深川由起子氏 第2話:「必要なのはカウンターバランスの強化」

2006年2月26日

「必要なのはカウンターバランスの強化」

 日本人の多くは自分たちは控えめすぎ、協調的で人の言うことをよく聞くと勝手に思い込んでいます。自己主張が足りないいのではないか、という被害妄想さえあるかもしれません。しかし、思考停止の間は実際には人の言うことは聞いていないのだし、自分でも考えていないわけですから、その上で突然、強引に行動する日本は非常に傲慢で、はなはだ迷惑、よくて愚かにしか見えないと思います。

 思い込み・思いつき行動で国際社会にストレスをもたらしているにもかかわらず、それを「ブレない」「毅然とした」「土下座外交をしない」といったように勘違いしたり、或いは感情論で美化するのはさらに危険だと思います。
 
 民主国家である以上、思考停止ポピュリズムを食い止めるのは冷静・良質・論理的な言論と、これを汲んだ野党の幅広い批判、代案の提示のはずです。しかし、残念ながらこの構造という点では日本の現状はかなり心もとないと思います。

 昨年の中国の反日暴動は、国連の常任理事国入り失敗を遥かに上回る衝撃を与えました。戦後の日本に対する一般中国人の知識の欠落、これを作ってきた歴史教育、多様な意見の存在が許されない体制の違いなどが実感される一方、日本人的なプラグマティズムもあって、現在のように多くの日本企業が進出し、学生が学んでいる近隣国との摩擦が続くことへの懸念は一気に強まったと思います。しかしながら選挙では民主党がこうした政策的なところで高く、深く戦おうとしているのかは国民には伝わりませんでした。

 むしろ逆にワンフレーズ・ポリティックスに負けたのだから、自分たちも選挙戦術を強化しなきゃいけないというように中途半端に動き、選挙に負け、その後もまだ勝算ある攻勢への転機を掴みきれていない状態が続いています。
 
 経済政策の場合、所得格差の拡大など市場主義への批判はありますが、社会主義を選択しない限り、もともと選択肢がそれほどなく、野党にとっては代案を出しても丸呑みされる危険性があります。どれが優先順位かを決める作業は政治の本質としても、現在の財政状態ではもはや大盤振る舞いができない、ということは動かしようがなく、枠組みが決まっているからです。

 しかし、外交の場合、もっと価値観の入り込む余地が大きく、それだけに民主党が本当に外交で戦うつもりなのであれば、丸呑みされる余地のない、大きな軸を提示して民意に訴えることができたはずでした。東アジア外交の問題のみならず、日米同盟強化の下にどんどん戦争を厭わない米国の世界戦略に巻き込まれてゆくことへの懸念を持っている国民は決して少なくないと思います。

 米国と運命を共にするということは日本国内の米軍基地がテロに会ったり、その周辺を攻撃されたり、日本人が今後ともイラクのようなところで死ぬ可能性を意味するのです。幸いにしてこれまではこれを実感する機会はなく過ぎましたが、この方向を選択し続けることには果たして郵政ほどの熱狂的支持があるとは思えません。あったとしても実感するようなことになれば世論がブレない保証はないでしょう。

 従って、そこから始めれば、反撃の余地はあったと思うのですが、結局、ズルズルとした状態が続き、国民にもストレスが溜まっていると思います。反撃する時は力を溜めて反撃すべきで、小出しに反撃して戦力を消耗するのは愚かです。

 自民党があれだけ選挙に勝って肥大した以上、当面の戦術はゲリラ戦や奇襲戦になるかもしれません。しかし、これらで一番大事なのは、準備された周到な計画で相手の弱いところを集中的に狙うことであり、ダラダラと批判を続けていてもダメなのです。さらに追い詰められた時に開き直って強くなれない政治家はなかなか国民には信頼されないところがあります。政治家は官僚や学者、評論家とは異なり、理詰めではなく、人を惹き付ける能力を欠かせません。十分に準備された高い質の政策は重要ですが、シンクタンクなど外部資源に支えてもらうこともできます。しかし政治家にとってより重要なことはその政策で国民を説得し、彼らに感動を持ってそれを受け入れさせる能力です。「殺されてもいい!」と居直る姿勢、自分たちの主張を通すためには、身内を切り捨てるほどの非常さを演出することが効果的な場合があるのです。外交は殆どの場合、国内問題ほど感情に訴え易いテーマとはなりませんが、時には拉致家族問題のように、非常に大きな問題となることがあります。日本も今やグローバル社会を生きているのであり、身近な問題に置き換えてでも、十分に説得的な議論を外交で提示することが困難とは思えません。思考停止ポピュリズムを抑止するためには、メディアの質の高さ、世論形成のプラットフォームの健全さの他に、野党によるカウンター・バランスの強化が欠かせないと思います。そしてそういうカウンター・バランスのある政治こそ、アジアの中に台頭する日本右傾化論を自ら牽制し、結局は自民党を含めて日本全体にとって有利に働くものではないかと思えます。


※第3話は2/28(火)に掲載します。

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発言者

深川由起子氏深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ

早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。

 日本人の多くは自分たちは控えめすぎ、協調的で人の言うことをよく聞くと勝手に思い込んでいます。自己主張が足りないいのではないか、という被害妄想さえあるかもしれません。しかし、思考停止の間は実際には人の言うことは聞いていないのだし、自分でも考えていないわけですから、