石原信雄(財団法人地方自治研究機構理事長)
いしはら・のぶお
1926年生まれ。52年、東京大学法学部卒、地方自治庁採用。84年から86年7月まで自治省事務次官。86年地方自治情報センター理事長を経て、87 年から95年2月まで内閣官房副長官。1996年より現職。編著書に、「新地方財政調整制度論」(ぎょうせい)、「官かくあるべし」(小学館)他多数。
地方の破綻法制の議論には本質的な問題がある
今、大田弘子さんたちが「地方分権21世紀ビジョン懇談会」(総務省)で地方の破綻法制の検討を進めています。しかし、地方公共団体における財政破綻の問題は、公経済の世界であり、私法の手法でこの問題を処理するというのは、いかがかと思います。日本の裁判所は、公法と私法をはっきりと峻別しており、司法は行政固有の世界については判断を避けています。これは「統治行為論」といって、いつも問題になるものなのです。統治権者としての国家というものの行為について問われた場合には、「行政の最後の責任は内閣の判断の問題であって、司法の判断する問題ではない」という議論です。財政破綻した場合の処理を、私法の手法で処理しようとすれば、裁判所は法務省を含めて、困惑するのではないでしょうか。
財政破綻に対する歯止めを構築するとすれば、一つは地方債です。今までは政府が資金を供給していましたが、これからは民間資金、民間借り入れが中心になります。そこで、否応無しに、民間の市場の評価によって、もし財政が悪くなればリスクを伴うから、貸してくれなくなります。また、危ないと思ったら、金利が高くないと調達できなくなります。今までは政府保証なので、貧乏団体でも金持ち団体でも、同じ条件で地方債を発行していました。それができなくなります。そこでまず、ブレーキがかかります。
借金できなくなれば、キャッシュフローで破綻してしまいます。そこへ行かなければいけません。破綻法制ということで、私法の破産法の手法でいかなくても、地方は今の地方債での資金調達ができなくなるので、そこでとまってしまうわけです。市場が資金供給を拒否してしまいます。そこは法律論ではなく、実体論ですから、難しい法理を議論する必要はないと思います。
むしろ、現行の地方財政再建促進特別措置法で十分対応できます。今でこそ、この法律はあまり活用されていませんが、昭和30年代の初めの頃、財政再建団体がたくさん出てきて、月給も払えなくなったころには活用されていました。政府が再建団体に認定すると、再建計画を作らせ、その計画が承認を受ければ、その承認された計画に基づいて作った予算については、資金不足があれば政府が資金を貸しました。その代わり、その計画たるや、ものすごいもので、昇給も期末勤務手当もなし、もちろん人員削減もやる。そして、住民税や事業税の超過課税を必ず命じました。それも2割以上という超過課税で、そこまでやらせたのです。今でもそれはできるようになっています。それで乗り切れない団体はありません。
破綻法制として、今の公法の世界に私法の手法を取り入れるという難しい議論をしなくても、今の地方財政再建法を厳格に運用すれば、事態は解決できると思います。やれるのに、やっていないだけです。大田委員会は、公法の世界に対する不信から、行政の分野も市場原理でとことんまでやってみようという発想だと思いますが、破綻法制で行政の分野を仕切るのであれば、法務省や裁判所の意見を聞くべきです。
破綻法制の議論では、破綻に対する後始末の仕方は、最終的には、住民サービスの低下や地方税の増税だと思います。大田さんたちの議論が無限責任にまで行くのだとすれば、それは無理です。それは、この国の自治制度、行政制度の基本の問題です。選挙民の代表を選んだという責任が、自分の個人財産を根こそぎ取られることまで含んでのものなのかということになります。それは代表制民主主義の限界を超えた議論になるのではないかと思います。株主は、株が価値を失うだけで終わりです。無限責任社員ではないのですから。代表制民主主義では、投票したことに対して、行政的な責任、道義的な責任はあるが、財産的な責任が無限社員と同じ法理でいくというのは、無理があると思います。
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今、大田弘子さんたちが「地方分権21世紀ビジョン懇談会」(総務省)で地方の破綻法制の検討を進めています。しかし、地方公共団体における財政破綻の問題は、公経済の世界であり、私法の手法でこの問題を処理するというのは、いかがかと思います。