「新政権の課題」評価会議・安全保障問題/第4回:「日本の安全保障と安倍政権の課題」

2006年11月08日

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言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。

「日本の安全保障と安倍政権の課題」

工藤 これまで、対北朝鮮の関係で日本の安全保障問題を論じてきましたが、ここで目を全体に転じて、小泉政権の安全保障の問題の中で安倍政権に残された課題は何かを議論してみたいと思います。

道下  小泉政権の間は、日本の防衛政策の基本を領土・領域防衛のみならず、国際平和協力活動まで本格的にやることを戦略的に決断し、とりあえず世界の大きい潮流にかなり合わせ込んできました。

すなわち、90年代は基本的に脅威がなくなり、領土防衛が余り必要のない状態になったことから新しいミッションを探そうという背景があり、それに加えて国際情勢の変化、国際社会からの要請を受けて、国際平和協力活動に行ってきました。

ところが、この方向にシフトしたところ、今度は北朝鮮、中国の台頭といった状況が生じ、領域防衛のような伝統的な任務がまた重要になってきているという状況になってきたわけです。今後、難しい点は、領域防衛から国際平和活動へシフトしようとしていたところが、同時に両方やらなければならないという状況になったために資源が逼迫する状態になったことです。しかも、ミサイル防衛や米軍の基地の再編などにも多くの費用がかかります。

冷戦期のソ連の脅威に対しては、戦車が何両あって、揚陸能力がどのくらいあってということで、わりあいOR(オペレーションズ・リサーチ)のような感じで数的に積み上げていけばシミュレーションでき、それで所要がわかる世界だったわけです。

しかし、状況は変わりました。北朝鮮も、その脅威は北朝鮮軍が日本に侵略してくるような脅威ではなく、事態が緊張したときに突発的にミサイルが飛んでくるというような話だと思います。ですから、戦略レベルの脅威に対応するというよりも、何か突発的な事態にヘッジをかけておくというような色彩が強いことになり、そうすると、多様な事態に対して、それぞれ、どの程度保険をかけるかというのはかなり価値観の問題というのがあるわけです。

それから、中国の台頭からくる所要というのがまたあるわけです。これも、今、がっぷり四つに組んで、中国の兵力がこれだけあるから、こっちはこれだけ持とうという類のものではないわけですし、中国側の主目的は台湾なわけですから、基本的にシナリオがある程度書けるような軍事事態というのは台湾しかないわけで、そうすると、それに対して日本がどのぐらいコミットするかというのは、アメリカの要請というのもあろうけれども難しい問題です。ですから、ある意味で、そこはある程度所要が出せる部分であるけれども、しょせん周辺事態法で定められた範囲内でしかできませんから、後方支援にとどまり、物すごいことをやるわけではないわけです。

それからもう1つ、台湾海峡シナリオはもともとあったけれども、中国絡みで新しい要素なのは、中国と日本の直接の戦略的バランスの変化とか戦略的綱引きというか、押し合いという問題が台頭してきていることです。それは、例えばエネルギーをめぐり、中国側が実際軍隊を出し、それで日本を牽制するという手を使い始めたことに対してどうするかとか、潜水艦の動きがあったことにどう対処するかといった問題で、これは冷戦の初期のような、新しく線を引き直しているという時期ですので、そこで衝突的なことが起こるのはある意味で当然です。EP3事件や潜没潜水艦事件もそういう文脈で起こったものだと考えていいと思います。

そういう駆け引きをやっているときは何が重要かというと、直接的な積み上げ型の所要で考えていく考え方もある程度は重要なのですが、今までの日本の安全保障政策というのは、基本的に攻められたら守る、1か0かみたいなものです。しかしながら、軍事力の使い方には、軍事力による恫喝に対応する、英語で言うとコアージョン(coercion)と言うものですが、実際に武力を行使するわけではないけれども、より大きい軍事力を持つことによって相手の行動に影響を与えるという使い方があるわけで、その重要性が高まってきているのです。すなわち、今までの日本の防衛政策の考え方は、やられたら使って対処するけれども、実際殴られず、じわっと押されてくるのにじわっと押し返すという使い方は余り想定していません。ただ、こういう状況が出てきたことから、こうした軍事力の使い方を考えないといけない時期なのです。そして、そこに資源をどのぐらい流して、どういう防衛態勢をつくって、それをどのように運用するかというのも非常に重要になるのです。

正確に分けると、今後の日本の安全保障政策には実は3つの要素があり、第1はダイレクトな日本防衛の所要、第2は国際平和協力ですが、その中でもダイレクトに日本の利益に関係するもの、そして、第3は国際貢献、つまり、国際社会における交際費のようなものです。これらの資源配分をどうするのが日本の国益上、最もコストエフェクティブなのかというのは考えていく必要があります。

工藤 国際平和協力という大きな概念が今問題になったのは、テロやイラクというところからですね。

道下  そうです。それは90年代のカンボジアから流れはあったのですが、自衛隊の国際平和協力活動というのは、昔は本務ではなく、副次的な任務だったのです。すると、本務ではないので、法的にその任務を達成するために装備が買えません。あくまで日本防衛という本務をやっている中で、余裕がある部分で国際平和協力活動というミッションもやりますという建前だったのです。ですから、資源の非効率な使い方になっていました。恒久法はできていませんが、新しい防衛計画の大綱で、この点に修正を加えたことは、大きい意味のあることです。

