2011年11月7日(月)収録
出演者:
高原明生氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
小島明氏(日本経済研究センター研究顧問)
加藤青延氏(NHK解説主幹)
司会者:
工藤泰志(言論NPO代表)
第1部:フォーラムは日中関係を多面的に、かつ本音で議論する場
工藤:こんばんは。言論NPO代表の工藤泰志です。さて、今日の言論スタジオは、ちょうど2カ月余り前に、北京で行われた「北京-東京フォーラム」という日本と中国の民間の対話に出席していただいた3方がゲストです。この対話では今後の日中関係を考えるうえで非常に重要な議論が行われたのですが、なかなかそれをみなさんに報告する機会がありませんでした。そこで、今回は、「北京-東京フォーラムでは何が話し合われたのか」ということについて、報告ならびに議論を行っていきたいと思います。
では早速ですが、ゲストのご紹介です。まず私の隣が東京大学大学院法学政治学研究科教授の高原明生さんです。高原先生は「北京-東京フォーラム」のメディア対話の前半の司会で協力していただきました。高原さん、よろしくお願いします。
その隣は日本経済研究センター研究顧問の小島明さんです。小島さんには経済対話の司会をお願いしてやっていただきました。小島さん、今日はよろしくお願いします。
その隣がNHKの解説主幹の加藤青延さんです。加藤さんにはメディア対話の後半の司会をお願いしました。今日、来られている3人の方々は単なる司会というだけではなくて、どの方も日中問題、また中国の専門家ということで、今回の「北京-東京フォーラム」の議論全般についても議論に参加してもらおうと思っています。
なぜフォーラムを立ち上げたのか
さて、私たちのこの「北京-東京フォーラム」というのは、まだ知らない方がいらっしゃると思うのです。6年ちょっと前、2005年に北京で反日デモが行われ、中国の学生がプラカードを持っていろいろな抗議をしたことを記憶している方もいらっしゃると思います。あの時に、日中の国民同士がもっと相互理解を深めようということで、民間で、しかも本音で議論をしようと、そういう対話のチャンネルを作り上げようということで立ち上がったのがこの「北京-東京フォーラム」です。なんとあの05年8月、反日デモの余韻が残っている北京でこれを立ち上げました。
しかも、後から少し説明することになると思いますが、その際に私たちは中国の国民の、また日本の国民の世論調査をやって、お互いなぜ反発しているのか、ということを含めて、世論の動向をきちんと理解しながら議論をしようということでこの対話が行われたわけです。
それが7年間続いて、今年でようやく7回目に来たわけですが、この7年の間に日中関係も変わりました。この対話もかなり発展してきましたが、この対話は、まずこの日中関係の中でどんな役割を果たしてきたのか、また、今回の7回目の対話というのはどんな政治的な局面、経済的な局面の中で行われたのか、から話を始めていただきたいと思います。まず高原さんからどうでしょうか。
日中世論調査をもとに議論
高原:昨今の世界情勢を見渡してみますと、欧米の危機が大変に大きな閉塞感を世界全体にもたらしている。そういう中で日本と中国が、これからどのように関係を発展させていくことができるのか、できないのか、ということはとても重要な意味を持っているわけです。日本と中国の間で様々なレベルの対話が要求される時代です。その中でこのフォーラムは非常に重要な役割を発揮してきましたし、特にそれぞれの国において、かなり大規模な世論調査をきちんと実施した上で議論に臨んでいるという大きな特徴を持っています。この世論調査の結果が、今では相当エスタブリッシュされてきて、たとえばこの間、私は外務省が幹事をやっている新日中友好21世紀委員会の委員もしているのですが、その日本側委員に配られた資料の中に、言論NPOがやっている世論調査がしっかりと入っている、そういう事実もございます。
工藤:小島さん、どうでしょうか。
中国側は相互理解促進にフォーラムを利用
小島:そうですね。私は今ご紹介があった2005年の最初の回から出ています。あの時、中国のメディアがどうやってこれをカバーするのか、非常に注目していたのですが、ある意味でポジティブな驚きを感じました。というのは、公開のセッションに中国のメディアがみんな入っていました。そして、最後までよく聞いていました。あと、それが報道される時に、解釈をなるべく抑えながら、日本側からこういう意見があった、中国側からこういう意見があった、というように、発言を直接追う格好でそのまま外に伝えた、ということが1つあります。それから、05年当時は中国が主催国でしたから、そういうことを意図して中国の政府がこの会議を運営したということですね。やはり、先程の世論調査もありますが、アジアの一番重要な2つの国が隣同士でこんなに関係が悪い、相互に国民感情が悪いということでいいのか、ということを自覚した。現実にアジアにおける色々な協力関係とか地域統合、連携の話も日中がうまくいかないと駄目だということを、その他のアジアの国々は問題視していたわけです。
