司会:工藤泰志 (言論NPO代表)
北川正恭 (早稲田大学大学院教授、21世紀臨調共同代表)
きたがわ・まさやす
1944年生まれ。67年早稲田大学第一商学部卒業。三重県議会議員を経て、83年衆議院議員初当選。90年に文部政務次官を務める。95年より三重県知事。ゼロベースで事業を評価し改善を進める「事務事業評価システム」の導入や、総合計画「三重のくにづくり宣言」を策定・推進。2003年4 月、知事退任。
川村雅人 (株式会社三菱総合研究所主席研究員)
かわむら・まさと
1950年生まれ。75年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年株式会社三菱総合研究所入社。2001年10月より地域政策研究センター長。著書『21世紀の地方自治戦略-自由時間社会の文化創造-』『市民型社会形成と地域づくり(21世紀フォーラム特別号)』(共著)。
小池治 (横浜国立大学大学院教授)
こいけ・おさむ
1956年生まれ。89年明治大学大学院政治経済学研究科博士課程修了。茨城大学人文学部助教授を経て、98年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授。政治学博士(明治大学)。松沢マニフェスト進捗評価委員会委員長。著書『アメリカの政策過程と政府間関係』『開発協力の法と政治』。
竹下譲 (四日市大学教授)
たけした・ゆずる
1940年生まれ。67年東北大学大学院法学研究科博士課程退学。東京市政調査会研主任研究員、拓殖大学教授、神奈川大学教授を経て、2001年四日市大学総合政策学部教授。現在、同学部学部長。政治学博士(明治大学)。著書『イギリスの政治行政システム : サッチャー、メジャー、ブレア政権の行財政改革』(共著)『ローカル・マニフェスト』(共著)。
塚本壽雄 (早稲田大学大学院教授)
つかもと・ひさお
1946年生まれ。69年東京大学法学部卒業。同年行政管理庁入庁。73年シラキュース大学マクスウェル大学院行政学修士課程修了。総務省長官官房審議官、行政監察局長、行政評価局長等を歴任。95年埼玉大学大学院政策科学研究科客員教授、2003年早稲田大学大学院公共経営研究科教授。論文「我が国の行政苦情救済制度 オンブズマン制度に関する覚え書」『行政苦情救済&オンブズマン vol.10』「政策評価の現状と課題」『季刊行政管理研究 97号』。
工藤 きょうは、ローカル・マニフェストの意義について検討したいと思います。ローカル・マニフェストに何を期待しているのか、新しい地方政治をつくるときに、ローカル・マニフェストで必要と思うことは何か、実際に評価をされて、地方がどう変わったのか、ローカル・マニフェストが地方や国を変える可能性を感じたかなどについてお話しいただければと思います。
北川 5名の先生方にご協力いただきまして、9月8日の第1回のローカル・マニフェスト検証大会で評価をしていただくということで、きょうはお集まりいただきました。今回は、昨年の統一地方選で当選された知事の皆さん方を中心に検証させていただきます。それは、総合計画等の整合性も踏まえた現場への落とし込み、2回の予算の経験、そして、1年半が経過して評価ができるようになったということがあるからです。各県の状況を検証された中で、9月8日に向けてローカル・マニフェストの意義、今後の問題点などをご議論をいただいて、9月8日を意義あるものにしていきたいと思います。
工藤 なぜローカル・マニフェストが今、必要なのですか。
北川 昨年の統一地方選挙において、知事をはじめとし首長の皆さんがローカル・マニフェストを掲げて当選し、そのサクセス・ストーリーで、総選挙がマニフェスト選挙に変わりました。変化の激しい時代に、新しい価値をどうつくり出していくかということが、知事、市町村長に求められている大きな政治課題だと思います。したがって、従来の高度成長時代の右肩上がりの成長がなくなり、「あれもこれも」から「あれかこれか」の選択、プライオリティーがとても重要になりました。選挙の前に有権者に明確な約束、つまり期限や財源を含む、事後検証可能な数値を入れたマニフェストを掲げて、それを地方自治体の職員がより効率的に実行に移すということからいけば、まず理念、政策があって、それを認めて有権者が判断してということにならないと、地方の自治というものは確立していきません。黙々と国に言われたことを執行するというのは地方自治体とは言わないということから、分権をさらに一層進める意味におきましても、地方自治体においてもマニフェストを作成して、その約束のもとに断固地方自治体を運営していくということになれば、民が主役、民主主義がより確立されるだろう。そういう意味でもローカルマニフェストはとても重要だと思います。
