「新政権の課題」評価会議・現役官僚が見た安倍政権/第5回:「北朝鮮問題で安倍政権が狙うシナリオ」

2006年12月11日

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言論NPOは、今年9月に誕生した安倍政権に対する評価を、各界の有識者の方々の参加を得て進めています。今回は、中央官庁の幹部クラスの皆さんに座談会に参加してもらう形で議論に加わっていただきました。


北朝鮮問題で安倍政権が狙うシナリオ

工藤 安倍総理は安全保障では何がしたいのでしょうか。

D  こればかりはわからないとしか言いようがありません。憲法という最も面倒な問題に手をかけるか。たぶん、その前の布石としての教育基本法の議論なのでしょう。安倍政権が全体として何をやりたいかをより正確に言えば、憲法と安全保障と教育改革ということなのでしょうが、どれをとっても、成果物として明示的に出てこないのです。構造改革をして財政が好転するといったような話になるかと言えば、例えば教育改革をしていじめが減ったというような話にすぐなるかというと、そうはいかない。そうすると、かなり先々にわたってずっと夢を見せ続けるような話をするのか、一遍でどんとやるのか、そのような話を何かしないといけない。そこのところで一体何を胸の中に秘めているのか。正直言うと、よく見えません。

工藤 本をお書きになっていますが。

D  政権の責任をとる前は安全保障というものは議論しやすいのですが、いざその任に立つと、あれだけ扱いにくいものはない。

工藤 安倍さんは首相就任直後に北朝鮮の問題がここまで動くとは、当初は想定していなかったのではないですか。

D  そこが、よくのみ込めないところがあります。例えば、国連決議の前に日本独自の制裁案を出しましたが、これは非常にうまいやり方でした。国連決議が出てから後追いでやったのではアピールしない。そして、国連決議が予定されていた週末に、各紙一斉に世論調査を出す。それがダブル補選前の一番重要なものになってくる。そこにかぶせるふうにやった。制裁の決議案の腹案は、ミサイルのときからずっと抱いていたものがあるにしても、カードの切り方はうまいです。そこには危機管理的な手法というものが明快にある。ただ、それでいつまでも玉乗りができるわけでないのであって、どこかで、うまい玉の降り方をしなければならない。それは今回の場合、何かというと、完全に北朝鮮をどう降ろすかという、その1点になってしまったわけです。

これだけ面倒な状況と2年も3年も一緒に動いていけるわけがないのであって、そうすると、ソフトランディング的なアプローチか、ハードランディング的なアプローチか。

今のままでいくと、ハードランディング的なアプローチの方が可能性が高いように思えますから、では、それに向けて本当に準備をするのか。それは気をつけなければ、営々と小泉さんがやってきた財政の再建を全部すっ飛ばすようなことになる。

工藤 ハードランディングかソフトランディングか、もうそのどちらかを安倍さんはすでに想定して動いているのではないですか。

D  そこまでの冒険主義者にはなれないと思います。

工藤 ここまで国際社会が北朝鮮問題で動いている状況は、今までアメリカ主導の下で独自には何もできないと言われていた日本にとっては、チャンスだと思いますが。

D  過去に1度だけ、日本外交は離れわざをやったことがあります。それはINFのグローバルゼロを達成したときです。ほとんど誰も議論しませんが、ソ連がSS20という中距離弾道弾をヨーロッパ正面で配備した。これはヨーロッパ正面のバランスを一気にソ連優位にしてしまうもので、世界全体にとっての重大な危機になった。そのときに、実は、ヨーロッパ正面をゼロにして、全部アジアに寄せようという話がありました。その際、当時の外務省の佐藤行雄さんがこれに対するカウンタープロポーザルをつくり、最終的にはINFのグローバルゼロまで追い込んでしまいました。何がすごいかというと、核を持たない国が、核のディールに参画して、しかも成功した。恐らく、空前絶後の離れわざです。

こういう過去の成功事例があるので、日本の外務省は、人を得れば相当なことをやるポテンシャルを持っている。しかし、北朝鮮のハードランディングは誰も望みません。被害が大き過ぎるからです。ですから、どこかでうまいぐあいに北朝鮮が納得するディール、北朝鮮が面目を保って撤退するような策を採らなければなりません。それをどうするか。仮に谷内外務次官が何かを考えついていたとしても、口が裂けても言わないでしょう。

B  冒険主義的ないしハードランディング路線で行ったときに、財政的にかなりオブリゲーションが出てくるという考え方ですか。

D  ソフトランディングをやっても、北朝鮮に対する財政支援的なものがまず出てしまうリスクはあります。しかし、ハードランディングでいった場合には、軍事的なオペレーションのコストと、そのための機材調達のコスト、さらに悪いケースでは、万が一何らかのダメージを被ったときの回復のコスト、それ以上に、場所が場所だけに、中国と日本に対しての世界じゅうの不安心理の増大、そのときの世の中のお金や物の流れが相当たわんでしまう。そのダメージはもちろん世界じゅうがシェアするダメージですが、震源地である分だけ、日本と中国に対するインパクトはある。

