「新政権の課題」評価会議・安全保障問題/第3回:「核実験と六者協議」

2006年11月05日

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言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。

「核実験と六者協議」

工藤 今回の核実験を受けて6者協議はどうなっていくのでしょうか。

倉田 そもそも、6者協議という多国間協議に参加したのは、国連安保理による制裁を回避するためでした。国連安保理が今回の核問題について一度も公式審議をしていないことは先ほど指摘しましたが、その安保理での審議をバイパスする形で、米朝中3者会談が行われ、それに日本、韓国、ロシアが加わって6者協議という体裁をとったわけです。

北朝鮮がNPTからの脱退を表明した2003年1月、アメリカはイラク開戦を目前としていました。国連安保理ではどうしても警戒・懲罰的措置を審議するということにならざるをえないのですが、中東に加えて北東アジアで新たな緊張を抱え込みたくなかったアメリカは、国連安保理ではなく、地域次元の多国間協議を開いて、北朝鮮への「安全の保証」、経済支援といった融和的措置を議論して、北朝鮮に核計画の放棄を促そうと考えたのだと思います。

それに中国が同調して6者会談の原型となる米朝中3者会談が実現しました。今後の6者協議を展望するには、核実験だけ切り取って考えるのはなくて、先ほど議論したミサイル発射とセットで考えるべきだと思います。北朝鮮はミサイルを発射しても、中国は自分たちを弁護してくれると期待したのでしょう。少なくとも、米朝協議をアメリカに促してくれると考えたのだと思います。明らかに期待過剰なのですが、北朝鮮は中国が非難決議に同調したことに強い不信感を抱いたと思います。

中国に対する不信は、中国が議長を務める6者協議そのものに対する不信にもつながります。ミサイル発射で非難決議まで採択されたわけですから、核実験をすれば国連憲章第7章に言及する安保理決議が不可避なことは北朝鮮も知っているでしょう。6者協議が北朝鮮にとって国連安保理による制裁を回避するための枠組みという意味をもっていたとすれば、国連安保理決議に基づく制裁を受けながら6者協議が進行するというのはある種の矛盾です。

6者協議という枠組みが崩壊したわけではないのですが、いままで曲りなりにも進んでいた6者協議の力学は大きく変わったといってよいでしょう。北朝鮮が6者会談に戻るという意思を示すだけで、国際社会は制裁を解除しようとはしないでしょうし、かりに6者会談が開かれたとしても、北朝鮮が核実験まで強行した以上、昨年9月の共同声明に示された「すべての核兵器および現存する各計画の放棄」はいよいよ困難となったといわなければなりません。

道下 北朝鮮は93年から変わっていません。変わったのはアメリカです。90年代はアメリカが自らリーダーシップをとってエンゲージしますという政策が、今は、支援、サポートはしても、中国にリーダーシップをとらせるという政策に変わりました。

倉田 それを私はアウトソースという言葉で表現しています。アメリカは北朝鮮が協議に出てこない責任を中国に押しつけようとしている。

道下 99年にアメリカでペリー報告書というのが発表されました。その中でプランA、プランBという2つの政策が提示されていて、プランAは米朝関係正常化と平和共存への道、それが失敗したらプランBである封じ込め政策に行くと書いてありましたが、今のアメリカは第2の道のプランBの方を実行しているのです。プランBにあっては、アメリカは北朝鮮に対しては封じ込め政策を推進します。対北関与政策を行うのは良いが、それは中国が中心になって推進してくださいということで、日本とアメリカは対北封じ込め政策にシフトしつつある。

こうした政策変更には一理あって、93年に北朝鮮がNPTからの脱退を宣言したとき、中国に北朝鮮をエンゲージする能力はなかった。当時は成長しつつあるとはいえ、まだ国内が不安定で、天安門の4年後で、中国としては厳しかった。しかも、92年に韓国と国交正常化しており、中国は北を見捨てたという状態で、北朝鮮は仕方なくアメリカに頼ろうとしたのです。

しかし、今や中国も相当余裕ができ、対北関与政策で主導権をとる能力はある。最近では、北京オリンピックもあることもありますし、自分の国も経済成長をやっているのに、北朝鮮が不安定材料になったら困るという状況がある。中国には、必要性と能力の両方があるわけです。そこでアメリカは、「君にはステークホルダーとして能力と意思があるのだから、それを発揮しなさい」と説得している。この一環として、先日の決議があったと私は思っていますし、少なくともアメリカはそうだと思います。日本がどこまでそういう意図でやったかは少し疑問があるかもしれませんが。こうした立場は、北朝鮮の核実験によって一層明確になったと思います。

