従って、今のご質問は、民主党はデマンドサイド、自民党はサプライサイドという前提でご質問になられたのですが、私たちは、その間をつなぐものとして、新しい産業の育成というものが必要であり、それは結果として雇用も生みますから内需にもつながる、こういうロジックで考えています。

工藤:人口減少の社会では、労働生産性を増やさないといけないために、構造というものがかなり問われてくると思うのですね。

 例えば、私たちは有識者、およそ2000人に、成長のための要因はどこにあるのかというアンケートをしたのですが、初めに出てくるのは、労働市場の構造とか、安定的なエネルギー供給の展開とか、社会保障の持続的な展開とか・・・どうも、民主党だけにとどまらず、各党は構造問題に対する切り込みが弱いような気がしているのですが、どうでしょうか。


人口減の中で労働生産性を上げるには

大塚:新しい産業というものをキーワードに考えていただくと、その点についての私たちの認識も明確だと思います。というのは、例えば労働生産性を高くするということもそう簡単ではないですよね。例えば、人口減少分だけ生産性が高くなればGDPが維持されるからといって、では、これから人口が3割減、4割減になると言われている中で、3割、4割の生産性向上ができるかというと、現実には難しいわけですよ。

 そうなると、産業を、労働集約型産業と効率の高い産業とに区別して考えていただくと、もちろんサービス産業のような労働集約型産業も必要です。しかし労働集約型の製造業の輸出産業のようなものを今後も続けていたら、人口が減る中で労働生産性は上がらないわけですよ。そうすると、やはり、労働集約型でない輸出産業を育てるとなると、いろいろな分野における研究開発部分、あるいはマザーマシーン、マザーインダストリー、こういうところを日本が担うとすると、結局労働生産性が上がるわけですね。今、例えば中国などと、従来型の重厚長大産業で競争しようと思っても、あちらの方が、人件費が安いので、しかも人口も増えていますから、これは難しいわけで、そうすると、今申し上げましたような、労働生産性がそもそも高い産業、あるいは同じ産業の中でも労働生産性が高いパーツを日本が担うという方向に新しい産業を誘導していく、これが私たちの発想ですから、ご質問の点については十分認識して内容を組み立てているつもりです。

工藤:その誘導のところなのですが、自民党と民主党を中心に考えますと、気になるのは、政府がやれることと民間がやることという境界が、政党のマニフェストで非常にあいまいになっているのではないか。例えば(成長率が)何%という話は、政府がやることではなくて、政府はそれを目指そうということは言えるけれど、それをやれるのは民間であって、民間が動くための環境とか構造、規制とかを取っ払うことが政府の役割なのですが、そこで政府はこういうことを実現します、という形になっていかない。新しい産業も同じで、やはり企業が試行錯誤してリスクを取って、いろんな形で伸びてきて、そこには、例えば構造の大きな制約や規制があって、それを解決することによって新しい分野に大きく誘導されると思うのですが、どうもそういう形の立てつけにならないことが、非常に気になるのですね。そのあたりは専門としてどうですか。


規制制度改革で成長分野産業の育成を

大塚:そこも、一応、私たちとしてはクリアなつもりなのですが、政府が駆使できる政策手段というのは基本的に3つしかないのです。予算、つまり予算をつけて何かを実現する。もう一つは税制、これはインセンティブもあればディスインセンティブもありますので、税制によってある一定の方向に誘導したり誘導しなかったり。3番目が規制制度なのです。

 今までの日本政府、主に自民党の長期政権の中でやってきたことは、予算を自分たちが誘導する分野につけ、どちらかというとインセンティブの税制だけをある特定の分野にやり、ということをずっと続けてきたのですが、これがもう財源もなく、そしてインセンティブ税制がまるで恒久税制のように、租税特別措置などを中心に固定化していった。この2つの呪縛を解くということを、この3年間私たちはやってきたのですね。

 だから、不十分ではありますが、予算のシェア配分を変えていくということ、それから長期間続いているインセンティブ税制をやめるということをやっていますので、何か私たちが、特定の分野を官製産業のように育てるという発想とは、我々は違います。どちらかというと、今後成長が予想される、その可能性のある分野の産業にとってハザードになっている規制制度は何かということで、この規制制度改革というものにも非常に重きを置いています。同時に、前の2つについても、これまでの呪縛を解くことによって、予算的にも、これから可能性のあるところに多少重点配分できるアロワンス(許容度)を広げているつもりだし、税制もそういう工夫をしています。今、工藤さんがご質問されたような、何か計画経済のような産業育成を考えているつもりは全くありません。

