言論NPOのマニフェスト評価委員が、27日に発表した菅政権100日評価について、ポイントを解説します。
年金・高齢者医療:西沢和彦(日本総研主任研究員)
雇用:山田久(日本総研主席研究員)
農業:生源寺眞一(東京大学大学院農学生命科学研究科長)
経済:湯元健治(日本総研理事)
環境:松下和夫(京都大学大学院地球環境学堂教授)
新しい公共:田中弥生(言論NPO理事、大学評価・学位授与機構准教授)
財政:工藤泰志(言論NPO代表)
年金・高齢者医療
西沢和彦(日本総研主任研究員)
【年金】 年金政策における評価の視点は三つあります。一つは、少子高齢化が進みますので、賦課方式を基本とする年金財政を持続可能なものとしていくこと。第二に、制度体系を今日の雇用環境や世帯形態などに合ったものに作り変えるという点です。例えば、国民年金の空洞化とか非正規雇用の人が厚生年金に入れないなど問題に対してどう対処するか。これに対して民主党はかねてより、年金の一元化などの抜本改革を提示してきたわけです。第三が、適正な執行です。現行制度をいかにスムーズに運営していくかに集約されますが、これについて民主党は抜本改革を掲げていますが、それをスムーズに移行するためにも現行制度を適切に運営していく必要があります。
まず、実績評価の形式要件についてです。2009年のマニフェストでは二つのポイントが示されていまおり、一つは年金一元化、所得比例年金と月額7万円の最低保障年金の組み合わせる、法律を2013年までに成立させるということと、もう一つは歳入庁の創設です。ここまで100日を見てきますと、一つ目については、ほとんど議論が進捗していない状況です。今年の6月に「新年金制度に関する検討会」で中間まとめが発表されましたが、それ以降今日まで議論が何も行なわれていない。
二つ目は夏の参院選のマニフェストでは「歳入庁」の文言そのものが消えている。当初を思い起こしますと、マニフェストに書いていたものがどうなったかに対して玄葉光一郎政調会長(当時)は、「書いていないものは残っていると理解していただいて良い」と発言されていましたが、書いていないものは書いていないものであって、落としたのか、これからも続けるのか残っているのか本来なら文書として残すべきだったと思います。
実質要件に移りますと、「中間まとめ」が一年間を見た上で唯一存在する文書ですが、これには二つ特徴がありまして、元々民主党の年金制度について、スウェーデン方式を指向していたと思いますが、スウェーデン方式が後退してより抽象化しています。それは、二つ理由が推測されますが、スウェーデン方式を後退させて現実路線にしたということ。もう一つはもともと議論が深まらず、特に追加的な事柄が無かったこと。いずれにしても、その理由が明記されておくべきだったと思います。
「中間まとめ」の第二の特徴は、「7原則」といったものが提起されましたが、7番目に超党派の議論を提言していることです。超党派の議論をすること自体は良いことですが、その際にはまず民主党内が一本化されるべきです。幹事長の岡田克也氏は税方式を主張し、一方で今の官房長官の仙谷氏、古川氏はスウェーデン方式を主張しており、党内が一本化されていない状況での野党への呼びかけでは、野党も戸惑うのではないかと思われます。
また、民主党は政権与党ですので、将来の制度をどうするかを考えながら、同時に今の制度をどう運営していくかといった視点が必要ですが、この点についての議論は進捗を見ておらず、評価できません。最近では、「社会保障国民会議」や「安心社会実現会議」といった自民党政権末期の頃の議論を盛んに参照しながら自民党に秋波を送っているように見えますが、これは民主党のアイデンティティと矛盾しているのではないか。社会保障国民会議の文章を読みますと、「この不信は、制度それ自体の問題というよりは制度運営に関わる国(厚生労働省・社会保険庁)に対する信頼の低下に起因する面が大きい」と書いてある。現行制度に対する支持が無いのは、この制度のせいではなく、社会保険庁が悪いのだ、と言っています。民主党はかねてより現行制度の抜本改革を言っており、社会保障国民会議や安心社会実現会議に同調することは単に解決困難な問題に対して与野党で仲良くやっていきましょうと言っているだけなのか、本当に同調しているとすれば、それは民主党のマニフェストの修正なのかどうかを明示される必要があるでしょう。
