言論NPOは、今年9月に誕生した安倍政権に対する評価を、各界の有識者の方々の参加を得て進めています。今回は、中央官庁の幹部クラスの皆さんに座談会に参加してもらう形で議論に加わっていただきました。
政治主導への試みは過渡期の混乱なのか
工藤 今の官邸と各省の官僚との関係はどのようになっていますか。
B 小泉総理時代では、最初の1年間は官邸で結構、色々な議論をした記憶があります。もちろん、国債発行枠 30兆円など、既に総裁選の公約で出していた政策もありましたが、他方で、小泉総理は最初は勉強しようとされました。それが、時間が経つに連れて、だんだん聞いてくれなくなってはきましたが、今の安倍総理は、少なくとも内政面では、役人からはあまりお話を聞いていないと思います。
C 少なくとも財政についてはそれほどご関心も高くないように思われます。
B これから先はわかりませんが、意外と小泉さん以上に役人に対する警戒心をお持ちなのかもしれません。確かに、官房長官以外に大臣経験のないままに総理になられましたから、役人との関係にあまり慣れておられないということも警戒心につながっているという面がおありなのかも知れませんが。それはそうでないようにしていただければと思います。役人が何を言っても、総理がこうだと言えば、もう、それに従うしかないのが役人ですし、最後の判断はもちろん総理がされるわけですから。
工藤 私もそうですし、一般の人にもわかりにくいと思うのですが、環境大臣だった小池百合子さんは国家安全保障担当の補佐官ということですね。それは防衛庁と外務省にまたがるわけでしょう。そうすると、どのような立場になるのでしょうか。
D イメージはホワイトハウスのハドリー大統領補佐官(国家安全保障問題担当)ですね。ハドリーがいながら、ライスもいて、ラムズフェルドもいる。アメリカ政府では、実務そのものは国務、国防の両省が引き取ってはいますが、具体的にどこで会議をやるかというと、NSC(ナショナル・セキュリティー・カウンシル)、つまり国家安全保障の補佐官のところが全部担当します。そこ自体が巨大な役所で、両方から情報を取ってくる。しかも、ホワイトハウスの中にいる。本来、大統領の一番近くにいて、マヌーバーする組織、それでいながら、そこの組織自体は国務、国防両省、それからアカデミズムといったところから人が集まっては散りする組織ですから、触媒のような動きはします。そこを中心にして色々な人がぐるぐる回るという、1つの安全保障のネットワークは持っています。
それは裏を返すと、アメリカだけでなくロシアや中国も似たような独特なシステムを持ち得るのですが、自分のリスクで世界戦略を持っている国だということです。それを外交的に、あるいは軍事的に担保する、それ以外の例えば経済なども全く他の手段で担保する。そのリスクを自分で取るという前提で組織ができたときに、全体にコミットする何者かが必要で、それが安全保障担当の補佐官だったりする。そのような人は、何を話しても分かる、ないしは分かったふりができなければいけない人です。
アメリカのNSCには最低200人ぐらいのスタッフがおり、そのほかにペンタゴンや国務省があって、政権の中で最長老のラムズフェルト国防長官がイニシアチブを取ってきました。力関係は、その時々の誰が就くかにもよるようです。
B 大統領制だから、大統領が結局、好きなように使えばいいわけです。日本の議院内閣制とそこは少し違います。各省大臣に、例えば防衛であれば防衛に関する権限について防衛庁長官に任せてある。そういう形態を日本はとっているわけです。そこに総理のアドバイザーがいて、任せてある大臣とは違うことを進言したときに、総理がその大臣を罷免して別の人に差しかえるということまでやるのかどうか。大臣の分担管理の観点から行政をやっていて、そこに乖離が出てきても、日本の場合は総理が強権的に上から辞めろとはなかなか言えないところがある。
その点、大統領は直接民主主義で選ばれていて、行政権の根源は大統領にすべてあるわけです。その意味では、長官というのは委任されているだけだから、誰をどうしようが勝手と言えば勝手です。
工藤 それが日本のシステムの中でうまく機能するかという話だと思いますが。
B 経済財政諮問会議も、もともと、大統領制ならともかく、議院内閣制の日本において与党と違うことを言う諮問会議などおかしいではないかという議論はあるわけです。これは何なのかという議論をずっとしてきたわけですが、メインエンジンとして使うという話になった。そこへ持ってきて、今度はまた補佐官です。
C そして、その補佐官の下に何か組織をつくる。小池さんの下に組織をつくるとなれば、それは防衛庁や外務省との関係で一体何なんだという話になる。補佐官と大臣がうまく協調をとって連絡を密にしながら役割分担をしてやっていけば、それは1つのやり方かもしれませんが、例えば教育など、伊吹大臣は保守的というか、英語教育も要らないという考えですが、教育再生会議はまた違うかもしれない。違ったときにどうなるのか。
工藤 財政再建補佐官はいないのですか。
C 根本さんが経済財政担当で、財政再建もカバーの範囲内ではあります。
工藤 それでは、財政再建では財務省は何をやるのでしょうか。
C 諮問会議もありますからね。昔だったら屋上屋と言うのでしょうが、今は官邸で何かしたいということですね。
B 政治主導にするための道具立てだと言えば正当化されている。但し、政治主導と言っても、多層的にやれば混乱が起こるという話は当然でてくる。
工藤 大臣政務官とか副大臣でよかったのかもしれませんね。
