出席者:水野和夫氏、平野英治氏、内田和人氏、工藤泰志
12月8日、言論NPOは都内で公開座談会「世界の金融危機と日本の進路」を開催しました。これは言論NPOが現在実施している「マニフェスト評価」の一環として行われたもので、世界規模の金融危機の現状や今後の展開、政府の対応策の是非などについて、3時間にわたり活発な議論が行われました。出席したのは、内田和人氏(東京三菱UFJ銀行企画部経済調査室長)、平野英治氏(トヨタファイナンシャルサービス株式会社取締役)、水野和夫氏(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)の3氏で、言論NPO代表の工藤泰志が司会を務めました。
議論はまず工藤が「私たちは今、金融危機のどの時点に立っているのか。危機を抑え込むにはどうすればよいのか」と問いかけ、始まりました。
現時点での危機の実態は
これに対して内田氏は、2000年前後からの世界の金融の変化を振り返ったうえで、現在の金融危機の経過を5段階にわけて説明しました。そこでは、サブプライム危機の発覚を第1段階、モノライン(金融証券保険)各社の破綻を第2段階、米大手投資銀行ベアー・スターンズの破綻を第3段階としたうえで、現在は「アメリカの一定範囲の金融機関に限定されていた危機が世界的に連鎖し、マネーの取引が行われなくなった」第4段階にあると指摘しました。そして、大手銀行が破綻してドラスティックな調整が生じてしまう第5段階への移行を、公的資金の投入などで食い止めているものの、危機は続いているのが現在の状況だと述べました。
また平野氏は、現在の金融危機の性格を「典型的な信用バブルの崩壊が世界的に起きている」ととらえているとし、ロシアの状況を例に出しながら、世界全体で「金融危機と不況が連鎖しながら大きな影を落としている」と指摘しました。そのうえで、金融危機に関しては世界中である程度の対応はなされているが、経済は不況の入り口に立ったばかりであり、不況の「悪化が本格化するのはこれからだ」と述べました。さらに不況によって「金融債権の質も低下し、金融危機と経済不況がスパイラル的に起こる可能性がある。今後の政策対応にかかっている部分が相当に大きい」と指摘しました。
この危機はどう封じ込められるか
これを受けて工藤はさらに、「スパイラルを止めるには何が必要なのか」とパネリストに対して問題を提起しました。
これに対して内田氏は「金融危機対策と経済対策を同時並行的にやっていかなくてはならない」と応じました。金融危機対策としては98年の日本の金融危機が参考になるとしたうえで、「グッドバンクとバッドバンクを分けて対応することが重要であり、金融機関のバランスシートから不良債権を切り離さないと悪循環が続いてしまう」「バッドバンクを切り離すことと資本の注入がセットにならないといけない。そういう意味では資本注入はなされているが切り離しはされていない。これがなされると金融対策はかなり前進する」と述べました。また、アメリカの経済対策はようやく端緒に就いたという状況であり、オバマ政権下でのニューディル政策にかかっているとし、「ケインジアン的に公共事業でサポートしたり、将来の経済成長率を高める産業を育成するといった財政支出がこれから必要になる」としました。そしてこの二つに世界各国が取り組めば、「2010年までに景気の回復に向かうというシナリオが描けるのではないか」と述べました。
平野氏も、内田氏の意見に賛成したうえで「グローバルな危機にはグローバルな対応が必要」と述べ、「アメリカだけでなくアジアもヨーロッパも金融政策を思い切りやらないといけない」としました。そして中国が発表した大規模な財政支出政策を評価しながら、「いろんな国が能力と必要性に応じて目いっぱい(財政・金融政策の)エンジンをふかせるということがまず必要で、そういう意味での国際協調は非常に重要であり、大恐慌に至らない大きな必要条件である」と述べました。平野氏は続けて、新興国の経済の潜在的な成長力に注目しながら、世界の金融環境の安定化が世界の重要政策に即座につながると指摘するとともに、各国の政治家がこの問題の危機感を共有したうえでリーダーシップを発揮することも、危機から脱却するための条件だと指摘しました。
ポスト危機後の世界の全体像は
工藤からはさらに、アメリカの膨大な債務を世界に負担してもらうような戦後の構造は限界に来ていると思うが、危機から持ち直した後の世界でもこのままの構造は可能なのか、とポスト危機の世界の全体像に関して疑問を投げかけました。
これに対して内田氏は、今後「アメリカの一極支配は転換を余儀なくされる」と述べ、その際にはアメリカの経常赤字をどこかが補充しなければ世界全体の成長率は落ちる、という議論を紹介しつつ、「新興経済国の成長がそれを支えていくのが金融危機後の(世界の)姿ではないか」と指摘しました。
平野氏も、ポスト金融危機では「アジアが極を形成する多極的な世界の中でアメリカの不均衡も是正せざるを得ないと思う」との見解を示しました。そして、そこに至るプロセスが重要であるとしたうえで、アメリカでの大規模な景気刺激策によって財政支出が急増する一方、経常赤字は減少しないとなるとドルに投資する人が減り、ドル不安が生じるという状況で世界経済はどうなるのかと述べました。そして、「ドルの代わりがない世界はものすごく不安定で、変なところで均衡してしまい、世界経済全体が変になる可能性がある」と指摘しました。