民主党の将来の制度がなかなか実現できそうに無いのであれば、現行制度を安定的に運営していくことが政権与党として求められていますが、基礎年金の国庫負担がまたもや埋蔵金に頼っている点や、マクロ経済スライドなどの給付抑制のためのものが機能していないのを放置している点などを見れば、現行制度を安定的にメンテナンスしているともいえない状況です。
【高齢者医療】 高齢者医療の得点が年金よりやや高くなっているのは、以下の二つの理由によります。一つ目は、政治主導を掲げながら皮肉にも官僚主導で議論が進捗した結果、情報公開が厚生労働省の審議会形式で行なわれてきましたので、議事録公開も適切になされており、皮肉にも情報公開が良かった点。そして二つ目は、これも皮肉な結果ですが、高齢者医療改革会議という看板を掲げつつ、実質的には後半はわが国の国保再編へ議論がシフトしていった点です。わが国では約1800の市町村が国保を運営していますが、財政も脆弱です。高齢者医療制度改革と、民主党が高齢者差別とした後期高齢者医療制度の廃止と、腹案も無いまま政治が振り上げたこぶしを下すのに官僚や識者が付き合いつつ、会議のテーマはこの国保再編という重要な問題にシフトしていったのです。そういうことで皮肉にも点数が高くなったのですが、本来であれば国保再編ということであればそれは政治がリーダーシップを取って何としても音頭を取っていくべきですが、リーダーたちからは国保を再編して手がけていくという声は聞こえませんし、また高齢者医療制度改革会議の出した最終取りまとめの高齢者負担増に関する一部の分に関して民主党から反対が出ているように、党としてどういう考えを持っているのか見えない状況です。
また、高齢者医療を少子高齢化の問題として捉えられる問題であり、高齢者差別というよりも現役世代が高齢者医療をどうやって支えていけるか、という問題として、差別ではなく捉えるべきなのでもともと議論の基点自体が間違っているのではないかと思われます。
雇用
山田久(日本総研主席研究員)山田久(日本総研主席研究員)
この分野の評価の視点は三点あります。一つ目は、雇用の受け皿です。これは言い換えれば成長戦略と表裏一体であり、環境が大きく変わる中で成長がきちんとつくられるのか、その中で雇用が確保されるのか。二つ目がセーフティネットです。特に非正規の方、長期失業者の方が増えており、それに加え昨今若い人の就業困難の問題が出ており、そういうものに対してセーフティネットがきちんと整備されているか。三点目は労働市場全体が過去20年くらいで非正規が多くなり、かつての正社員中心から現実は大きく変わっております。この状況を踏まえて新たな、公平な労働市場をどう作るのかということです。これら三つの観点から評価をしました。
実績の評価ですが、形式的なところについては、先ほど申し上げた三つの視点が元になりますが、菅政権では先行きの不透明感が出たり、若年層の就業の問題が深刻化したことから、マニフェストを見ますとセーフティネットにかなり重点を置いています。例えば、求職者支援の2011年度中の法制化、マンツーマン形式での就労支援の体制整備や新卒者の就労の支援が書かれております。これに関してはその後の補正予算などで対応していますので、形式的な区分では比較的高い点数になっています。
ただ、本来は最初の三つにどの程度対応しているかになりますので、それを申しますと、すべて中途半端で何をやりたいのかはっきり見えないというのが現状です。受け皿を作るには成長戦略といいましたが、その成長戦略もとりあえず立てていますが、どういうプロセスで成長が続いていって雇用が生まれるのかが明確ではない。それからセーフティネットに関しても部分的には対応が進んではいます。求職者支援制度は法制化を受けて議論が進んでいますが、これがワークするには職業訓練のあり方が非常に重要なのですが、いかに職業訓練を改善するかの仕組みづくりをしないといけないかといった議論は無い。さらに、労働市場の再設計ということでいきますと、象徴的なのは派遣の問題です。原則禁止ということで法案を提出していますが、ここはそれ自体の妥当性が今の現実から見て乖離している点に加えて、実際に提出した法案自体が棚晒しになっている。そうした二重の意味でここは大きな問題を起こしているのではないか。労働者や企業側を非常に混乱させる状況になっていますので、ここの点数は低くならざるをえない。
それから実行過程、説明責任のところで一点だけ申しますと、本来はこのマニフェストを基点としたサイクルをつくるということでいきますと、明確な目標設定と期限が大事なのですが、残念ながらその期限の点で見て、求職者支援制度については2011年で設定されていますが、それ以外はほとんど期限が設定されていない。そういう意味では国民に対する約束という形になっていない。以上のことから、雇用分野においては、全体としてこのような厳しい評価にならざるを得ません。