工藤:こういうきちんとした質の高い議論をした方がいいと思って続けていくのですが、政府の成長戦略の計画と、その後のエネルギーの話を見ていると、どうも成長ゾーンとエネルギーゾーンがダブルスタンダードになっているような気がします。確か、エネルギーの方は、経済成長があまりないという慎重な見通しの中で、例えばエネルギーの安定供給を描き、一方では経済成長をしないといけないときのエネルギーの安定とか。それから、成長戦略で落選した案に40歳定年制とかがあったのですが、構造問題を取り上げたものがかなり落選してしまったり、構造への踏み込みなり政策の整合性が、まだ民主党政権は十分にできていないのではないか、という気がしたのですが、それはどうでしょうか。


エネルギー戦略と成長戦略の整合性について

大塚:2点ご質問があったと思うのですが、まず、構造的なものを課題、目標から落としていったということはないです。今、40歳定年制のお話をされましたが、これは大胆な提案で、いいところを突いていますけれど、リアリティを国民の皆さんに持っていただくにはもう少しリードタイムが要りますよね。1点目はそういうことで、決して構造的なターゲットを軽視しているわけではありません。

 2点目の問題は、もう少し我々は整合性を高める必要があると思いますね。成長戦略とエネルギー戦略が同じ経済前提のもとでビシッと整合性が担保されているかということについては、もっと努力をしなければいけないと思っています。ただ、完全に矛盾したことを申し上げているわけではありません。特にエネルギー戦略は、まず定性的に申し上げますと、原発よりも安価で安定的、しかも安全なエネルギー技術が開発されれば、放っておいても世界のエネルギー需要がそこにいくわけですよ。そうすると、たぶん日本以外の国々も中長期的にそれを目指さざるを得ないので、つまり、日本がその技術を世界に先駆けて自らのものとして実現できるかどうかということに、実は日本の成長戦略そのものもかかってくるわけです。だから今の工藤さんのご質問は、成長戦略においてエネルギーというものをコストとしてみるとどうか、というベクトルで整理していただいたのですが、実は新しいエネルギー技術そのものが成長を生み出す新しい産業なのですね。ですから私たちは、原発よりも安価で安定的で安全なエネルギー技術が開発されれば、そのことによって2030年代原発ゼロの目標もなし得るし、同時にその技術は日本の輸出産業にもなり得るわけです。また成長産業にもなり得るわけで、そういう意味において全体としての整合性は担保しているつもりです。

工藤:それはいつごろの目処で、全体的な戦略図とか道筋が描かれることになるのですか。この前の閣議決定のときも、よく分からない形で参考資料になってしまったのですが、どうなのでしょうか。

大塚:これは、財政の目標と重ねていただくと、そんなに時間的余裕はないということが分かってくるのですね、財政の方では、2015年にプライマリーバランスの赤字を半減し、2020年には黒字化すると言っているわけですよ。そうすると、黒字化するためにはそれなりの税収が上がらないといけない、もちろん歳出削減もやりますけれど、税収が上がるということはそれなりの法人所得が上がっていないといけない。

 その背景には、例えば貿易収支とか公益利得が日本にとって良い方向に回転していないといけない。そうすると、その新しい状況を生み出す産業は何かといえば、今申し上げたように、コスト面からアプローチしたエネルギー産業ではなくて、輸出産業やニューテクノロジーを生み出すという意味でのエネルギー産業なのですね。そうすると、2020年くらいには、もうかなり、例えば太陽光、風力、小水力、地熱、海洋、バイオ、エネファーム、こういったものが実用化されて、しかも現実に日本の成長産業として成長に寄与しているという状況を生み出していないといけない。2020年くらいというのは一つの節目になるのです。

 おのずとそういう状況になっていれば、そこから10年後に2030年代に入るわけですから、「2030年代原発ゼロ」に向けたロードマップが明確に見えてくるということなので、そういう時間軸で、経済の話と財政の話をいわば擦りガラスのように重ねていただくと、ある一定のフレームが見えてくるという組み立てにはなっています。


TPPの交渉参加はする、しない?