工藤 竹下先生、今の話に続けてほしいのですが、新しい地方の政治の流れをつくる意味で、マニフェストということの意味をどのようにご覧になっていますか。
竹下 財政難という状況の中で、これからは国からのいろいろな補助金、あるいは交付税、そういうものがどんどん減っていきます。そういう中で、自治体というのは本当に真の意味での自治というものをやっていかなくてはならない。
ところが、現実には、地方自治体の仕事の仕方は、現在の法体系の中でがんじがらめになっています。あるいは職員自体の意識が、自分でがんじがらめにしているということもあります。そういう状況の中で、全国的に画一的な仕事を展開していますが、これからは、それぞれの地域にあった仕事、いわば本当の意味での自治をやらないといけません。使うお金も大幅に削減しなくてはなりません。そうなりますと、「これをやるか、あれをやるか」というような選択が必要になってきます。あるいはそれ以上に、今やっている仕事のかなりの部分を切ってしまわないといけないという時代がやってきます。それぞれの自治体でまさにこれからはどのように自分の自治体を運営していくかというビジョンが必要になってきます。それを県民、あるいは市民に示して、まずそれを理解してもらった上で、自治体の運営というものが必要になってきます。
このようなことがありますから、その意味でそれぞれの候補者が自分ならばこういう方針の下で運営をしていくというビジョンを示していく必要があるのだと思います。そして、そのビジョンで中央にも対抗していく必要があります。中央は現在の法体系のもとで、自分たちが指示した仕事を何が何でもやれという形をとっています。これは画一的にやれという方針がありますけれども、これからの自治体はそういうわけにはいきません。となってきますと、自分なりの仕方で、しかも政策の中の一部というか、国が要求している中の一部を選択してやらないといけないということになりますけれども、その際には住民のバックアップがぜひとも必要です。そのバックアップを獲得できる、極端に言えば唯一の手段というか、合意を得られる一番のチャンスが選挙ですし、その選挙で住民にビジョンを選択してもらわなければなりません。その点でマニフェストはこれから絶対的に必要だというように私は思っています。
工藤 小池先生の場合は、神奈川県の評価もなされていますので、マニフェストの意味と、どういう変化が始まっているのかを含めてお話ししていただけますか。
小池 1つは、首長がマニフェストを掲げて選挙を戦うことによって、住民の側に政策の選択肢というものが示されます。これまでは県に限らず、地方自治体の首長選挙といいますと、政策本位ではなく、どちらかというと、人物本位、あるいは政党や既存の利益団体の影響が強かったわけです。それが、マニフェストが示されることによって、まさに住民が政治を選んでいく、あるいは政策を選んでいくというように変わっていきます。これは地方自治体の基本になるのだろうと思います。そういう点では、今回、マニフェストが争点になったということは、地方自治が本当に住民の意思のもとで行われていく、大きな変化の第一歩になるのではないかと思います。マニフェストを掲げることによって、首長候補の方も、これから新しい政策の舵取りを考えることができます。また、そういう能力を身につけていかなければいけないということもあります。
それから、マニフェストはまさに政策公約でありますので、それが実行されるときにはスピードが必要になるわけです。非常にスピーディーな政策運営ということに対して、地方自治体のマネジメントを大きく変えることになるのだろうと思います。マニフェストは数値目標を掲げておりますので、その点では、従来の手続を重視した行政から成果重視の行政運営に変わります。地域住民の方が厳しい目を持つようになります。そういう点でも地方自治体の行政は大きく変えるというインパクトを持つと思います。
また、後で話があると思いますけれども、地方議会もこれによって大きく変わることが期待されるわけです。これからは地方議会もまさに首長さんとの間で政策論争を行うようになる。そのためには地方議会も単なる批判のための批判ではなくて、きちんとした政策形成能力、あるいは政策を分析する能力を磨く必要があります。そういう意味では、まさにマニフェストが導入されることによって、政策を介して地方自治が活性化していくことが一番大きな変化だろうと思います。そういう変化は、選挙でマニフェストが争点になった、そしてまた、マニフェストを掲げた候補者が当選されて、実際にマニフェストを軸にした行政運営を始めたということで、既に変化が相当あらわれているのではないかと思います。
工藤 塚本先生は先日、佐賀県に評価に行ったそうですが、その際の感想も踏まえまして、マニフェストの意義というのをどのようにご覧になりますか。