農業
生源寺眞一(東京大学大学院農学生命科学研究科長)
まず評価の視点ですが、民主党政権の農業政策の柱は戸別所得補償制度です。これを軸に評価を行っています。マニフェストに掲げたものでありますので、これが実行過程にあるかどうかですが、戸別補償制度はそもそも妥当性のある政策なのかどうかということもありますので、そういう意味では、「日本の将来の担い手の確保」、そして「国際化への対応」といった観点から評価をするべきだろうと考えております。また政策の決定プロセスの透明性や菅総理のリーダーシップなども評価の対象にしています。
まず、形式要件ですが、戸別所得補償制度そのものは2010年にコメで先行導入をしていまして、来年度予算で畑作物に拡大をしていくということで、その意味では形式的には進展しています。それからごくわずかですが、規模加算といったことも今回の予算の要求の中に計上されています。ただ、形式的な要件に限って申し上げると、酪農・畜産・漁業に広げれば、もともと言われていたものの見通しが出来ていない。また戸別所得補償制度以外に民主党は食の安全の問題に力を入れていましたが、実績があまりない。それはマイナスです。
それから実質要件ですが、コメの戸別補償ですが、民主党の政権が意図していたか必ずしもつまびらかではりませんが、いろいろな側面があります。一つはコメの減反、生産調整の選択性への移行について、参加者へのメリット処置の保障の意味があるとすれば、この面では評価できる。同時に将来の水田農業を支える担い手の育成の点ではどうかとなれば、ここについて民主党はついこの間まで小規模農業の維持を言っており、その面では長い目で見れば一種矛盾があるように思えます。規模加算と言いながら、つい最近まで小規模農業の維持についても言っていました。規模加算も先ほど申しましたが、ごくわずかの部分について頭出しをしたと、それが今後どうなるかについては今のところ不透明です。
それから、実行過程のリーダーシップとも絡みますが、民主党の政権はつい最近まで今年の3月31日に基本計画を閣議決定していますが、その時点までは小規模農業の維持を強調していた。ただ、10月の所信表明演説でのTPPへの参加表明がなされ、その中では農業に関しては一切言及されていない。その後11月9日に閣議決定された「食と農林漁業の再生推進本部」の文章を見ますと、今度は競争力の向上といった表現が全面に出てきています。競争力向上自体は間違っていないと思いますが、あまりにも農業政策のブレが大きいというとは言わざるを得ない。農業者の将来の見通しを当てにくい状況を政策そのものが作り出しているのです。つまり、何年か先まで見通せる状況であれば、規模拡大のために投資をしようということなどになりますが、今は一寸先は闇の状況にありますので、意欲のある者も躊躇せざるを得ない状況がある。そういったことに関して菅首相がきちんと説明をしていないというのが実感です。また、TPPに関して、農業や経済にどのような影響があるのかに関しても、政府としてというよりも農水省、経産省、内閣府で試算が出ていますが、すべてバラバラです。このあたりも、仮に政策の方向を転換するのであれば、十分な説明を有するところでした。
それから説明責任ですが、政策がどこでどのように決定されているかが見えにくくなっています。どこで何が決まっているかが分からない状況はあり、非常に無責任な形で重要なことが決まっていく面もあるのではないかという懸念を感じています。
経済
湯元健治(日本総研理事)
経済政策に関しては二つの視点から申します。第一に、適切且つ機動的なマクロ経済政策がなされたのかという観点。もう一つは、中長期的且つ持続可能な成長を行なうために政府が出した新成長政策がどこまで実行されたのか。あるいはそれが持続的な成長に対してどの程度評価される内容なのかという点です。
この際評価対象は、一つ目のマクロ経済政策運営と成長戦略の実行については、これまで政府が実施してきた三つの政策:ステップ①、ステップ②、ステップ③の政策の中にそれぞれが包含されますので、評価対象は9月10日に発表されました閣議決定の予備費9000億強を使った対策、二つ目は10月に成立した補正予算、三つ目は今回成立した税制改正あるいは予算を評価対象にしています。
