政治に向かいあう言論

―鳩山政権の半年を考える―
  マニフェスト型の政治は実現したのか

このエントリーをはてなブックマークに追加
増田寛也氏×武藤敏郎氏 対談参加者:
増田寛也氏
(株式会社野村総合研究所顧問、元総務大臣)
武藤敏郎氏
(株式会社大和総研理事長、元日銀副総裁)
司会: 工藤泰志(言論NPO代表)


第4話:本当の「政治主導」とは何か

武藤敏郎氏武藤 私は「政治主導」はもちろん賛成ですが、行政と政治の関係をどう考えるかということについて、民主党はまだきちんとした解を出していないと思います。行政にも独自の仕事があるのであり、政治主導で、行政を全てやるということが本当に効率的ないい政府になるのかどうかといえば、それは必ずしもそうとは言えないのです。政治主導が必要なことと、行政の仕組みを生かすことは共に成り立ちうると思います。
 昔はよく政治家は官僚に「選択肢を示せ」と言われたわけです。今は、選択肢も聞かれない、そうです。昔は、「ひとつの案を持ってこないで、いくつかの案を持ってこい」ということでした。その色々な案を考えるというときに、行政の情報を生かすことが必要です。なんと言っても官僚は、 シンクタンクとしては巨大なシステムです。これを有効に活用した上で、政治が判断する。もちろん政治家が独自の案をつくってもいいわけです。そういうふうにして、情報を吸い上げる、ということがあればよりよい政府になるだろうと思います。
 二大政党制を本当にこの国に根付かせようとするなら、行政というものをきちんと機能させた上で、政治主導で制度や運用を考える、それが世界標準だと思います。
 外交などは典型ですが行政レベルでの交渉がないと、いきなり「政治主導」と言ってもうまくいきません。その世界標準にあっていないシステムを日本の中につくってしまうのは、今のグローバリゼーションに合わなくなります。そういうことは、皆さんわかっているのですが、なかなか素直に関係を構築できていない。役人のほうも戸惑って警戒感ばかりが先走っており、さらに三党連立の状況や、各大臣の発言が必ずしも整合的でないという問題もそこに入り込んでいるから、非常に話がこんがらがってしまっている。かつて行政側にいた人間としては何とか正常な姿をつくり上げて欲しいなと思います。


政策決定のプロセスが不安定化している

増田寛也氏増田 ただ、そこに官僚不信論のように、「全部俺たちがやる」という意識が入り過ぎると、いつまで経っても物事が決まりません。


武藤 政治主導といっても、そのプロセスは大事です。例えば、閣議でも、「ここで合意しました」ということをきちんとかたちを整えるということで、大臣がサインするということは非常に重要なことです。偉い人たちが集まって議論して、「大体結論を得た」と言って、各省に帰ってきてブリーフィングを受けたら、みんな別々の解釈になる。そういうことがしばしば起っているわけです。だから、文章にして「これでいいですね」ということでサインをすることによって、物事が本当に決まります。
 このプロセスをいい加減にしてしまうと、何が決まったかわからなくなります。「俺の気持ちは違った」と言って造反することを可能にしてしまいます。そういう意味で、意思決定手続きは極めて大事な事だと思います。

増田 今まではそういった仕組みがあったわけですが、民主党から見ればたぶん、形式的に見えるのでしょう。その状況は非常に危険で、一般の会社でも何らかの手続きを踏んで、決まった物事が後退しないで前に進むようにしていますから、そこは政治家同士のプロセスでも意思決定の仕組みを何か決めないといけないと私も思います。

工藤泰志工藤 今までのお話を伺っていると、政治主導とは言いますが、政策の意思決定の部分にも不安定な状況がある、ということですね。


増田 今はまだ混乱は収まっていない、という状態ですね。

武藤 総理が「最後は自分が決める」と言ってみても...

