言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、倉田秀也氏(杏林大学教授)、道下徳成氏(防衛研究所主任研究官)、深川由起子氏(早稲田大学教授)を招いて、議論を行いました。
「日本版NSCを設置して何を目指すのか」
工藤 今度、首相の下に日本版NSCを作るということになっていますが、そこで、以上議論してきたような日本の外交・安全保障戦略がつくられるのでしょうか。
道下 NSCという言葉を使わなくても、そういう機能が強まってきています。内閣官房を含めた広い意味での官邸です。人数的にも非常にふえていますし、重要な法案も通しています。ただ、それぞれの省庁が拾い切れないものを拾う状態で、そういう意味では、内閣官房が上にあって、下をコーディネートするという形ですが、実態は横並び的で、色々な官庁があって、内閣官房という官庁があって、ほかの官庁で拾いにくいものを拾っているという感じは確かにある。しかしながら、その拾う範囲がふえ、そういう案件がふえてきているというのは事実ですし、拾っているものの重要性が高まっているというトレンドはあります。実際は、アメリカのNSCでも、誰がNSCのトップになるか、安全保障補佐官になるかで、弱かったり強かったりしています。
深川 アメリカは安保関係の専門家は、色々な分野にいます。そのような人は各界から満遍なく入るのですか。利益団体としては違う人もいるのですか。
道下 アメリカは、外から入ったりしていますが、日本の場合は、民間、ビジネス界、政官界の中から人を広く募るということがまだないですね。竹中平蔵さんのような例はありますが。ですから、事実上各省庁から出向してくるというのが中心にあるとすれば、今の内閣官房とそれほど大きくは変わらないだろうということはあります。
倉田 大統領制におけるNSCと議院内閣制におけるNSCの機能は違わざるを得ない。大統領制の場合は、ライスなどはその典型ですが、大統領との個人的な関係で任命され、信頼関係でチームができているという状態です。日本の場合、外務省、防衛庁などからの出向した官僚を内閣官房が支えているという構造ですね。そこに屋上屋をかける形でNSCが果たして機能するのか。大統領制と議院内閣制では政策決定の過程が全然違うわけで、NSCという言葉でアメリカの大統領制におけるNSCをイメージするのは、間違っていると思います。
工藤 民間人を入れるのでしょうか。
道下 それはあり得ない。そんなに人材がいない。民間人といって入るとしても官僚のOBとかではないですか。
深川 経済財政諮問会議には民間議員がいましたが、あの形で作れませんか。
倉田 それはNSCではなく、総理大臣の私的な諮問機関ですね。
工藤 NSCというのは議院内閣制のような国で例はないのですか。イギリスはどうですか。
道下 イギリスもキャビネット・セクレタリーアットがあって、そういうセクションがあるのですが、そこも大体官僚です。議院内閣制をとっていてNSCと呼んでいるものはないと思います。
倉田 情報機関はありますが、それは大統領制のNSCとは全く違う。
道下 NSCという機関をつくると、すごいことになるというよりも、より中央に力を、より権限、機能を強化するという政治的なスローガンとしての言葉がNSCであって、実態が大きく変わるということにはならないと思います。
工藤 諮問会議のように担当閣僚や民間人を入れて、議論するというのはどうですか。
深川 経済活動の方は市場が中心だからいいのですが、安保や安全の話は法律で決まっていて、各省庁のテリトリーがあるのでしょう。非常時を含めた議論となればなおさら、その枠を超えて調整する機能が求められます。経済と同様では相当困難でしょう。
道下 経済なら民間経済団体がたくさんありますが、安全保障の専門家は手薄です。
倉田 大統領制にせよ、議院内閣制にせよ、トップのリーダーに近い専門家グループができると、例えばNSCとペンタゴン、国務省との間でみられたように、官僚機構とのフリクションは避けられません。
深川 安倍さんは拉致問題に執着してきた方なので、役所への不信感というのは依然として小泉さんに勝ると劣らず強いと思います。そこで、役所の言いなりになりたくないから、そういう近いグループをつくって役所と対抗させたいという、ありがちな発想です。
倉田 外交的機動力という点では特にそうでしょう。例えば小泉訪朝や、昔でしたらニクソン訪中というのは、首相、大統領に近いレベルのごく少数の人間が役所のプロセスを抜きにやらなければいけない部分はありますから。
工藤 どうもありがとうございました。
了
Profile
道下徳成(みちした・ なるしげ)
防衛庁防衛研究所 研究部第二研究室 主任研究官
1990年筑波大学第三学群国際関係学類卒業、防衛庁防衛研究所入所。1994年ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)修士課程修了(国際関係学修士)、2003年同大学博士課程修了(国際関係学博士)。2000年韓国慶南大学校極東問題研究所客員研究員、2004年安全保障・危機管理担当内閣官房副長官補付参事官補佐等を経て、現在は防衛研究所研究部第二研究室主任研究官。専門は、戦略論、朝鮮半島の安全保障、日本の安全保障。
深川由起子(ふかがわ・ゆきこ)
早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科教授
早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。日本貿易振興会海外調査部、(株)長銀総合研究所主任研究員、東京大学大学院総合文化研究科教養学部教授等を経て、2006年より現職。2000年に経済産業研究所ファカルティ・フェローを兼任。米国コロンビア大学日本経済研究センター客員研究員等を務める。主な著書に『韓国のしくみ』(中経出版)、『韓国・先進国経済論』(日本経済新聞社)などがある。
倉田秀也 (くらた・ひでや)
杏林大学総合政策学部教授
1961年生まれ。85年慶應大学法学部卒、延世大学社会科学大学院留学、95年慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得。91年より常葉学園富士短大専任講師・助教授を経て2001年より現職。その間、日本国際問題研究所研究員、東京女子大学、東京大学などで非常勤講師。主著『アジア太平洋の多国間安全保障』等多数。
言論NPOは「新政権の課題」と題して、各分野の専門家を招き、継続的に評価会議を行っています。第二回目の評価会議は、先日発足した安倍政権に問われる「安全保障」問題について、議論を行いました。