日本はリージョナル・パワーをいかに活用すべきか
では、日本の外交をどう考えるか。日本がグローバル・パワーでないとは言いません、しかし、日本がグローバルな役割を果たすことができるのは、あくまでアメリカの同盟国としてであって、日本が独自に、グローバルな舞台で、アメリカ、EU、あるいは長期的には中国に対抗してやっていく、そういう力は日本にはないと思っています。しかし、日本は東アジアの地域では大きな力をもっている。いかなる国も日本を無視することはできない。したがって、日本としては地域的になにをなすべきかをまずしっかり考えるべきと思います。
別に卑下して言っているのではありません。日本はアジアでこの地域の秩序をかなり自分たちが望ましいと思う方向につくっていく力を持っている。だからその力をうまく使って、日本にとっても、この地域のほかの国々にとっても利益になるようにするにはどうすればよいか、そう考えることは非常に重要であるし、それが日本の責任でもあると思います。
東アジアでは、戦後もう60年以上にわたって、日本にとってはある意味、非常に居心地の良い秩序というのができています。安全保障についてはアメリカ中心のシステムがあり、少し露悪的な言い方をすればここには「アメリカの平和」がある。その中で、日本の企業、特に競争力のある製造業がアジア各地に進出して、利益を上げ、それがひいては日本人の生活水準を上げてきた。またこういう中で、日本は経済協力ということで他の国々の経済発展にも大いに貢献し、それが日本にとっても利益になった。こういう非常に都合の良い秩序がこの地域にはできている。
東アジアというとよくその範囲はどこかと言う人がいる。韓国、中国から、ASEANの地域は入り、インドは入らない、といった類の議論です。しかし、僕の見るところ、それはあまりに地域を境界で定義しようということにとらわれた見方です。実のところ、そんなのはどうでも良くて、東アジアとは地域的な経済発展によって事実上の経済統合の進展したところです。かりに地域的な発展がこれから先、どんどん広がれば、これに越したことはない。いまアジアで進展している地域形成はあくまで経済のロジックに従うのであって、政治的に政府が決めることではない。そういうことがわれわれの住むこの地域の秩序の基本にある。それをどう維持していくのか、地域的な経済のダイナミズムをどう維持し、そこからどういう恩恵を受けるか、それが日本の外交に問われていると思います。
そのためには、少なくとも3つのことは考えておかなければいけない。
1つは日米同盟の堅持です。アーマコスト前大使がかつて面白いことを言っておりました。同盟関係を維持するというのは庭作りみたいなもんだ。つまり毎日手入れしないと、雑草は出てくるし虫もつく。安心してはだめだ、いつも気をつけていなければならない。これはひじょうに大事なことだと思います。小泉さんは日米同盟についてはよくやっていると思います。ただ、僕の見るところ、国内的にもっと合意があった方がよいと思うのは、日米グローバルパートナーシップということで、東アジアの地域の外、例えば中東、さらには将来的にはアフリカなどで、特にテロとの関係で、アメリカの方からますます期待されるようななったらどうするか、日米グローバルパートナーシップということで、本当にグローバルな問題についてなにをどういう方針でやるのか、これについて国内的合意、さらには日米の合意はあったほうが良いと思います。
それからもう1つは中国です。ここで重要なことは、日本と中国、それからこの地域の他の国々、さらにはアメリカなどがみんな一緒にルールをつくって、それをみんなで守るということです。つまり、別の言い方をすると、中国が力をつけるにしたがって、ますます一方的な行動をとるようななるのでは困るのであって、いろいろな分野についてルールを一緒につくり、これを中国にも守ってもらって、中国がまさに秩序維持に大国として責任をもってもらうようにする、それが基本と思います。
それぞれの国がそれぞれの国の国益を追求をやるというのは当たり前のことで、例えば中国が将来のエネルギー資源の不足を見越していま世界中でエネルギー資源を買いあさっていますが、これだってルール通りにしている限りは別に文句言うことは何もない。こちらも競争すればいいだけの話です。しかし、ルール違反をされると困るので、公正な競争の場、互いにフェアに競争できる場を一緒に作っていく、それを中国もふくめ、マルチでやっていくというのがカギだと思います。
ルールがない、あるいはルールに欠陥があると、そこのところをうまく使ってライブドアのやったようなことがおこる。そしてできることならば、日本として得手の分野では、日本のルールを地域的にも広げていく。そういう粘り強い活動というのはまさに外交官の仕事であって、外務省はそういうところで官民協力のハブとなってその力を発揮してほしいと思います。
それから3つ目に、今は靖国の問題もあって日中の首脳会談が頓挫してますから、アジア外交というとどうしても日中関係に目が向きがちですが、アジアは中国以外にもたくさん国がありますし、その中には日本の事実上の同盟国として戦後一緒になって秩序を作ってきた国もあります。それは韓国であり台湾でありタイでありインドネシア、マレーシア、フィリピンであり、シンガポールです。こういう国は非常に大事なわけです。
ではこういうところではどういう問題が起こってるか。韓国、台湾は経済的には非常にうまくやっておりますが、東南アジアの国では経済危機以降、毎年労働市場に入ってくる労働者に見合うだけの雇用がつくれていません。それは中国もそうですが、例えばインドネシアの場合、2億1000万の人口で毎年250万人が労働市場に入ってくる、その人たちに十分な雇用をつくるには少なくとも7%の経済成長が要るのですが、今5.5%ぐらいです。ということは、毎年失業者、潜在失業者が蓄積していくわけです、これは長期的には非常に危険です。それが東南アジアの中長期的な不安あるいは国作りの最大の問題になっている。
ですから、これをどうするのかということについても日本は考えておくべきです。日本はすでに少子高齢化社会になり、人口が減っているのですから、優秀な人、手に職のある人にはどんどん来てもらえばよい。つまり日本の労働市場、例えば介護士などの市場をもっと開けばいいと思います。
つまり、アジアのルール作りにできるだけ大きな役割を果たす、それに加えて、経済協力、日本の民間企業の経済活動によって東南アジア、中国の経済発展に貢献する、そして、日本としてもそこから恩典を受ける、また日本の労働市場を開いていく、そういうシステムを作っていくべきだと思います。
ということになると、基本は日米同盟の堅持、これをいかにグローバルパートナーシップに伸ばしていくかということ、それから僕は「東アジア共同体」という言葉が現に今この地域で行われている地域協力の制度づくりを捉える最善の言葉とは思いませんが、現にそういう言葉が人口に膾炙していますのでその言葉を使いますと、そういうものによって共通のルールを作り、みんなが利益を共有するような地域的な経済発展をこれからもやっていく、この2つが日本にとっていちばん重要な戦略的な外交問題だと思っています。
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発言者
白石隆(政策研究大学院大学副学長・教授)
しらいし・たかし
1972年東京大学卒業、74年同大学より修士号を取得。79年東京大学教養学部助教授、87年コーネル大学助教授、96年より同大学教授。98年より京都大学東南アジア研究センター教授。経済産業研究所ファカルティフェローを兼務。主著に『海の帝国、アジアをどう考えるか』『インドネシア国家と政治』等。
では、日本の外交をどう考えるか。日本がグローバル・パワーでないとは言いません、しかし、日本がグローバルな役割を果たすことができるのは、あくまでアメリカの同盟国としてであって、日本が独自に、グローバルな舞台で、アメリカ、EU、あるいは長期的には中国に対抗してやっていく、