工藤 総理は本当に最後に決められるのですか。

武藤 それは決められます。総理は最高権力者ですから、総理が「右だ」と言ったら右になる。権力というものはそういうものです。今までは最高権力者が必ずしも明確な意思表示をしなかったという、日本的な状況があったのは事実ですが。

増田 ただ、最高の権力者はかたちの上では首相ですが、民主党の場合は、党との関係がまだよく見えにくい、という問題があります。民主党の考える政府と党の関係ですが、党は党で「政策は全部政府に任せる」と言いながら、小沢さんは先にも触れましたが、予算の際には重要項目は鳩山さんに申し入れをしたわけです。段々と党の方でも、政策に対しての注文がどうしても出ざるを得ないと思います。この要望が政治主導で今度は実現するとなると、かなり古いパターンの政治に戻るという、少なくてもそういう印象になりかねないという問題もあります。
 党も政調会もなくしたりして、政策は政府に全部任せるということになっていますが、何かの形で、党は党で政策を議論するような仕組みを考えていかないといけませんし、考えざるを得ない、と思います。党は党で、「選挙だけをやる」と言いつつ、政策の方への影響力もどうしても出てくるでしょう。すると今度は「小沢支配」と国民に見られることになり、そういう話が強くなってきて、かえって民主党にとって不幸なことになると思います。思い切って党が政策について議論する立場を明らかにした方がいいと思います。

工藤 政権交代によって政治の大きな変化が始まったというのは事実です。ただ、この半年を見る限り、マニフェストがうまくいかないのに、それが国民に説明されず、政府の意志決定の仕組みの組み立てがまだできていないように思います。内閣主導で閣僚の政治家が、競い合っているようにも見えますが、それらがまだ、ばらばらで統合感がないようにも見えます。

武藤 経済政策については、経済財政諮問会議を廃止したときに、国家戦略室がその代りの役割を果たすのかと思っていたら、色々な事情から十分機能していないようですが、そこが最大の問題です。今のように発言が反故になったり、色々なことを先延ばしにしていたら、自民党時代なら総攻撃です。これからは、世論も厳しくなる可能性はありますね。

工藤 大きく言えば国民に今の状況を説明すること、さらに政治主導の政策決定のプロセスが不安定化していることです。首相の指導力の問題もあります。

増田 それは普天間基地の問題だけではなくて、経済とか色々なところに響いてきます。時間があれば改善することもあると思いますが、最初にも言いましたが、マニフェストの修正はもはや避けられないわけで、これは国民に説明を行うこと、夏の参議院選に向けてマニフェストのつくり直しを行う作業は急務と思います。

工藤 7月の参院選までに、民主党にはマニフェストをつくり直して提起してもらいたい。自民党にも健全野党として立ち直って、国会で国民に見えるかたちでしっかりとこの国の将来について議論してほしい。それが2つの政党に期待することですが、日本の政治に一番期待することは、国民との約束を実現する政策決定と実行のマニフェストのサイクルを実現してほしいということです。そのためにも、私たちもしっかりと日本の政治に向かい合わないと、と思っています。ありがとうございました。


⇒続きを読む 

このエントリーをはてなブックマークに追加

言論NPOの活動は、皆様の参加・支援によって成り立っています。

寄付をする

Facebookアカウントでコメントする

この記事に[ 7件 ]のご意見・ご感想があります

投稿者 / 冨家2010年3月31日 09:42

武藤、増田両氏の意見には賛成ですが、元をたどって考えると、民主党自体に”プリンシプルが無い”と言う基本的問題があります。マニフェストを変更するにしても、実行優先度をつけるにしても軸になる基本的価値観とプリンシプルが表明されて無い状況では説明すること自体不可能です。その辺の基本的問題の下である民主党の出自についても議論していただきたかったと思います。連合や日教組と言った支持母体はそもそもどのような社会を作ろうとしているのかと言う問題を避けられないのではないかと言うことです。