まず、マクロ経済対策としての色彩は前2者が当たりますが、一つは一番大事なのは経済効果がどれくらいあるのかということがあります。それと裏腹になりますが、財政規律とのバランスをどのように考えて経済対策を打ったのかということも、ポイントになります。それから財政政策以外ですと金融政策、つまり日銀も含めた制度全体としての経済政策の効果など様々な角度から評価をしてきますと、経済対策の効果という意味ではそれぞれ政府が公表しています数字はそれなりに大きなもので、先ほどの9000億円強の予備費については0.3%の押し上げ効果、補正予算については0.6%の効果と雇用創出効果などもそれぞれはじいています。
しかし、これは民間エコノミストの立場としますと、既存の政策を延長したものが多い。中には家電エコポイントなど非常に一次的に効果が大きく出たものもあります。私たちの中ではこういう一時的な需要を先食いするような経済対策では反動が大きく出てきますので、そういった面を割り引いて評価をしていかないといけないと考えます。
二つ目の補正予算に関しては、金額が4兆8000億、公共事業の前倒しを2000億やっていましたので、それを合わせますと金額としては5兆円、規模的にはそれなりの効果が認められるものであります。しかし、公表しているほど経済対策の効果があるかと言えば、これは中長期的な経済成長戦略を前倒しで実行した部分があり、実際効果が表れるまでにはそれなりの時間を要する。短期的な効果で言えば政府が言っているほど効果は高くは無いと評価します。
逆に、日銀の金融政策については包括緩和というかつてない非伝統的金融政策を打ち出したということで、マーケットなどにもそれなりのプラス効果が表れており、ここは素直に評価したい。トータルとして言えば、財政政策というのは新規国債を一切発行しておらず財政規律を配慮した点では評価できますが、その分政策効果も小さい。それから「緊急」という言葉がステップ①、ステップ②でも盛り込まれているが、そういう緊急対策としての色彩というのは中長期の成長戦略の実行という側面も強かったので、その側面は薄くなって、結果としては金融政策に依存したマクロ経済政策をやってきたと評価している。
一方、中長期的な成長戦略の実行という観点からは非常に評価が難しく、今年の6月に成長戦略のとりまとめをして成長戦略の中には工程表などを書いていますが、本来であれば工程表に書いたものは実際にどれくらい、しかも金額としてもどれくらい実行されたのかいうことで評価すべきですが、現段階でそういう金額が政府の中で取りまとめられて発表されたということではありません。おそらく、年明け移行にそういった数字がでてくるかもしれないが、いずれにしても評価を難しくしています。
そもそも、新成長戦略といった場合に私は三つほど大きな問題を抱えていると思います。新成長戦略というのは、いつまでにどれくらいのリソースを使って経済成長を中長期的に持続的に押し上げていくのかということです。リソースと申しましたが、予算における財政支出や税制改正、或いは規制改革というのが対策の中に盛り込まれていたがいつまでにそれをきちんとやって実際にお金を支出する場合はどれくらい支出をするのかの目標設定の段階から具体的な目標が無い。これが欧米諸国ですと、大きな戦略を出しますと、3年間で何千億ドルの対策を行なうというリリースが事前にあるのですが、日本の場合はそれが無いのが大きな欠陥。もう一つは2020年の非常に長期の視点でものを見ていること自体が評価される面もありますが、2020年であるがゆえに慌ててやる必要も無いものも含まれており、これもいつまでに何を実行するのかという期待が小さくなる大きな要因です。多分これを当面3年以内に、これを5年以内になるといった部分が欠けている問題がある。今回の予算編成のプロセスで明らかになったのは、金額に関していったときに特別枠を設定してそれを成長のための予算に当てるというアナウンスがありましたが、当初は1兆3000億円+アルファでこれは成長戦略に当てていくとありましたが、現実にふたを開けてみますと、確かに特別枠の数字は膨らみましたが、その中で成長戦略関係というのはマニフェストを入れても9000億円です。マニフェスト関係を除くと7500億円くらい。ですので、この金額が妥当か妥当でないかというのは難しいのですが、補正予算で様々な成長戦略予算を先取りして入れた結果として、当初予算で絞り込まれて非常に小粒なものになった。つまり工程表がありながら具体的な数値を含めた工程表がないので、こういう問題が生じたのだと思われます。三つ目はマニフェストの問題で、マニフェストとの関連性が成長戦略には当初書いていなかったもので、それであるがゆえに成長戦略を中長期的にいくら実行していくことがアナウンスできないという問題につながっていると思います。
