「現実を直視する勇気こそ必要」
中国の反日運動は北京の暴動だけが報道を通じて印象に残りましたが、しかし、実は米国の中国系はもちろん、反日はもはや彼らの強力なロビーによって米国に強い影響力を持つユダヤ系社会にまで浸透しつつあります。日中戦争の話はいつの間にか東洋版ホロ・コーストに仕立て上げられ、英語のできない日本人が国内で日本語で正当性などを論じている間に、事態はより不利に変わっているのです。もちろん、米国内の中国民主化勢力は中国政府と同じ価値観に立っているわけでありませんが、それでも歴史問題では一緒に行動することができ、中国にとっての反日はバイ以上に使い勝手のあるカードなのです。
一方、米国は伝統的に東アジアが結束することには強い警戒心を持っており、日本と中国を天秤にかけながら、東アジアにおけるポジションを確保する手法をとってきました。こうした米国にとって、日中の争いは絶好のチャンスを与えることになります。そう考えると、日本の国内だけしか見ない外交政策は中国に対しても、米国に対しても同時に外交ポジションを弱め、このままでは孤立のリスクさえ懸念されるようになるかもしれません。
もちろん、自ら孤立を望む選択肢というのもあるわけですが、日本の場合、そこまで覚悟があってやっているわけでもないでしょう。現状の世論は中国を中心とするアジア民族主義に違和感があり、他方で歴史観に乏しく、徹底した国益主義の米国にも生理的、センチメンタルな反発が残る、という中途半端なもののように思えます。合理性を無視した民族主義、精神主義の昂揚で自ら戦争に敗北し、悲惨な体験をした日本人の一定年齢以上の世代には、民族主義暴走に対する、本能的アレルギーがあっても不思議ではありません。
また、より若い世代は繰り返しTV画面に流れるウィーン条約を無視した、中国民衆の大使館攻撃とか、或いは韓国の親日派追及や、いとも容易に遡及立法をしてしまうような体制に法治主義の欠落を感じるのかもしれません。言論の自由に対する体制の差もありますが、すっかり多元主義・個人主義が浸透し、意見がまとまらないことが常態と化した日本に比べ、一定のキャンペーンがたやすく社会を動員できるアジアに対し、不気味さを覚えることも少なくないと思えます。こうした違和感と比較すれば、もはや日本人にとっては例え言葉が通じなかろうと、文化的紐帯がなかろうと、個人主義の欧米人といることの方が却って楽だ、という感覚があるのでしょう。
しかし、他方で日本が欧米社会で生きてきたのはせいぜい明治以来、せいぜい150年あまりに過ぎず、歴史の桎梏は現代にも常に形を変えてのしかかります。マホメッド風刺画をめぐるイスラム圏との対立や、中東問題で欧米と足並みを一応、揃えたとはいっても、日本は所詮、歴史感覚を持ってこれに付き合えているわけではないはずです。そしてこうした姿勢を共有するのはやはりイスラム教の影響が少ない東アジア圏しかないと思います。反面、中華思想とそれへの生理的反発など、当然のことながら東アジアには「自然のメンバー」しか理解しようのない、地域固有の「しがらみ」が共有されています。アジアに位置し、長い歴史や文化を共有してきたことは否定のしようがないのです。米国に寄っていると思っていても、「では米国のような強烈な自己主張社会、競争社会になりたいですか?」と問われれば大多数の日本人は(実際にはすっかり失っているにせよ)未だ「謙譲の美徳」とか「判官びいき」とか、東洋的なセンチメントを放棄したくないと答えるのではないでしょうか。
結局、米国との運命共同体化には不安を覚え、東洋的世界を放棄したくはないが、かといって最近のアジアにも付き合い切れない日本にとって、一番安易な道は思考停止だったように思います。
思考を停止すれば、唯一の先進国・日本と貧困・圧制のアジアという旧来図式に逃げ帰ることができ、経済的・軍事的に膨張する中国とか、総合電機メーカー8社を束ねても三星電子1社の利益が出ない、といった現実から逃避することができるからです。そしてここでは欧米が日本のキャッチアップをいかに嫌々でも受け入れてきたか、例えば欧州が仕方なく、日本人のブランド買い大衆観光を引き受けてきたか、など自らを相対化する思考も放棄することもできます。
しかし、問題はこれが不良債権問題先送りがそうであったように、持続不可能であり、無為のうちにより事態を深刻にさせつつある、という点なのです。日本はアジアから引っ越すことはできません。勇気を持って現実を直視し、対応を議論することが本当の意味での「凛とした」外交を支えるし、アジアもまた横綱相撲のとれる日本、国力にふさわしい広く、深い思考を持った日本を期待しているのです。
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発言者
深川由起子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授)
ふかがわ・ゆきこ
早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員等を経て、98年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)、などがある。
中国の反日運動は北京の暴動だけが報道を通じて印象に残りましたが、しかし、実は米国の中国系はもちろん、反日はもはや彼らの強力なロビーによって米国に強い影響力を持つユダヤ系社会にまで浸透しつつあります。日中戦争の話はいつの間にか東洋版ホロ・コーストに仕立て上げられ、