投稿者 / 二宮 郁夫2010年4月 4日 21:45

2010-4-3 言論NPO
自民党がしたこと、自民党政権に責任がある、と民主党が指摘することは重要で必要です。理由は、自民党は与党時代にしたことに対して反省がない。自民党政権が行った政策に対して、選挙で大敗北としたのに、自己反省が不十分。与党と政権内閣の責任の重みは普遍である。
自民党政権がなしてきたことに対して反省をし、代案をしめしながら、民主党政権に議論を展開するのであれば、
民主党政権は、自民党政権がなしたことだ、などとは言わなくなるであろう。
自分のしたことに責任を持つことが重要である。
日本人は、責任のけじめをつけられない国民でもあり、
学習力が弱い、といわれる。政権交代は、日本人の責任感の認識を変革するという重要な意義がある。

投稿者 / 福島 宏2010年4月 6日 06:11

昨年度の党首討論の時、無駄の排除で金は捻出できると言い、政権をとったら財源不足と言う。これは日本がサギ集団に乗っ取られたようなものである。主として鳩山首相の個人的な資質であり、その場その場で、明らかに実現不能だが、耳障りの良い発言をして、それを簡単に訂正して、なんら反省がない。マニュフェスト以前の問題である。

投稿者 / 常松健一2010年4月 6日 07:33

福島氏の指摘とおりであり、党と政府の力関係の不均衡が最大の原因であり、ばら撒きと方法の杜撰さが象徴的である。
例え、子供手当に批判があろうとも、国内の日本人に限定し所得限度を設ければこれだけの不評は無かった。
政策に弾力性が無いことが方策を歪めて逆に拘束されることになった。
究極的には、ばら撒きでは無くて、個別に救済すべきであった。
本来救うべきは年金でも救済されない高齢で命乞いをしている層に救いの手を差し伸べれば批判は称賛に変わったであろう。
民主党の旧来の政治家の志の低さが最大の原因である。

投稿者 / 本間碩也2010年4月 6日 14:44

耳ざわりがよく期待させるマニフェスト
羅列し政権を得た後実行不能の事態
となり詭弁を弄しているありさまは選挙民
選択に詐欺となり裏切りである。
速やかに解散し確実なマニフエストを
提示し選挙を実施すべきである。
政治不信を除去するためには費用など
惜しむべきでない。
一般社会でこれだけ市民を騙した場合
詐欺とみなされるとおもう。
選挙民は大いに怒るべきだ。

投稿者 / 内田 芳樹2010年4月10日 22:13

事業仕訳は始まったばかりであり、評価を出すのは早すぎると思います。まず、現実には役人自身が現場で無駄と感じているにもかかわらず、執行されている予算があります。内部告発とまではいかなくとも組織内の<情報伝達>を良くしてこのようなものは早めに排除できる仕組み作りが必要です。次に識者の指摘通り、<明確な基準を作り、それを公表して世間の評価(賛同)を受ける>ことです。<モニタリング機能>として事業仕訳は有効ですが、政府の立場としてはどのような価値観で予算を承認するか、事前に明らかにすることにより、余計な軋轢と無駄な予算申請自体が減ることが期待できると考えます。

投稿者 / 脇若2010年4月12日 18:36

海外にいてあまり大きな口はたたけませんが、事業仕分けは、政治のショーとなっているようにみうけられます。ひとつの意義は透明性の確保ですが、そのための方法はほかにもあるのではないでしょうか。元凶は皆さんがおっしゃっているマニフェストのいい加減さでしょう。そこにメディアも、参議院選挙前なので関心を集中すべきです。今イギリスでは総選挙のまっ最中で、今日にも労働党のマニフェストが発表されます。これにはミリバンド現外相が2年前から、党を挙げて準備をしてきているもので、日本のようにおろそかに扱われるものではありません。人々の豊かな暮らしと行政の効率化が中心になるといわれています。イギリスがベストとは言いませんが、日本の民主主義の幼稚さを見るにつけ本当にがっかりしています。ただ、このままでは、いよいよ既得権益(郵政は最たるもの)だけが幅を利かす政治になっていくようで、何とかこの動きを変えなければならないと思います。我々一人一人に何ができるか、そして行動に移せるかが重要です。


ページトップに戻る