そういうことも含めて、やはり、このスタートから意外とうまい展開が続くなという感じで見ていました。現実に、その後もこの会合に対する中国側の対応というか視線というのが非常に前向きでして、ある意味では政治的にも政策的にもこのグループをうまく活用して、要するに日中関係についての相互理解を政治的にうまく促進しようというかなり積極的な意思も感じられました。それに、現実に日本で開催した時に中国側から出てきた人たちは人数も多いだけでなくて、かなりのレベルの人たちが引き続きずっと継続的に出ていました。そういう意味で非常に重要なフォーラムだと思います。
よく政冷経熱と言われますが、今回の会議でも新しいバージョンの政冷経熱が必要である、政治の「冷」は冷たいじゃなくて冷静である、と。政治が冷静でないと、少なくとも中国の一般国民の冷静さは確保できないし、そういう意味でも間接的ではありますけど、フォーラムには日中の相互理解を通じた前向きな協力関係という1つの役割というものがむしろ期待されるし、そういうミッションを感じてきております。
工藤:加藤さんどうでしょう。
包括的に日中関係を捉える大きなベース
加藤:中国と日本の関係をお互いに話し合う時に、非常に狭いレベルで専門家同士が話をしてもあまり意味がない。日中関係が悪くなっていて、どうなっているのだろうという時に、経済だけとかメディアだけとか、あるいは安全保障に関わっている人だけでお互いにやっているのが実状でした。今まで中国というのは非常に大きくて捉えどころがなくて、こっちとだけやっていてもあっち側の人は全然違うことを考えているとか、非常に広い相手でありまして、なかなか捉えどころがなかった。ですけど、この「北京-東京フォーラム」はそれぞれの分野で分科会を開いて、包括的に色々な専門家が同時にお互いの意見を述べ合う。これによって、中国全体を日本全体で捉える、というような構図で話し合いができることになった。これは非常に画期的なことであるという風に思っています。
米中の間では、安全保障と経済とそれからむしろ制服組も含めた包括的な、それこそワシントンの人が全部北京に、北京の人が全部ワシントンに行くような、そのくらいの大規模な政府間対話をやっている。日本と中国の政府の間でもそういう対話をしたらいいのですが、なかなかできない。日中関係を考える時に、私たちはいろいろな民間ベース、政府も含めて幅広くやる時に、このような大掛かりな対話でいっせいにどん、とやることは非常に大きな意味がある。「北京-東京フォーラム」はそうした枠組みとして非常にいいものができたという意味がある。そして効果を挙げてきたなと思っています。日中関係の現状は確かに悪い。ちょうど去年のフォーラムが終わった後に尖閣で漁船の衝突事件があって、日本の中国に対する国民感情は非常に悪くなった。中国の方もまた日本に対して悪くなった、ということもありましたけどね、それをどう乗り越えるのか、ということを考えなくてはいけない状況になった。しかし、その前に我々は反日デモでどうしたらいいかということを考え、それから餃子事件ですね。食品の安全問題でどうしたらいいかを考えながら乗り越えて少しずつやってきた。そういう実績の中で、またこの問題をいろいろと話し合えるということが非常にすばらしいことであり、日中関係をお互いに考える上でフォーラムが非常に大きなベース、舞台となったなという風に受け止めております。
忘れられない第1回世論調査発表の光景
工藤:みなさんのお話を伺って僕も思い出したことがあります。それは、小島さんの顔でした。それは、第1回目の「北京-東京フォーラム」の世論調査を発表した時のことです。中国では世論調査をやるのは大変です。初めはなかなか中国も認めてくれなくて、最後は「発表するの?」みたいな感じで、「学術的に使うのではないの?」みたいな話だったのですが、1回目のフォーラムの時に、僕は壇上で世論調査を発表しました。あの時の光景が今でも忘れられなくて。会場がシーンとなってしまったわけです。何を言ったのかというと、あの時は中国の国民の半分以上が今の日本を軍国主義だと見ていると。今の日本をですよ、昔じゃなくて。これはどうしてなのだろうか、ということを壇上で僕が説明したのです。すると、会場では出席者がみんな一斉にメモを取りはじめました。
その頃、みなさんに言われたのが、日中で議論したってしょせん儀礼的だし、本音は言わないよ、と。ところが、分科会が終わって帰ってきた時に小島さんが言った言葉に安心したことを今でも覚えています。「かみ合ったよ」っておっしゃったのですね。多分、そのかみ合ったという意味はお互いここまで感情が悪化した、その背景にお互いの理解がこういう状況なのか、これは誰が考えてもまずいのではないかと。ということが、共通のベースになったのではないか、という気がしたのですが...
