「思考停止のポピュリズム構造は排除すべき」
経済的に国民のストレスが限界に達して登場してきた小泉政権は、深い分析とか積み上げとかがそれほどないまま、思考停止の後に突然行動する、という手法が多かったように思います。分析や積み上げの機会を与えると、官僚その他の「抵抗勢力」が入り込む可能性があるから、世論を一気に動員し、迅速に行動する、という手法となったのでしょう。
まあ、経済政策では実際、「失われた10年」の間もそれなりの議論はあったわけですし、恐ろしく高いコストを払ってコンセンサス形成に時間がかけられたので、思考停止の挙句、突然、というほどではなかったのかもしれません。
しかし、この様式は相手のある外交には通じないと思います。思考停止では相手の主張を聞く姿勢が生まれようがないし、さらに自分が停止している間に相手や、第三国を含めた情勢が大きく変わってしまうこともあるからです。自分だけが「ブレていない」と主張するのは勝手な天動説に過ぎないでしょう。
典型的には前回の選挙がそうでした。選挙で問われたのはひたすら郵政民営化の話だけであって、その他の問題は殆ど真剣に問われていません。郵政民営化の国民投票ではなく、国政選挙だったにもかかわらず、外交問題は棚上げされてしまいました。しかも国民のうちのどれだけの人が郵政民営化法案を理解しているかも怪しいでしょう。郵政民営化に賛成したことでその後は、あたかも小泉政権の外交全般あるいは憲法改正問題にまでも「もう勝負がついのだ」という「雰囲気」が支配してしまったのは典型的なポピュリズムで、思考停止の欺瞞だと思います。
思考停止をそのまま引きずるのは強い政権には出来るかもしれないし、そうしようしているのかもしれません。思考停止は国民にも楽な選択肢です。さらに一部の軽薄なメディアも面白おかしいだけの情報を氾濫させ、思考停止のお先棒を担ぐ傾向さえあります。しかし実際には思考停止は非常に危険です。
郵政後には憲法改正問題もありますが、これは日本の戦後のアイデンティティーを問う根本的な問題であり、もっと徹底的に、深く議論し、コンセンサスを固めることが必要でしょう。これまでのように思考停止、そして突然の結論ありき行動、というのではアジアのみならず、国際社会全体からの尊敬は到底、得られないと思います。郵政民営化は日本にとっては大きな問題ですが、あくまでも日本の国内経済問題で、他国への影響もすぐにはないでしょう。しかし憲法改正とか、安全保障の問題は外交に直に影響してきます。周辺国はこれには極めて敏感に反応するし、プレゼンスの大きな国だけに、突然の行動は日本人が考える以上に周辺国にストレスを与えるのです。
この行動様式をそのまま持ち込んでも通用しないことは国連の理事国入り惨敗でも実証されたと思います。小泉政権は当初はこれには殆ど関心がなく、むしろ消極的とさえ見られていました。それから最近になって一転、積極推進となったわけですが、この間、中国のヒステリーをどんどんエスカレートさせ、さらに周辺国全体にこれが広がる外交を敢えてとりつつ、それでも突然の行動がうまく行くほど国際社会は甘くはなかったのです。
国際社会でのプレゼンスはワンフレーズで獲得できるようなものではなく、多くの場合、単独ゲームでもなく、連続性のある交渉ゲームの積み重ねです。交渉ゲームを有利に進めるには国際機関の高いポジションに有能な人材を絶え間なく派遣し、情報収集を図る地道な積み重ねと、国民の総意を外交に反映させるセンスある政治家を擁することが必要でしょう。憲法改正や安保体制をめぐっての総意が固まったともいえないまま、中国も反対はしないだろう、などと自分に都合のよい情報だけを勝手に信じ、唐突に行動しても通用しないのは自明でした。
政府開発援助(ODA)をばら撒いてきたつもりでも、アジアの側からすれば金持ちによる施しは当たり前であり、所詮は言葉は悪いですが、歴史的対話なき援助は"援助交際"だったのです。
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発言者
深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
経済的に国民のストレスが限界に達して登場してきた小泉政権は、深い分析とか積み上げとかがそれほどないまま、思考停止の後に突然行動する、という手法が多かったように思います。分析や積み上げの機会を与えると、官僚その他の「抵抗勢力」が入り込む可能性があるから、