政治に向かいあう言論

「日本の改革は終わったのか」座談会 議事録

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第6話 基本理念や政策実現の根拠を問い続ける

工藤  経済政策の分野では、対立軸についてはどういうことが考えられるでしょうか。例えば、レトリックかもしれませんが、小さな政府と大きな政府、成長派と財政再建派など、言葉で言えば座標軸はあるように見えますが。

水野  経済政策については、それほど大きな対立軸はないかもしれません。まさか高度成長をもう1度なんて思っている人もいないでしょう。そういう意味で、経済政策はだんだん収斂してきています。むしろ対立軸というのは、日本が国際社会の中でどうするかという、共同体構想をどうするのか、あるいは日本はEU方式ではなく、1億2000万人でずっと単独でいくのか。そちらのほうがむしろ選択肢が分かれるような気がします。

  マニフェストを我々が最初に要求したときに、非常に具体的であればあるほど、チェックしやすいかなと思ったのですが、実はそうではなくて、具体的になっていけばなっていくほど、ほとんど違いはない。やはり問われるべきは基本的な考え方だと思います。大きな政府、小さな政府というふうに聞くだけではだめでしょうから、そこはもう少し具体的に聞く。例えば社会保障の中でこのままいくと破綻してしまうが、どうするつもりなのかという聞き方をして、それを実現するための手段や考え方を明らかにしてもらう。我々も少し工夫をして問わないと両者の違いがわからないというところに来てしまったのではないかと思います。

高橋  政党が経済政策の理念でもって形づくられていないから、聞き方は本当に難しいと思います。市場メカニズムは無視するするのかと言うと、絶対そうではないと言うでしょう。市場メカニズムを重視しつつ何とかと必ず言いますから、そうすると違いが見えにくくなる。

工藤  例えば先の選挙では農業で、民主党が1兆円をばら撒くという話がありましたが、まさに個別補償で、単なるばら撒きでいいのか、それとも農家の成長率を強化するためのものなのか、それが争点になりました。

高橋  ばら撒く場合でも、既存のルートを通してばら撒くのか、全く個人に対して中間を通さずにばら撒くのかによって効果は全然違ってくると思います。既存のやり方で農業に金を流せば、既得権益に吸い上げられてしまうわけです。そうではなく、同じ金を撒くのでも、直接農家に入るようにしたほうがいいという話もあるわけです。

 今、米について既存の政策が破綻しかかっていますが、これをどうしていくのか。今回も政府が買い支えしないと価格維持できない。では、大規模化して、補助金を注ぎ込めば、日本の農家は甦るのか。そこまでの問題設定をしないと多分だめだろうと思います。そうすると、結局、大規模化しても、その程度の大規模化ではとても世界に追いつかない。ではどうするんですかと、そういう問いかけをしないと、違いが出てこない。

 ただ、私は論点を社会保障と地方ぐらいに絞ってもいいのではないか、と思います。国民が今一番不安に感じていることはそこにありますから。

  私も年金とか、社会保障制度をどうするのか、さらに地域の問題は、格差やむなしという話なのか、日本中が同じになるまで頑張るのかと、そういうところが問われると思います。

水野  格差の問題は深刻だと思っています。ただ、それは都市と地方を分けられなくなっているのではないか。例えば東京のセミナーを聞いていると、地方のほうが実際豊かじゃないかと発言する人がいるとみんな拍手している。ところが、地方でセミナーをしますと、地方では生活保護家庭の実体について新聞紙上ではとても出てこないような悲惨な実態聞きます。足立区で就学援助率が4割を超えているようにむしろ都会のなかで格差が極端に開いている。それをどうするのか、ということではないですか。私は一生懸命頑張っても、年間所得が200万を超えられないという、そういう人たちが多くなっていると思っています。

高橋  そこは個人を対象にしてセーフティーネットを張るのか、地域というものを対象にするのかというところの議論と絡むと思いますが、1つは、貧困問題に焦点を当てて、格差というものを考える、分配を考える。一方で、ある地域全体の所得が低いのは活力がないからということで、格差という観点じゃなくて、地域の中でどうやって活力を生んでいくのかということを議論すべきと思います。