工藤:どこかのタイミングでそういうものをちゃんと描ければ、国民にも分かりやすいなと思うのです。TPPの問題ですが、交渉参加はしないのですか。

大塚:「交渉参加はする可能性が高い」というのが正確な表現だと思います。

工藤:総理の発言をテレビで見ている人と、それからこのマニフェストを見た人とで、「あれっ、どうなんだろう」という感じがあったもので...。

大塚:これは、一番微妙なところですので、表現は「アジア太平洋自由貿易圏の実現を目指し、その道筋となっている環太平洋パートナーシップ(TPP)、日中韓FTA、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)を同時並行的に進め、政府が判断する。その際、国益の確保を大前提とするとともに日本の農業、食の安全、国民皆保険などは必ず守る」。

工藤:だからどうなんだ、と。

大塚:さっき申し上げたように、この文章を解釈すると「TPPの交渉には参加する可能性が高い」と。それはどういう意味かというと、先ほどの内需、外需の話も思い出していただきたいのですが、わが国が外需をしっかり取り込んでいくということは至上命題なのですね。そうすると、外需を取り込むためには、さまざまな通商プラットフォームの中に入っていく必要があります。仲間外れにしてしまったら外需は取れませんから。結局、「TPPと日中韓FTAとRCEPを同時並行的に進め、政府が判断する」と書いてあるわけですから、ここまでお話した成長戦略の文脈からいうと、つまり「TPPの交渉に参加する可能性は高い」、ただしその後段に書いてありますように、「その際、国益の確保を大前提とするとともに、日本の農業、食の安全、国民皆保険などは必ず守る」。

 つまり、可能性は高いけれども、通商交渉には必ずプラス・マイナスがありますから、ネットで日本にとってマイナスになる、つまり国益を損ねるような妥結内容であったり、あるいは、ここで例示されていますが、農業や食の安全や日本の医療制度、特に保険制度などを崩壊させるような合意は絶対にしない。そういう意味で「可能性が高い」と申し上げているわけです。

工藤:ただ、そこをなぜ聞いているかというと、民主党政権を見ていて一番問題になったのは、党とか政府のガバナンスに関して非常に不信があるのですね。つまり、何かを決めると、かなり党内から離党者がボロボロ出てくるというのは、政党として非常に問題だと思うのです。それを野田さんが、一つの踏み絵ではありませんが、TPPで競争力を上げる、外需を取り込むという形に一歩踏み込んだ、つまり民主党そのものが純化していくと思っていたのですね。これで一つの党としての筋が入るのかなと思っていたら、やっぱりマニフェストではあいまいになってしまうということは・・・


議員の意見が完全に一致することはない

大塚:それはちょっと違いますね。たぶん今回のプロセスには2段階の原因があって、つまり、TPPの問題は、自民党もある意味ファジーになっているわけですね。それは、TPPの問題に限らず、どんな政策テーマでも、所属している議員の考えが完全に一致するということはなかなか難しいわけです。

 しかし、中で議論して決まったことについては、最終的には多少、持論と違っても、それをしっかり推進する立場で自分の中で咀嚼をして、有権者や支持者に説明していく、という状況に今、なっているわけです。これが、2つの段階があると申し上げた2点目の話で、実は離党の動きがあったのはもう一つ前の段階で、これは何かというと、つまり、党内でしっかり議論ができた、あるいは民主的な手続きを経たというのは、自分の意見が反映されていないと合意に至ったことにならないし、自分の意見が反映されていない限りは、あるいは自分の意見と一緒でない限りは、何十時間、何百時間議論しても、結局、民主的ではないと言い続けていると、何も決まらないのですね。

 だから、この第一段階の認識について、若干、私たちとギャップのある方々は袂を分かたれたということだと思います。そして第二段階に入って、残った人たちの中でも、やはり完全に一致するということはないわけですから、一致させる努力を、まさしく今回のマニフェストに書いた考え方に基づいてやっていきます。そして最終的に組織として、この場合は「政府が判断する」と書いてありますが、政府として一定のプロセスを経て判断したことについては、多少自分の持論と違っても、おっしゃるように政党のガバナンス、与党のガバナンスとしてそれを堅持し、実現していくのが我々の責任だ、という立てつけになっているわけです。

工藤:わかりました。もう一つ、金融政策がなかなか思った通りの効果を上げていないというお話が冒頭ありました。ここは今、自民党も、発言が変わったりするのでどこまで考えているのかよく分からないのですが、建設国債を日銀が引き受けるということとか、日銀がもっと量的緩和をする、これは全然違う話なのですが、このあたりについてはどういう認識なのですか。


