加藤紘一氏 第4話:「関心事の一極集中」

2006年2月20日

「関心事の一極集中」

 先の選挙は小泉さんの勝利であり刺客劇の勝利であるということを申しましたが、具体的に言いますと、関心事の一極集中みたいな現象がこの社会のどこかで起きていると思います。

 この間の選挙で自民党は東北では伸びてません。北海道はマイナスです。伸びたのは東京、大阪、名古屋、神奈川、千葉、埼玉だけです。で、それは一挙に20代30代の人が大きく動いたからです。私の経験からお話をしますと、私の感じでは、「あぁ、あの人たちがまた動いたな」という感じがしました。5年ぐらい前に加藤の乱というのがあり、信頼を裏切ったりいろいろと私も苦しい思いをしたりしましたが、あの時、期待みたいなものがものすごく私に集まり、どこへ行っても、私を見つめるように期待する強烈な目があったんですね。

 それから半年ほど過ぎて、また私はそれを目撃しました。小泉さんの総裁選挙の初日に我々YKKと田中真紀子さんとで渋谷のハチ公前で宣伝カーに立ちました。はじめは300人程の人だったんですが、渋谷のセンター街から出てきた若者を中心にみるみる人が滞り、約2万人になったと思います。あの一角から人が道路にあふれ出て、メッカに訪れたイスラム教徒が圧死事件を起こすような感じにまでなりました。そのとき向けられた目が、半年前、私に向けられた目と同じだなと思いました。

 そして、その視線がまた、今度の小泉選挙の最終日2~3日の千葉の駅と東京のターミナル駅等に集まった人たちの表情にありました。「あ、また集まった」と思いました。それは、私の独断で申しますと、すべてから自由になったけれども、判断基準を待たない群集の不安定な目なんです。

 昔はリビングにテレビ一台で、「チャンネル権争い」という言葉もあって、親と息子が殺し合いなんていう事件も年に一本ぐらいありましたが、チャンネル権争いという言葉はもう死語になりました。それぞれの部屋に一台テレビがありますから。昔は父親がチャンネル権をとって北島三郎の演歌やなんかを見てると、高校生の娘が、「お父さんやめて、そういうのを聞いてるとむしずが走る、とにかく嫌なんです、お父さん」と。お父さんは、「そういうもんかね」と。娘の聴いてる音楽はアップビートで、これまたお父さんに分かるわけがない、そこで価値観のぶつかり合いがあったんだけれども、今はそれがない。

 会社に行きますと、上司との関係も、仕事以外のところ、プライベートなところではほとんどかみ合わないようになっている。これでいいのかなと。つまり、企業におけるヒューマニゼーションも仕事以外はないという中で、自由になってみたものの、コミュニティからも自由にはなってみたものの、判断基準はネットかテレビになる、読む本は極めて少ない、売れてる本も非常に新書判で字数が少なく1時間で読めるような本になってしまった、。

 「竿竹屋はなぜ潰れないか」って本をベラベラと見てみましたが、非常に読みやすいけれども、連結決算の話を、みんなで習ったからってどうなるの?みたいな話でした。

 やはりネットが大きいと思いますね。ネットと政治社会という意味で、私も加藤政局の時には最も激しい経験をしました。ネットの書き込みにいろいろ付き合ってみたのですが、匿名での人間の付き合い、オンラインでの付き合いっていうのは不健全だと思いましたね。それから、「テレビ教」という状況、宗教に近い、テレビ宗教になっている、従って、一斉に動いていく。「毎分」ということがテレビ会社の人たちのキーワードになっていて、「毎分視聴率というやつで動かざるを得ないんだよね」と言ってました。ワイドショーなんかは、ミキサー室でいろんな映像を、ビデオのものもあればスタジオのものもあって、7つか8つある映像をミキシングしてるわけですが、毎分視聴率が手元にボンボンきて、小泉さんと刺客の絵を出すと瞬間ボンと上がって、亀井静香さんを出すとグンと下がる、すると当然、上がるほうを狙うと、これがテレビの実態ですね。。

 大都市圏近辺の600所帯にセッティングされたビデオリサーチのデータで全部判断して番組が作られて、それが私の故郷の山形にもネットされるわけですから、日本社会が全部ひとつの価値基準でぐんぐん定まっていく、そういう社会のなかで、北朝鮮の親方の悪口を言うとみんな楽しいと思い、中国はけしからんよねというとみんなそうなっていく、堀江モンってのは面白いよねっていうと堀江モンのことを読む。つまり、関心ごとと判断の一極集中で、複眼視的で強靭な知性を持たない今のような社会において、今後、中国というどデカい国とちゃんと渡りあっていけるのかなと。それが今年、私が心配していることなのです。


※第5話は2/22(水)に掲載します。

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発言者

加藤紘一氏加藤紘一(衆議院議員)
かとう・こういち
profile
1939年生まれ。64年東京大学法学部卒、同年外務省入省。ハーバード大学修士課程修了。72年衆議院議員初当選。78年内閣官房副長官(大平内閣)、91年内閣官房長官(宮沢内閣)、95年自民党幹事長。著書に『いま政治は何をすべきか―新世紀日本の設計図』。