言論NPOは、今年9月に誕生した安倍政権に対する評価を、各界の有識者の方々の参加を得て進めています。今回は、中央官庁の幹部クラスの皆さんに座談会に参加してもらう形で議論に加わっていただきました。
まだ十分に見えない官邸機能の強化
工藤 本日の座談会の出席者は霞が関の現場にいる方々なので、安倍政権になって、この時点で見て小泉政権とは何が変わったのかを中心に、お話いただければと思います。チームという言葉もありましたが、安倍総理になってから首相官邸をかなり強化しているように見えます。表から見ている人たちからすれば、小泉総理のときの首相官邸強化よりも、それがもっと明確になってきたと感じている人たちもいると思います。その点は実際にどうなのか。そこからまず話していただけますか。
A 官邸機能の重視と言われながら、何が官邸かがまだ明確に見えていない状態が今の段階だろうと思います。第一に、総理―官房長官―官房副長官という縦のラインですが、それぞれに考えがあります。第二に、総理補佐官ですが、それぞれチームを編成しています。第三に、特命担当大臣ですが、再チャレンジにせよ何にせよ、それぞれチームを編成し始めている。第四に、各省大臣は安倍政権に貢献するということになる。そうすると、官邸の動きと、官邸の近い人のところの動きと、官邸を慮った官邸外の動き、この3つが渾然一体となって、どれが官邸の動きなのか、各省から見ると非常に見えなくなっている。各省から見えないということは、世間からはもっと見えていないのではないか。
その動きが落ち着いていないので、新政権になって、今、どこが変わったかなかなか評価できない。今の登場人物が安倍政権の中で一定の居場所を確保するために、一生懸命色々な検討を開始し、チームを編成しつつあるというのが現状でしょう。
では、これがいつか落ち着くのかというと、多分この状態のまま、ずっと来年の参議院選挙ぐらいまで行くのではないかと思います。というのは、新しい課題がどんどんできてきますし、特に外交関係で色々な動きがあるわけですから、その都度、これらの登場人物が安倍政権への貢献の名の下に官邸の名を使って、様々な課題を政府全体に投げかけ、その都度チームが編成されたり、アイデアが募集されたりして、ぐるぐる動きながら回っていくのだろうと思います。
そこには良い面と悪い面があると思います。良い面は、色々なアイデアが自由に出てくるということですが、悪い面というのは、ある意味で、誰が中心になっているのかわからない。例えば小泉前総理ですと、色々な会議の中で泣き言を言うと、「何言っているんだ、こうするんだ」とはっきりおっしゃるのですが、今回は色々な意見をずっと安倍総理が黙って聞いている状態ということがよくあると聞きます。小泉さんは、弱音を吐くと叩かれるので、皆さん、強気に出るのですが、今回、安倍さんは、弱音と言いますか、こういう問題点がありますということを素直に聞いている。それはある意味で民主的なやり方をとも言えるし、それが今はうまく出ているのでいいのですが、別の見方から言えば、求心力がないと評価されないとも限らない。
ただ、そこを救うのが、今度の政権の出だしがアジア外交や核の問題だったので、今回の政権の1つの特徴として危機管理という面が相当前面に出てくるのではないかということです。内政での求心力の無さを外交や安全保障でどんどん補っていって、それで政権の浮揚力がますます高まっていく可能性はあると思う。
工藤 いま政権に問われている危機管理とはどういう危機管理を言っているのですか。
A 核に対してどうするかという本当の危機管理、まさに国家の安全面での危機管理だけではなく、経済面で成長路線を保っていくためには、一定の前提があります。例えば、資源が必要なだけ日本の手に入る、資源の入手条件が今と余り変わらず、値段が高くならない、アメリカの購買力がそれほど落ちない、そういう一定の条件があれば成長が緩やかに続くかもしれませんが、前提が狂ったときの危機管理も含めた危機管理内閣になるような気もします。経済政策と外交防衛の狭間のところでの危機管理の部分をしっかりやっていただくことが、やはり経済もプラスになるし、国家全体の危機管理にもなる。そこが新政権の課題なのかなと感じます。
工藤 政権チームということで、今のご指摘のような話はあると思いますが、逆にやりにくくなったという感じはありませんか。