金融政策の方向感は自民党と一緒だが、安倍発言には同意しかねる

大塚:まず、安倍さんがおっしゃったことで、無制限の金融緩和、それから建設国債を日銀が直接引き受ける、さらには輪転機でお金を刷ればいい、この3つには、我々はとても同意できません。総理を目指す、あるいは既に総理を一度経験された方のご発言としては、さすがにいかがなものかと思っています。ただ、金融緩和を引き続き進める努力はしないといけないと思っていますので、そこは自民党と同じ方向を向いていると思います。ただ、我々は、やはりこの約半年間、ほふく前進、しかもかつての自民党の時代、そして我々の政権の前半に比べると、ほふく前進でもかなり速度を上げてきているわけです。それはどういうことかというと、例えば審議委員の入れ替えの人選においても少し流れが変わりましたし、9月、10月の連続的な金融緩和、さらには担当大臣がNPM(新公共経営)にずっと出るとか、政府と日銀が合意文書をまとめるとか、かなり地合いは良くなってきた状況ですので、このトレンドは続けます。だから、そういう意味において、金融政策について向いている方向感は自民党と一緒ですが、その手法と、どこまでが政治、特に与党になろうとする政党としていわば許容される発言なのか、という認識ではギャップがあります。

工藤:わかりました。次に、社会保障と財政の問題になるのですが、社会保障の話は分かりにくいところがかなりあって、ただいっぱいあるので一つだけにしますと、できなかったことをまたマニフェストに書いているわけですね。例えば後期高齢者医療制度の廃止は前のマニフェストでもおっしゃいました、でもできませんでした。でもまた今回やると。それから、最低保障年金の創設、これはもともとの案なのですが、それをベースにして今度の3党合意の中で実現を目指す、と。ただ、政権に入って、できなかったことについての総括と、ではどうやったらできるのかということをもっと国民に説明しないと、同じことがまた同じように出ている、という感じにとられかねないので、まず、ここについて説明してください。


「実現できなかった」ではなく「まだ実現できていない」後期高齢者医療制度の廃止。
                                 旗は降ろさない

大塚:そこは、もちろん今からきちんと説明しますが、もう少しクールに見ていただいた方がいいと思います。どういうことかというと、例えば自民党も「デフレ脱却」なんて15年もずっと言っているけれど、いっこうに実現できないで、毎回毎回デフレ脱却と言ってきて、もう20年近くやっているわけですよね。それと同じ文脈で考えていただくと、デフレ脱却は絶対にしないといけないこと、だから書き続けておられるわけで、別にそのことを私は否定するつもりはありません。だから、後期高齢者医療制度の廃止あるいは見直しと、新しい年金制度、やはり議論して実現すべきものだと私たちは思っているわけです。特に、後期高齢者医療制度については、残念ながら保険の運営主体の皆さん、特に市町村と合意に達しなかったのですね。それから医療界とも合意に達しなかった。だから、合意に達していないので、「実現できなかったんだ」ではなくて「まだ実現できていない」わけです。でも、この3年間で実現できていなかったから旗を降ろすというものなのか、というと、今のデフレに引き直して考えていただくとお分かりの通り、ある一定期間でデフレを解消できなかったからといって、デフレ脱却の旗を降ろしていいかというと、それはそういうものではないですね。だから引き続き目指します。それから年金制度については、新しい年金制度の制度設計の骨格と、試算の結果というのは、もう8月にお示ししていますので、あとは国民会議の場でしっかり議論するところまで進んでいる。これも実現できていないのは事実ですが、実現しなくていいと思っているわけではなくて、やっぱり議論しないといけないので掲げ続けている、こういうことです。

工藤:しつこいようですが一つだけ聞かせてもらうと、最低保障年金の創設、これはどんな人でも7万円もらえる、かなり前の選挙で大きなインパクトを持つ公約でした。ただ、その後のシミュレーションで、それをやるだけでも7兆円かかるという話が出てくる。そうなってくると、税・社会保障の一体改革で出てきた消費税の5%増のほかに、財政の再建からみるとプライマリー赤字をなくすためにはまだあるのですが、同時に、民主党が独自にやらなければいけないことで費用増の規模がかなり大きい。これでは、やはり国民に「こういうことになるけれども、しかし私たちはやりたい」という形でちょっと付け加えないと、何となくただ目指すだけ、という形に・・・


