成田憲彦氏 第1話:「自民党の構造から逸脱した安倍政権の不安定さ」

2007年2月23日

070212_narita.jpg成田憲彦(駿河台大学学長,元細川政権首席秘書官)
なりた・のりひこ

1946年6月札幌市生まれ。東京大学法学部卒。国立国会図書館調査局政治議会課長を経て、細川内閣で総理大臣秘書官(政務)。退任後駿河台大学法学部教授となり、2007年から学長。著書に『日本政治は甦るか』、『官邸』など。専攻は比較政治、日本政治論。

自民党の構造から逸脱した安倍政権の不安定さ

私は安倍政権については成立前から厳しい見方をしています。なぜこんなに支持率が高いのか、むしろ疑問に思っていました。

最初は、やはり小泉政権との混同があって、小泉さん(小泉純一郎前首相)のリニューアルだと思ってなんとなく国民は支持をしたのだと思います。ところが、やってみたらリニューアルではなかった、これは全然、別物だったということが分かり始めたのだと思います。

私は、安倍政権は、政権の構造と政策の中身で非常に大きな問題を抱えていると思います。新しいエレメント(要素)もありますが、それがうまく定着するとは現段階では思えません。

構造についていえば安倍政権というものは、これまでの自民党政権の構造からの大きな逸脱なのです。自民党政治における政権には、総理の資格の条件というものがあり、当選10回以上、そして重要閣僚、党三役のいずれかをやる。また、派閥の領袖ないしはリーダーである。それは自民党の存在原理そのものと関係しており、要するに自民党政権というものは派閥構造、もう一つは当選回数主義で成り立っていたのです。

自民党とは、政治的野心を秘めた人たちが、中選挙区制時代には自分で選挙を戦い、あるいは派閥の支援を得て選挙を戦うために自民党に集まり、そこで政治的なキャリアビルディングをしていくという共同体です。

キャリアビルディングは当選回数ごとにキャリアパスが決まっていて、その中で閣僚になり、重要閣僚になって党三役をやり、最後のすごろくの上がりが総理総裁、そこに達するのに当選10回の当選回数を要するという仕組みです。それが派閥構造とリンクして構成されていました。

安倍政権はその2つの原理から逸脱をしているのです。小泉さんは中途半端な逸脱で、派閥の領袖ではなく、重要閣僚や党三役をやってはいませんが、当選は10回でした。安倍さんは当選5回です。重要閣僚では官房長官を、自民党では党三役や幹事長もやりましたが、これは小泉さんが意図的に育てたわけで、従来の自民党の原理の当選回数主義によるキャリアパスでキャリアビルディングをしてここまで達したという人間ではなかった。

これが定着すると自民党システムでそれ自体の全否定になります。自民党というものは何のために、どういう組織原理でできた組織だったかというところから逸脱したところで総理総裁になってしまった。これが今後の自民党で定着していくかどうかが非常に大きな注目点なのです。


私自身痛感したことなのですが、政治改革では日本の政治を変えようと過去をいろいろ否定してきました。その過程で一緒に捨ててしまった重要な要素があったということです。それを拾い出す作業をやらなければだめだと思います。

例えば、派閥の人材育成機能です。当選回数主義はキャリアビルディングと同時に教育システムでした。安倍さんは幹事長はやりましたが、一般の行政省庁の主任の大臣をやっていない。だから官邸からしか物を見られず、各省庁を預かる側の発想が全然ないのです。そのような教育や人材発掘システムとしての派閥機能を何によって代替していくのかをこれから考えなければいけない。

今回の安倍政権は明らかな論功行賞と仲間内内閣ですが、そうすると何か問題が起きても派閥はカバーしないのです。何かスキャンダルが起きると、みんな冷ややかに見ているだけです。久間防衛大臣は論功行賞で防衛庁長官になった人です。津島派としては額賀さん(額賀福志郎元防衛長官)を本命と考えたため、冷ややかです。そこで、沖縄の問題の解決に津島派は一切手を貸していない。従来、派閥推薦は批判的に言われてきましたが、派閥推薦の閣僚をとることでは、例えば沖縄の問題であれば、派閥を挙げて支援体制をつくり、まさに地元との調整などは派閥が動いてやったわけです。それが今、そういう機能が一切ありません。

要するに自民党政権論として言えば非常に弱い自民党政権になっています。安倍内閣はそういう問題を抱えている。これが今後、すんなりうまくいけば、従来の自民党政権と非常に異質の原理のものが出てくることになりますが、私はこれはどうも定着しないと思います。

これに対して、小泉内閣がうまくいった条件は2つありました。1つは小泉さんの政治的な資質、能力です。もう一つは、小泉内閣の存在構造は政治学の世界で言うと、プレビシット体制だということです。プレビシットというのはフランス語で、辞書的な意味を言えば、人民投票です。それを最初にやったのはナポレオン・ボナパルトでした。彼は権力をとるときに、最初は皇帝になるのですが、それは人民投票で皇帝になったのです。プレビシットとは、正規の政策決定機関をバイパスして、トップリーダーが直接国民と結びつくことによって政治的パワーを獲得する体制です。

そういう手法は彼の甥のルイ・ナポレオンや、ナポレオン3世、ドゴールなども真似ました。フランスの歴史の中にはそういうリーダーがいます。フランスではそういう手法は独裁というニュアンスで語られています。私は、小泉政権は日本で初めてのプレビシット政権だと考えています。つまり自民党とか国会という正規の意思決定機関をバイパスして、国民と直接結びつくことによってパワーを獲得する。その典型例が郵政解散です。

小泉政権と安倍政権の非常に大きな違いは、小泉政権は自民党の国会議員の中では少数派でしたが、国民の支持で総理になった人です。安倍さんは自民党の国会議員の中の「功名が辻」の手柄競争でなった人だということです。そこが全く違う構造を持っている。

そういう視点から比較すると安倍さんは、まず人間が甘く、政治的判断、力量というものにおいて十分ではありません。またその存在構造が、小泉さんのように自民党の中に抵抗勢力をつくって、しかし国民と結びつくことによってパワーを得るというプレビシット体制ではなく、「功名が辻」人事で、みんな手柄を競い合って手柄を立てた人間をとっていった。だからそこから漏れたほかの人間は皆、冷ややかに見ているという構造です。

小泉さんがなぜ安倍さんを選んだのかは、小泉さんに聞いてみないと分かりません。自分の業績を全否定する者にはやらせたくないという選択の中で、国民の人気と、選挙に勝てる総裁という条件を考えて、安倍さんを選んだ。しかし、結果論かもしれませんが、それは「親心の失敗」としか言いようがないのです。

成田憲彦(駿河台大学学長,元細川政権首席秘書官)