次に、実行過程ですが、これは様々な問題が露呈してきており、ねじれ国会の元で、補正予算を編成することにねじれ国会を乗り切るために位置づけとして補正予算の必要性の議論や国民に対する説明がどのくらいきちんと合ったのかが分からないまま補正予算編成という流れに進んでいって、且つ金額に関してもマクロ経済度の関係でどのくらいの金額が必要化の議論が無かったと思います。これもほとんど野党の要求を丸呑みして決まった。内容はあとの予算から積み上げたというのが実態です。あとは財源をめぐって与党との綱引きをもありましたし、それから政府内の行政刷新会議のように予算を削減する部署と成長戦略関係の予算を付けていく部署との間で対立があった。結果的には埋蔵金でやらざるを得ないものが結構あり、政策決定プロセス、これは自民党政権時代には経済財政諮問会議がありましたが、一体的に議論して決定をしていく場、それぞれ会議そのものはたくさん出来ましたが、統合する部分が欠落しているためにこういった混乱を招いている。
説明責任の点については、説明責任の大前提になるのは緻密な情報開示、どのような反対意見が合ったのか、そして最終決定はどうしてそうなったのかのプロセスの説明が情報開示が少ないがゆえに、説明が十分出来ているようには見えない。政府の税制調査会の位置付けも変わり、民間の審議員の位置づけも変わってきて、また民主党との関係も非常に分かりづらいものになったと思います。唯一法人税率の引き下げに関しては菅総理が一定のリーダーシップを発揮した面がありましたが、これも説明責任の観点から言うと所得増税をする一方で法人税減税をする理由は何か。そして、法人税率減税で具体的にどのような経済活性化効果があるのか。それから法人減税以外の代替手段でどのような経済活性化ための手段があるのか。こういった点で十分に説明責任が果たされないままに進んでいった面がある。やったこと自体は評価できますが、そういうプロセスにも非常に問題があったのではないかということです。
環境
松下和夫(京都大学大学院地球環境学堂教授)
環境政策の点数は33点になっており他分野に比べると比較的高くなっていますが、全体的な評価については鳩山政権に比べても大きく環境政策の面では後退したといえます。
評価の視点ですが、最大の視点は民主党政権発足時から掲げていた温室効果ガス削減に向けた中期目標、25%削減目標と長期目標を達成して低酸素社会に向けた制度構築を進めたかという点です。
加えて、今年開かれた二つの国際会議、気候変動の第16回会議(COP16)、それから生物多様性の会議(COP10)を議長国として義務を果たしたかといった点も評価に加えています。
民主党はいわゆる中期目標を掲げ、それを達成する政策として「国内排出量取引市場の創設」、「地球温暖化対策税の創設」、「再生可能エネルギーに係る全量固定価格買取制度の創設」という三つの手法を取り入れて、効果がある政策を導入することを約束しました。この実施のため、鳩山政権の下では温暖化対策基本法案を閣議決定しましたが、衆議院では可決されたものの参議院では採決する前に国会が閉会され、廃案になりました。菅政権発足後、同じ法案が先の国会で提出されましたが、全く審議されること無く、現在は継続審議となっています。基本法案は中期目標の達成のための制度構築ということで、非常に重要な役割を期待されていましたが、それが先送りされるということと、菅政権と首相自らにリーダーシップは見られませんでした。
そして最近の動きとして、政治主導に議論によって上記三つの政策についてマニフェストから、あるいは温暖化対策基本法から大きく後退する動きが出ています。国内排出量取引制度については1年以内に導入するということでしたが、当面の間導入を凍結するという方向が出されており、今日(12月27日)、関係閣僚会議の中で決定すると報道されています(同日、政府は同制度の事実上の棚上げを決定)。それから、再生可能エネルギー固定価格買取制度についても、普及を抑制するような不完全な形になろうとしている。さらに地球温暖化対策税については、2011年10月から化石燃料への課税、石油・石炭税を増税することになっています。ただし、初年度の税収規模は350億円で段階的に引き上げて最終段階でも2400億円規模ということでありますので、これは11月に環境省が出していた税収規模1兆円案と比べても小規模にとどまりますし、ガソリン1リッターあたりでも0.76円程度ですので、これはいわゆる温室効果ガスを減らすインセンティブとしては極めて乏しい。このように、地球温暖化対策に関する主要な民主党の政策、温室効果ガス排出量の「25%削減」は民主党政権発足時に掲げた重要政策でしたが、国民に対して十分説明が無いままに大きく方向が転換され、著しく後退している。