最低保障年金・7万円の独り歩き

大塚:そんなことはないですよ。これは逆にいい機会なので2点お願いをしたいのですが、1点目は、新聞を含めた「7%さらに増税が必要だ」という報道ですが、ものすごくミスリードしているわけです。つまり、2075年には、確かに、最低保障年金部分を完全に財源確保しようと思うと、あと7%なのですが、その間、同じ経済前提で、現行制度の基礎年金部分の税負担も上がっていくので、現行制度でも消費税は上がっていくわけです。その差というのは3%くらいだったのです。ところが、そういうことについては、いくら私どもが説明をしても、報道しない、あるいはされないわけですね。だから、冷静に考えていただくと、現行制度だって、結局財源の問題は徐々に負荷が高まっていくので、消費税は上げていかざるを得ないのです。私たち(の政策)だけで7%上がるのではなくて、現行制度では4%くらい上がって、差は3%くらいある。

 そういう問題だということを一つご理解いただきたいのと、2点目は、7万円というのが、年金制度のサステナビリティを維持するために、物価との調整とか金額調整をしていき、現在価値に引き直すと、例えば2040年とか50年は7万円という数字ではない可能性もあるわけですね。だから7万円という数字が、ある意味インパクトも強かったのですが誤解を与えてしまった面もあるので、数字だけで議論するのは逆に不誠実だと私たちも思っているのです。

 だから、どういうことかというと、今申し上げた2点がお願いをしたい点なのですが、もうちょっとバックグラウンドの話をすると、結局、私たちの年金制度は新しく作るものなので、年金制度が100年後も200年後ももつように制度設計は可能なわけですよ。ただし、そういう制度設計で厳しい経済前提を置くと、つまり現在価値7万円の最低保障給付額というのは、計算の仕方によっては違う数字になってくるのですね。それを基にしてもたせるわけですよ。ところが現行制度はどうなっているかというと、賃金上昇率2.5%、資金運用利回り4.1%という数字で100年間計算して、しかもマクロ経済スライドには名目下限があってマイナスにしないわけですから、厳しい経済前提で計算すると、2040年くらいには積立金がなくなることになっているわけです。ところが、ではなぜ彼らが現行制度を「100年安心」というか、5年ごとの財政計算の見直しで制度設計していくから、とおっしゃっているわけで、5年ごとに何度も見直してチューニングしていくからということは、先々の年金制度はどうなるか分からないということになります。だから、実は7万円という数字だけで議論をすると、新しく議論しようとしている方の制度のリアリティばかりにスポットが当たって、現行制度の、つまり「5年ごとに見直すので100年安心なのです」的な話は、実は先はどうなるか分からない、ということで、焦点がぼけてしまうのですね。だから、あえて今回はこういう書き方にさせていただいているということになります。

工藤:最低保障年金の商品設計が金額ベースではないというのであれば、国民に説明しないと・・・前の選挙であそこまで言って、いろいろな人たちがそう思っていますから、ということが一つと、今の大塚さんの話は私も全く同じ考え方を持っているのだけれど、ただ、それは野党であれば成り立つ話だと思うのですね。確かに、自民党時代の100年安心の年金制度は持続性がないかもしれないけれど、民主党が与党になったのであればマクロ経済スライドもやればいいし、5年の再計算ももっと別の形でやるべきだったという気がします。

大塚:それは、従って、2.5%の過払いの部分の調整もやったり、つまり足元の5年、10年を展望した与党としても対応はきちんとやっています。ただし、10年後、20年後の話になると、私たちだってその頃どうなっているか分からないし、自民党だってどうなっているか分からない。先のことを考えたら、どちらかの年金制度だけがパーフェクトだなんて言っている場合ではなくて、まじめに議論しましょうという土俵を作っている話と、足元の5年、10年を念頭に置いて、与党としてスペシフィックなことをちゃんとやっているということとは、ちょっと別の話なのです。