工藤  安倍政権では最低賃金の問題も含めて、底上げ政策が打ち出されました。大部分が継続審議になりましたが。

高橋  もともと中小企業の生産性を上げるということが条件になっているわけですけれども、では、中小企業の生産性はどうやったら上がるのかというところの答えはきちっと出ていない。それがないままに最低賃金を上げれば、企業は当然雇わないという選択になってしまいます。

齊藤  地域も非常に重要なキーワードだとは思いますが、もう1つ前の質問に抽象的に答えると多分色分けするときに、市場をある程度信頼して、結果を受け入れる政治家か、そうでない人かで分けられると思います。格差の問題も、いろいろな要因があって、そうやって人々の違いが出てきたときに、「基本的には受け入れますよ」という世の中になることがいいと思います。そのときに、受け入れられないことの理由の中にいろいろな不公平があったり、いろいろな機会の公平性ですごく深刻なことがあったりというようなことに関しては、ある程度は政治のほうも手当てをしないといけない。

 格差そのものの実態を数字にあらわせる部分で政治の目標にしてしまうと、結果的に政治が行うことはかなりばらまき的なことになりがちになる。本来、自分の選択として、所得は低いけれども、地方に住んでほかの便益を得たいという人と、東京で高い所得を目指すけれども、生活上の不満も耐えていくということが選択の結果であり、市場での結果であるということが、ある程度受け入れられるような環境みたいなものが出てくることの方が大事だと思います。

 絶対的な貧困に関しては、これは十分な手だてをしないとだめだと思いますが、他人と比較してとか、ほかの地方に比較してという部分では、本当に貧しいかどうかという側面と、相対的なものは区別する必要があります。これだけ構造改革の中でルールを変えていますから、既得権益が失われている人たちもたくさんいるはずです。その喪失感にまで政府が穴埋めしてしまったら、元も子もないことになってしまう。政策の評価の間尺として、不平等度とか何とかということを直接のターゲットにするというのは、かなり問題があると思います。

高橋  例えばこれだけ都会と地方で活力の格差があると、もっと地方から所得の高い地域に向かって人が動いていいと思う。今、戦後3回目の人口移動のブームになっていますが、実際に地方に行ってみると、東京に行けば仕事があるとわかっているんだけど、離れたくないという人は結構多い。だから、表面的に合理的な選択をしていない人たちはすごく多いわけです。では、何で離れないのかというと、例えば1人っ子で、親の傍にいたいとか、自分が定職がなくても生きていられるとか、そういう人も結構多いわけです。
 
  寝たきりになってしまった親を放って行けないなど、移動できないことにはセーフティーネットがないという原因もあるでしょう。それから、最近の株や為替の話となどを見ても、1発当たるだけで楽し儲けている人間がいるという、そういう不公平感がもちろんあると思います。親の豊かさ、貧しさが子供に引き継がれるという問題もある。そこをどう考えるのか、という問題はあると思う。チャンスが保障されればいいと考えるのか、結果もある程度平等にならなければいけないのか。

水野  ただ、政党は格差を是正するとしか言いようがないのではないか。格差を広げますという政党が出てきたら、それは負ける。

  財源の縛りがあるが、この財源をどういうふうに分けますかという聞き方をするしかないということでしょう。

高橋  ただ、今の財政というのは効率的に分配されているのか、という問題はあります。例えば介護なんかの世界でも、本当に必要な人のところにお金が行ってなくて、中間搾取されている部分。介護は既に既得権益化している部分もあるわけですね。そういうところにメスを入れないで、分配の仕方をどう変えますか言っても、ただのバラ撒きになってしまう。

工藤  民間企業の規律も崩れていますが。

高橋  経済政策から少し離れてしまいますが、市場メカニズムを生かすと言っても民間でもガバナンスが欠如している。

  官の規制から離れて市場に全部任せてしまえば良いというのも余りに楽観的過ぎたと思う。民間に任せた時には少なくとも抜き打ちで調査をして、変なやつがいたら捕まえるという脅しがない限り、変なことをする人が必ず出てきてしまう。そこがやっぱり甘かった。何十年間もそんな法律違反がまかり通っていたというのも驚くべきことで、今まで1度も検査がなかったのか、余りにも検査が甘かったのか。そういう反省はあると思います。