倉田 その関連でいうと、ミサイル発射を受けて採択された安保理決議1659の内容は実に興味深い構造になっています。最前申し上げたとおり、今回の核問題については、国連安保理は公式審議をしておりませんでしたが、93年に安保理は決議825を採択しています。これは北朝鮮にその年の3月のNPT脱退宣言の再考を求めるという内容でしたが、そのとき中国は棄権しています。安保理決議1659は、北朝鮮のミサイル発射を非難していますが、北朝鮮の核・ミサイルについての中国の賛同を得て採択された初めての決議というのが第1のポイントです。第2のポイントは、それと抱き合わせで国連決議1540に言及していることです。この決議は非国家主体の大量破壊兵器開発支援を禁止するというもので、大量破壊兵器をもとうとする非国家主体に対し、国連憲章第7章に言及した上で、国連加盟国は協力してはならないという内容になっています。今回の安保理決議1659はこの1540にも言及しています。確かに、1540は非国家主体を念頭に置いている点で少し文脈は違うのですが、北朝鮮の大量破壊兵器とミサイル開発を支援してはならないことを、1540から読み込んでいるということは注意すべきです。

工藤 北朝鮮問題と集団的自衛権を一緒に議論した方がいいのはどうしてですか。

倉田 今回の核実験を受けて思うのですが、93-94年のいわゆる第1次核危機のとき、基本的には米朝間の対立であったのですが、地域的に最も緊張度が高かったのは軍事境界線でした。だから「ソウル火の海」発言も出たわけですね。韓国が抱いたのは、アメリカの対北武力行使が北朝鮮の対南武力行使を誘発するという危機意識であったといってよいでしょう。もちろん、そのときも日本にその被害が波及することも考えられたのですが、北朝鮮は日本を射程に収める「ノドン」を実戦配備していたわけではありませんから、彼らが日本を直接攻撃するということは想定されていませんでした。これに対して、今回、地域的に最も緊張度が高いのは軍事境界線とは限りません。韓国の対北朝鮮制裁は中国のそれと同様、限界があります。しかも、第1次核危機のときとは違って、北朝鮮はすでに「ノドン」を実戦配備しておりますから、地域的に最も緊張度が高いのは日本海ということになりかねません。核実験を行った以上、国連安保理決議による集団的制裁は不可避です。当面経済制裁ということでしょうが、その主軸はやはり日米関係でしょう。今後、どういう措置がとられるかはわかりませんが、経済制裁として臨検は考えられるでしょうし、最悪の場合、海上封鎖に至るかもしれません。臨検に北朝鮮側が武装した上で抵抗すれば、限定的な武力衝突ということになります。

つまり、臨検、海上封鎖は経済制裁措置ではありますが、事実上武力行使の可能性を多分にはらんでいる。アメリカの艦船に北朝鮮が何らかの武力を使用し、近くに日本の艦船が航行していたとして、日本はそれを黙過することが許されていいのか、こういった議論はしていかなければならないと思います。既存の法体系では対応できない部分もある。おそらく、特別措置法という形で対応する必要性もあるのではないでしょうか。

道下 日本にとって北朝鮮脅威には2つの種類があり、1つは北からの直接の軍事的脅威で、もう1つは、北朝鮮問題への取り組みにおいて日本が応分の役割を果たせず、爾後、アメリカに日米同盟の有効性を疑問視されることです。

工藤 ミサイル防衛で軍事費をふやさなければいけないと言っている人が多いですね。

倉田 経済制裁がエスカレートする、武力衝突に至った場合は抑止を論じる段階ではなくて、その被害を最低限に抑える結果管理の段階です。ミサイル防衛はその被害を抑える上で、限定的にせよ有効な手段です。その配備を躊躇することはあってはならないと思います。ただし、私が懸念するのは、ミサイル発射を受けて議論された「敵基地攻撃論」です。一部の新聞には「敵地攻撃」という言葉を使う記事までありました。「敵基地攻撃」と「敵地攻撃」は全く別物で、抑止論でいえば「拒否的抑止」、相手方の攻撃を無力化するためのものです。基地を叩くことと、飛んできたミサイルを日本の領域内で撃ち落とすことは、どこで無力化するかの違いであって、原理は変わりません。ところが「敵地攻撃」は「懲罰的抑止」に相当するもので、相手の攻撃に対して、耐え難い被害を与える用意を示して、相手の攻撃を抑止しようとするものです。相手側に耐え難い被害を与える能力を示さなければならないのですから、そのターゲットはミサイル基地とは限りません。北朝鮮のケースだと、これは平壌を叩くということを意味するわけです。日本が持つべきは、「拒否的抑止」です。また、仮に「敵基地攻撃論」が合理性を持ったとして、北朝鮮に対してそれが有効かということです。「ノドン」は日本を射程に収めていますが、基地に固定されて配備されているわけではなく、地下に格納されていて、移動式の発射台(TEL)に載せられています。「ノドン」を「敵基地攻撃」で無力化するということが、果たして可能なのかどうかは疑問です。

道下 先日の7発のうち6発は移動式発射台から発射している。

倉田 「テポドン」についていっても、このミサイルは基本的にアメリカ攻撃用に開発しているもので、それが完成したとしても、その基地を日本の自衛隊が叩くとするならば、それは集団的自衛権の行使でしょう。このような問題をどのようにクリアしていくか、いまから考えておかなければなりません。