B 今のところ余り問題になっていないのですが、例えば、与党と意見の違う補佐官が出てきたときに、与党との調整を誰がするのか。補佐官が直接与党へ行って、政調会長を説得して帰ってくるというタイプの人がいるかもしれませんが、多分、見渡したところ余りそういう方はいない。官房長官がそこでやってくれるかといえば、そんな感じもしない。諮問会議も、使い方で問題になるのは与党との乖離が生じたときなのです。政府部内であれば、混乱はしますが、総理が、この人が言うことを大事にする、あの人が言うことは聞かないということで、ピックアップしていくことはできるとは思いますが...。
C 現場を使わなければできない仕事はありますよ。外交をやるにしても、各大使館などから情報を取ってやらないと判断できない。大使なりを動かさななければならないときに、それは小池さんがやるのか。当然外務省だから外務大臣でしょうが、そうすると、小池さんというのはどういう役割になるのか。今は直接は指揮監督はできないけれども、将来それもできるようにしようとなると、二重行政になってしまいます。
D それにプラスして、内閣官房の外政担当の副長官補もいるわけです。その立場の人が、昔、官邸外交というものをやっていたわけです。総理に代わって中東などに行って、官邸ミッションを彼らがやっていた。その官邸ミッションに政治家が関与するようになっているわけです。また、官房長官は官房長官でライス、ハドリーとのコンタクトを総理に代わってやっている。そこでセットして小泉さんとブッシュとの会談をやった。外務省は外務省で、独自に大使を使ってやっているわけですが、それと官邸の意向が合わないことがある。国連の安保理決議は、小泉総理の頃は、安倍官房長官がライス、ハドリーと直接やっているおり、外務省は外務省で安保理決議ではなく議長声明でまとめようとした時期があった。結局、官邸主導で安保理決議に流れるわけですが、それは官邸外交をやったからということが言える。だから、まさに安倍総理が外交でやりたいのはそれだろうと思います。副長官補、昔で言えば外政審議室長のレベルでは、役人レベルでの交渉はできるかもしれませんが、アメリカについてはホワイトハウスがあり、大統領補佐官とは直接できない。だから、官邸の中に外交ピラミッドをつくりたいという意図なのかもしれません。
A 外務省の谷内次官は官房長官時代から安倍さんとチャネルが密だから、今でも緊密に連絡をとっています。そこで、今は外交に関しては、安倍さんの内意を受ける人間が非常に多い。日中首脳会談で今回の外務省の中国チームは非常にうまくやったという評価を官邸はしています。みんな競い合って政権への忠誠を誓っている。各省の所管大臣は、党をきちんと収めるという役目を持っていますので、党が官邸と違った意向を示したら非常に面倒なことになる。今のうちは安倍政権にどう認めていただけるかということで求心力がありますが、これが逆のベクトルを向いたときに、今のシステムが機能するのかどうか、あまりにも関与する人間が多くて混乱するのか、そこはまだ直面したことがないですね。
もう1つ起こっている新たな現象は、これだけ政治家に物事が行ってしまったものですから、ここで手柄を立てなければならないということになっていて、総理に物事を上げるときは必ず大臣を同行せよという雰囲気になりつつあります。補佐官は1人で総理のところに行けますが、今まで役人だけで総理に接触して議論できたのが、担当大臣なりが行かなければだめだということになっている。
例えば、再チャレンジについてフランクに総理とやるのではなく、山本大臣を同行しなければならない。特に特命担当大臣や補佐官がいる分野については、大臣同行の上でということになりつつあります。
B 前の内閣改造のときに政調会長に中川さん(秀直現幹事長)がなられて、各省とも政調会長のところに来るときは副大臣を連れてこいと言われました。それは形骸化していきましたが、要するに、各省の行政官が勝手なことを言うんじゃない、副大臣にきちんと行政の指揮命令をやらせなければだめだ、政治主導にしていこうということでした。
それと似ていますね。
今回、大臣を連れてこいというのは、大きな方向としては政治主導を進めたいということは間違いなく、それが必要な部分ももちろんあると思っています。ただ、無原則に、根本的に行政制度が違うアメリカをそのまま真似ようとまでは思っておられないとは思いますが、頭の整理がされていないのも事実なのではないかという気はします。
また、党は党で、例えば政策面に関して、2人の中川さん(幹事長と政調会長)の主導権は違うわけでしょう。まだそこまでいっていない案件ばかりですが、政調会長のところでオーケーで、幹事長がそれを聞いて激怒するというパターンも十分想像できるわけです。その逆もありますが。だから、難しい状況です。
工藤 ここはどういう結論になりますか。首相が政治主導にしようと思っているが、まだ試行錯誤の段階だということ、いずれ新しいパターンに収斂する方向になっているが、今はその中で混乱しているということなのでしょうか。
C 外交のように、ごく少数の登場人物しか出てこなくて、トップの決断で決まる、個々の議論をオープンにするわけではないという世界では、今のようなやり方で特定の人とできるかもしれませんが、内政的な話は色々な意見があって調整が必要です。そのときに、誰が責任者なのかわからず、担当の人がたくさんいるというのは、少し不安なところがありますね。
言論NPOは、今年9月に誕生した安倍政権に対する評価を、各界の有識者の方々の参加を得て進めています。今回は、中央官庁の幹部クラスの皆さんに座談会に参加してもらう形で議論に加わっていただきました。