それから、COP16に関しては先進国と途上国の対立が厳しかったのですが、最終的には松本環境大臣の議長裁決によって決裂を回避できたということで、議長国としての責任は果たしたと見ています。
次に実行過程ですが、鳩山政権発足以来、閣僚委員会や副大臣級検討チームができ、それなりに機能していたと評価できる。菅政権下でも枠組みは続いているはずですが、むしろ成長における議論が経済界や労働組合などの利益団体の意向を反映しており、政権主導というよりは党の族議員的な活動が復活していると見えます。全般を通じて、菅政権発足以来、環境政策面でイニシアチブはほとんど発揮されていないと思います。諫早湾の問題については総理がイニシアチブを取っていますが、それ以外は全く無い。そして残念だったのが、名古屋でのCOP10の会議に向けて9月にNYで国連総会がありましたが、それにも菅総理は欠席され、名古屋での会議自体も非常に形式的な出席でしかなかった。世界に向けて日本の総理として環境問題についてメッセージを発信できる機会であったにもかかわらず、それをみすみす逃してしまったわけです。
また、麻生政権、鳩山政権で議論されていた環境投資によって経済を活性化する、雇用を生み出すといったグリーン・ニューディールの政策が菅政権下では議論が進んでいないことも、評価下げる一因です。
〈新しい公共〉
田中弥生(言論NPO理事、大学評価・学位授与機構准教授)
「新しい公共」は、鳩山政権肝いりで所信表明などでも強く打ち出された方針ですが、菅政権ではマニフェストでもほとんど言及されていない。一方、新成長戦略では鳩山政権の方針を受け継いでおり、その後3200億円の来年度に向けた予算や寄附税制に関して税額控除など形式的にはいろいろなものが進捗しています。
ただし、問題は中身で、特別要望枠や概算要求で「新しい公共」の名目で各省庁がこぞって「新しい公共」関連予算を出し、9月に3200億円を提示しましたが、そもそも政策目標が何であるかは提議されていない。その中で予算合戦の手段として適当に「新しい公共」という名前を付けて予算を計上したという印象があります。その後政策コンテストが行われ、平成23年度の予算に計上されましたが、それがその後どうなったかが全くトレースできない状態になっているのです。
もう一つは税制があります。あまり報道がなされていませんが、寄附額の50%を限度に、所得税から控除できるという税額控除制度が導入されることになっています。民主党の一つの売りでもありますが、NPO法人であれば基準を満たさなくても望むものであれば仮免許を与えるという制度を打ち出し、しかも国税庁から各都道府県にその認定機関を移すということで、体制が整っていない都道府県側も戸惑っている。
最大のポイントは説明責任で、今回はここでマイナスポイントを付けています。「新しい公共」円卓会議で提案され、制度設立に向けて調査を行なうことになっているもので、社会事業法人制度がありますが、これは投資家に対して税額控除の恩恵がある無配当の株式会社制度であります。この株式が仮に市場で譲渡可能であれば用意にマネーロンダリングなどの悪用に使われる可能性が高く、どうしてこのようなリスクの高い制度を本格導入の議論を進めるのか、或いは予算を付けるのかついての説明が無い。この間のプロセスで適切な説明が全くないということで、マイナスの評価です。
財政
工藤泰志(言論NPO代表)
評価の視点は、第一に、菅政権が参院選時にマニフェストで掲げた『強い財政』の実現に基づき、財政の際限のない膨張に歯止めがかけられ、財政の規律が保たれているか。もうひとつは、マニフェストを実現するということで、2011年度の予算案に2009年の衆院選マニフェスト(これは事実上機能していませんが)と2010年の参院選マニフェストを実現する形で的確に反映されているか、またはそのための努力を予算編成過程で行ったかという点です。そのプロセスの中で変更や修正があるのであれば、きちんと国民に説明しないといけない。そこが今回の評価になります。