B 両面ありますね。小泉総理のときは総理主導で、ごく少数の人をかなり信頼して使う。竹中大臣はまさにそうでした。そういう意味で、あの人たちがやっているというのがはっきりしていたわけです。仕方ないか、というところもあるにはありましたが。それが、今回は船頭多くして船がどこへ行くのかという話はあることはありますね。
必ずしも内閣制度について法律どおりに厳格に理解される必要はないとは思いますが、そもそも、例えば特命担当大臣とは、1つには総合調整を担当するということですが、総理の分身のような面があって、総理が主任の大臣を務める内閣官房や内閣府において、総理はお忙しいから総理の代わりに、この分野は私がやりましょうという位置づけになっているわけです。それに対して補佐官とは、総理が自ら動くときにそれをサポートするという位置づけなのでしょうが、線引きが非常に難しい。例えば山谷さん(山谷えり子補佐官)が教育担当ということになっていますが、これは文部科学大臣との関係において、文部科学行政を分担管理している大臣とは少し異なるポジションで、山谷さんが文部科学行政以外の教育問題、社会人の問題とか就職の問題などを含めて担当するという、若干ディメンションの違いというのはあるわけです。
経済財政担当の補佐官が設置されたときには驚きましたが、経済財政担当の大田弘子大臣と役割分担をどう区別するのか。根本補佐官は例えばアジア・ゲートウェイ構想、社会保険庁改革、成長戦略も担当されることになっていますが、成長戦略といっても大変間口の大きい話ですし、諮問会議のメンバーは法律で決まっているのに対し、補佐官は法律上メンバーになっていませんから、包括的に担当されるとなると、これを取り仕切る大田大臣との関係をどうするのか非常に難しい。また、諮問会議の側でも、遠慮する面も出てくる。例えばイノベーションのご担当は高市早苗大臣がやられ、再チャレンジは山本有二大臣だということですと、諮問会議の常任メンバーではありませんから、そこにお越しいただいて議論しようと思えばできますが、何となく気を使って、その辺は高市さんや山本さんにお任せしておこうということになる。それはそれで良い面ももちろんありますが、色々なところで色々な場所ができている。それは否めないと思いますね。
今、非常に大きな変わり目にあると思います。総理自身が行動されるときの知恵袋として官邸周辺の方々がいて、補佐官というものが一応ある。それは特別職の政治家の方、民間の方、色々な方がされるのは確かに良いと思います。これは総理自身がおっしゃっている話ですが、内閣官房の参事官以上を特別職にするという話があります。そこには公務員も発令できますが、恐らくポリティカルアポインティー(政治任用)的な色彩を強めるための考え方でしょう。これは総理自身のアドバイザーでは必ずしもなく、内閣官房という総理が主任の大臣である役所が、総合調整機能を各省に対して発揮しています。そもそも補佐官が各省に対して直接的に命令をするということは興味がないはずで、それは内閣官房の仕事ですが、そこもポリティカルアポインティーにすべきという考えだと思います。そうしますと、その次のステップとして、当然内閣府というものも考えなければならないという話が出てくる。要するに、政治主導、官邸主導、総理主導というものを支える機能もだんだんポリティカルにしていった方がいいという考え方がある。
そのときに問題になってくるのが、各省の行政の継続性と政治主導性の関係です。一般職の公務員というのはポリティカルアポインティーではないので、政権が変わっても継続性を持って行政をしています。では、その範囲をどうするのか。今後は、各省が自分たちだけでやっていく案件が次第に減ってきて、横断的な話や、総合調整機能といったものが増えていくと思います。現に、内閣官房に各省から人が集まって、アドホックな組織も含めて色々な調整をやっている。それを全部ポリティカルアポインティーにするというのであれば、行政が大きく変質してくるでしょう。そうした分岐点なのかもしれません。
言論NPOは、今年9月に誕生した安倍政権に対する評価を、各界の有識者の方々の参加を得て進めています。今回は、中央官庁の幹部クラスの皆さんに座談会に参加してもらう形で議論に加わっていただきました。