塚本 私は佐賀県へ行ってまいりまして、古川知事にお話を伺いました。その中でまず、なぜ候補者としてマニフェストに取り組むことにしたかという問いに対するお答えに私は非常に感銘を受けました。政治家の言葉が軽んじられる風潮は絶対よくないことであるから、そういう中で、マニフェストというものを掲げ、政治家として県民、あるいは有権者に約束をすることによって、政治に対する有権者の信頼を取り戻すことができるということを考えたのだと古川知事はおっしゃっていました。これは大変重要なことです。
次に今までの政策というのは、例えば他県がどうしている、国がどういうことを求めているかということから政策形成をしてくるということがありましたし、また、自由に発想できる場合でも、先進県や先進国等ではどうだということでやってきたのですが、マニフェストができますと、新人が当選した場合、職員が見ず知らずの人が、突然、まさに今までのものから非常にかけ離れたようなものを持ち込んできます。それに対応するというのは大変な発想の転換がいりますし、知恵を絞ることも必要です。古川知事は、そのことによって大変苦労をかけているだろうと思うとおっしゃっていますが、そのことを翻って考えてみると、今、国も地方自治体も、政策は行き詰まりを見せております。先ほどからお話がありましたように、選択の幅が狭い中で、どっちの方向へ動くのかということの判断を公務員だけでしていいものかどうかというつらさもあるはずだと思います。ある意味では今までとは断絶があるかもしれないけれども、政治をやられる方がマニフェストを責任を持って持ち込まれたということは、まさに公務員の皆さんが、ある意味で仕事をしやすい環境をつくっているということが1つあると思います。
それから、もう1つは、今、自治体を中心に、ニューパブリックマネジメント等々によって経営革新という名前で様々な改革が進んでいるわけですが、これに当たっても、理論や理念を持ち込み、これらのものをやれと言われるよりは、大目標であるマニフェストという形で、そういうものをどう生かしていくんだという具体の題材といいますか、任務、あるいは目標を与えられてこなしていくという形で仕事をしていく中で、理念として、あるいは理論としてあったニューパブリックマネジメントとしての政策の評価、予算の革新ということも、より具体なものとして進めていけるので容易でありますし、研修でするよりも定着するのではないかと思います。自治体の経営の革新という意味でも、このマニフェストを取り込むことが、また新たな改革の推進に役立つのではないだろうか、こんなことも感じるわけです。
工藤 川村さんは、地域の経営とか、地方経済の大きな状況の転換の中で、このマニフェストの意味をどう考えていますか。
川村 国も地方も財政の状況が極めて厳しい中で、これまで公共事業で支えられていた地方が、地域の自立という概念を実現することを本気で考えることが必要になっていると思います。先ほどから皆さんもおっしゃっているように、地域のステークホルダーが変わる中で、地域経営に関与するプレーヤーがますます多様化しているわけです。行政、企業、市民、あるいはその間をつなぐNPOなどがどうやってパートナーシップを組み、地域を効率的かつ効果的に経営していくかが大切になります。優良な企業は、社員が企業理念に基づき自ら設定した目標の実現を目指して頑張ることによって利益が上がるという考え方を打ち出しています。これに対し、優秀な行政マンは、これまでどれだけ予算を使うか、どれだけ国の事業を持ってきたかということで頑張ってきたわけです。でもこれからは、予算をどのように工夫して使い何を成したのかという成果を評価するという仕組みをつくることによって、そこに一つの変革が起こると思います。つまり、行政職員が、やらされ感が達成感になっていたということに初めて気づくわけです。エンパワ変革が進み、次の段階へ進化するという、プラン、ドゥー、チェック、アクションの流れができるのです。PDCAが回ることにより人や組織が活性化するわけです。一方、住民はこれまで、おねだり主義が根底にあり、税金を払っているのだから経済活性化や地域の環境改善など、地域づくりは、"お上"がやってくれるものだという感覚を持ってきました。