この視点で行けば、今回の予算案は最終的に総額92兆4116億円と過去最大になりました。また国債の発行額が税収より増えていますので、国債の発散が起きています。財政運営戦略では、日本が2015年までにプライマリー赤字のGDP対比の半減、2020年の黒字化を果たし、それをベースに財政の中の歳出にキャップをかけるとともに、また「ペイアズユゴー原則」という仕組みを取り入れたのにもかかわらず、なぜこのように財政の規模が拡大して債務が増えたままなのかという点に評価のポイントがあります。ここはおそらく、キャップの水準が高すぎるという点、つまりリーマンショック後の異常な財政状況を前提とした高止まりの目標であって、また、国債発行額のキャップ、つまり収支尻のキャップということに意味があるのかいう事です。収支尻というのは、歳出を削減し歳入増ということの結果なのですが、この1年で税収は増えていますので、収支尻のキャップをつけるとその中で支出増を容認する結果になりかねない。これが10年度の補正予算で5兆円規模の支出を出しているという結果に表れています。そうなれば、このキャップは歳出の抑制や財政の規律というより、そのキャップの中で支出増加、つまり財政収支の改善をしなくてもよい状況を放置することになるのではないかと判断しています。
そのため、今回の予算を考える場合に、当初予算と11月の補正予算との関係を考えないといけなません。先ほど湯元さんもおっしゃっていましたが、補正予算の中身は本来本予算で導入すべき内容がかなり先行的に入れられており、かなり本格的な内容になっています。しかしなぜこの予算をあの時期に出したのか。あの時期は円高で経済が大変だとの理由ですが、状況としてはそこまで危機でもなかったし、しかもこの7-9月期のGDPの実質成長率は年率換算で4.5%でしたから、この補正を組んだ理由が今ひとつはっきりしていない。メディア報道でも実際には公明党に対する対策など、政治的な理由があったのではないかと報道されています。補正分を今回の本予算にカウントすれば、支出規模は極めて大きくなる。逆に言えば、今回の本予算の規模をもう少し減らすこともありえたとも考えています。
つまり、財政運営戦略は機能しているが、歳出増と国債の累増に関して歯止めがかからない状況になっています。また、実行過程に関しても、政治主導による予算編成プロセスに多くの問題がありました。今回のシーリングの考え方は、社会保障の自然増の1.3兆円と「元気な日本復活の特別枠」の1兆円の計2.3兆円をどう生み出すかという観点で構成されていましたが、結果として特別枠に対する要望が膨らんでしまい、絞りきれないといった問題があった。絞りきれない分についてはどこかからお金を取らないといけないので、ここでもまたいろいろなところからかき集めてくる状況になった。
さらに、今回の予算編成プロセスで来年の地方選をにらんだ思惑で、支出増誘引を止められない状況があり、菅首相自身が物価スライドに伴う公的年金の僅かな減額自体も据え置く指示を出すなど、財政の歯止めに関して首相自身がリーダーシップをどのくらい発揮したか疑わしい。そういった点を含めて今回は低い点数となっています。また、マニフェストの扱いに関しても見直すならきちんと見直す、出来ないならどうするかなどについて説明するタイミングなのですが、予算の中で資金繰りだけでやって事実上ルールを変えているのに説明していないという点で、説明責任は0点とかなり低い評価となりました。
<言論NPOマニフェスト評価委員について>
財政:土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)
経済:湯元健治(日本総合研究所理事)
外交・安全保障:古川勝久(安全保障問題専門家)
年金:西沢和彦(日本総合研究所主任研究員)
高齢者医療:西沢和彦(日本総合研究所主任研究員)
医療:上昌広(東京大学医科学研究所特任准教授)
環境:松下和夫(京都大学大学院地球環境学堂教授)
雇用:山田久(日本総合研究所主席研究員)
農業:生源寺眞一(東京大学大学院農学生命科学研究科長)
新しい公共:田中弥生(言論NPO理事、大学評価・学位授与機構准教授)
地方:増田寛也(野村総研顧問)
政治とカネ:岩井奉信(日本大学法学部教授)
言論NPOのマニフェスト評価委員が、27日に発表した菅政権100日評価について、ポイントを解説します。
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