近年、徐々に、「日本も国際安全保障に関与し、国際貢献をやらなければいけない」という認識が根付いてきました。そして、単に国際貢献というだけでなく、国際環境の変化に対応し、日本の死活的な利益がある地域の安定化をする努力というのは日本の国益にも直結するのではという議論が本気でできるようになった。あるいは、すべき状態になったといえます。

倉田 今、単極構造と呼ばれている中で、それに対抗する勢力というのは非常にできにくいのですが、今の単極構造がかならずしも安定化に向かっていないかというと、単極をでるアメリカが実は世界で一番安全保障上の懸念を抱えているからです。最も強大な国が最も深刻な安全保障上の懸念を抱えているという非常に逆説的な状況です。しかも、そのアメリカが軍事力、経済力、インテリジェンスのすべてをもっている。こういったインセキュアな状況を作ったのは、まさに9.11なのであって、対テロ戦争という名のもとに日米の同盟関係も動員されました。テロと戦う戦争であるがゆえに、それに対して日本側が異議申し立てをしにくい状況が生まれたわけです。その過程で、昔見られた、アメリカと同盟関係を持っていると望まない戦争に巻き込まれるという「巻き込まれ論」は説得力をもたなかった。イラクの戦後復興に日本が協力したのもその文脈です。その結果、テロ以前の日米安保条約の法的な取り極めと、対テロ戦争を行う、あるいはイラクの場合、戦後復興を行うという必要性の間にギャップが生まれました。そのギャップを今まで日本はすべて特別措置法で辛うじて乗り切ってきたわけです。

工藤 こうした対応は今後も続けられるのでしょうか。

倉田 限界に来ているのではないでしょうか。そして、それをどう乗り切るかという課題は、まさに安倍政権に引き継がれざるを得ない。集団的自衛権の問題もこのままの解釈でもって、その都度特別措置法を作って時限立法的に切り抜けるのかどうかというのは、安倍政権に託された問題です。そういう特別措置法をせず、集団的自衛権について、例えば政府解釈を変えるとか、あるいは改憲までいくのかという問題にも発展するかもしれません。日本の防衛政策の基本というのは基盤的防衛力構想であって、侵略をされない程度の最低限の基盤を日本の政府は持つという考え方なので、脅威が高まるにつれて自衛隊の能力を高めるといった所要防衛力構想というアプローチをとってはいません。ところが、今日本が直面している脅威は、基盤的防衛力で対抗し得るような伝統的脅威もあるけれども、どれだけ防衛力が必要なのかわからない脅威が肥大化している。その部分を日本がこれから一体どういうふうに対応していくのかというのが、次の政権に託された課題です。

私はよく「2つのギャップ」と言っていますが、1つのギャップは法的なもので、先ほど述べた、日米安保条約という法的な取り決めと実際に対テロ戦争でアメリカに協力する必要性との間のギャップです。もう1つのギャップは、今の基盤的防衛力と実際所要とされている脅威に対抗するための防衛力の間のギャップです。その2つのギャップをどこまで日本が埋めていくのか、あるいはアメリカに任せていくのか、何もしないのかということは、これから議論していかなければならないでしょう。

工藤 国際平和協力活動ということでカンボジアから始まったPKOという大きな流れがあります。その構造は9.11の後から大きく変わったわけですが。

倉田 今までのPKOというのは、カンボジアが典型的な例ですが、いわば内部が混乱して一つの統一政府ができない時に、例えば選挙監視を行うということは、ピースキーピングというよりも、実際のところネーションビルディングに近いわけです。しかし、イラクの戦後復興は、戦争そのものではないものの、戦闘行動が終わった後、まだ危険な状態が続いており、その民生支援のために行くのですから、カンボジアのように、内戦状態の後をお手伝いするという意味とは違って、アメリカが起こした戦争の後始末、その後をどうやって民生部門で支援するかという意味で、それ以前のPKOとは違うものだと思います。

道下  ただ、任務の内容という観点から見れば、あまり違わないと思います。イラクでは、結局、「多大な貢献」というほどのことはできなかったかも知れませんが、本来の目的は復興支援で、カンボジアでやったようなことをやろうとして行ったが、危険な環境であったため十分に活躍できずに帰ってきたまでで、治安活動などは全然していません。任務としては同じようなものです。

倉田 カンボジアの場合、内戦状態を経て停戦合意ができた。そこで新カンボジアをつくるのを支援するということでした。これに対して、イラクの場合、アメリカの起こした戦争で、戦闘活動が終わったにもかかわらず危険が残っているから、そこに行きましょうということです。日本の活動はアメリカのそれと強い連続性がある。

道下  アメリカの存在は新しい要素ですが、任務としては変わらないと思います。また、特措法という括りで説明すると混乱が生じる危険があります。実は、イラク特措法とテロ特措法とは全く違います。テロ特措法というのは周辺事態法の流れで、イラク特措法というのはPKO法の流れです。特措法には法的な限界もあります。国際平和協力活動のための恒久法が成立しなければ、新しい任務が登場する度に法律を通す大変な作業だけで疲弊してしまい、任務そのものに十分集中できないという問題があります。

profile

061031-michishita.jpg道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官

1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。

061031-fukagawa.jpg深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授

早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。

 言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について議論を行いました。