小島:向こうからもこんなに悪いのかと驚いていて、これでいいのかと。
工藤:中国側も驚いていましたよね。
小島:という感じがありましたよね。したがって、ずっとこの調査の結果については向こうも関心を持っているのではないでしょうか。
おそらく、中国で世論調査ができたというのはちょっと奇跡かもしれませんね。
工藤:奇跡で、あれをああいうふうに公表したのもね。
加藤:考えられないですね。
工藤:なので、あそこから始まったと。今、加藤さんの話を踏まえて思ったのですが、それから何回も国民間の感情の悪化はありました。今回も晩餐会の時に、王晨新聞弁公室の大臣が、「このフォーラムは何か困難があった時に行われる」って言っていましたね。だから、やっぱり絶えず困難を何とか民間の対話の力で直そうというのが、この対話の共通の認識になっているという感じがしました。ただ、それにしても、始めた05年まではいかないのだけど、今年、去年、何か非常に日中関係がよくないような感じがしています。それから、国民感情も、今回の今年の7月時点での日中共同世論調査でも日本人の8割、中国人の6割が相手に対して良い印象を持っていない。非常に何かが変わり始めている感じがあります。今回のフォーラムはどのような状況下で行われたのでしょうか。
中国側が国内事情を背景に、日本側に積極的な呼びかけ
高原:色々な問題があると思います。1つは、例えば日中関係について言いますと、昨年はみなさんご存知のように経済規模で中国が日本を上回りました。これはやはり1つの象徴的な事件であって、いわゆる伝統的な意味での国力のバランスの変化ということが進行してきたわけですが、1つの一里塚を迎えたということがあります。それからもちろん、去年は特に尖閣沖の漁船衝突事故がありました。中国の国内を見てみますと、経済的には非常に勢いがあるのですが、しかし実は、人々の将来に対する不安とか現状に対する不満というのは高まっている状況だと思います。
今回の言論NPOの世論調査を見ても、これからの世界政治をリードしていく国や地域はどこか、という問いがありました。去年は「中国である」と答えた人は5割近くて、49.7%いたけども、今年の調査だと40.8%しかいない。9ポイントも下がっています。あるいは、経済についても、将来、中国がアメリカと肩を並べる、あるいはそれを超える国になるかという問いに対しても「そうだ」と答える人は中国で減っているわけです。この結果は実は、我々の調査だけではなくて、シカゴに本部があるピューという会社がやっている調査でも同じことが出ているわけですね。ですから、中国の人たち自身は、実は自分たちの国の将来に対して少し不安を持つようになった。もしかしたら、少しではなく強い不安を抱くようになってきている。そういう状況の下で、しかし、エリート達は何とかして日中関係を良くしていきたいと思っている。中国は平和的な発展を遂げていきたい、それが中国の国益なのだということを一生懸命アピールしようとしている。そういった状況の中で開かれたフォーラムであり、日本側に対する様々な積極的な呼びかけ、あるいは中国の国内の変化の気配をうかがわせるような発言が行われたのではないかと思います。
工藤:小島さん、はどうでしょうか。
両国関係は歴史的な転機にあるのでは
小島:まず経済力が拮抗して屈折してきたということと同時に、それを背景に自信が中国側に生まれている。リーダーシップの自信は、そのために物事を総合的に判断するゆとりが生まれて、要するに色々な問題点についても議論するゆとりが生まれた。一方で、国民レベル、一般庶民レベルではこれまでの歴史的に屈折した日本に対する感じが逆に出て、ネガティブなナショナリズムが生まれやすいというところもある、日本は少しいじけたような気分があるし、そういう複雑な、屈折したところじゃないでしょうか。今回これから議論するわけですが、両国が共同で何か国際的な貢献をするとか役割とかというような視点が初めて積極的に生まれてきたという感じがしますし、非常に歴史的な転機に両国関係があるのではないか、という感じがします。
工藤:加藤さん、日本は地震もありましたよね。
中国人の発想は我々に近づいている
加藤:そうですね。日本の大震災ですね、これも非常に大きな、中国にとっても日本を考える時に違う見方というものが生まれてきたと思いますね。私はそれに加えてやはり、中国のインターネットがものすごく大きな役割を果たして、1つの世論形成をし始めていると思います。もともと、中国の中で比較的開放的な気分の中で価値観が多様化しているというところもあったのですが、それがインターネットにどんどん反映されて、しかも、ツイッターのような非常に短いブログで一気に意見を述べ合うという状況が生まれた中で、段々、中国の人たちの考えというのが、我々に近づいてきているのではないか、そういうものを感じるような雰囲気の中で始まったという感じを今回受けました。
工藤:すると、ナショナリズム的な動きもあるし、一方でインターネット、ツィッターを含めた形で多くの人たちが何かを知る、発言するような動きの中に中国があると。
加藤:もちろん、ナショナリズムの現出もありましたけど、それよりももっと我々が今まで考えなかったような中国人の新しい発想とか、我々に近い何か共感を覚えるようなものとか、そういうものがこのインターネットの上にどんどん書き込まれ始めて、中国人変わってきているぞということを非常に感じます。
工藤:では、ちょっと休息をはさんで、今年の「北京-東京フォーラム」では何が話し合われたのか、ということについてみなさんと話をしていきたいと思います。
『北京―東京フォーラム』は日中関係が厳しく、反日デモが続いた05年の夏に北京で始まったもので、今年の8月末には7回目の対話が北京で行われました。