しかし、これからは、財政も経済も八方ふさがりで、雇用も厳しい中で、地域があれかこれかを選択していかなければなりません。もともと日本の地域社会は、農村型の地縁、血縁による、「私民」社会であったわけですけれども、それがある時期に、権利と義務を一応理解する「市民」に変わり、さらに自己責任のもとで自己決定する「志民」に進化することによって、自発的な行動が起きてきたわけです。その過程で自分の払ったお金がどう有効に使われるか、さらには、それを有効に使うためには自分たちは何をしたらよいのかを考えるまで進化していきます。そこに行政と住民の契約という形の新たな取引関係が生まれるわけです。地域社会でそういう変化が起こってくれば、いわゆるパートナーシップが絵に描いた餅ではなくなります。マニフェストによって行政の姿勢が変わり、それに対してステークホルダーである住民がそれを受け止め変化する過程で、新たな経済循環が生まれてくると思います。端的な例が、コミュニティービジネスの台頭です。また、マニフェストサイクルの中で第三者評価を行う機関は、全く新しいサービス企業になるかも知れません。ここに今まで、「地域には知恵がない、人材がいない」と言われて続けてきた点が一気に変わっていく可能性があります。さらに、行政の内側にいた有能な人材がそういう場面に飛び出していくかもしれません。そうすれば人材の循環も活発になります。地域内でどれだけのお金が回るかわかりませんが、今までになかったもうひとつの経済循環が生まれてくるのではないでしょうか。経済循環というより、"知恵の循環"と言ったほうがよいかも知れません。
工藤 これほどローカル・マニフェストの意義を感動的に多様に聞いたのは初めてですね。北川さん、今までの問題について補足をお願いいたします。
北川 今、多様な価値についてお話いただきました。マニフェストをどうやって使いこなすかによって生まれてくる新しい価値というのを、様々な角度からおっしゃっていただいて、私は非常によかったと思います。そこで、700兆円の借金、端的に言えば、為政者が無責任で、役人が先送りで、国民が愚かだったら、簡単に20年間で700兆円ができたということは、民主主義という名のもとの衆愚政治が行われてきたということを明確に自覚しなければいけません。特に、我々の世代はその責任を重く感じなければいけないと思うわけです。マニフェストは契約の概念で、時の為政者と有権者、国民、あるいは県民、市民の皆さんとの双方向に責任が発生しますよということです。これまでの民主政治に対するチャレンジの大きな道具がマニフェストであると思います。したがって、マニフェストだけでできるとは思いませんが、マニフェストを完全遂行するためのさまざまな民主主義を支えるインフラ整備が必要になってきます。そういう点を浮かび上がらせ、これから運動を通じて、民主主義を新しいバージョンに上げるために努力が必要だと、今お話を聞いていて、そのように思いました。
工藤 実際、評価をこれからしていくのですが、こういう大きな意義を持っているローカル・マニフェストを今後定着させて、マニフェスト自体を質的に高めるためには、どういう課題があるのでしょうか。また、これから選挙を志す人たちがこれを掲げて、今の大きな役割を果たすためには、どういうマニフェストが求められているのでしょうか。
塚本 佐賀県で伺った話がベースになりますが、マニフェストをつくるということのそのもの自体もそう容易なことではないということが、候補者が現職でない場合にはあるようです。すなわち、これは何かというと、政策を練り上げていく、あるいは政策をつくる場合のベースになる情報がどこにあるのだろうか、それともそもそもないのだろうかという問題だと思います。何らか行政経験があるとしても、そこの状況を十数年知っているのでなければ、それは情報がないと同じということになります。そうしますと、これは民主制、特に政策選択ということをベースにした政治を動かしていくという中で、日常的な政策に関する議論や対話というのがどのように行われているのかという問題に帰着します。そういうもののベースがありませんと、マニフェストづくりも難しく、また、なかなかマニフェストそのもののサイクルとか、それを監視していって、次の政権、あるいは政治の選択に役立てていくということが難しいのだろうと思うわけです。その意味で、先ほど頭脳の循環というお話がありましたけれども、まさに政策に関連する頭脳というものが行政の独占だったということになっているのですが、その方向は明らかに変わりつつあると思います。もっともっとこれが広がっていくことが必要ですし、そのために大学、あるいはそれに関連するいろいろな機関、大学人、先ほどもお話にありました行政人が社会、あるいは市民の中に入っていって、ベースの形として政策というものにかかわり、その輪を広げていくような、そういう意味での政策及び政策対話インフラというのでしょうか、そういうものが形成されていくということが大切なのだと思います。マニフェストはそれをつくりますが、マニフェストをつくるためにもそれがなくてはいけない%
きょうは、ローカル・マニフェストの意義について検討したいと思います。ローカル・マニフェストに何を期待しているのか、新しい地方政治をつくるときに、ローカル・マニフェストで必要と思うことは何か、実際に評価をされて、地方がどう変わったのか...