道下 事実上、敵基地攻撃というか、策源地攻撃をするという時に、1発目は実は困難です。1発やられた状態で、あと2発目以降の、移動式発射台に載せていない、どこかの倉庫などにあるのをやるのが現実的で、載せて動き出されると、それを叩くのは大変難しい。

工藤 とにかく飛んできたミサイルを迎撃するしかないのですか。

道下 移動式発射台を破壊するのは容易ではないため、弾道ミサイル防衛(BMD)が重要になるわけです。現在、日本が導入しようとしているのは、地上配備のペトリオットPAC-3と海上配備のSM-3という2種類のBMDシステムです。また、北朝鮮には移動式発射台が10両ぐらいしかないので、同時に大量のミサイルを発射できるわけではない。従って、BMDでできる限り防衛するというのが基本ですが、状況によっては、それを保管するための敵基地攻撃を考慮すべきだという議論をしているわけです。

工藤 今の防衛とか防衛計画などは、ミサイルに対してはどう動いているのですか。敵
基地も叩くという形にはなっていないでしょう。

道下 日本は現在、敵基地攻撃を行う能力を保有していませんが、プリミティブな能力はあります。F-2支援戦闘機という、FSXと呼ばれていたもので、ある程度、敵地、地上攻撃のようなこともできます。このF-2に空中給油機、そしてJDAMという、爆弾に羽根がついたものを着せて精密誘導するものがありますが、これを組み合わせプリミティブな地上爆撃をできないことはない。

工藤 全体的な北朝鮮問題の解決は、どうやって目指すのですか。

倉田 いまはもう危機管理の段階に入っています。我々もそれに対応した措置をとっていかざるをえないのだと思います。北朝鮮が核保有国として振舞おうとして、それを我々が許さないとすれば、北朝鮮に我々の要求をのませるには、リスクは覚悟しておかなければならないでしょう。我々が怯めば、北朝鮮は核保有国として振舞うことになります。

工藤 今、日本に問われている安全保障上の課題は、結局、何ですか。日米同盟をどう発展させていくかということと、北朝鮮問題の解決、この2つに集約されますね。

道下 今の局面は、アメリカは対北封じ込めの方にいき、日本もその方にいっていますが、今の局面は基本的に圧力局面です。問題は、この圧力をかけた結果をどう刈り取るかで、それを刈り入れられるかどうかが問題です。

工藤 刈り入れられるというのは、6者会議を再開できるかどうかということですね。そこの道筋は、日本としてはどういうふうに描いているのですか。とりあえず中国と首脳会談を開きながら、周りの環境を押さえていくというところですか。

道下  今、アメリカは中国に対北朝鮮政策の主導権をとらせようとしていますから、今後の中国の対応が最大の注目点となります。

工藤 マニフェストには、北朝鮮問題を解決すると書いてある。この戦略をどう立てるのでしょうか。

倉田 対話の窓口は閉ざしてはなりませんが、対話で結果を出すためには、北朝鮮側に我々の要求をのまない場合のリスクを背負わせなければなりません。有効な措置をどうとっていくのか、そのための法体系をどう整備していくのかという視点で考えるべきでしょう。

工藤 アメリカが中国に任せるスタンスなのでしたら、日本としては、中国と何かしなければならないのではないですか。

道下  アメリカはそれを構想しているかもしれません。10年前にアメリカと北朝鮮が結んだ米朝枠組み合意というのがあります。これの発展型、「枠組み合意Ⅱ」とでもいえるようなものを中朝でやり、それを日本とか韓国が支援して、それで北朝鮮に関与するのなら、それは日米にとっては悪い話ではないでしょう。

倉田 北朝鮮に出せる具体的な額、方法はともかく、何ができるのかは全部6者協議の共同声明に書かれている。集団的な経済支援、エネルギー支援が書いてあります。ただしそれには、北朝鮮が核放棄を改めて誓約することが前提ですし、それは検証可能でなければなりません。北朝鮮が核実験を強行したいま、それが核実験以前よりもいかに難しいかは改めて指摘するまでもありません。

工藤 今は圧力的な雰囲気ですが、新政権はどうするのでしょうか。

深川 安倍さんのプライオリティーというのは日本世論やメディアに流されるまま長らく、拉致にあって、核ミサイルは次だと思ってきたのではないのでしょうか。

工藤 しかし、この局面では政府は危機管理を認識しているように思えます。拉致問題がこの局面で交渉のカードとして浮上するという事態は考えなれますか。

倉田 それはないと思う。例えば、極端な例として、北朝鮮が死亡と伝えた拉致被害者は実は生きていて帰国させてもよいと言ったところで、日本は国交正常化できますか。拉致問題が全部解決したとしても、北朝鮮が核を保有している現状がある限り、日本が直接の脅威の下にあるという状況は変わりません。核実験以降も核・ミサイル・拉致の包括的解決という原則は変わらないでしょう。この状況で、拉致問題で核・ミサイル問題を等閑視するようでしたら、日本はまさに外交破綻です。

profile

061031-michishita.jpg道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官

1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。

061031-fukagawa.jpg深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授

早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。