 年金の話は、ようやく土俵が整いつつあって、ここで言論NPOの皆さんも含めて、冷静に議論ができる環境を作るのにご協力いただきたいのですが、お陰さまで、実は現行制度でも、例えば基礎年金部分を高額所得者には少し我慢していただくというクローバックの話が出てきましたね。クローバックの基礎年金になると、実は基礎年金部分を2階の厚生年金や共済年金などの所得比例のところを乗っける形に図を書き換えると、結局私たちが申し上げている、最低保障年金と所得比例年金と同じことになるのですよ。だからようやくこれで接点が出てきた。私たちとして本当に冷静に議論していただきたいのは、もちろん私たちの申し上げている年金制度も、100年、200年安心の制度設計にしようと思ったら、経済状況の変化に合わせて給付額を変えなければいけない。それはさっき工藤さんがおっしゃった、7万円が独り歩きしないようにしてくれ、というのは全くその通りです。しかしその一方で、現行制度が5年ごとに見直すから大丈夫なんだと言っているのは、今の制度設計のままだと経済前提をちょっと変えると積立金がなくなってしまうので、なくならないようにするためには、現時点では予測のつかない見直しをしていかなければいけない。先は全然分かっていないという話なのです。そこで出てきた案が基礎年金のクローバックという話で、ようやくここで現実的な提案が出てきた。実はそれを進めていくと、結局、年金制度の幾何学的な形は全く一緒になる。

工藤:自公民はそういう枠組みを作ってようやく話し合えると。私たちは、サステナビリティの問題については、給付の問題も含めて、どこかのタイミングで問う段階に来ていると思っているのですが、他の政党の中で、積立型に変えるとか、もっとドラスティックな議論があるのですが、これについてはどうでしょうか。


デフレ脱却で積立型年金制度目指すのは論理破綻

大塚:これは、全く議論をしないでいいということはないと思います。積立型の年金についても、もちろん案として、我々の案と現行の制度と一緒に、3つとも議論する必要があります。ただし、積立型の年金制度を主張される方々には、経済の見通しと経済政策の目標について整合性を維持していただきたい。どういうことかというと、デフレの経済がずっと続くのであれば積立型は分かりますが、モデレートなインフレを目指すのであれば、積立型だったら、将来年金給付をされる段階で、実は生活を賄えるような水準が確保できるか分からないのです。だから、積立型の年金制度を主張される方々は、デフレ脱却と言ってはダメなのです。デフレが維持されていた方が、積立型の年金制度が将来にわたって意味をなすということなので、片方でデフレ脱却、インフレを目指すと言いながら、片方で年金制度については積立型を目指すということをおっしゃると、これは論理破綻なのです。

工藤:あと、二重負担の問題もあります。それを説明しないとダメですよね。

大塚:おっしゃる通りです。ただ、やはり、現行制度に対して若い世代の皆さんが大変不安になっていて、本当にこれでいいのかと。不公平感を持っている中で、積立制度であれば、自分のためだけなので安心だ、という気持ちは分かるので、議論はしないといけないです。ただし、今申し上げました点と、あと、そうであるなら、それはもう民間の保険会社にやっていただければいいという面もあります。国に預けておけば民間の保険会社より運用が上手かというと、その保証はないですから。

工藤:おっしゃるところはよく理解できます。最後は財政再建の見通しなのですが、基本的に、政府として2015年にはプライマリーバランスの赤字を半減し、2020年までに黒字化すると。それは分かりますし、2015年に向けてはそういう形で動いていると思うのですが、2020年までをどうやってやるのか、という本質的な話が各党にあるのです。ここに関しては、書かないということは、まだ触れるタイミングではないということなのでしょうか。


財政再建3手段:歳出削減、増税、穏やかなインフレ実現

大塚:そんなことはないです。そう難しく考えなくても手段は3つしかないですから。歳出削減と増税、あとはモデレートなインフレの実現、この3つともやるという話です。やる中で、歳出削減の中では単に削減するだけではなくて、歳出、つまり予算の中身の入れ替えをやる、そのことによって新しい産業育成に資するような対応をする、これは税収増につながります。でもそれだけでも足りないので、やはり一定の税負担のお願いをしなくてはいけない。さらには、デフレのままだったら実質的な債務負担は高くなってくるので、モデレートなプラスのインフレ率を目指す。この3つしか手段はないので、これはどの党でも一緒ですから、あまりそのことをここで明記する必要もないくらいに共有されていると思います。

工藤:今回、消費税が2014年と2015年に上がりますよね。これについて一部の党首から、デフレとか経済状況によっては引き上げを延期した方がいいのではないかという声が出ているのですが、民主党の立場はどういうものでしょうか。

