言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。
「北朝鮮の核実験の意味をどう読むか」
工藤 今回、北朝鮮は核実験を実施し、国連の安保理で制裁決議も出されました。この事態をどう受け止めていますか。
道下 北朝鮮は軍事・外交戦術を変えてきたようです。しかし、本質的に政策目標が変わったとはいえません。
北朝鮮は、核実験によって米国を直接対話(=北朝鮮の言うところの「軍縮会談」)に引き出そうとしているのでしょう。しかし、北朝鮮が核開発の放棄を約束しない限り、米国は北朝鮮との直接交渉には応じないでしょう。
今後のシナリオとしては、次の3つが考えられます。
第1に、可能性は高くないですが、理想的シナリオとしては、北朝鮮が核開発を即時放棄し、米朝が関係改善する。拉致問題が進展すれば、日朝も関係改善し、日本は北朝鮮に経済援助を行うというものです。
第2に、中国の政策転換が必要ですが、日米にとって現実的かつ好ましいシナリオとしては、中国が対北政策を見直し、北朝鮮問題解決のため主導的な役割を担い、中国が中心となって「新・枠組み合意」のようなものを作るというものです。内容は核開発の即時全面放棄よりは緩やかなものですが、その代わり、これにともなうコスト(エネルギー支援、その他の援助、外交努力)は中国が負担し、韓国が側面支援します。日米両国は、中韓の努力を支持しつつ、当面は抑止力の強化を中心とした対北封じ込め政策を進めますが、核・ミサイル問題や拉致問題が進展した場合には、積極的な関与政策を再開するという立場を明示しておきます。
第3に、中国が政策を転換しない場合には、悪いシナリオに進みそうです。つまり、中韓両国は今までほど北朝鮮に好意的な態度をとることはできませんが、基本的には北朝鮮体制の存続を最優先します。その結果、北朝鮮は核・ミサイル開発を継続し、日米は抑止力の強化を中心とした封じ込め政策を進めることになります。
倉田 一部で核実験は「失敗」という言い方がされていますが、そもそも、核実験における成功・失敗は相対的なものです。
当初北朝鮮が意図した核爆発が起きたかといえば、観測されたマグニチュードからすれば考えにくいけれども、部分的にせよ爆縮に成功したというのは事実であって、北朝鮮が実際に核兵器を製造できる技術が実証されたわけです。すでに日本を射程に収めるミサイルを実戦配備しているという状況で、ミサイル脅威と核脅威がますます一体化しつつあるという印象です。
もちろん、核兵器を小型化して、それを弾頭として使用可能にするために、北朝鮮がクリアしなければならない技術的な問題はありますが、このまま放置すれば、やがて北朝鮮はそれをクリアすることになるでしょう。しかも、5MWの実験用原子炉はいまのフル稼働の状態で、プルトニウムは増え続ける。それに建設中といわれる50MWと200MWの原子炉が完成したら、単純計算で北朝鮮が抽出できるプルトニウムの量は、一挙にいままでの10倍、40倍になる。さらに、高濃縮ウラン計画も進行しているはずです。危機的な状況、決して大袈裟な表現ではなく、戦後日本外交にとっての最大の危機が訪れつつあると受け止めています。
深川 ミサイルの時も「終わりの始まり」に向けて歴史の歯車が回り始めた感じがしましたが、今回はさらにひとコマ歯車が回った感じです。
当面は北朝鮮の成功宣言にもかかわらず、不思議にも放射能反応がなかなか出にくい不思議な実験をし、かつ再実験というカードを持ちながら米朝対話を強く望んでゆくのでしょう。米国の中間選挙の結果によっては米国を再び対話に引き出せると踏んだ気がしました。
しかしブッシュ政権がそう簡単に二カ国協議に戻るとは思えません。制裁決議案後もその内容と実施具合にもよりますが、体制維持に対する執着が強い中韓と、日米の温度差の調整が続き、対応はこれによって左右されてゆくように思います。
工藤 北朝鮮が核実験にまで踏み切った背景をどう考えていますか。
道下 現在までのところ、北朝鮮国内で異変、あるいは政権内で対立が起こっているという兆候はありません。しかし、米国が主導する銀行口座凍結などの法執行が北朝鮮に相当のダメージを与えており、北朝鮮指導部は国民の不満が高まっていることを懸念しているようです。また、7月の水害は北朝鮮の国内状況を一層悪化させました。今回のミサイル発射と核実験は、以前の瀬戸際外交よりも国内の安定維持のためという意味合いが強いように思われます。
倉田 事前に予告の声明が出ておりましたから、アメリカの対応をみる時間的な余裕はもう少しあるのかと思っていました。その声明から1週間もたたないうちに、実験を強行するというのは予想しておりませんでした。
北朝鮮はいままでの6者協議で議論されてきた「非核化」とアメリカによる「安全の保証」の取引にいったんは見切りをつけ、核保有国として振る舞うことで自ら「安全の保証」をえようとしたのだと思います。北朝鮮がまだアメリカとの協議を望んでいることは確かでしょうが、より有利な形で協議をすすめる条件を既成事実化するために核保有国としての軍事的な基礎を固めることを優先しているように思います。
そのためには、中国との関係悪化も覚悟しているでしょうし、国連による制裁も織り込み済みでしょう。道下さんの意見とも関連しますが、いま私の頭から離れないのは、2005年2月に北朝鮮が「核保有宣言」を発表したあと、3月末に北朝鮮外務省代弁人が談話で述べた内容です。
そこで北朝鮮は、自らが核保有国になることが朝鮮半島での戦争を防止して、平和と安定を保障する基本的抑止力となるとした上で、6者協議を参加国が平等な立場で問題を解決する「軍縮会談」とするべきだと述べていました。いま北朝鮮が望んでいるのはこのような形態の対話なのかもしれません。その意味では、6者協議の枠組み自体を北朝鮮は壊そうとは思っていないけれども、それをいままでの非核化のためのではなく、核保有国としての既成事実化の上に位置づけようとしている。いままでの6者協議とは異なる、北朝鮮が有利な立場でアメリカと協議できる多国間協議です。しかし、それを我々は決して許すわけにはいかない。少なくとも、いままでの6者協議で共有されてきた規範による北朝鮮の「非核化」の実現は、より困難となったといわざるをえません。
深川 皆さんと同じく、私も国内向けの印象を強く持ちました。金融の流れを止められるのは血液の流れを止められるのと同じですから、弥縫策ではいずれ追いつけなくなる。もともとどん底の経済ですが、特に輸入財への依存度の高い層にも不満が高まった結果、ナショナリズムと自尊心を煽り、国内を引き締める策が必要となったのでは、という感じです。
profile
道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官
1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。
深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授
早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。
言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について議論を行いました。