内田氏もこれに対して、アメリカの中期的な外需へのシフトと、基軸通貨としてのドルの地位を徐々に下げてゆき、「個人的にはバスケット通貨をつくるしかなく、最終的には第二のブレトン・ウッズ(体制)をつくることになるのではないか」と述べました。平野氏も、「アメリカはこれまで金融の力によって実力以上に基軸通貨としてのドルを支えてきた。今回の危機はドルが国力並みのものに変わるプロセス。ドルの地位は低下し、再構築も生じると思う」と応じました。
ここで遅れて到着した水野氏が議論に参加しました。水野氏は金融危機の現状に関して厳しい見解を示したうえで、先進国全体で物質的な需要が限界に来ており、アメリカの経済対策では危機を乗り切ることはできても、持続的な成長の呼び水にはならないとの見解を示しました。また将来的なアメリカの位置もドル安とともに低下し、新興国が束になってその役割を肩代わりしていくとの見通しを示しました。
日本の政治は世界の歴史的な変化に向かい合っているか
以上の議論を踏まえ、工藤は「世界が危機から新しい構造への変わるという歴史的な局面にありながら、日本国内ではこうした国の進路に関わる議論もなく、選挙を前にした所得の分配などだけで大騒ぎとなっている」としたうえで、まず「麻生政権の現在の経済安定対策はこの世界的な危機の状況に見合っているのか」と問題提起しました。
内田氏は、日本は第一波の金融危機の影響は少なかったが、第二波の世界経済の減速を受け、日本の景気はこれから大きく悪化するとの見通しを示した上で、政府の景気対策にはスピード感がまず求められるものの、定額給付金の効果は「極めて限定的と見ざるを得ない」と述べました。そして国内企業の倒産を防ぐためのセーフティーネットの重要性を強調するとともに、オバマ次期大統領と中国の経済政策に頼らざるを得ない状況にあることも指摘しました。また、第二次補正予算案が国会を通らないと国内企業は年度末にかなり厳しい状況に追い込まれるとの懸念を示しました。
平野氏も、年度末の厳しさから資金調達の需要が高まる一方で、銀行は資産を圧縮せざるを得ないために、「資金の需要と供給に大きなミスマッチが生じる」と指摘しました。平野氏は、この資金繰りの厳しさが健全な企業にまで及ぶことを心配し、政府介入によって健全な企業に資金が回る措置の必要性を強調しました。そしてそのために、政府が危機感をもっと持つことが重要であり、「(経済対策が)案としてウロウロしているだけでは何の意味もない」と指摘しました。
日本はこの危機をの先にどんな国を志向すべきか
最後にパネリストは、このような世界の状況の中での日本の中長期的な方針や役割について述べました。
平野氏は現在の日本の政治に必要なこととして、「まず目先は健全な企業に資金が流れる仕組みを作り、経済を壊さないこと。そして日本の相対的な強みを見据えた構造改革に粘り強く取り組むべき」の2点を指摘しました。そして日本の強みとして、規律ある労働力や環境技術、金融資源、海洋資源や成長するアジアに位置する優位性などをあげ、「こういったポテンシャルを活かす国づくりを進めることを期待している」と述べました。さらに、近視眼的な経営に走るアングロ・サクソン流の企業経営に対して、日本の企業の経営手法を海外に発信するという理念的な貢献もできるのではないかと指摘しました。
内田氏は「日本の価値観をどこに置くかだと思う」として、移民政策や規制緩和といった政策を打ち出さない限り成長力は上がらないと指摘する一方、より中長期的に考え、国民生活の質的なものを重視する「日本にあった経済システムを考えることも選択肢」であると述べました。そして、成長力を高めるためには、移民政策と東京への国際会議の積極的な誘致が必要だとしました。
水野氏は、これからの日本の政治家は「成長でものごとを解決できると考えないこと」が必要としました。そして、医療制度や資本ストック、累積公共投資を例に挙げながら、現在の日本は他国に比べて「いろんなものをいっぱい持っているのに、生活水準の向上につながっていない」と指摘し、「成長よりも国内の仕組みを変えていくことが必要だと思う」と述べました。
その後、議題は会場との質疑応答に移りました。ここでも、現在の銀行間での信用取引の現状や金融破綻に至った欧州の国々、日本の過去の危機の経験を活かした世界への政策提言などについて、会場とパネリストとの間で活発な議論が交わされました。
言論NPOは今後も、こういった公開形式での座談会を様々なテーマで順次開催していきます。また、この座談会の議事録は、近日中に言論NPO会員限定で公開します。
12月8日、言論NPOは都内で公開座談会「世界の金融危機と日本の進路」を開催しました。これは言論NPOが現在実施している「マニフェスト評価」の一環として行われたもので、世界規模の金融危機の現状や今後の展開、政府の対応策の是非などについて、3時間にわたり活発な議論が行われました。