【座談会】「官僚座談会(覆面方式)」 政治主導の中で官僚に問われる役割

2001年12月27日

官僚座談会 (覆面方式)
出席者
・財務省課長
・経済産業省審議官
・外務省課長

概要

これまで日本の頭脳集団として大きな役割を担ってきた霞が関の官僚たち。痛みを伴う改革が叫ばれる今、彼ら自身も大きな変化に直面し、政治との関わり合いも含め、すべての面で試行錯誤の時代へと突入している。総理主導の政治改革、与党による法案の事前審査廃止論、数々の不祥事など、日本、そして官僚たちが直面している困難な問題について、現職の官僚たちがどう考えているのかを率直に語ってもらった。

要約

財務省課長

これまでの霞が関の果たしてきた役割は、本当の危機におけるリーダーシップというのが求められない時点での利害調整。経済全体が本当にうまくいかなくなったときに、苦い薬を飲ませるというノウハウは、霞が関だけでできる話でもないし、政治だけでできる話でもないし、まさに試行錯誤の段階だ。

首相と与党との関係は、権力の二重性というよりも政策決定プロセスの問題。まとまった政策を作っていくという体制が与党も、野党も諸外国と比べて弱い。日本の民主主義は全員一致型というか、リーダーというのは担がれるもので、政策論争をやってリーダーになるという仕組みにはなっていない中で、与党審査を廃止して果たしてうまくいくのかは今ひとつ、分からない。利害調整がされていないと議案が通らないとすれば、結局は、党でそれをやるか、国会でやるのか、という話しで、基本的に政治の話。

財務省の状況は、不祥事後の信頼回復と、かっての大蔵省を巡る環境が変わる中で試行錯誤が続いているというもの。今後の官僚の有り方では、モラルを高めるというか、国益を考えて仕事ができる環境が必要だ。あまり役所の待遇が悪くなってしまうと、若い人間はだれもこなくなってしまう。

外務省課長

我々の考える首相主導というのは、まさに国会で選ばれた内閣総理大臣、その内閣総理大臣が任命をした国務大臣、そこに従うということであって、与党の例えば何とか部会とかいうのは、実はこれは法的なステータスは全くない。今はまだ、そこはまさに権力の二元的なところになってしまっている。首相官邸に権力が集中するということが本来一番あるべき姿で、どちらかというと行政府の中心である官邸の方に集中されることが行政としてやりやすいという気持ちはある。今の状況は、責任を明確にした上で権力を集中して、そのかわり、だれがその決断をとったのかということがはっきりして、そのかわり早く機動的に動くということをやっていかないと、時間だけが経ってしまう。官僚組織には複数の政策の客観的な材料を出して、政治的な決断の材料にすることがもとめられているのではないか。

外務省の場合、実際に犯罪を犯した人もいるわけで、批判されることは当然だが、職員全員が全て同じで、全て組織防衛であるとか大臣との対抗でいろんなことをやっているというように捉えられるのは残念だ。外交は待ってくれないわけで、それに対応しなくてはならない。大臣には外務大臣の仕事に100%の力を発揮してほしいと思っているだけです。

経済産業省審議官

痛みを伴うというか、苦い薬を飲むというのは、要するに官僚だけではできなくて、政治的に責任をとってもらって、有権者の方に納得してもらわないとならない。結局、ある意味では政治家に決断をしてもらわなくてはならない状況になってきている。ただ、政策の評価基準がまだ定まっていないため、どうしても政治家の議論は利害調整の色彩が残る。例えば、公共事業について評価するシステム、プライオリティーをどうやって決めるかという客観的なメカニズムというものがあって議論をするのなら、政策論として議論もできるが、今まだそこを一生懸命やり始めた段階だ。

今の官僚は独立もしたいが、また帰ってきて政策に生かしたいという気持ちも持っている。その意味では、役所自体の役割ももっと、専門性を高められるような仕組みをつくっていかないと、我々自身も役所も生き残れないと考えている。


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