齊藤  姉歯のような偽装とか、食品の安全とかということも、もちろん検査やいろいろなことをきっちりしなくてはいけないんですが、日本の社会が本当の意味で消費者主権を実践していたのかどうかということです。赤福もちも数日置いてもかびがつかない。そのときにどう思うかですね。マンションの話でも確かに悪いことですが、周辺の類似物件に比べてずいぶんと安かったら、何か理由があると考えるはずです。安かろう悪かろうみたいなビジネスを許してしまいながら、何かあると行政の問題になる。語学教室の話でも、NOVAは悪いと思いますが、幾ら何でも3年先までの授業料をああいう形の講習に払うほうが、理解できない。土地を買える人、高額のマンションを取得できる人、英語教室に通える人は、決して経済的弱者ではない。

 そうすると、市場社会の中で我々が生きていくときに、本当に自立して、市場メカニズムの中で生きていく場合、自己責任の中で気配りしていかなくちゃいけない部分というのがあることを余りに無視して、何か出るとパッチワークのように全部行政や政府のほうにそのツケを持っていってしまう。そういうことこそ考えないとならない。

工藤  小泉改革が始めた改革路線は終わったのでしょうか。壊す改革から、組み立てる改革へとまさに仕組みの改革が今問われていると思うのですが。

高橋  私は小泉改革は現実的には終わっていると思います。改革というのは、止まった途端に後退を始める。安倍内閣のときに進まなかったということは、逆に言うと、もう既にあのとき後退していたんだと思います。ただ、小泉政権で始まった改革をさらに深く、政策パラダイムまで変えるところまで行って初めて本当の改革になるので、多分それはこれからだと思います。今、改革が逆戻りしているといって余り悲観視する必要はなくて、何十年とかかる改革のプロセスが今ようやく始まった、その鍵を握っているのは民度だということになると思います。
 
工藤  それが今日の結論ですか。どうもありがとうございました。

全6話はこちらから

Profile

齊藤誠(一橋大学大学院経済学研究科教授)
さいとう・まこと
1960年名古屋市生まれ。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士(Ph. D.)。住友信託銀行、ブリティシュ・コロンビア大学(UBC)経済学部、大阪大学大学院経済学研究科等を経て、2001年から現職。著書に『新しいマクロ経済学 新版』(有斐閣、06年)、『資産価格とマクロ経済』(日本経済新聞出版社、07年)など。
高橋進 (日本総合研究所副理事長)
たかはし・すすむ
1953年東京都生まれ。エコノミスト。立命館大学経済学部客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授等を歴任。2005年民間出身者として3人目の内閣府政策統括官として登用された。
水野和夫(三菱UFJ証券株式会社 参与 チーフエコノミスト)
みずの・かずお
1953 年生まれ。80年早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了、八千代証券(81年合併後は国際証券)入社。以後、経済調査部でマクロ分析を行う。98年金融市場調査部長、99年チーフエコノミスト、2000年執行役員に就任。02年合併後、三菱証券理事、チーフエコノミストに就任。2005年10月より現職。主著に『100年デフレ』(日本経済新聞社)、『人々はなぜグローバル経済の本質を見誤るのか』(日本経済新聞出版社)。
櫨浩一(ニッセイ基礎研究所 経済調査部長)
はじ・こういち
1955年生まれ。78年東京大学理学部物理学科卒、80年同大学院理学系研究科修了、90年ハワイ大学大学院経済学部修士。81年経済企画庁(現内閣府)に入庁(経済職)、国土庁、内閣官房などを経て退官。92年ニッセイ基礎研究所入社、2007年から現職。専門はマクロ経済調査、経済政策。著書は『貯蓄率ゼロ経済』(日本経済新聞社)。他に論文多数。
工藤泰志(言論NPO代表)
くどう・やすし
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。

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