大塚:それは一緒です、法律に「経済状況の好転を条件とする」と書いてありますので。好転とは何を意味するかが問題なのですね。常識的に考えれば、景気のベクトルが上を向いている、つまり改善傾向にあるということと、プラスの成長率が実現されているということ、できたらその段階でデフレから脱却されていることが望ましい。3番目は微妙ですよね。日銀の見通しもまた下方修正されていますから、最終判断をするのは来年の秋、ということは、今年のCPI(消費者物価指数)がプラスになるのはなかなか難しいでしょうし、来年の秋に確認できるのは来年の前半のCPIくらいですから、それがその段階でプラスになっているかというと非常に悩ましい。しかし、今申し上げた最初の2つはクリアするべきだと思います。つまり、景気の方向感が上を向いているということと、その段階で確認できる成長率が少なくとも水面から出ているということですよね。

工藤:特に税の問題に関しては、有権者はかなり神経質になるでしょうから、どこかのタイミングで政治が国民に説明する義務があると思います。今回は、少なくとも全党がそう書いていないので、今回ではないと思うのですけれども。

大塚:12月16日に選挙が行われて、任期満了は4年後、その間に消費税が実際に上げられるか上げられないかということが確認されるわけなので、上げられて、かつ成長が非常に加速してくれば、次の総選挙の時にはさらなる増税は話題にならない可能性もあります。ただし、その段階で、上げられない、あるいは成長もあまり実現できていないということになると、「じゃあ、しばらく増税のお願いは引き続き全くしない」ということでわが国の財政がもつのかという話になると、たぶんもたないと思います。その時には、任期満了であれば4年後、あるいはそれ未満の解散のタイミングで、各党、とりわけ次の政権を担う党は、相当な説明責任を負うと思います。

工藤:あと農業で、私たちが気になっているのは戸別所得補償の問題なのですが、初めは、兼業だろうが専業だろうが意欲ある農家が農業を営めるような農業、のようなイメージだったのですが、野田さんの官邸での議論をウォッチしていくと、それが、例えば20とか30㌶、つまり大規模な農家が農業の大半(太宗)を占めていくことを目指す、という話に変わっているのですね。基本的に、農業を競争力のあるものにしていくというのであれば、高齢化しているところに、若い世代が入っていかないといけないのですが、この政策を進める立てつけの理由が変わっているのか、それとも変わっていないのか、どうなのですか。


     

世代交代迫られる農業の担い手――6次産業への転換

大塚:野田さんの頭の中がどう整理されているか私は分かりませんが、2つ別のことが進んでいて、しかし連動している部分がある、ということなのです。一つは、農業の戸別所得補償は、価格を補償することで農家の所得を補償するというこれまでの農政の基本的枠組みから、最低限の所得を補償するので消費者の皆さんが買いたくなるようなものを作る方向で考え方を切り替えていってください、ということで、完全に立てつけが変わったのです。そのことによって、担い手が高齢であっても最低限の所得を補償するので、その問題をクリアしつつ、しかし、消費者の皆さんが買いたくなるようなものを工夫して生産意欲を高めて頑張ってください、という文脈もこの中に入っています。するとそれは、休耕地を委ねられて大規模化にチャレンジしようとする若い新規の就農者、その人たちにとっても今の文脈は同意できるわけです。つまり、消費者の皆さんが買いたくなるようなものをしっかり作ってくれれば所得は補償されるという文脈の中では、大規模化の話と全然矛盾しませんので、ただ野田さんはこちらだけおっしゃっているのですが、農政の基本的考え方が変わったというところとの接点は、やはりちゃんと説明しなければいけないですね。

工藤:今の話は非常に私にとってクリアなのですね。でもそれだったら、ある意味では、選択的生産調整ではないのですが、結局価格は消費者を考えて下がることもあるけれども上がることもある、という話ですよね。ということになると、自由化というもの、スピードは別にして織り込んでいく、TPPを含めてそうなるということですよね。

大塚:徐々にそうなるというモメンタムが働き始めているとご理解いただいていいと思います。ただ、やはり今、現実に担い手は高齢化されているし、その方々が耐えられないようなスピードで進めてはダメだと思うのですね。だから、この両方が進んでいくと、やがて若い就農者の皆さんが、「農業って実は二次産業や三次産業より所得が高いんだ、六次産業はいいな」と思ってどんどん入ってくると、その頃には完全に担い手が世代交代しているということで、スピード感の問題は留意してやらなければいけないけれど、方向はそうだと。

工藤:わかりました。今の話はいいな、というか、長いのだけれど、ちゃんとこういうのを聞いていくと皆さん、勉強になるのですよ。どうもありがとうございました。