B  いずれどこかで今の体制は変わらざるを得ない。そうすると、不安要因を潜在的に抱えているという状態から、少なくとも明確になる。コストが具体的に発生し、少なくとも経済にダメージがあるというのは短期的にはそのとおりだと思いますが、少し長い目で、例えば半年や1年で見れば、十分リカバーできるのではないですか。

D  ただ、もう1つ、とかく我々の視野から落ちがちなのが、イランがあるということです。そもそも核の問題に関して言うと、アメリカは本人も持っていないと言っていたイラクをまず叩いてしまい、そこから出られなくなって、持っていると宣言した上に実験までしてみせた北朝鮮に何ら手も下せない。その真ん中のところで、やるぞと言っているイランをどうするか。これは特にヨーロッパにとっての悩みの種です。そういう意味では、世界じゅうに核に関する問題をアメリカは広げてしまった。

本当はアメリカは正面に立ってディールを受けなければならないのですが、それがブッシュ政権の間に、北朝鮮とのディールまですることには辟易してしまっている。それはアメリカが忍耐をなくしたということですが、他方、関係する中国、ロシア、日本、韓国がアメリカの忍耐を補強する動作をあるいは十分にしなかったのかもしれない。それと、ここから先は私も追いつけないのですが、中東問題というものがこの間の事態をどこまで悪化させるのに寄与していたのかという、我々にとってよく把握できない部分ですね。結果的にそちらで忍耐が切れたんだと思います。

C  先日の国連決議の後、すぐに北朝鮮の国連の大使がとてもこのような制裁措置の決議は承服できないし、これ以上やれば宣戦布告を考えると言っていたということがありましたね。彼らは本当に戦争を起こす、宣戦布告と受け取った場合に、何か軍事的なことを仕掛けてくる可能性があるとすれば、それはどのようなことですか。テポドンですか。

D  北朝鮮は昔から有言実行の国で、そこがあの国の嫌なところなのですが、常にそうやったら戦争だぞということを正直に言うわけです。南北対話の中でも、ソウルを火の海にしてやると言い出して大騒ぎになって、対話が途切れた瞬間があります。そのために南進する兵力は依然38度線に押さえています。ただ、難しいのは、作戦をどれぐらいの期間遂行するだけの補給が続くか。これはここ10年でかなり能力が下がったと思います。

ただ、それに対して半島情勢を悪くしているのがノ・ムヒョン政権で、アメリカとの関係が非常にぎくしゃくしている。アメリカが今度、再編プランで出している在韓米軍整理の考え方では、場合によっては朝鮮半島、ソウル辺りはあきらめるが、日本防衛の最前線としての韓半島の南部は絶対残すということです。朝鮮戦争の歴史の最後の布陣の状況を見て、まさにあの辺りをテリトリーに残すわけです。つまり、米韓関係はそこまで冷え込んでいるのかもしれない。それがあって、韓半島というもの自体が、北と南、それぞれに不安定要因を抱えて動き出したときに、誰が止められるのだろうか。

ですから、その状況の中で脅しをかけるというのは非常な有効性を持ってくるし、かつ、言ったことを必ず実行した国で、制裁をしたら宣戦布告とみなすというのは、過去10年ぐらい言い続けていますから、いよいよ今度、そこに着手する考えかも知れません。

工藤 何か言えるようになることによって、交渉のテーブルにアメリカを着かせるということだったのではないですか。

D  私も全く読み誤ったのですが、私は核実験をやるぞという宣言をして、あれで年末ぐらいまでだらだら引き延ばすのかと思っていました。それで対米ディールを始めるのかと思ったら、早々にやってしまったでしょう。

B  ゲームの種類が突然変わったような感じがしましたね。

工藤 北朝鮮は今回の核実験で、崩壊の動きに入るということでしょうか。

D  崩壊ではないと思います。そこは我々のうかがい知れないところで、彼らにとっては非常にナチュラルな変化が、我々にとっては大変ラショナルな変化なのです。そこをうまく理解しなければ、次の手は打てない。彼らは同じゲームをやっているのだと思います。今回のこともその延長線上ではないでしょうか。

  いよいよ彼らとしては、譲歩もしたし、話も聞こうとしているのに、一方的に言われているから、ボルテージを上げざるを得ない、そう受け取っているのでしょうか。ただ、物理的対抗手段というのは何なのでしょうね。

B  どこかでテロをやるということか。日本も今回あり得るかもしれない。

D  韓国国内でテロをやるというのは非常に容易なことですし、日本国内でもかなりのことはできるだろう。単に世の中を驚かせればいいということだけであれば、9・11まではだれも飛行機で突っ込むことなど思いもしなかったわけですから。

工藤 もし、それをやったら本当に北朝鮮は自滅です。

D  それを金正日一派がやったという証拠が残らなければ...。それは「日帝」に不満を持つ人間が行った正義の戦であるかのように言うでしょう。

工藤 今までの交渉とは少し違うというのは、政府としてそういう認識なのでしょうか。

D  その意見はシェアされていません。今、安倍政権の繰り出すカードの速さに、行政機構も追いつくのが精いっぱいという感じはします。全体像がまだわからないのですが、今見ている範囲では、安倍政権は欧米に対するディールとしては上手ですね。ただ、それで意気が上がってしまう瞬間が来るのが一番つらい。


※第6回は12/13(水)にアップします。

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